転生友達の悪役令嬢が、ここは乙女ゲーの世界だけど「あなたは出てこなかったから大丈夫」と言われたけど全然大丈夫じゃなかった話。
ノリと勢いって大事ですよね。
後悔はしてない。
更新:字下げ忘れてたわけじゃないんだからね!
「あなたとは婚約破棄よ!!」
「君とは婚約破棄だ!!」
声を揃えて互いに指を差し合う見目麗しい一組の男女。
敵対心を隠そうともせず告げられた言葉は、互いに互いへの婚約破棄宣言。
仲良いなおい、と、この場に居る誰もが思った事だろう。
梅咲き乱れる3月初旬。
世間一般的な卒業シーズン。
友人のご令嬢であるジョセフィーヌ様に「婚約者が浮気するから協力して」と依頼され、前世同郷のよしみもあったし、私には迷惑かけないからと丸め込まれ、安易に請け負ったのが運の尽き。
まさか前世で流行りのざまぁ系婚約破棄を嬉々としてやるとは夢にも思わなかった。
後姿からでもわかる。あれはルンルンしてる。
恨むぞジョセフィーヌ様。いや、京子。
一体どうしてこうなった。
あれは幼少期、つり目がちではあるものの、大変可愛い女の子に転生したことに衝撃を受け喜びもつかの間、もし乙女ゲーの世界ならやったことないから詰んだわ!無理!と一人パニクり、とりあえずチート系に望みを託したものの、そんな兆候は一切なかったことに落胆しつつも、ようやく自身の境遇に折り合いをつけ、もうこの国の一貴族としていっちょやったるで!と気合いを入れていたあの頃。
当時は雲上人とも言える程に高嶺の花だったジョセフィーヌ様と出会った。
盛大に開催された彼女の誕生日パーティ。女神の生まれ変わりかな?ってくらいの美少女宅で出てくる美味しそうな料理の数々。今世では見たこともないが、前世では見た事のある料理、お菓子、お菓子、和菓子、料理。
極めつけは、貴族なら食べるのを躊躇いそうな見た目の草餅や桜餅に、え、和食あんの?!と衝撃を受けたのは記憶に新しい。
しかし洋菓子に若干飽きていた私としては嬉しかった。
そして思わず呟いた「粒あんだといいな」という言葉が、ジョセフィーヌ様の耳に入り、彼女に凄い剣幕で詰め寄られた。
「餡子はこしあんの方が高級なんですからね!!!」
知ってる。
知ってるけど、私は粒あん派なんだと、ついムキになったあの頃。
「粒あんの方が美味しいもん!!!」
高位貴族のご令嬢と中位貴族の私による餡子戦争。
周りがどんな目で私たちを見ていたかは分からない。っていうか思い出したくない。
とりあえず言いたいことを言い合って冷静になった私たちは、相手が元日本国民であることに気づくやいなや和解した。
完全に人騒がせな口論だったが、「心の友よ!」と叫びながら抱擁し合う私たちに触れる者は居なかった。
その後、彼女と何度かやり取りしていくうちに、ここが乙女ゲーの世界であることを聞いた。
ちなみに私はモブでもなんでもないとの事でようやく人心地つこうとしたところ、「私と友達になったら巻き込まれるかもしれないわ…でも大丈夫!もし巻き込まれても親の権力を駆使するから安心して!」と全く安心出来ない発言をかましたジョセフィーヌ様を、悪役令嬢を脱却したいんじゃなかったのか。と宥めすかして、何とか軌道修正に成功した。
当時は気付かなかったが、きっとこの時にはもう、私の平穏な日々は全力ダッシュで走り去って行った気がする。
まぁでもせっかく友達になったわけだし、いざとなったら彼女が無実であるという証拠集めくらいなら手伝えるかな、とか甘く考えていた。
「親の権力」とか言い出したあたりで気づけばよかった。
だが人の忠告には耳を貸してくれるからと、まだ幼女だし、とスルーしてしまった。中身大人なのに。
敢えてヒロインと浮気させて婚約破棄してやるんだから!と、ふんすと息巻いていた勝気なあの頃の彼女が、「殺られる前に殺れ」というどこの戦国武将だ、と言いたくなるような座右の銘を引っさげていたとは。
外見女神(幼女)に騙され素直にその話を信じた純粋だったあの頃の私。
いざヒロインと彼女の婚約者がくっついたものの、その間に彼女がどこぞのご令息と懇ろで云々、という噂もあったが、証拠集めの協力者だから心配ないわとドヤっていた外見女神な彼女を信じた純真だったあの頃の私。
ぐーで殴りたい。
自分を。
京子を。
五、六発は殴りたい。
ぐーで。
――◇――◇――◇――
拝啓
皆様、お元気ですか。
健康が取り柄の私ではありますが、今、気を失いたい気持ちでいっぱいです。
かしこ
――◇――◇――◇――
遠い目でそんなお手紙を誰かに向けて綴っている今。
私の前には後ろ姿でさえ美しい、公爵令嬢ジョセフィーヌ様(笑)。一部の隙もない立ち姿は思わず感嘆のため息が出るほどに憧れる。いつもなら。
彼女はいずれ、素晴らしい国母として、王妃として、次期国王である殿下とこの国を導いてくださると、誰しもが信じて疑わなかった。ほんとに今の今までは。
だがしかし、現在進行形で彼女の手を取っているのは、本来隣に居るはずの婚約者である殿下ではなく、爵位は低いが、彼女を心から愛していると宣うジャニー〇系ご令息。確かローランド・何とか。残念ながら私のタイプでは無いので記憶に無く、今日の顔合わせで初めて知った。
しかもどういう訳か、そのご令息に懸想していると噂の高位貴族のご令嬢まで並んでいる。
どういう事だと詰め寄ったが、みんな私の協力者よ!とドヤっていたジョセフィーヌ様に言いたい。私のお手伝い要らなくない?と。モブに徹していいかな?と。
オマケに問題なのは対面している彼らである。
そう、彼ら。
複数形。
王太子1人でも胃がキリキリしていたのに、ご令嬢たちの婚約者までそろい踏み。
ついでに私の婚約者様であるティオニア様ことテオまで居る。ちなみにテオは、野性味溢れるワイルド系男子で私のタイプど真ん中だった。婚約者として初めて会った時は感激しすぎて転生してくれた神様に三日三晩お礼の祈りを捧げて熱を出した程だ。祈りが熱心過ぎたのか両親が教会の人を呼んで私をお祓いしたことを覚えている。その節は大変申し訳ございませんでした。
そんなことより、なんであなたそっちに居るの。ジョセフィーヌ様の手伝いをするから近寄らない方が良い、と事前に伝えておいたのに。
我が愛しの婚約者様は、キリッとした顔で真っ直ぐ前を見つめている。
世間からは強面と称される彼は、とても心が優しい上にちょっと言葉足らずな所はあるが人の気持ちを察することができるまさに理想のイケメンである。ただ後ろに手を組んで、ひたすら真っ直ぐ前を見ているだけで…やだかっこいい…。
多分、用心棒的な圧力を期待され後ろに立っててくれとか言われたので従ってるんだろう。素直でほんと可愛い。
まぁいくら現実逃避しようとも、対面に居る相手が煙のように消えるはずもなく。
改めてご令嬢達の向かいにあらせられるジョセフィーヌの婚約者様に視線を向ける。
ご尊顔麗しすぎる彼はこの国の王子様ことレオニード様。しかし中性的なその顔は私のタイプでは無かったので、美術品を愛でる感覚しか芽生えなかった。はい、きれいきれい。
そんな彼は王位継承権第1位。頭脳明晰、文武両道、え、欠点何それ美味しいのを地で行ってるのか努力の賜物かはわからないが、次期国王間違いなしと言われている王子様。
ほんとにどうしてこうなった。
しかも王子様の隣には、爵位こそ低いものの、殿下を心から愛してやまないとうたう可憐なご令嬢。アンリエッタ・ほにゃらら様。
いつだったか殿下が、アンリエッタのアンはエンジェルのエンだね、と当たり前のことをうっとりした顔で言っていたのを目撃して引いた。
そんなことよりなんなの君ら、打ち合わせでもしてたのか。
息ぴったりのダブル婚約破棄宣言に、周りは驚きよりも呆れが強い。
オマケにご令嬢の親衛隊と噂の高位貴族のご令息達がひっそりと彼女の背後についている。守護霊かよ。
ほんとになんなの。お互いがお互いに(悪い意味で)思い合っていたなら内輪で話し合って終わってくれよ。
他の卒業生が可哀想すぎる。一生に1度の思い出だぞコノヤロー。
あまりにもあんまり過ぎて、私は心の中で罵倒するしかやることが無い。きっと表情は能面のようになっているに違いない。
あぁ、早く帰りたい。
お互いがお互いにお互いの「運命の相手」とやらをいじめただの陥れただのと言い合いが始まった。
それぞれの陣営の後ろに控えるご令嬢たちも守護霊たちも殿下とジョセフィーヌの言葉に「そうだそうだ!」としか言ってない。どこの国会議員だ。
そんな彼らの弁舌を死んだような目で見つめる私以下卒業生と在校生たち。
もう喧嘩両成敗でいいじゃないの。
お互いに婚約破棄したらいいじゃないの。
痛み分けでいいじゃないの。
それで全て丸く収まるじゃないの。
何が彼らをそうさせるのか、口論は益々ヒートアップ。
じわじわとお互いに歩みを進め、もうお互いに掴みかかれる距離。どこの合戦かな。
っていうかジョセフィーヌ側の男、何淑女(笑)たちに守られてんだ。参加しろ。
そんな念が届いてしまったのか、奴がこちらを向いた。
いや、前を向け。お前の話やぞ。
怪訝な視線を送ったが、どう受け取ったのか、笑顔でこちらにやって来た。
おいちょっと待て。
何京子をほったらかしてんだコノヤロー。
「僕のためにゴメンね」
そう言いながら手を取ろうとしてきたので、半歩後ろに下がり回避。
なんでお前のためになってんだ。
初対面だぞ。普通に京子のために決まってる。
「あなたのためではありません」
そんな思いを込め吐き捨てるように答えた。
のに
「うんうん、わかってる。わかってるよ」
絶対わかってねーだろ、と突っ込みたくなるほど軽い口調でにこにことにじりよってくる奴から距離を取る。
なんなのこいつ。こわいこわいきもい。
例え爽やかイケメンだろうと、タイプでも何でも無い相手に迫られるのはゾッとするのか、ぞわぞわと悪寒がする。
「き、ジョセフィーヌ様の隣にいた方が良いのでは?」
きもいんだよこの野郎!とか言える訳もなく、遠回しにあっちいけ、と伝えてみる。
「安心して。ジョゼのことは彼女たちが守ってくれるから大丈夫」
とクソみたいな返事が返ってきた。
大丈夫じゃねーんだよ。お前が守れや。
私が嫌う言動を百発百中でぶち込んでくる奴に苛立ちが増す。
しかし残念ながら奴には届かない。
「ああ、赤くなって…可愛い」
「ゃ…っ!」
やめろ腹立つんだよ!
思わず声に出そうになった口を塞ぐ。流石に暴言はマズイ。とても不味い。
昔から内心の感情とは裏腹に、全く表情には出ないが顔色にはガッツリ出るという謎の体質が更に私を追い詰める。
暴言を吐かないよう口を塞ぎ、怒りと若干の酸欠で顔が赤くなっていく私を、何を勘違いしたのか、流し目的な視線を寄越しながらにじり寄って来る。
なのでひらりと躱す。
ささっと躱す。
頑張って躱す。
「ふふ、逃げるのが上手いね子猫ちゃん」
「っ…!」
やめろ笑わせるな。
余程自分の顔に自信があったのか知らないが、若干引き攣った笑顔になってるのバレてるぞ!
ていうかガチで子猫ちゃんとか使うのが居るとは思わなかった。
急に笑ってはいけない鬼ごっこが始まって更にピンチだ。助けてテオ!
笑いを堪えなきゃいけない事象も発生して更に顔に熱が集まる。おまけにプルプル震えながら回避してるのが分かる。そろそろ逃げるのもしんどくなってきた。ヒールで反復横跳びは辛い。
っていうか当事者が抜けたの誰も気づいてないんだろうか。
敵を前に視線を外した私が馬鹿だった。
「小鳥ちゃん捕まえた♡」
「ひぃっ…?!」
子猫はどうした!!?
びっくりし過ぎて頭が働かなかったうえに、手を掴まれて、背筋に悪寒が走った。
そこまで生理的に受け付けない感じでは無かったが、悪寒は収まらない。
力で叶うはずもなく、何故か口論している現場に連れていかれた。
なんで?!
「可愛いジョゼ!怒った顔は君には似合わないよ。さぁ、いつもの美しい笑顔を見せてくれ」
芝居がかった口調で現場に割り込んだ奴に、可愛いか美しいか統一しろや、とやさぐれた私は目を疑った。
「ロラン!」
京子ぉぉお!!
お前目がハートになってんじゃねぇか!!
せめて隠せ!
京子は口論を切り上げローランド君に抱きついた。
ちょっとぉおお!!?
殿下がニヤリって悪い顔してるって!
「怖かったはーと」じゃないよ!アウトだよ!
先に浮気したとか言われちゃうって!!
信じていた友人の裏切りに思わず青ざめる。
裏切り者の友人の抱擁はまだ解かれない。
ちょっお前ほんと何してんの?!
思わず殿下に視線を向けた私が馬鹿だった。
目が合った。
バチって合った!
サッと視線を逸らすももう遅い。
なんか喋ってる声が近づいてる気がする。
お願い誰か違うと言って!
ぽん、と肩を叩かれた。
また、ぞわりと悪寒が走る。
「ひぃっ…?!」
肩におかれた手を辿ると殿下が居た。
大変いい笑顔を浮かべている。
しかも目が笑ってないやつ。怖っ!
「ジョセフィーヌ、君の友人のリンデル嬢が青ざめているが、知らんぷりかい?」
「あ。リンデル…!違うのよ、彼は証拠集めを手伝ってくれて…」
「………」
あって言ったよね?
忘れてたよね?
苦しい言い訳なの自分でもわかってるよね?
左肩に殿下の手。
右腕に京子の手。
ちょっと待って?!
なんで私の取り合いみたいな構図になってんの?!
やめてやめて!
私関係ないです!!
助けを求めてテオに視線を向ける。
目が合ったのは良いけどなんでそんなに不機嫌なの?!顔めっちゃ怖くなってる!
確かにこんなくだらない事に巻き込まれてイラつくけども、今は婚約者がピンチですよ?!
「テ…」
消えた!
テオに助けを求めようとしたら視界から消え「きゃあぁあ?!?」
消えたテオに驚いていると身体を持ち上げられた。
突然の浮遊感に思わず叫ぶ。
私絶叫系ほんとに無理なんですけど?!
ちょっとした坂道ですら恐怖の対象なんですけど?!
お腹を締め付けるモノに思わずしがみつく。
それが何か認識する前に足が地面に着き、耳元で声が響いた。
「俺のリンデルに触るな…」
「ぴっ…?!」
可愛っこいいい!!
ヤキモチ?!焼きもちなの?!やばい可愛い!
いつもより声が低い!かっこいい!!
助けてくれてありがとう!
ただわがままかもしれないけど、そのまま連れ去ってくれたらもっとかっこよかったんだよテオ!!おしい!!
愛しの婚約者様は私を腕に閉じ込めたまま微動だにしない。
え、待って、このまま?
とりあえず腕を解いて貰おうともがくが余計に締め付けが強くなる。
え、嘘でしょ?
どうしよう。
なんか知らないけど殿下とジョセフィーヌ様がテオを見てる。見てるっていうか睨んでる。
なんで婚約破棄合戦から私の取り合いみたいな感じになってるの。
なんで三つ巴の争いみたいになってるの。
私前世でそんなに悪いことしたかな?!
「ティオニア様?ちょっと私の親友から離れて下さる?!」
京子?!
なんでキレ気味?!しかもそれ話に関係無い!本来の目的を思い出してよ!
しかもローランド君の腕にしがみついてるから説得力が全くないよ!
「そうだよティオニア。まずは私とジョセフィーヌのどちらの言い分が正しいかを彼女に決めて貰わないと」
殿下?!
なんで私が判決下すことになってるの?!こういうのは何の関係もない第三者に決めてもらってよ!!
しかもお前もアンリエッタ様の腰から手を離せ!
「嫌です。お二人の話に俺のリンデルを巻き込まないでください」
「ぴゃっ…?!」
スリってされた!
頭スリってされた!
やめてキュン死する!!
しかもど正論でキッパリ断ってくれた!うわぁ!かっこいい!!
周囲から黄色い悲鳴が届いた。
わかる!!
って違う!そうじゃない!
君らさっきまで死んだような目で見てたよね?
急に目を輝かせて興味津々、みたいな態度は良くないと思うよ?
「ちょっと!リンデルが恥ずかし過ぎて泣きそうじゃない!離しなさいよ!」
京子!有難いけど違う!私の様子は実況しなくていい!!!
「ティオニア、婚約者を泣かせるものじゃないぞ」
お前が言うな!!でもいっそ離れろって命令して!今なら許す!
「リンデル?泣いてるの?」
「泣いてないです!!」
心配そうな顔で覗き込まれる。
近い近い近い!
うわあぁあ!イケメンんんん!
心臓が!心臓が持たない!!
あれ、今日って私の公開処刑の日だった?
婚約破棄合戦と見せかけて私を辱めにかかった?
え、私知らない間に2人に恥をかかせてた?
もう嫌だ。
もう無理。
すまん京子。あとは自分で頑張って。
「…っ」
「リンデル…!?」
私はキャパオーバーで気を失った。
痛ましげな声で名前を呼ぶテオの声に、返事する間もなく。
「う…」
「リンデル!」
「へぁ?!」
何があったか思い出す間もなく、心配し過ぎて眉間に皺が寄りまくったイケメンに抱きつかれ、混乱に拍車がかかる。
「て、テオ…?」
「リンデル、体調は?怪我は無い?」
「え?え?」
体調?怪我?
肩やら背中やらを撫でられながらもゆっくり身を起こす。
ベットの端に足を投げ出して座り直して一息つくと、既に隣にはテオがスタンバってた。早いなおい。
肩に手を回され額に口付けられた。
「ふふっ…」
くすぐったさに思わず笑い声が漏れる。
いや待って待って、顔に唇が降ってくる。すごい速さで降ってくる。
ときめきとか恥ずかしさが吹っ飛ぶくらい降ってくる。
愛犬に顔舐め回されてる感覚!
お願いだから落ち着いてくれ。
状況を教えてくれ。
「ちょ、テオ…っ大丈夫だから、落ち着いて!」
後半若干悲鳴っぽかったけどしょうがない。
腹から声を出してようやく止まった。
いつの間にか抱きしめられていた体が僅かに離れ、じっと目を覗き込まれる。知らない間に腰に回された手はそのままに、もう片方の手で顔を撫でられる。っていうか顔近い。ほんとにそれ顔見えますかね?
大丈夫?私寄り目になってない?
「良かった…」
穴が空くほど見つめられ、ようやく満足したのか、テオはほっとした顔でそう呟くとまた私を抱きしめた。
「…心配かけてごめんなさい」
ほっとする前のしょんぼりした顔があまりにも可哀想でつい謝ってしまった。
ついでにテオの頭を撫でる。
ふわぁああ!髪サラッサラぁぁあ!
あ、思い出したくない記憶がじわじわ蘇ってきた。
私が気を失った原因の3分の1が彼のせいなのになぜか罪悪感がすごい。
くっ…これが惚れた弱み…!
謝ると頭をスリスリされてああああああああぁぁぁ!!
1人で悶えつつテオの髪をひたすら撫でる。可愛い気持ちいずっとこうしてたい…!
アニマルセラピー的な感覚に落ち着いたのか、やっと自分の居る場所を認識した。
良かった、自分の部屋だ。
いや、良くないわ。
さっと部屋の隅を見るが侍女のミナがいない。
え、なんで?
いくら婚約者とはいえ、個室に2人きりはダメだろ。
念の為扉を見る。
うおい!!
閉まってる!ぴっちり閉まってるよ!!
申し訳程度でも開けとかなきゃダメだろ!!
待て待て、うちの子たち何してんの?!
どこにいるの?!
お願いだから1人にしないで!!(常識人的な意味で)
「リンデル?」
私の挙動不審な様子にテオが心配そうに声をかけて来る。
いやでもこれは仕方ないと思う。
だっておかしいもの。
「えと、テオ?知ってたら教えて欲しいんだけど」
「ん?」
可愛っ…!!
首…!傾げ…!
いかんいかん、惑わされるな、私!!
「あの、ミナは?」
「午後からお休みだって聞いたよ?」
「え?」
私それ知らない。
朝そんなこと一っ言も言ってなかったよ?
「えと、じゃあユーイは?」
「今日はお休みだって聞いたよ?」
「はい?」
いやいやいや、朝居たぞ。
ガッツリ私を磨くのに張り付いてたぞ。
「じゃあ「リンデル」っ?!」
ちっかぁーい!
おでこで熱計られてる!
なんで今?!
あばばばばっ
顔がっ顔がめっちゃ熱いっ
「ふっ…可愛い…」
「~~っ…!!?」
笑っ…可愛っ…はにかみ…っ
鼻血出そう…!
いやもうこれ出てない?!
鼻血出ちゃってない?!
ふわああぁ…!!おでこくっつけてぐりぐりされてる!
可愛いっ!
あ、だめ。萌え過ぎて変な汗出てきた!
「リンデル…」
「ん…っ」
軽いリップ音を立てて顔が離れた。
思わずうっとりと惚けてしまったが、
おいテオ君。
婚約中はキスも駄目だぞ。
「テオ…?」
「ごめん、リンデル…」
「ふふっ内緒にしとくわ」
しょんぼり顔!可愛いっ…!!
「内緒…?」
「ええ」
上目遣い可愛いっ!
たとえ他の人にはメンチ切ってるように見えても私にはとっても可愛い!!
駄目だ、顔がニヤける。
「リンデル…」
「なぁに、テオ?」
ぎゅうっと抱きしめられる感覚に安心する。
甘えてるのか大きな身体が丸まって…あぁ幸せ…!
ただちょっと耳元に息がかかってくすぐった「愛してる」
「ぴぇゃっ?!」
くすぐったいって笑ってる場合じゃなかった!
耳が溶けるかと思った。
「テ…っ!?」
抗議の言葉は塞がれた。
ちょっ待って!これあかんやつ!!
あかん感じのやつだから!!
待っ…!
「リンデル…」
「っ…」
間近でイケメンに覗き込まれるという視覚的暴力が酷い。(萌え的な意味で)
こちらは息を整えていると言うのに、テオは涼しい顔で私を覗き込んでいる。
酷い。
愛犬に手を噛まれた感覚…。なんだか切ない。
微妙な絶望感に打ちひしがれていると、テオの手が私の髪を梳く。
優しい感覚にやさぐれた気持ちが落ち着いてきたので、私も手を伸ばしてテオの顔に…
あれ、なんでテオの後ろに天井が見えるの?
はて、なんでテオの手は私の顔の両横についてるの?
おや、私なんでかいつの間にかベットに寝転んでやいませんか?
これ、覗き込まれてるんじゃなくて、俗に言う押し倒され…「テオ?!」
「大丈夫だよ、リンデル」
ですよね?!
あっぶな!自意識過剰でしたごめんなさい!
でもはにかみながらすくった髪にちゅってするのやめて!萌え死ぬ!!
「優しくするから安心して」
「へ」
覆いかぶさっていた愛しい婚約者様がどんどん近づいてくる。
え、待って。
「優しくする」って何。何を安心すればいいの。
いやいや待って。
いつの間にか体がスースーしててですね…
視線をうっかり下に向けた私が馬鹿だった。
「時間はたくさんあるからね」
「え」
熱をはらんだ視線が素敵…
あ、違う、そうじゃない。
「リンデル…」
「待…」
あーーーーーーーっ!
――◇――◇――◇――
拝啓
皆様、お元気ですか。
健康が取り柄の私ではありますが、今、一人旅に出たい気持ちでいっぱいです。
かしこ
――◇――◇――◇――
ある晴れた日。
素敵なお庭が広がる王宮の庭園で心の手紙をしたためる私に告げられた言葉。
「婚約破棄は破棄したの」
「婚約破棄を破棄したよ」
「…さいですか」
向かいの椅子で声をそろえてそんなことを告げる、満足気なジョセフィーヌ様と彼女の肩を抱く次郎、いやレオニード殿下。
そんな婚約者様の行動に照れ笑いを浮かべる外見詐欺女神なジョセフィーヌ様。
あぁ、王宮の紅茶は美味しいなぁー。
私が気を失ったあの卒業パーティーから早2週間。
結局婚約破棄を破棄したとのたまいやがった2人は私への謝罪と称して個人的なお茶会に呼んでくれた。
2週間も経ってからなのは、2人とも騒ぎを起こした罰として謹慎してたかららしい。
美男美女に優しい世界ですね、ちくしょう。
本来なら喜んで参加したんですよ、本来なら。目の前で美男美女がイチャつくとか、それなんてご褒美?って。
でもこの2週間、こちらも色々あったのだ。
本当に!
もう!!
色々とっ…!!!
とりあえず私が大変な目に遭っている間に2人きりで話し合いは行われ、何度目かの口論のあと、流れで同郷であることが発覚。これ私の時と同じパターンじゃん。
おまけに殿下側はギャルゲーだと思ってたらしく、主人公は例のご令息。そもそも京子は普通に美人なので、横からかっ攫われるとか癪だしと画策してたらいつの間にかあのご令嬢の虜になってた、と。うん、ジョセフィーヌ様とお似合いお似合い。
「これが強制力…!」と自身の意志の弱さを強制力さんのせいにしやがった似た者婚約者たちは、さらに情報交換に熱が入ったことで、気づいたら婚約破棄を止める話になったんだとか。
どういうことだ。
強制力さんに謝れ。
「ごめんね、リンデル。結局色々と巻き込んでしまったうえに迷惑かけて」
「モウイイデス」
女神のようなかんばせが憂いを帯びる。
びっじ~ん。
ため息色っぽ~い。
私は死んだような目で彼女を見つめた。
あの場で向かい合っていたご令嬢たちもご令息たちも、結局元の鞘に戻ったらしい。
なんて人騒がせな。
おまけに引っ掻き回した張本人たち、アンなんとかさんとロなんとか君はほぼ似たような境遇なこともあって意気投合。そっちはそっちで婚約したらしく、結果的にはすべて丸く収まったらしい。
結果的に被害を被ったのは、公衆の面前で羞恥プレイされた私だけだった。
ねぇ、私ってほんとにモブでもなんでもないのかな?
「で、リンデルの方は何もなかったの?」
「ハイ、モンダイアリマセン」
つい事務的な口調になるのは許して欲しい。
しんどいのだ。
体が持たない。
精神も持たない。(萌え過ぎて)
元々テオはめちゃくちゃタイプだし、性格は良いし、可愛いし、かっこいいし、世間一般的にはちょっと強面なあの顔が私の前でだけは和らぐのとかもう毎回悶えそうになってはいたけれど、あの日以来、それはもう愛され過ぎてるのが分かるせいで迫られても拒みきれない。
今までのテオからの愛情表現が控えめだったせいで余計に!
羊の皮を被った狼とか聞いてない!でも可愛っこいいからもういい!
毎度羞恥と萌え過ぎで溶けまくってる私に全然容赦してくれないけど文句も言えない!
くっ…!これが惚れた弱み…!!
「リンデル嬢」
「なんでしょう?」
一人内心で悶えていると殿下からお声がかかる。
肌キレイだなー。良いもん食ってんだろうなー。と油断していた私に爆弾を無造作けに投げつけてきた。
「体は大丈夫かい?」
「へあっ?!」
セクハラ!?
「おや?そこ、赤くなってるね」
「いやああああっ!!」
含みのある指摘に、思わず首を両手で押えて立ち上がる。
高そうな椅子がガタン!と音を立てて倒れたが無視して必死に後ずさる。請求はお父様に!
「ひっ」
「おっと」
焦りすぎて足の力が抜け、転びかけた所をいつの間に現れたのか、殿下の従者のジャスパーさんに支えられた。
「ありがとうございます」
「いえ、お怪我は無いですか?」
「はい…」
「えっと…リンデル…?」
「はっ!?ちがっこれは違くて…っ」
ぶんぶんと首を横に振ってめちゃくちゃ怪しい程に慌てる私に、流石に京子が訝しげに突っ込んでくるがそれどころじゃない。
なんで?!
ミナにめちゃくちゃ頑張って隠して貰ったのに?!
殿下のニヤニヤ顔腹立つな!次郎のくせに!
「そう言えば、結婚の時期を早めたいと嘆願書が来ていたらしいな」
「まぁ!」
「?!」
テオぉおお?!
ちょ!京子さんお腹見ないで!まぁじゃない!出来てない!出来てないから!!
「あの場で向かい合っていた相手全員から来ていたぞ」
「「え、全員?!」」
「あぁ、ティオニアとリンデル嬢の様子を見て羨ましくなったそうだ」
「あら…っ!」「ごふ…っ!」
どこをどう見てそうなったんだ…!
「そうよねぇ、リンデルが気を失った後、それはもう甲斐甲斐しかったものね~」
「え…」
待って、なにそれ私聞いてない。
「リンデルをすぐ抱き上げて」
「いや」
いいです。知りたくないです。
「背を向けてしまったから何してたかはわからないけどあれはなぁ…」
「え」
あれって何。
怖い。
「いろんな憶測を呼んだわよね…」
「ちょっと?!」
呼ぶな!帰れ憶測!
「うふふ、大丈夫よ。とりあえず二人を引き裂くような輩は現れないとだけ言っておくわ」
「そうだな、男として尊敬したとだけ言っておく」
「……」
何それ不安しかないんだけど。
聞きたいけど聞きたくない私の耳に、更に聞きたくない爆弾が盛大に爆破した。
「さすがエロゲーのヒーロー…」
「「「?!」」」
ぼそりと呟かれた言葉に、全員の顔が凍り付き、視線だけがそいつを見る。
「ジャスパー…?」
殿下が恐る恐る声をかけると、ジャスパーさんはにこりと笑った。
「申し遅れました。前世でゲームプログラマーをしておりました田中太郎と申します」
「前世ってお前…!」
「ゲームプログラマーですって?!」
「田中太郎!?」
「リンデル?」
「ごめんなさい」
いやだって、殿下が次郎で従者が太郎て。
とりあえず殿下とジョセフィーヌに睨まれたので姿勢を正した。
「とりあえず殿下の方は『Rose Garden』、ジョセフィーヌ様の方は『薔薇色の君』の世界だと思われていたのですね」
「あぁ、RPGかと思って買ったらギャルゲーだったから覚えてる。すぐクリアしたけど」
「あらそうなの?私は普通に乙女ゲーとして買ったわ。2周して隠し要素もクリアしたもの」
殿下の言葉にふふんとドヤってるジョセフィーヌ様。
なぜ張り合う。可愛いけど。
「えぇと、実際は違ったってこと?」
「そうですねぇ、実際は『○○○○○○○○』の世界観が近いかと」
「「「ぶっ?!」」」
全部放送禁止用語!!お前この場でよく言えたな!
殿下ですらドン引きしている。
わかるわかる。もうタイトルでエロゲーってわかっちゃうもんね。
「いや、それにしては世界観が似すぎて…まさか」
何か気づいた様子の殿下に、ジャスパーさんもとい太郎が神妙な顔で頷く。
「はい、同じ製作者です」
「待って、だからってキャラまで同じとか…まさか」
何か気づいた様子のジョセフィーヌ様に、ジャスパーさんもとい以下略。
「はい、使い回しです」
「ちなみにストーリー的な展開は…?」
恐る恐る尋ねてみると、ジャスパーさんは苦笑した。
「さすがに変えてますよ。足して二で割った感じに」
「「「使い回しじゃねぇか!!」」」
「私は依頼された仕事をこなすだけですからねぇ~文句言う時間があるなら寝ますよ、ははは」
「「「……」」」
プログラマーの闇を見せつけられては黙るしかない。
彼らの犠牲の上に私たちの娯楽が成り立っているのだから。
私はパズルゲーとRPGしかやらなかったけど。
とりあえずジャスパーさんにどんなストーリーか話を聞いた。
おいキャラの性癖はすっ飛ばせ馬鹿。
まぁそのゲームはヒーローとヒロインがそれぞれいるらしく、男視点、女視点で楽しめて基本は1対1の仕様らしい。複数もいけるが気を抜くとすぐバッドエンドになるらしい。浮気ダメ、ゼッタイ。
あとは制作者の悪ふざけでハーレムと逆ハーレムだけはハッピーエンドになるが現実で照らし合わせると24時間365日不眠不休で秒刻みのスケジュールをこなさなきゃなのでまぁ心配しなくて良いだろうとのこと。良かったけど悪ふざけが過ぎる。
キャラはメイン10人+シークレットキャラ2人の計14人。え、多くない?
ていうかぶっちゃけあの場で向かい合ってた面々だそう。私とテオ含む。
本当に足して2で割った感じで作ったので製作費は安く済んだらしい。知らねーよ。
エロゲー的にはあのダブル婚約破棄からストーリーが始まるんだって。滅茶苦茶過ぎると思ったが、ストーリー性よりエロを重視した結果らしい。頭ん中どうなってんだ。
ちなみに、テオのコンセプトは
「牙を剝く狼の皮をかぶった捕食時のクリオネです」
「待って、意味が分からない。あとコンセプト長い」
なんでキャラ作るときに修飾語つけたの、と思わず突っ込む。
そんな私の言葉よりも先に納得気味な殿下と首を捻るジョセフィーヌ様。
「牙を剥く狼…」
「捕食時のクリオネ…?」
「狼だけだと、普通にクールでかっこいいよくあるキャラとか言われるから絶対嫌です、とキャラデザ担当が」
「だからって何故…」
「一匹狼的なキャラなら他にもいますし、見た目を恐れない特殊性癖を持つ女性にだけ心を開く設定だったので」
「それ迫害された化け物の心情では…?」
「そんなことより特殊性癖って何?!」
人を変態みたいに言わないでほしい。テオは怖くないし。可愛っこいいだけだし。
「まぁファンタジーですから」
それ言ったら全部ファンタジーで片付いちゃうじゃん。
「ちなみに何故捕食時のクリオネなんだ?」
「全身でがばっと行く感じをイメージしたらしいです」
「「「……」」」
現場はしん、と静まり返った。
「…もっと、こう、何か他に、あったんじゃ、ないのか?」
気遣わし気な視線をこちらにちらちら寄越しながら尋ねる殿下。優しさがつらい。
「そうよ、他に…えっと…あの…ね、リンデル?」
思いつかなかったのかこちらに意見を求めて来るジョセフィーヌ様。やめてください。
「当時はみんな疲労で頭が回って無かったんじゃないですかね?」
「「「…そう…」」」
プログラマーの闇を叩きつけられては、もう我々には黙る以外の方法がない。
きっとゲームをリリースするまで、誰も気づける余裕が無かったんだろう。
「とりあえず最初のイベントがリンデル嬢とティオニア様のあれやそれになります」
「…さいですか」
イベント言うな。
「ちなみに全員がくっつくまであれやそれが続きますが結婚後はわかりません。多分増えるんじゃないですかね」
「嘘でしょ?!」
不穏なこと言われた!しかも投げやり!!
詳細を聞こうとしたけど無理だった。
ジャスパーさんは私をきれいに無視すると、殿下とジョセフィーヌ様に向かってにっこり笑った。
「それから次はお二人ですから頑張ってください」
「「は?」」
爆弾魔だ。爆弾魔がいる。
慌てふためく二人をよそに、私は遠くを見つめた。
続くんだ…
しかも増えるかもなんだ…
乙女ゲーでもギャルゲーのモブでも無いと油断していたら、もっとやばい方のゲームに転生してたとか全然笑えない。
救いなのは、テオが私の好みにがっちり嵌ってたことと、既に私たちの話が知らない間に終了していたことだけだ。
つまり今後一切悪いことは起こらないし、巻き込まれない、はず。
すっかり冷え切った紅茶を一口飲む。
いつの間にか殿下の膝の上に乗せられて真っ赤になったジョセフィーヌ様に、私は先輩としてアドバイスを送った。
「ジョセフィーヌ様。心配いりません。気づいたら終わってますから」
この世の終わりのような顔をしたジョセフィーヌ様は、殿下に何事かささやかれるとほっとした顔で小さく頷くと立ち上がった。
あ、これお持ち帰りされるな。
「ごめんねリンデル。ちょっと休ませてもらってから帰るわ…」
この流れで勇気あるなおい。
殿下が何言ったのか知らないが信用しない方が良いぞ。
しかし殿下の目が怖かったので私は視線を逸らして口を噤み、笑顔で「ゆっくり休んで」とだけ伝えておいた。
本当に休めるかは殿下次第だが、殿下に(見た感じ)優しく肩を抱かれてふらふらとこの場を去っていくジョセフィーヌ様。
きっと彼女も明日には私の仲間になっていることだろう。
うん、まぁ愛されてるってことで良いんじゃないですかね。
もてなす側が消えるという暴挙を、広い心で許した私は、やけ酒のように紅茶を飲み干した。
おわり
↓↓↓↓↓↓↓↓↓おまけっていうか蛇足っていうか↓↓↓↓↓↓↓↓↓
主催者も居ないし紅茶も無いので、私はジャスパーさんのエスコートで出口へ向かった。
「では、お迎えも来ているようですので私はこれで」
「え?」
あらぬ方を向くジャスパーさんの視線を追う。
「リンデル!」
「テオ?!」
振り返ると愛しい人が嬉しそうにこちらへ手を振っていた。
喜びでちぎれんばかりにぶんぶんと振られる尻尾が見えるようだ。
「可愛い…」
「いやいやあれはどう見ても生贄を食べる前の悪魔の笑みですよ」
「ジャスパーさんって乱視でした?」
「えぇ…」
まるで奇妙な生き物でも見たかのような表情をしたジャスパーさんに別れの挨拶をして、テオの元へと急
ぐ。
ちょっと遠巻きに騎士が囲んでるように見えるからではない。
若干剣に手をかけて、テオの一挙手一投足に注意してる騎士も居るから急いでる訳では決してない。
「リンデル、お帰り」
「ふふ、ただいまテオ。迎えに来てくれたの?」
「うん、ちょっと前にね」
「そうなの?ありがとう」
目の前に来るや否やハグされ、にこにことご機嫌なテオと会話をしていると、視界の隅に門番さんが入ってくる。
訝しんでいると急にピースされた。
え?なんでピースサイン?
今度は時計を指さす。
んん?
ピース…時計…はっ…2時間?!
「テオ、本当にちょっと前?」
「多分。リンデルのこと考えてたらすぐだったから」
「っ…!!」
可愛すぎて思わず抱きしめた。
テオが負けじと抱きしめ返してくる力強さに若干命の危機を覚えつつ、門番さんが咳払いし過ぎてせき込んでしまったので目で謝罪しつつテオの馬車に乗って帰った。
馬車が到着して改めて気づいた。
どう見ても我が家ではない。
テオの家だ。
これは夕飯は一緒に食べたいという無言の訴えか。
「…テオ?」
「嫌だった?」
しょんぼりキュートぉおおっ!!
これは自分が可愛いから許されるとわかっているあざと可愛い奴だ!
策士め!!
「まさか!」
「良かった」
んんんんん!!!
萌え殺される!!
悶えていたせいで嬉しそうに私を抱き上げるテオに突っ込みが遅れた。
「テオ?!歩ける!歩けるから!!」
「でも疲れてるでしょ?」
「大丈夫!せめてご挨拶が終わるまでは…!」
お姫様だっこされたままでお義父様とお義母様に挨拶とか無理!!
後生だから降ろしてくれ!
「大丈夫。父も母も昨日から領地へ視察に行ってるから」
「へ…?」
待って、それ、だいじょばないやつじゃない?
「二人っきりだよ?」
「あの…」
使用人さんたち居るからね?
全員の視線が明後日どころかはるか未来に向かってるけど居るからね?
「それに、リンデルお腹いっぱいって言ってたし。うん、部屋に行こう」
「テオ…?」
満腹だからお部屋って何。
ワンチャン応接的なとこかと思ったけどどう見てもテオの部屋へ向かっている。
お昼寝?お昼寝だよね??
お腹いっぱいで疲れて眠そうな婚約者を寝かしつけてくれる感じだよね?
色んな意味でドキドキしながらテオの部屋へ入る。
扉が閉まった。
いやちょっと待とうか?!
抗議の声を上げる間もなくソファに座ったテオの膝の上へと落ち着いた。
いや全然落ち着かないけどね。
ソファだしセーフセーフ。
「リンデル…」
「っ!?」
どれくらい経ったかは分からないが、夕飯ができたと呼びに来る声でやっと解放された。
どうやらテオさんは人目をはばからずイチャイチャしたかった模様。
外でも大概気にしてないじゃないか、と思わないでもなかったが、私の抗議の声など萌えと羞恥で泡と消えた。
えぇ、今まで序の口だったことをわからされましたよ。
テオは満足したのか、大変ご機嫌なご様子で私を抱き上げた。
体力と精神力が枯渇したために突っ込む気も起きない。
「可愛い…」
「ひぅっ…!」
ちょっと目が合っただけですりすりされた。
もうお腹いっぱいです!
さすがに部屋を出てからは人目を気にするモードに入ったが、滲む視界に使用人たちの生温かい視線が入って来るのを目を閉じてやり過ごす。
食堂には何故か椅子が一つしかなく、案の定テオの膝の上でご飯を食べさせられた。
味はよくわからなかった。
そして食事を終えて、私は今、テオ宅でお風呂に入っている。
大浴場なのでとっても広い。
「いやいやいや、なんで…?」
まぁ何でっていうか、話の流れで泊っていくことになったんだけども。
萌えと悶えと羞恥で朦朧としている私がうっかり頷き、慌てて訂正しようとしたが、それはもう嬉しそうな笑みを浮かべたテオを見て口を噤まざるを得なかったからなんだけども。
お風呂を出て身体を拭きながら考える。
あれ、テオってもしかして腹黒い…?
いやいや、普段はシベリアンハスキーのよにきりっとしてて、甘えて来る時はゴールデンレトリバーのように懐っこくて愛らしくて純粋なテオに限ってそんな馬鹿な。
着替えを終え、私は慌てて愚かな考えを打ち消した。
「頭振ったらのぼせちゃわない?」
「そうね、気をつけ…きゃああぁああっ?!」
「リンデル?!」
「〇◇△×卍…っ?!」
言葉にならない声を出しつつ顔だけで振り返る。
案の定テオが居た。
いくら婚前交渉済みとはいえまだ婚約中。
浴室に乱入はダメ、ゼッタイ。
「テ…?なん…?」
「迎えに来たよ」
「迎え…」
戸惑いと羞恥で言葉が出てこない私にはにかむテオ。
可愛いな、おい。
いや惑わされてはいけない。
お茶会が強制終了した時もお迎えと称してお持ち帰りされたじゃないか。
未遂とはいえあの羞恥に耐えた時間を忘れるな、私。
「嫌だった?」
しょんぼりしたテオの顔に嫌ですと言えるはずも無く。
「嬉しいです!!」
「良かった」
居酒屋の店員並みに腹に力を込めて叫んだ。
はにかみテオさん頂きました!!
うん、わかってる。
私は馬鹿だ。
はにかみテオさんにいつも通り悶えれば、阿吽の呼吸で姫抱きされる。
後はわかるな?
そういうことだ。
せーの。
あーーーーーーーーーーっ!!!!
終わり。
お読みいただきありがとうございました。
「あーーーー!」と雑な世界観が混在したせいで振り回されるヒロインが書きたかっただけの一品。
後悔はしていない。
ちなみに蛇足のテオさんの乱入事件は当初、お風呂の予定でしたが自重させました。
リンデルのイメージは怖くない日本人形。
ジョセフィーヌさんのイメージは怖くないビスクドール。
転生組にテオさんを犬で例えてもらいました。
リンデル「普段はクールでかっこいいいシベリアンハスキー。甘えてるときはゴールデンレトリバー。拗ねてるときはサモエドで…」(うっとりしながら)
ジョセフィーヌ様「控えめに言って狛犬の阿の方」(真顔で)
次郎「素晴らしい番犬になると思うよ」(そつのない笑顔で)
太郎「狂犬病にかかった狼」(真顔)