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【番外編】はじめてのおつかい(後編)

 マーガレットにはまだ重いだろうクッキーの入ったバスケットを持って仁王立ちしているその姿はとても凛々しかった。鉄錆色のふわふわの髪は陽光を透かして溶け出した鉄のよう。バニラ色のワンピースに留められた臙脂のリボンと、同じ色だ。涙ぐみながらも堂々としたそのさまは流石ケインと同じ、男神の愛し子である。だが五歳の幼女である。気圧されている場合ではない。


「おねえさま、ルナをおかりするわね。このなかではいちばんルナがちいさいのですもの」


 賢いルナは呼ばれたことを感じ取り、マーガレットのそばに寄ってきた。


「アレにいさま、わたくしをルナにのせてちょうだい。あとのこりのクッキーもルナにもたせて」

「一人で行かせることはなりません」


 自然と命じられるままマーガレットを騎乗させようとしたアレスを止めて、キリアムが言った。アレスがはっとする。


「だめよ。アレにいさまはおねえさまについていて。キリにいさまはいますぐもどってケインにいさまをよんできて」


 マーガレットは小賢しくも、双子のうちどちらがよりマーガレットに甘いか把握している。なのでいち早くキリアムを遠ざけようと指示を出した。


 完敗だ。

 リラは心の中で喝采を贈った。双子よりマーガレットのほうがよく仕上がっている。

 だが五歳の女の子を一人で砦に行かせることはできない。たとえここが安全なサスティアでも、立ち歩きする前から馬に乗ってきたマーガレットといえども。


「いけません、マーガレット」


 リラは具合の悪いお芝居をやめて立ち上がろうとして──よろめいた。

 立ち眩みだ。血の気がひいて、目の前が暗くなる。


「若奥様!」


 キリアムが支えようとしたが間に合わず、リラは両手を地面についた。

 眩暈なんてはじめてだ。両手が震えて力がはいらず、そのまま倒れこむところをキリアムが抱きしめて支えた。力が足りずに二人して転がってしまう。

 体に力が入らない。リラは震えた。こんなことははじめてだ。女神の加護で体だけは丈夫だったのに。

 蒼白の頬に涙が伝う。

 気分が悪い。視界がかすんで暗く、よく見えない。

 悪戯が過ぎて、加護を失ったのかもしれない。嘔気がこみあげる。罰が下った?

 今まで体調を崩したことがないリラはひどく狼狽えていた。ここで死ぬかもしれない。ケインのいないところで。嫌だ。それは、ケインがきっと悲しむ。女神様、どうかもう少しだけ時間をください。せめてケインにお別れを言わせて。


「おねえさま! しっかりなさって!」


 マーガレットの声がわんわんと響いて、遠く近く聞こえる。聴力もおかしくなったのか。視界は涙に塗りつぶされてなにも見えない。不安で震えが止まらない。呼吸が浅く、早くなる。


「リラ!」


 突然ふわっとあたたかいものに包まれて、体が宙に浮いた。

 死んだのかと思った。


「どうした、リラ」


 抱きしめられた強い力で我に返ると、ケインの腕の中だった。


「ケイン様」

「ケインにいさま!」


 マーガレットがケインの上着の裾をつかむ。双子は明らかにほっとしていた。サプライズが過ぎたとは思うが、リラもびっくりした。死ぬかと思った。反省はしている。


「ケインにいさま、らんぼうにしてはダメよ。おねえさまのおなかにはあかちゃんがいるの!」

「えっ」

「なんだと」


 びっくりしたケインに手を離されそうになって、リラは慌ててケインにぎゅっとしがみついた。


 結局マーガレットと相乗りしたアレスがクッキーを持って砦に行った。お誕生日のハンスにはマーガレットが歌を捧げた。同行できなくて聞きそびれた居残り組のために、マーガレットは帰ってから何曲も歌わされて、親バカをはじめとするマーガレット信者たちに、可憐、天才などの賞賛を浴び倒してリサイタル用のドレスを作ってもらっていた。高くついたおつかいである。


 医師の診察を受けて晴れてリラの懐妊が判明した。なぜわかったのかとマーガレットに聞いてもなんとなく、しか答えてくれない。

 リラが突然体調を崩したのは、お腹の子どもと魔力が反発したらしい。つまり、子どもも女神の加護持ちということだ。遺伝するものではないはずなのに、この地によく加護持ちがうまれるのは深い信仰のせいかもしれない。辺境の民はよく神に祈り、雨と水と風と実りに感謝する。神々も住み心地が良いらしい。


 サプライズを仕掛けたことはケインにめちゃくちゃ叱られた。双子たちもとばっちりで叱られたが、もし本当に何かあったときにのためにと修練に身が入ったようだ。

 ケインに大事にされすぎて、あれからリラは領館に軟禁されている。もちろんお仕置きも込みで。クッキーすら焼かせてもらえないので、砦からは苦情が入っているがケインは知らんぷりだ。

 かわりに何度かマーガレットが歌のリサイタルに出かけているが、自分用の剣を欲しがったり、なぜかたくましくなっているような気がする。領兵たちにも筋が良いと謎の評価を得ている。歌にしてはどうも上からっぽい。


 実家から聞きつけたのか、マルカ国の王太子から大量の贈り物が届いた。リラはあの時魔法を解いておいてよかったと心底安堵した。あのまま放置していたら子どもまで狙われたかもしれない。


「わたしいもうとがほしかったの!」


 またマーガレットが謎の予言をする。

 ケインとリラは女の子の名前を考えることにした。

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