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見習い魔術師と X X X  作者: Lumie
見習い魔術師と通り魔
8/23

新しい訓練

 学校へ行き授業をうけ放課後に先生のマンションを訪ねた。多すぎるキッシュについて先生に抗議したところこれからはもう少し量の加減をすることを約束してくれた。

 その後地下一階の更衣室で制服から運動着に着替え、地下二階、三番部屋で先生が新しく用意したオートマタを相手に戦闘訓練を開始した。オートマタの見た目自体はほとんど昨日相手にしたものと同じなのだが……。


 明らかに昨日までのオートマタとは行動選択が違う。そもそも腕が分裂して四本になるとはいったいどいう言うことか。

 まるでどこぞの機械化された将軍だ。四つの手にはそれぞれ低出力のフォトンソードが握られており上下左右から絶え間なく斬撃を浴びせてくる。

 得意の加速術式での先手必勝の戦い方は一切通用しない。私の斬撃はことごとく四本のフォトンソードに受け止められた。

 斬撃のみの戦い方では絶対に勝てないと悟り一度休憩を入れることにした。距離を取って斬りあいが止まったところで、ちょっと休憩! とオートマタに向かって叫ぶと腕をもとに戻して直立不動の体勢になり待機状態になった。


 乱れていた呼吸を整えながらどうやったら攻撃が通るかを考える。

 何か有用な術式はないだろうかと壁際に置いておいたカバンからノートを取り出す。

 幻惑魔術……打ち込んだ瞬間どれが本体かばれるのでアウト。オドによる疑似腕部による同時攻撃方法……フォトンソードが複数必要になるからなしかなぁ。

 壁に背を預けながらノートをパラパラめくっていると目に留まる魔術があった。

 「式神……」

 陰陽道のあの式神である。これを四体出して私を含めて五人で戦えば勝てるのではないか?

 少々安易すぎるが今思いつくのはこれしかない。いったん戦闘訓練を終わらせて術式の勉強に移ろう。

 「今日は終了。格納室に戻って」

 オートマタに向かって指示すると、オートマタは無言で部屋を出ていった。オートマタを格納している部屋は別に用意されている。


 地下一階に設置されているシャワー室で汗を流し、制服に着替えてからエレベーターで最上階の先生の部屋へ向かう。

 途中エレベーターから見える都会の景色は茜色からダークブルーに代わっており、ビルの窓から漏れる光や航空法にのっとって設置された航空障害灯が明滅しているのが見える。

 

 ポーン


 最上階へ到着した。エレベーターを降り廊下を渡り、ドア横の機械に手を当ててロックを解除する。

 ドアを開けて廊下を歩き図書室となっている右側の三つの部屋のうち真ん中のドアを開ける。

 中に入ると古い本特有の甘い香りがする。手探りで壁にある電気のスイッチを探して押す。

 電気がつくと等間隔で並べられたいくつもの木製の本棚が目に映る。本棚は木の色をそのまま生かしたものになっていて、人が二人ほど通れる間隔でおかれている。

 横の長さは十五メートルほど、高さは私の顔の位置くらいになっている。壁に目をやるとすべて本棚に占拠されている。こちらの高さは私が手を伸ばしてギリギリ届くかどうかの高さになっている。そのため一番上の本を取るための小さい脚立が用意されている。

 たしか私が探している本は、壁の本棚ではなかったはずだ。

 入口から一番近い通路に入り本を探し始める。先生しか利用しなかった時にはジャンル分けの見出しプレートはなかった。私が利用するようになってから先生が白百合に命じて作らせたおかげでお目当ての本を探すための労力が減った。

 いくつかの本棚の間の通路を行き来したところで私は、陰陽道と書かれたプレートを見つけた。 

 一冊手にとり必要な術式が解説されていないかとうどうかページをパラパラとめくり始めた。


 三十分後、それらしい学術書を持って書斎に来ていた。用意するのは厚紙とハサミとペン。

 まずは、厚紙に人型を描き、それにそって紙を切っていく。手先の器用さにはあまり自信がないがまあうまく切れていると思う。

 失敗したとき様に、数枚切ってから式神用の図形を描いていく。

 式神を作るには紙に呪文を唱えて息を吹きかけるというのが古来のやり方だ。現代では式神を宿したいものに力のある図形を書き込み、透明化させて何が書いてあったか他者にはわからないようにする。

 力のある図形とは陰陽道が盛んだった平安時代から現代にいたるまで伝承されているものである。

 魔術というのは物質の意思に干渉する技術だが、干渉するときに普通の言葉では干渉しきれない。物質が物質たり得ているのは強い意志によるものであるからだ。その強い意志に対してこちらも強い意志を働きかける必要がある。そこで有効なのが長い年月使われてきた言葉や作法だ。たくさんの人の思いが長い年月の間積み重なったそれらは、物質の強力な意思を揺らがせるほど重い。加速術式なども実は系統化されて、たくさんの人々がそうであれと願ったがゆえに完成された魔術である。


 教科書を見ながらボールペンで象形文字のような図形と動力元として周囲のマナを吸引し続ける言葉を足したものを書き込んでいく。

 教科書に書かれている図形はひどく複雑でまねることすら大変だった。根気よく教科書の図形を模写していく。

 十分ほどかかったが、何とか一枚目を完成完成させたので、起動するために自分のオドを流し込む。するとぷすっという音を立てて紙が燃え上がって失敗する。

 「燃えるの!?」

 まさか十数分の努力が一瞬で消えて無くなるとは思わなかった。


 その後何枚か札に図形を描いては燃やすということを繰り返していくうちに予備の人型がなくなってしまった。学術書をもう一度読み直していると、別に人型ではなくても作成できることを知り、面倒になったので長方形の紙に図形を書き込むやり方にシフトした。

 しかし、失敗はさらに続いた。頭を抱える私に先生は、椅子に座り書斎机の紙にペンを走らせながらこちらをちらりと見て一言、

 「質量保存則を無視しているからですよ」

 と答えをくれた。わかっているなら初めから教えていただきたい。少々イラッとしながら先生の先ほどの言葉について考える。なぜ教科書には質量保存則を無視した術式が書いてあるのか?

 「簡単な用事を済ませるだけだったら、幻影を張ればいいだけなので質量はいらないのです」

 黒革の椅子に座たままこちらに体を向ける先生は、簡単なことでしょうといわんばかりに答える。

 私の思考を読んだかのような応答が少々恐ろしい。ちなみに今日の先生は黒のワンピースに赤のボレロを合わせた服装をしている。先生は相当にワンピース好きと見える

 「え、じゃあ戦闘用の式神って実現不可能なんですか!?」

 私はちょっとした絶望を感じながら訊ねた。

 「作れますよ。完全に体を作りたいならば周りの物質を分解、再構築して人型にする感じかしら」

 先生はティーカップ片手に正解例を答える。ほのかにダージリンの香りが漂ってくる。

 「それって高等魔術じゃないですか! 入門してまだ数か月の私にできるわけがない!」

 またも頭を抱える私、殴ることに特化しすぎたつけがここにきて回ってきた。

 「これ以上は答えになってしまうから言いませんが、高等魔術なしでも戦闘用の式神は作れますよ?」

 にこやかに先生が言う。それっきり椅子を書斎机の正面に向けて紙にペンを走らせ始めた。

 「……どうぞ」

 そろそろ休憩をしてはどうかという意味だろうか、白いフリルのあしらわれたワンピースを纏った白百合がお茶と焼き菓子をトレーで運んできた。

 ソーサ―に乗せられたティーカップと花の柄がちりばめられた皿に載せられたマドレーヌが私用のテーブルに置かれる。

 白百合がティーポットをもって少し高い位置からティーカップへ回し入れるように紅茶を注いでいく。なんでもこれが一番紅茶の香りが引き立つらしい。

 紅茶を一口含んで香りを楽しんでから飲み込む。私の方は柑橘系が柔らかく香るものだった。アールグレイほど強い香りではない。

 疲れた頭には程よい香りだ。今抱えている問題をいったん頭から投げ出して紅茶を楽しむ。

 マドレーヌをちぎって口に運ぶとバニラの香りがいつもよりも控えめに鼻孔をくすぐった。これは紅茶の香りを楽しめということだろうか。マドレーヌを流し込むように紅茶を飲むとマドレーヌの甘い味の後にふわっと柑橘類の香りが広がる。当分はこの香りに浸っていようかと思った。


 その後数日は式神について学術書を読み何か良い方法ないかを調べつつ、フォトンソード一本で四つ腕オートマタを攻略できないか試みる日が続いた。結果はいずれも芳しくなかった。

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