魔術の師
教室が西日で茜色に染め上げられるころ、帰りのショートホームルームが終了した。
部活に行く者、友人と帰りに寄り道の話をする者、そのまま家に帰ろうとする者、思い思いに活動開始するクラスメイト達。
そんないつもの光景を横目にみながら、私はカバンに教科書や筆記用具を手早く詰め込んでいく。
私が通う高校は地域ではそこそこの偏差値で一応進学校を名乗っている。二年生の私はその中で中の上といった成績を保っている。容姿はまあ・・・いいとは言えないが悪いとも言えないと・・・信じたい。
髪は茶色に染めてツーサイドアップにしている。この年になってまでまだツーサイドアップというのもどうかと思うが私はこれが好きなのだ。
さて、今日持って帰るのは国語と英語だけでいいかな。数学と物理には居残ってもらおう。
カバンを手に取ったところで声をかけられた。
すぐそばに女子生徒が立っている
「坂上さんこの後、御崎たちとカラオケ行くんだけど一緒にどう?」
そこそこ交友関係のある同じクラスの野田咲来が話しかけてきた。彼女はこのクラスでは比較的社交性のある生徒だ。
髪は染めておらず、本人の快活さを表すように、長いそれをポニーテールまとめている。スカートもだぼったくないように少々短めだ。
たまにこうして誘われるのだが今回は断ることにする。
「ごめーん今日も用事があっていけない!」
「残念!坂上さん忙しいもんね!じゃ、バイバイまた明日!」
そう言うと彼女は二人の女子生徒のもとへ駆け寄った(どちらの生徒ともある程度知った仲である)。何やら話しているが多分私が参加できないことについてだろう。
話が終わると教室の出口へと三人が歩きだす。教室を出る際振り向いて咲来が手を振ってきた。私も軽く手を振りかえした。
さて私も行くとしよう。部活に行く人たちを横目に教室を出る。私は部活に所属していなければ塾にも通っていない。その代わりほぼ毎日通う場所がある。
階段を降り昇降口で靴を履き替え外へでる。少しばかり冷たい風が顔を撫でた。季節は秋、少し冬に足を突っ込みつつあり学校指定のブレザーでは少々肌寒くなってきた。
でもこれからホットコーヒーがおいしくなる季節がやってくると思うと少し頬が緩む。(コーヒーはブラック無糖でホットが一番美味しいと信じている)緩んだ頬のままでいると危ない人間に思われかねないので表情を戻して駅へと向かった。
目的の場所は学校の最寄り駅から三十分ほど電車にゆられ、歩いて五分のところにある。
そこにありまするは、高い高い(物理的にも金銭的にも)タワーマンション。いつも見上げては、いいとこ住んでいるなと思う。
さて、借りているカードキーで入口を開けエントランスを通り抜けエレベーターに乗り込む。目的の階は最上階。
エレベーターは外の景色が見えるように設計されていて、駅前のビル群を望むことができる。
西日を反射する高層ビルの窓がまぶしい。その無機質な眩しさが私の目には美しく映る。
私は都会への強い憧れがある。無機質なコンクリートジャングル、密度は濃いくせに人間関係はどこまでも希薄な人混み。どこへ行っても同じメニューが並ぶマニュアルにきっちり従ったコーヒーショップ。どれもとても良い。
ポーン!
そんな思いにふけっていると、最上階についたようだ。
エレベーターを降りるといくらか廊下が伸び、その先に黒の地に銀色の素材で植物の花と蔦、それと蝶があしらわれたドアがある。
最上階には一部屋しかない。廊下を渡りドアに取り付けられた機械に意識を込めて手を当てる。ここに通い始めたころは一々インターホンを鳴らしていたが別にそんなことはしなくていいと言われて以来鳴らさなくなった。
ドアを開け中にはいると一人の少女が立っていた。
身長は百五十センチくらい、体は細く腰まで届く白い髪をストレートにおろしている。肌は病的までに白く、瞳はルビーを思わせるほど赤く深い。
その瞳は私にそっと向けられている。およそ人とは思えない美しさである。
服装は、白のワンピースで少しフリルがあしらわれていてゴシックロリータの要素が盛り込まれている。ワンピースのスカート部分の丈は膝を隠すくらいになっている。
この手の服装で膝までだと少々だぼったくなるのだが、少女のそれは全くそれを感じさせない、うまく仕立てられている。
その少女はこちらに向かって深く一礼したのち
「いらっしゃいませ坂上美結」
と無表情で私を出迎えた。
「白百合さん今日先生は?」
「書斎におります」
白百合は恭しく答えた。
「わかった、ありがとう!」
軽く頭を下げて礼を述べた。
書斎は玄関からまっすぐ突き当たりにある。
白百合がスッと壁際に避け道を開けてくれた。
靴を脱ぎスリッパに履き替える。廊下を進み銀色のプレート(Study Room-書斎-と書いてある)が取り付けられた木製のドアをノックする。
「こんちには先生!」
返事を待たずに開けて中に入ると、壁一面を本棚で囲われた部屋が目に映る。
手前にダークブルーの一人用のソファーと天板がガラスでできた小さなテーブル、その奥に艶消しが施された木製の書斎机があり、頭まで預けることのできる背もたれがついた黒い革張りの椅子がおかれている。
今その椅子の背もたれはこちらに背を向けていてだれかが座っていることだけが分かる。
その先には一枚ガラスでできた窓があり、この街のビル群を一望できる。
私の声に反応して椅子が百八十度回転する。
赤いワンピースとベージュのボレロを着た女性がそこにいた。
髪は絹のように細く艶やかで漆黒よりも黒いのに不思議な光沢を放っていて、今はそれをストレートにおろしている。
それはとても長く、座っている椅子の座面よりも下に毛先がある。美しい黒髪に対して肌は透き通るように白い。身長は百六十センチくらいだろうか、痩せてはいるがスレンダーという感じではない。私もこうでありたいなと思う調和のとれたもので、顔の造形もまた美しく整っていた。
その女性の蒼い瞳が私をとらえる。
「いらっしゃい美結」
人間の美の究極のような女性、名を霜月キリエ、それが私の魔術の先生の名だ。