【番外編】はじめてのおつかい(前編)
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ケインがそわそわしながら見守る前で、リラは慣れた様子でルナの背中に乗った。今日はがっつり走るので、結婚式の時のような横乗りではなく、ちゃんと乗馬服を着てマントをつけての乗馬スタイルだ。
「では、行って参ります」
「ああ、くれぐれも気をつけて」
見送るケインの眉間には深い皺が刻まれていて、全然納得していない顔だが。リラはそんなケインの額に馬上からちゅ、とくちづけをした。
「そんなにこわい顔をしていると、ルナが怯えてしまいます」
小さく笑って馬首を返す。
ケインは自分のおでこに手を当てて苦笑した。
これから、リラの焼いたクッキーを差し入れに砦に向かう。
隣国との和平のおかげで、ケインが砦に詰めなくてもよくなり、領主の仕事も増えたこともあり領館に戻っていることが多くなった。
だが砦を空にするわけにはいかない。まだ領兵は残っていて、リラの手料理に飢えていた。
料理当番たちの腕は人が食べられるレベルに上がっているのだが、女神の愛し子のオムレツに敵うものはない。せめて二番人気のクッキーを、定期的に差し入れしているのだ。
今日はケインの付き添いなしでリラが行くことになっている。ケインは書類仕事を溜め込みすぎていて、どうしても時間が取れないのだ。
代わりに護衛にはハイネスの息子の双子がつく。こちらも護衛デビューである。ケインにしてみれば不安しかないが、さらにそこに幼い妹マーガレットが付いていくと言い出した。
遊びじゃないのだと説得したが、リラと双子に懐いているマーガレットはどうしても聞かない。仕方なく双子の兄、アレスがマーガレットを馬の前に乗せて行くことになった。双子はマーガレットにでろでろに甘いのだ。
「では領主様、行って参ります」
挨拶だけは一人前に、三騎の馬は出発した。
サスティアは他の辺境に比べて格段に治安がいい。代々の領主がしっかり治めていて、領民のまとまりも良く盗賊などは寄り付きもしない。
通常であれば騎馬で半日の道のりは、遠駆けレベルに安全なものだ。
だがこれははじめてのおつかい。
リラは双子にちょっとしたハプニングを与えてみようと計画していた。
あっさり終わってしまうと今後油断するかもしれない。
そんなことは建前で、リラが悪戯してみたいだけなのだが。
小一時間ほど駆けたところで、リラが歩みを緩めた。
「若奥様、どうかされましたか」
急にゆっくりになったリラに、後ろからついて走っていた双子の弟キリアムが馬を寄せる。
「突然、気分が悪く、なって……」
「少し休みましょう」
キリアムが口笛を吹いて、先行していたアレスとマーガレットに合図を送る。
「おねえさま!」
マーガレットがリラに飛びついた。リラが受け止め切れていなければ落馬していた。おさえておけなかったアレスは減点一点だ。
「おねえさま、すごい汗です」
マーガレットがハンカチを出して汗を拭ってくれる。
「顔色も悪い」
アレスとキリアムがふたりで馬から降りるリラを支えた。リラと同じくらいの背丈の子どもにはまだケインのように抱き下ろすことは難しい。
ちなみにこれはリラの演技である。愛し子のリラが急に具合が悪くなるわけがない。双子も冷静な時ならすぐにわかっただろうが、今はおつかい中のハプニングに緊張のうえ動揺している。リラの魔法を使えば、冷や汗や顔色などの演出は楽勝だ。
木陰にもたれて座ったリラは、心配そうにかがみこむ双子と半泣きのマーガレットの出方を見る。
ここでの正解はリラに片方がついて、もう片方はマーガレットを連れて領館に戻り、助けを呼んでくることだ。ちゃんと双子はその判断ができるだろうか。様子をうかがうリラに、キリアムが正解を提示したので、さらにもう一押し。
「ダメよ。今日は砦のハンスの誕生日ですもの。お祝いのクッキーを届ける約束をしているの。わたくしのことはいいから、砦に運んでもらえるかしら」
俯いて辛そうな様子を装いつつリラはちょっぴり舌を出す。ちょっと難しかったかもしれない。だが大事な領兵の誕生日と領主夫人の安全を天秤にかければどちらが重いかは一目瞭然だろう。
リラの隣で半泣きになっていたマーガレットがすっくと立ちあがった。
「わたくしがおねえさまのぶんまでおとどけにあがります!」
「えっ」
「おたんじょうびはたいせつなおもいでですもの。おねえさまのおくりものはマーガレットがかならずおとどけいたしますわ!」
その頃、心配のあまり職務を放棄したケインが、リラたちのもとへ向かって爆走していた。




