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今夜キメたい

 もしかして、ケインはリラを保護しただけなのでは?

 保護する名目として手っ取り早く婚姻を結んだだけなのでは?

 胸に手を当てたままよく考えてみる。

 守る、とはよく口にしてくれた。実際守ってもらっている。

 けれど妻にすると言われた以外に、好意を口にしてもらったことはない。初めてくちづけをした時も、リラからだった。きっかけもマーガレットと双子に、夫婦とはと諭されてのことだ。リラのために妻を労る体裁を整えてくれたのかもしれない。

 だってケインは立派な大人だ。領主の仕事も問題なくこなしている。ケインから見れば、リラはお菓子を作ってケインの反応を楽しんでいる、ただの子供に見えても仕方ない。取り柄といえば女神の愛し子というだけ。八歳も年下なのだ。リラの知る八歳下といえば、ハイネスとセレンの双子の息子だが、双子のどちらかと結婚すると言われてもピンとこない。まだ子供だとしか思えない。双子に指先にくちづけられたときも、可愛いおませさん、としか考えたりしなかった。

 ケインも同じではないだろうか。

 あれから何度もくちづけはしたけれど、ケインはそっとリラに触れるだけ、あれはただの親愛のしるしで、婚姻という言葉に、リラが舞い上がってしまっただけなのではないのか。


 かあっと頬が熱くなった。

 王子妃候補の長い期間、誰にどんなに蔑まれても見くびられても、恥ずかしいと思ったことなどなかった。全部他人事のように受け入れられてきたのに。

 こんなに自分が思い上がっていたなんて。ケインに甘えて、まるで本物の妻のように振る舞って。

 

 胸を押さえていた両手で顔を覆う。恥ずかしくて消えてしまいたいと思った。


「リラ?」


 急に挙動不審になったリラが真っ赤な顔をしているので、ケインはリラに手を差し伸べるが、顔を覆ったリラはそれに気づかない。


「ケイン様……」


 消えそうな声で呟くと、どうした、と力強い声が応えてくれる。


「顔が赤い。疲れたのか」

「なんでもありません。わたくし、ケイン様にとても失礼なことを……」

「失礼?」


 本気でわからないケインがリラに向き直る。そっと手首を掴んで、顔から手を離させた。


「あの、わたくし、今夜はソファで休ませていただきます。考えなしで、本当に申し訳ありません」


 顔を隠せなくて目を逸らす。ケインの顔を真っ直ぐに見上げることができない。どうして、今までこの綺麗な顔を我が物として見ることができていたのだろうか。

 夫婦用の客室なので、寝室のベッドは大きなものがひとつだが、居間のソファは大きくて、リラなら眠ることができる。


「具合が悪いならリラがベッドを使え。俺はどこででも寝られる」

「違うんです。わたくしが疲れくらいで具合が悪くなることなんてありません」


 女神の加護のおかげで、リラは体調不良に悩まされたことがほぼない。ケインもそれは承知のはずだ。


「表に出なくても、疲れているのは確かなんだろう。遠慮せずベッドを使え。俺がいるとゆっくり休めないのなら、寝室に鍵をかけても良い。だが何かあった時には鍵は壊させて貰うが」

「違います! 本当に違うんです! ケイン様と一緒にいて休めないなんて!」

「どうした、リラ」


 ケインが、真っ赤な顔で頭を振り取り乱すリラを見るのは、はじめてだ。リラでさえこれまでの人生でこんなに慌てた姿を人目に晒したことがないのだから。


「わたくしは、ケイン様の、お側に居たい、のです」


 もう一度顔を覆いたいのに、ケインが手首を離してくれないので、出来る限り俯いた。ケインがソファで眠るなんてありえない。ソファはケインが寝そべったら、足も頭も飛び出してしまう。だからといって床になど寝かせられるわけがない。ケインにベッドを使って欲しいが多分ケインは折れないだろう。仕方なくリラは願望を口にした。正直に想いを告げるのは、ものすごく勇気がいるのだとはじめて知った。もう顔を覆うくらいでは足りない。できることなら今すぐベッドに潜り込んで、ケインの視界から消えてしまいたい。


「……それは」


 居心地の悪い沈黙の後、ケインがぽそりと言った。


「同じベッドで寝ても良いということか?」


 俯いていたのでこれ以上頷くことができなかったリラは、一度顔を上げてそれから大きく頷いた。

 ちらっと見上げたケインの顔も赤かった気がする。

 左手首の拘束が解かれて、そっとリラの頭が撫でられた。ふわふわと、髪を掠めるように。


「安心してくれ。同じベッドで眠るだけだ。何もしない」

「何もしないのですか! わたくしは、つ、妻、なのに」


 安心なんかしたくない。

 もう一度こんな恥ずかしい思いはできないと思ったリラは、一気にこの波に乗ることにした。


 真っ赤な顔をして我は妻であると主張するリラを前に、ケインは頭を撫でていた手を自分の額に持っていった。


 この可愛い生き物をどうしてくれようか。

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