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リトゥリーヴァル・ホール ~俺と家族は転移した。パラレル・ワールドは何度でも訪れる~

作者: ラシオ

 ガタンゴトンと小さなリズムを叩いて、今日も今日とて俺は終電なんだ。

 我が家までの道のりは遠く、寝てしまうと起きれる自信がない。


 閑散とした空間。同じ車輌にいる人々も皆、疲弊しきっているかに見えた。

 酔っぱらって寝ているおじさんと今日は楽しかったらしい若い男女は別だな。


 ――電車を下りて改札口を抜け、我が家へと続く坂道をトボトボと歩いていく。

 空を仰げば、今日は曇っているから星も月も見えやしない。

「あぁ~ぁ」とため息が出るばかりだ。


 そして我が家は既に就寝状態。玄関には電気すら……ついていないや。

「あぁ~ぁ」とここでも、ため息がでた。

 今日は風呂に入らず寝てしまおうかと玄関のドアノブを握り開けた――


 眼前で変化する景色。

「はぁ!? 何だ。何んだぁ―」と辺りを見渡した。


 広々とした真っ赤な空間に何もない――そこに俺は座っていた。


「俺は死んでしまったのか?」と頭に過る。


「まあ、無理もないな……」と今月の地獄だった日々に納得した。


 落ち込んでいた俺は頭を上げて赤い部屋の中に何かがある事を見つける。

 そう、目の前に一つのドアがある。俺の希望的観測がそこにあったか。

 壁に支えられることなく空間の中央に置かれている。ドア(・・)が。


「そうか。その先にあの世があるというのか」と俺はドアを開けた――


 ――心地よい風がささやく……何処までも果てしない草原が広がっていた。

 一歩踏み込んだ。二歩入って見た。さらに奥へと進む。


「何て……青々とした空だ」両手を広げ、すっと草の香りが意識へ染み渡る。

 ここは……天国なのか。いや違うな。何かが違う。


 後ろを見れば、先程のドアが何も支えなく立っていた。

「一度、戻って見よう。それからだ」と考えてドアを開けた――


 ――そこは、なぜか鍾乳洞の入口だった。

「なっ!?」元の場所ではない。


 右隣りには瑠璃色の透き通った水が流れ、天井には鍾乳石が連なっている。

 俺の前には見ているだけで吸い込まれそうな幽玄な洞窟だけがあった。


 悪い幻覚でも見ているのかと。一度、ドアを閉めて再び開けた。


 ――あつい風が頬を叩き、何も無い砂漠だった。

 こめかみに汗が流れ「なにをどうしてこうなっている?」

 わけがわからんから後戻りしてドアを閉めた。


 おとがいに手を添えて「そういえば……」とさっきはドアを自分で閉めていない事に気づいた。

「俺をどこに案内しようとしているのか。謎のドアよ」その答えはなんだ。


 勇気を振り絞り、ドアノブに手を掛けて再び……


 ――ドアを開けた。

 淡い潮の香りと綺麗な砂浜の海辺だった。


 俺は星砂の上に降り立ち「何がどうなっているんだ?」

 もはや理解できぬ……「よし、こうなれば、始りの場所に戻るまで繰り返してみるか」


 ――ドアを開けた。

「おぉぉーい!」誰もいない渓谷の崖の上だった。


 ――ドアを開けた。

「すげぇぇー」俺は密林の中で巨大な満月を見た。


 ――ドアを開けた。

「うぁ。……寒いぃ!」そこは氷山の上だった。


 ――ドアを開けた。

「…………」足場がほとんどない滝の上だ。


 ――ドアを開けた。

 枯葉が積もる静かな森の中。


 ――ドアを開けた。

「わぁ。やばい!?」目の前でライオンがシマウマを食っていた。


 ――ドアを開けた。

 溶岩が目の前を流れる岩の上だった。


 ――ドアを開けた。

「どこの山だ?」そこは山脈に囲まれた高原。


 ――ドアを開けた。

「岩しかねえぇぇ」と渦巻模様の赤い岩と岩の間だ。


 ――ドアを開けた。

 ワタスゲの白い穂が眼下に広がる丘の上。


 ――ドアを開けた。

「おぉぉー」オーロラが見える景色。目の前には湖と雪山がある。


 ――ドアを開けた。

 どこか分からぬ大きな川が流れている。果てしなく伸びたつり橋の上だった。


 ――ドアを開けた。

「パパ、お帰りぃ」と我が家の玄関だった。

 娘がこんな遅くまで起きていて俺を迎えてくれた。


「ただいま、待てよ?」

「パパぁ。どうしたの?」

 不思議そうに俺の顔を見つめる我が娘。


「よおうし! アリサ、パパと面白そうなところへ散歩しないか」

「パパ、いくぅ!!」


 まだ幼く小さなアリサを抱えて、俺はドアを閉じた。

「さあ、まずはどこに行こうかな?」


 ――ドアを開けた。

「ゾウたんがいっぱい」

「パオォ、パオォ、パオォ、パオォ……」

「ちょっと、多すぎだろ。次へいこうか」とドアを閉じる。


 ――ドアを開けた。

「わぁぁ、きれい、きれい」

 無限に続くお花畑。


「わぁ、チョウチョ、チョウチョ、チョウチョ、わぁぁい」

 俺の懐から飛び出して、蝶々を追い掛ける娘。


「あれ? パパ。お帰り、アリサどうしたの?」

 俺の後ろに我が息子が立っていた。


「おお、ゲンタロウ。お前どうやって入って来た?」

「さっき、トイレにいって部屋のドア開けたら、ここに」

「おにいちゃん。みてみて、チョウチョ、チョウチョ」


「そうか。よおうし!」

 俺はゲンタロウの手を握り、アリサを抱き上げて、ドアを開けた――


「パパ。な、なにこれ?」

「なにこれー」


 歪んだ数字の石像がいっぱいある。地平線が見えない場所。

「次いこう、次へ」


 ――ドアを開けた。

「おおぉ、空。ど、どうなってるのパパ……」

 モクモク、雲の上だ。


「テンゴク、テンゴク」とはしゃぐ娘よ。

「なんか、ヤバくなってきたな……」

「あら、あなた。ゲンタロウとアリサもこんな夜中に何しているの?」

 我が愛しき妻。君も来てしまったのか。


「おう、ヒミエ。お前も来たのか」

「来たのかじゃないわよ。これを説明してちょうだい」

「ああ、俺たち。終わったのかもなぁ」

「ええっ!?」


 俺はヒミエを抱き寄せて、ゲンタロウと手を繋ぎ、ゲンタロウはアリサと手を繋いだ。


「よし、次に行こう。次へ」

「「うん。パパ」」


 ――ドアを開けた。

「あら。懐かしいわね」

「パパ。夜景が綺麗だよ」

「暗いところ……」

「ここはママが、パパに告白されたところよ」

「ママ。そうなんだ」

「みんな、次に行こうな。次へ」


 ――ドアを開けた。

「あー、おばあちゃんち」

「パパ、あそこ。おばあちゃんのところだよ」

「あら、あなたの実家じゃない」

「そうだな。ちょっと皆。家に寄って行こうか」

「うん、おばあちゃん」

「うん、ありさ、かけっこだ」


 家族みんなで里帰りだ。俺はヒミエの手を繋いで歩いて行く。

 子供たちも、はしゃいでいる。


「待てよ。……俺の実家。こんなに新しいかったか?」

「そうね。新築だったかしら……」

「お前ら誰だぁ!」とおかっぱ頭の女の子が家から出て来た。


「あら、子供の頃のお母さまじゃない?」

「ああ、そういうことか…… よし、皆、よそさまに迷惑を掛けちゃいかん。ドアに戻るぞ!」

「もどぉぉる?」

「アリサ、おいで。おにいちゃんと一緒だ」


「あなたこれは……」

「さあ、次だ。次」


 ――ドアを開けた。

「おお、ツリーハウスだ」

 大きな木の上のお家。


「パパ。僕、登っても良いかな?」

「おう、先に行ってくれ!」

「アリサもいくぅー」


「……あなた、これは何なの?」

「お前も見て気づいているんだろ?」

「あぁぁ。でも、一緒なのね」

「そうだ。俺たち家族は全員一緒だ。一緒にいられたんだ」


 この日、俺の住んでいる街に巨大隕石が落下したらしい……

 ……何となくそんな感じがした。


「おぉぉい。パパぁぁ。家の中にドアがあるよぉぉ」

「どあがあるぅぅ」

「お前たち待ってなさい! さあ、俺たちも行こうか」

「えぇぇ、あなた」


 こうして俺たち一家はどうやらドアを使って転移したらしい。

 不思議な世界へ……



 おわり。


こんばんわ。ラシオです。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。


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