第87話 潜入
陽が暮れて、光輝は中年と他数名に連れられて研究所の門前までやって来ていた。
「……本当に良いのか? 中に入れば、命の保証は無いんだぞ?」
「構わん。さて、俺はこのまま好奇心で自ら連いて来た旅人を装ってて良いのか? それとも、お前らに脅されて嫌々連れて来られた風の方が良いのか?」
「そうだな……一応脅されてる風の方が怪しくなくて良いんじゃないかな?」
「そうか。なら、門が開いたら適当に俺を殴れ。その方がリアルだろ?」
殴れと言われて、中年は怯んだ。光輝の恐ろしさは嫌と云う程味あわされたから。
だが、他の村人達は、そんな事など知らない為、躊躇なく光輝を殴り飛ばした。それを、中年は慌てて止めた。
「馬鹿! やり過ぎだ!」
「なんでだよ? コイツ、さっきから態度がでかくて気に入らなかったんだよ!」
当の光輝は地面に転がりながらも平然としていた。この方が、光輝は嫌々連れてこられた事を演出出来るから。
(コアーの連中にとって、やっぱり俺はあくまで脅されて連れて来られた実験体と思わせておいた方が好都合だからな。それに、どうせコイツらも間もなく拘束される)
因みに、瑠美には単独で研究所に潜入する事は伝えてある。当然反対されたのだが、事情を説明すると渋々ながら快諾された。
心配はしている。それでも、今の光輝をどうにか出来る様な者は存在しないと、瑠美も信じているからだった。
念の為、光輝は通信機となるピアスを着けている。ここから、瑠美だけで無く崇彦にも音声と映像が伝わる仕組みとなっており、連絡を取り合う事も可能になっている。
そして、コアーが完全にクロだと判断した場合、村の中にいるコアーの協力者に関しても、拘束する手はずになっていた。
門が開き、中からは銃を持って武装した兵士が出て来た。その物々しさは、ここが研究所だと思えない程。
「コイツがノコノコやって来た旅人か? 話では男と女の二人と聞いていたが?」
「残念ながら女の方は直ぐに帰っちまいまして。すいやせん」
「まあいい。さあ、着いてこい」
兵士が倒れていた光輝の脇を掴んで引き起こす。
「ひっ、ひいい! 俺をどうするつもりだ!?」
光輝の言葉は日本語だ。当然他の者には伝わっていない。でも、怯えた表情と相まって、光輝が只の弱者だと誰もが信じきっていた。……中年以外は。
「離せ! 離せぇっ……あがっ!?」
尚も抵抗する光輝の首元に、兵士が注射を刺した。麻酔薬である。
注射を射たれた光輝は力無く項垂れ、兵士に連れられて研究所内へと入って行った……。
研究所の中。光輝は実験体であろう人々が集められた大部屋へと連れて来られた。因みに、まだ気絶している体なので、部屋に投げ捨てられる様に置いていかれたのだが。
大部屋には手錠で自由を奪われた人達が十人程いて、誰もが状況が把握出来ずに困惑した表情を浮かべていた。
(さて……このまま気絶したフリをして暫く様子を見るか)
気絶したままでは翻訳機を使えないので、本来なら言葉が分からないのだが、今の光輝にはピアスの向こうで翻訳してくれる瑠美や崇彦がいる。
「……このまま気絶しているから、通訳を頼む」
光輝が小声で囁く。
『了解。私がやるわ』
『俺の方が良いんじゃないか? だって瑠美ちゃんは正確に通訳しないから……いえ、なんでもありません』
光輝はピアスの向こうの状況を想像して、内心で笑ってしまった。
投げ捨てられ、まだ目を覚まさない光輝を見て、二十歳になるかならないかの男性が口を開いた。
「一体、俺達はどうなるんだ? なんでこんな所に連れて来られたんだ?」
同じ年頃の女性も反応を示す。
「もう嫌! ここから出ていった人達は帰って来ないし、早くお家に帰りたいよ!」
その後もそれぞれが悲観的な言葉を発する。どうやらこの場所が何処で、自分達がどうなるかを分かっていない様だ。
そんな中、光輝は一人の女性に注目する。
(皆不安で取り乱してる中、一人だけ静かに……まぁ、ビビってるだけなんだが、なんとなくハンナに似てるな……)
「俺の視線の先にいる女性、もしかしてハンナのお姉さんじゃ無いか?」
『……お姉ちゃん!? アンナお姉ちゃん! 良かった、無事だったのね!』
普段物静かなハンナには珍しく、大きな声で安堵している様だ。
(なるほど。ならこのままアンナを連れてここから脱出すれば、当初の目的はクリアか。誘拐事件の証拠も、ここにいる人達の証言があれば実証されるだろうし。
だが折角だから、この研究所では一体何が行われてるのかも調べて、もし俺の予想通りだったなら……潰すか)
その時、広間の扉が開いて、また兵士の三人組が入って来た。
「よし、じゃあ……お前とお前と……そこに座ってる女、お前等三人はここを出てもらう」
入って来た兵士は、先程声を上げていた二十歳位の男女とアンナを指名し、連れて行こうとする。
「嫌だ! 離せっ……ぐあっ!?」
男は抵抗を試みたが、首筋に電流の流れた警棒を押し付けられて大人しくなってしまった。
「嫌……嫌ぁっ。ママ……パパ……助けてよ……」
男が容赦なく気絶させられた様を見て、もう一人の女性は泣きながら連行されて行った。
そしてアンナは、怯えた顔はしていたが、それでも悲鳴をあげる事無く、黙って連行されて行った……。
部屋から三人がいなくなり、残された者達は不安と、そして今回は選ばれなかった安心で、複雑な心境になって黙ってしまった。だからだろうか? 先程連れられて来て寝転がっていた光輝がいなくなった事に対して、誰も疑問の声をあげる者はいなかった。
三人は兵士に連れられて、途中で別々のルートに分けられた。
アンナと兵士。その後ろには、サイレント・ステルスで姿を消した光輝が着いて来ていた。
(人間を使っての実験……。事前にハンナに聞いていた話だと、アンナは無能力者だ。無能力者を使った実験の可能性は高いだろうな)
「ひっ!?」
今まではビビりながらも声を上げずに我慢していたアンナが悲鳴を上げる。
実験を行うであろう部屋へと入れられるとそこには、白衣を来た男達と、あらゆる拷問グッズが揃っており、部屋の中央に置かれている椅子には血が染み付いていたから。
(ビンゴか……。コイツらはここで、容赦の無い人体実験をしてる訳だ……糞が)
光輝の中で怒りの炎が燃え上がる。ある意味当初の予想通りではあるのだが、実際に目にしてしまうと我慢出来なかった。
光輝がサイレント・ステルスを解除し、この研究所を殲滅しようかと思ったその時、所内に警報が鳴り響く。
すると、あっと云う間に兵士が次々と部屋に入って来て、見えないハズの光輝を取り囲んで銃口を向けた。兵士は全員ゴーグルを装着している。
(やっぱりバレたか。サイレント・ステルスは優れたギフト能力だけど、人の目は誤魔化せても機械は誤魔化せないな)
サイレント・ステルスは覚醒を経て、姿を完全に消し、それに伴う行動の音さえも消し去る事が可能になった。だが、探知する方法は存在する。あの鬼島や桐生、探知能力者等ならば気配を見破る事も出来るだろう。
そして何より、体温までは変化しない。赤外線カメラ等で見れば一発でバレるのだ。実際、研究所内に設置された監視カメラが熱にも反応するタイプだった事から、光輝の存在はバレたのだ。
「大人しく手をあげて、姿を表せ」
一人の兵士が銃口を光輝の身体に押し付ける。見えてるアピールだ。
光輝はすんなりと能力を解き、両手を上げて姿を現す。
「貴様はさっき連行された実験体? お前、我々を騙して潜入したんだな?」
「……さあ? そうかもしれないし、違うかもしれない」
銃口に囲まれながらも冷静な光輝に、兵士達も違和感を感じている。そして、冷静なのはピアスの向こう側の面々も同様だった。
『おい光輝、ここはもう少し大人しく従って、もう少し探りを入れよう』
至って当たり前の事の様に指示をする崇彦に、光輝は内心で舌打ちをする。
(他人事だと思って簡単に言うなぁ、俺の相棒は。……まぁ、簡単な事ではあるけど)
「能力者は実験体にはならない。悪いが、ここで死んでもらう……」
兵士から出た言葉は、光輝にとってはちょっとだけ予想外だった。
(殺すにしても、もう少し俺の素性とか調べないのかね? 此処にいる研究員達は馬鹿なのか? まあ、兵士としては正解なんだろうが……)
……だが、馬鹿だったのはたまたまこの兵士達だけだった様で、部屋に設置されたスピーカーから声が聞こえて来たのだ。
「所長のシュトロームだ。その能力者は殺さずに、直ぐに試験場に連れて来い。以上だ」
所長……恐らくこの研究所の最高権力者だろう。そんな所長の指示に、兵士達は分かりやすく舌打ちをした。
「異分子は直ぐに処刑すべきだろうに……これだから学者は」
「所長命令だろ? さあ、大人しく着いて行ってやるから連れてけよ」
どこまでも余裕な光輝の態度に、あからさまに不満げな兵士達は、銃口を突き付けたまま光輝を試験場へと連行するのだった。
部屋を出る寸前、光輝はチラリとアンナを見る。アンナは一体何が起こっているのか理解していない表情で光輝を見ていた。
そして、光輝は小さく呟く。ピアスの向こう側に向けて……
「もう良いだろう。突入して、人質を解放しつつ……潰せ」