戦闘訓練
タワーマンションは地下二階まである。その二つの階の所有者は先生だ。どれだけお金持ちなのか気になるところだ(実際聞いたらスイス銀行に一億ドルほどとはぐらかされた)。
地下は実技用に区画が仕切られている。どんな激しい爆発を起こしても壊れることはなく音も外に漏れないようになっている。魔術で障壁を張っているらしい。
今回使うのは三番部屋。主に近接戦闘を訓練するための部屋だ。内装はとてもシンプルで四辺のうち三辺がコンクリートがむき出しの壁となっており、入口から見て奥の一面だけいくつもの金属製の扉が取り付けられていて、中には多種多用な武器がしまわれている。床と天井もコンクリートむき出しである。
今私は模擬戦闘用のオートマタと対峙している。距離にして十メートル。先生は私の後方で背中を壁に預けて立っている。ちらっと横目で見たがいつもより眼差しが鋭い気がした。
私と対峙するオートマタは見た目はマネキンの様だが、自然界の魔力=マナを吸収し自立行動に必要なエネルギーに変換して、まるで本物の人間のように動くように設計されている。簡単なものであれば魔術も使用できる。基本的には拳を使った攻撃を採用することが多い。
見た目は洋服店でよく視るマネキンだ。ただし表面はレザーになっている。戦闘訓練用なので髪はなく、顔も目の位置が少しくぼんでいて、鼻が出っ張りで表現されているだけだ。あとは申し訳程度に、Tシャツと半ズボンが着せられている。裸は少々よくないという配慮らしい。
対する私も体操着という軽装だからあまり違いはないが。
私とオートマタは現在手には何も持っていない。戦闘の形式は素手による格闘戦だ。ただし魔術の行使は許可される。
先生からの視線を感じいつもより緊張感が増す。演習開始の合図は先生が出すことになっている。
私は合図が出る前から戦闘プランを練っていた。私が得意とするのは、いや訂正しよう使用できるのは加速術式と硬化術式だけだ。加速術式は物体がとどまっていようとする意志を加速したいという意志に書き換えるものだ。
加速の状態に書き換えられるのは体の重心なので使用すると、お腹のあたりがグイっと引っ張られるような感覚がする。使用後はしっかり体勢を整えなければならない。
もう一つの魔術、硬化術式は物質が持っている自由でありたいという意志や柔らかくつながっていたいという意志を書き換え、強くつながっていたいとするものだ。これによって人体でも鋼並みの剛性を得ることができる。
さて、今私がいつもやる戦法は、加速術式で一気に間合いを詰め蹴りにより損傷を与え行動不能にするというものだ。相手に攻撃される前に攻撃して沈黙させる。シンプルだが効果的だろう。
そんな風に、私がいろいろ考えていると、先生が後ろからそろそろ準備はいいですか? と訊いてきたので少し後ろを向いて先生を視界の端にとらえながら、はいと答えた。
それでは、と先生が一呼吸おき、
「はじめ!」
といつもより鋭い声で実技開始の合図をだす。
開始の合図と同時に私は、加速術式を使用するために体内のオド=生命の魔力を循環させる。体内のオドが励起するとすぐさま加速術式をくみ上げて待機状態にする。この間コンマ一秒。
訓練を始めた頃 (術式を覚えたての頃の除くが)は組むまでに二十秒かかっていた。
そのあいだにオートマタは間合いを一気に詰めてきている。
私は、腰を落とし重心を下げ前景姿勢になりながら加速術式を組み即座に発動、同時に地面をける。ぐっと体が前へ引っ張られる感覚、前傾姿勢から足が前に出るように体勢を整える。相手は右手を握り、体を右に捻って右ストレートの体勢に入っている。
拳よりも蹴りの方がリーチがあって有利だろう、そう考え私はラ〇ダーキックよろしく蹴りの体勢を維持する。
ここでオートマタの行動に変化があった。私の体勢を見ての反応なのか、オートマタが右手拳を開いた。最も威力が強くなる地点での打撃が不可能と判断して対応、防御体勢に入るのだろう、後の先を取るつもりか……。
しかし、こちらの体勢は切り替えることができない。加速術式ならばとも一瞬考えたがそれでも体勢を立て直す時間はないだろう。予定通り腹部めがけて蹴りを入れることにする。
するとオートマタの右手がすっと腹部に動く。私の渾身の蹴りは右手一本で止められた。
インパクトの瞬間足の裏でグニュっと柔らかい感触を感じ取った。衝撃が吸収されてお互いの動きが一瞬止まる。
すかさずオートマタが体を捻って蹴りを入れようとしてくる。
このままではもろに蹴りを受けてしまうので少しだけ曲げることができた膝で相手の手を思いきり蹴り、その反動で態勢を整えながら後ろに後退することでギリギリ蹴りの範囲から逃れることができた。
かわした直後オートマタの蹴りが空を切る。
危なかったと内心ひやりとしつつ、まだ相手の間合いにいることには変わりないのですぐさまバックステップで距離をとる。
間合いから出たところで相手の右手に目をやるとオートマタの右手が少しだけ揺らいで見えた。インパクト時の感触と合わせて考えると、空気密度を上げて防壁を組んでいると考えるのが妥当か。
身の回りの物の硬度を上げて防具にするのは、魔術師同士の戦いではよくあることだ。その身の回りの物の範囲に空気まで入っているのである。
空気を圧縮した防御壁は組むのが簡単でそれに対して効果が高い。訓練用のオートマタでこの防御方法をとるのは理にかなっている。
しかしこれには欠点もある。
術式を三つほど組む必要がありそうだ。しかし悠長に構えていると相手から間合いを詰められて防戦一方になってしまう。さてどうしたものか……。
ここでふと繰り返し起動を思い出す。同じ魔術ならば事前に使用した魔術で発生した余剰オドから術式を逆算して連続起動できるというものだ。物理的防御が苦手ならばすべて躱してやればよいだけだ。私にとっては少々高度な技術だが見栄を切った手前苦戦を見せることはできない。やってやろうではないか!
精神を研ぎ澄ましオドの残滓を読み取る。ゆらりと体にまとわりつくように存在しているそれを知覚する。
いける――!
術式の逆算が始まり、ほぼノータイムで加速術式が発動可能状態になる。
続いて術式の構築を開始する。その間オートマタが間合いを詰め正拳突きを繰り出す。
加速術式で体を左にそらしてそれをよける。それによって発生した余剰オドを読み取りさらに体を加速させて間合いを取る。
余剰オドの読み取りと並行して別の術式をくみ上げを進めていく。マルチタスクは魔術の基礎中の基礎だ。
もう一度加速術式を発動して間合いをさらにとる。加速が止まり床に両足をついた時点で組んでいた術式が起動可能状態になる。もう一度空気圧縮防壁を張ってきたらそこが相手の弱点となる。
オートマタも加速術式で間合いを詰めて来きた。それに合わせて私も前へ出る。
オートマタは再度右手に拳を作り右ストレートの体制に入る、間合いで言えば蹴りの方に利がある。そして相手は加速していて十分に速度が乗っているので、私の方で加速する必要性もないだろうと判断する。強く地面をけり飛び蹴りの姿勢をとる。
待機状態にしていた術式一つを発動、脚を硬化させて鋼並みの剛性を得る。
オートマタの姿が陽炎のように揺らめく。拳以外をすべて圧縮空気防壁に包んだらしい。
これは私に軍配が上がるだろう。待機状態だったもう一つの術式を開放する。揺らめいていたオートマタの姿がはっきり視認できるようになる。
空気は自由気ままに空間をさまようもの。それを集合していたいというあり方に書き換えることで防壁としての機能を果たしている。だから空気を構成する分子に干渉して散っていたいというあり方に書き換えたのだ。
空気の濃度は下がり防壁としての役目を果たせなくなる。オートマタは呼吸をしないのでそれに気づくのが一瞬遅れる。
気づいた時には私の足がオートマタの胸に届いていた。相手の加速が乗った状態の私の蹴りはオートマタの胸部を粉砕した。
床に着地しオートマタが再起不能であることを確認する。
パチパチパチ後ろから手を叩く音がする。
「はいよくできましたね。術式の連続起動、圧縮した空気の障壁に対して空気の濃度を下げることでの妨害。よく訓練していますね。現在使用しているタイプでは相手にならないでしょう」
先生がうれしそうな声で私をほめる。私も褒められたのがうれしいのでつられて笑顔になった。
「素手での戦闘はだいぶ慣れたようですね。さて次はどうしましょうか……」
少し先生は考え込むと、新しいステップへ移りましょうときりだす。
「武器の使用を前提としたオートマタを組みます。あなたには武器を渡しますのでそれに慣れてもらいますね」
そういうと訓練室に設けられた武器庫から短い棒状の物を取り出した。長さにして三十センチほどだろうか。全体的な色は銀色で両端が少しだけ太くなるように段差ができている。
中央を握るようで、グリップがよくなるように銀色の地と黒いゴムのような素材が縞状になっている。グリップの中央と少し太くなった段差のあたりに赤いボタンの様のものがついている。
「フォトンソード。周囲からマナを吸収し高出力の光に変える魔術武器。軽くて取り回しがよいです。なにより起動していないときはただのおもちゃにしか見えないから一般人が携帯していても銃刀法に引っかかりません」
先生は、そういいながら赤いボタンを押してフォトンソードを起動させる。
青い光が伸びて剣になった。何度か体の周りをなぞるように振り回すとそのたびにブオンブオンという音がした。すごくジェ〇イっぽい。
「その気になれば銃弾をはじき返すことも可能です」
にこっと先生が微笑む。私は少しひきつったような笑い顔をしながら、
「先生、それは明らかにライトセ〇バーではありませんか?」
といったが先生は、
「よく似ていますが別物ですよ?」
それはそれは白々しい口調だった。