第84話 不安
「許可する訳が無いだろうが」
桐生の部屋では、ドイツ行きの是非を問いに来た崇彦が、桐生に一蹴されていた。
何故崇彦が? というと、既に光輝はハンナの頼みを聞き入れ、ドイツに行く準備を始めてしまっているからなのだが……。
「でも、あの大人しくて自己主張する事が少ないハンナが、勇気を出して光輝を頼ってくれたんですよ? なんとかしてやりたいって、アイツも思ったんじゃ無いですかね?」
「それは分かってる。だが、ドイツに行くのはブライトじゃ無くても良いだろう? 今は大事な時期で、ブライトにもお前にも、やってもらわねばならない事が山積みなんだ」
黒夢の社会進出は順調過ぎる程上手く行っている。それこそ怖すぎる程に。
中でも光輝の貢献度は黒夢の飛躍の大きな一助となってる。今や、闇の閃光・ブライトは世界中でも、ラスボスの他、最強のフィルズ、終いには正義のダークヒーローなどと呼ばれ、抜群の知名度を誇っている。
そんな光輝に長期間いなくなられるのは、組織としても痛手だと桐生は考えたのだ。
だが、ハンナは基本的に人前には出て来ないし、光輝と崇彦だって漸く会話が成立する様になったのは最近の話なのだ。
だからこそ、光輝はハンナの力になってあげたいと思っている事を、崇彦も理解している。
「……それにな、その件は既に、黒夢にも正式にドイツ政府から依頼が来てるんだ」
ドイツは日本とはスペシャリストとフィルズの分け方が異なり、明らかな犯罪を犯した能力者をフィルズと言う。つまり、野良フィルズと云う存在は無く、ある意味黒夢の理想を既に確立している国家でもあった。
「え? ハンナのお姉さんの件ですよね?」
「恐らく無関係では無いだろう。今ドイツでは、戦闘力の低い能力者や一般の無能力者が突然姿を消す事件が多発している。
それで、ドイツ政府の重鎮から俺に直接調査の依頼がやって来てるんだ」
「だったら尚更……」
「お前も重々承知してるだろうが、黒夢の奴等はヤワじゃ無い。ブライト以外でも、ドイツからの依頼は無事に完遂出来るだろう。
だが、こっちはブライト以外では駄目なんだ。折角アイツが長年夢見てた正義の味方活動を認めてやった時、俺と交わした約束を、アイツも忘れた訳じゃなかろう?」
それを言われると、崇彦も何も言えなくなる。
当初、桐生の考えでは、ブライトにはフィルズや無能力者を問わず社会に害を為す悪人の処刑執行人として動いて貰う予定だった。そうする事で、より一層ブライトの脅威を世間に浸透させる効果を期待して。
しかし、光輝はそれを拒み、フィルズや無能力者を問わず社会に害を為す悪人から人々を助ける正義の味方として動きたいと要望したのだ。
……結果的にこの要望は桐生の想像以上に上手く嵌まり、ブライトの存在は只のラスボスでは無く、姿が悪でありながら正義の行いをするダーク・ヒーローとして、その名を広く知らしめる効果をもたらしているのだが……。
「俺とブライトがあの時約束した時、お前もその場にいたから覚えてるだろう? 人助けに関しては好きな様にやらせてやる。代わりに、それ以外は俺の言う事を最優先しろと」
今となっては重荷となる言葉だと、崇彦も思ってしまう。でも実際は、桐生が光輝に要望を出した事はこれまで一度として無いのだ。
「……それにしても、なんでアイツは俺を避けてるんだ? イーヴィル、心当たりは無いのか?」
「え? ……無いですよ。ゴッド・アイでも読み取れませんし。ボスに会いに来たら無理難題押し付けられるかもしれないと思ってるんじゃ無いんですか?」
「その程度の事が理由ならいいんだが…」
ここで、桐生は唐突に考え込む。会話の途中で自分の思考に走るのは桐生の昔からの癖なのを崇彦も承知してるので、敢えて黙っていた。
「……ふむ、分かった。特別にブライトのドイツ行きを許可しよう」
突然桐生の意見が変わった事に、崇彦は喜びながらも疑問を抱く。
「どうして突然?」
「…まだ確定では無いんだが、ドイツでの失踪事件には、ある組織が関わっている可能性がある。
その組織と万が一揉めた場合、ウチのナンバーズなら誰でも壊滅させる事は可能だろうと考えていたのだが、もしかしたらその組織にはリバイブ・ハンターに関する情報があるかもしれないと考えてな」
「リバイブ・ハンターの? なんでですか?」
「うむ。その組織は元々ギフトに関する様々な実験を重ねていてな。今回の件も、誘拐した人間を使って人体実験をしてるのではないか? と云うのが、俺の考えだ。
だが、厄介な事に、この組織の研究成果は世界各国から評価されており、また、誘拐事件の確たる証拠も無い。だから先ずは証拠を掴み、大義名分を得てから組織を叩く予定だった。
ここまでなら、他のメンバーでも可能だ。だが……もし、その組織がリバイブ・ハンターの能力の情報を得ていたとしたら、ブライトにとっても得る物は大きいだろうと思ってな」
「なるほど……。でも、もうアイツを殺せる奴なんてこの世界にはいないと思いますよ? どんだけ攻撃を受けても直ぐに回復しちゃうし、そもそも攻撃が当たらないし、当たってもダメージが通りませんからね。白夢の時以来死んでませんし。
俺の知る限り、ボスか国防軍元大将の鬼島位じゃ無いんですかね? まともに相手が出来るのは」
……桐生はここでまた考え込む。そして……
「イーヴィル。お前もブライトと共にドイツへ行け。そして、リバイブ・ハンターの能力について知る事があれば、必ず俺に報告しろ」
「え? 俺も良いんですか!?」
「ああ。お前ら2人なら容易い任務になるだろう。ただ、報告だけは忘れるな?」
「はい!んじゃあ早速いってきまーす!」
崇彦は旅行気分で桐生の部屋を後にした。
残された桐生は再び考え込む。
(リバイブ・ハンター発動後の殺戮衝動……。殺した相手への強烈な殺意……。そして、アイツを殺した人間で唯一生きているのが……俺か)
考えてみれば、桐生はもう半年、光輝と面と向かって会話をしていないのだ。よくよく考えなくても、光輝が桐生を避けていた事が分かる。
(会えば殺したくなる……のかもしれんな。やはり、リバイブ・ハンターの能力の解明は必須か。俺も……そしてアイツも、まだ死ぬ訳にはいかないからな)
ここまでは桐生の思惑通りに事が進んでいる。だが、まだ足りないのだ。
来るべき日。……フェノムの再襲来の脅威を凌ぐ為には、まだ……。