第8話 スピード・スター
※能力者の判別方法をバーコード式に変更しました。
※会話の内容を修正しました。
「てめぇ…」
黒崎が光輝を睨む。先程まではその眼光に恐怖しか感じなかったが、ギフトを手に入れ、黒崎の動きにも対応出来た余裕から、光輝は平静さを取り戻した。
「どうした?さっきまでの余裕は何処に行ったんだよ?」
「なんだと?」
黒崎は此処に飛び込んで来た時点で、そこそこのダメージを負っていた。光輝は、今なら自分でも勝てるのではないかと思ったのだ。
「オラッ!」
男に向かって膝蹴りを放つ…が、男は後方に飛び退いてかわした。
「フン、そんな遅い動きで俺を捉えられる訳ねーだろーが」
…光輝は今の自分の動きに戸惑っていた。男の動きはしっかり捉えていた。でも、自分の攻撃はかわされた。当然だ。自分の攻撃が、ひどく遅く感じられたからだ。
この事から連想するに、スピード・スターの能力に、感覚はついていっているが、身体がついていけていないのではないかと考える。
そうこうしている内に、また黒崎が飛び掛かって来た。
動きは見えている。黒崎が目の前まで接近し、パンチを繰り出して来たのも見えた。これをガードしようとすると、そのパンチはフェイントで、前蹴りが光輝の腹に飛んで来た。その一連の動きはしっかり把握している。だが、やはり身体が追い付かない。
「ぐふっ!?」
光輝は前蹴りで吹っ飛ばされ、壁に激突した。
(くそっ!さっきは対応出来たのに!?)
「…どうやら俺の買い被り過ぎだったかな?さっきは俺のスピードに対応したのかと思って驚いたが、只のまぐれだったか」
その後も、黒崎の攻撃は見えていた。なのに、身体の反応が間に合わず、一方的に痛め付けられてしまった。
「クソッ…こんなハズじゃ…」
光輝は辛うじて立っているのがやっとと云う状態。顔面は血だらけ、殴られ過ぎて原型を留めて無かった。
「ふぅ。俺の攻撃をこんなに喰らっても倒れないとはな。大した奴だ…と、誉めて上げたい所だが、今は時間が無い。次の一撃で、今度こそ死んでもらう」
黒崎が貫手の構えをとる。
…本能が、死を連想させる。
しかし、光輝のもう一つのギフト、リバイブ・ハンターは、死んでも蘇る能力だ。
でも、と考える。蘇る回数に制限は無いのか?
ヒーローになる為、あらゆる過去のギフトの書物を読み漁った光輝は、他のギフトにも様々な制限が存在するのを知っている。
中には一度発動するとしばらく発動しなくなるギフトもあった。それは、複雑な能力や希少な能力程当てはまる制限だった。
蘇る能力。制限が無いと考える方がおかしい。なら、次死んでも、蘇る保証は無いのだ。
黒崎が迫って来る。こうなるとしっかり動きを捉えている分、恐怖が倍増する。
ギフトの発動方法は?感覚は発動してるのだ。ほんの些細な発動条件なハズなのだ。さっきは一度攻撃を止めたじゃ無いか?あの時、自分は…
もう黒崎は目の前だ。
呼吸を止める…。極限まで追い込まれた状況で…キーンと云う耳鳴りの様な感覚が光輝の頭の中で鳴り響いた。
いける…。そんな気がした。そして、ダメ元で黒崎に向かってカウンターの右ストレートを突き出した…。
極限まで高まった緊張により、自分の身体の感覚が変わる。そして、突き出した右拳に確かな衝撃を感じた。
………黒崎は、壁に激突した後、そのままぐったりと倒れた。首は、激突した影響なのか、あり得ない方向に曲がっている。
「ハァハァハァハァッ……ヴェグィラァ(出来た)~!」
交錯する瞬間、確かに光輝はスピード・スターを発動させる事が出来た。
高速と高速のぶつかり合いは、やはり威力も数倍になったのだろう。
黒崎の攻撃は光輝の喉を掠めた。おかげで喉が潰れて声が出せなくなったが、光輝が放ったカウンターは、油断していた黒崎の顔面を正確に捉えたのだ。その一撃が致命傷となったかは分からないが、勢いそのままに激しく壁に激突した事で完全に黒崎の息の根が止まった…。
(やった…でも、折角リバイブ・ハンターで蘇った時に折れた右腕が治ったのに、今度は拳が粉々になっちまった…)
そして、高速のぶつかり合いは光輝にもダメージを与えた。攻撃した右腕が、拳から肘の部分まで骨が折れてしまったのだ。
黒崎はピクリとも動かない。光輝の中で、人を殺したと云う認識はあった。だが、自分も命を狙われたのだ。それも理不尽に。よって、罪悪感はそれ程感じなかったし、むしろ黒崎には一度殺されたからか、やられたからやり返しただけという言い訳の感情があった。
その上ギフトに目覚め、その能力で野良フィルズを倒した充実感が勝っていた。
そして何より、光輝は黒崎に対して、明確な殺意を抱いていたのだ。それは、自分を一度殺した事に対する恨みなのか?それとも、他に理由があるのかは分からない。でも、殺意など当然人生で初めて抱いた感情なのに、それが殺意だと云う事に明確に気付いたのだ。
(イテッ……でも、死ぬより良いや)
もう一度死に、蘇れば右腕は治るのかもしれないが、生き返れる保証が無いのだから今すぐ治すのは無理だろう。
病院に行ってしっかり治そう。そして、学校にも申請しなければ、…と、黒崎が現れる前までの思考に戻る。
今日は散々な日だった。二度も命の危機に直面したのだから。でも、その褒美がギフト能力の発現なら大歓迎だったと、光輝は考えていた…“その男”が現れるまでは。
「…凄いね。まさか、スピード・スター・黒崎を倒すとは…」
突然聞こえた声に驚き、振り向くと、そこには国防軍の制服に身を包んだ男が立っていた。
胸に着いてる星の数は2つで、その下に黄色いラインが一本。その男が国防軍の中尉である証だった。
「僕は国防軍の『冴嶋』です。階級は中尉。で、今回は国際指名手配されていた野良フィルズの確保、又は殲滅の任務を遂行中だったんだけど、どうやら君が倒してしまった様だね。
いやいや、お手柄だったね…と、言いたい所だけど…」
そう言うと、冴嶋は胸ポケットからハンドタイプのライトの様な物を取り出し、光輝を照らし始めた。
それは、能力者の証であるバーコードを判別する機械だ。
当然、先程発現したばかりの光輝の身体にはバーコードなど刻まれていない。事情を説明出来れば良いのだが、喉が潰されてしまったのでそれも出来ない。
それでも、相手は国防軍だ。自分の憧れた、正義の象徴だ。最悪、紙でもあれば筆談は可能だし、むしろ能力の発現を伝えれば、自分も国防軍に入れるかもしれない。…と、光輝は期待する程…だったのだが。
「……どうしたのかな?ギフト能力者の証であるバーコードすら読み取れないとは…。基本、身分を証明する為にバーコードを刻む事は、国で定められているハズだよね?」
冴嶋の目付きが変わった。明らかに、光輝に対して不信感を抱いている。
光輝もその雰囲気を察し、何度も首を横に振るが、冴嶋には伝わらない。
「ふむ…。君は黒崎を倒した位だから、かなり有能なギフト能力者なんだろうけど、まさか国にギフトの発現を申請していない“野良フィルズ”となれば、殲滅対象にせざるを得ないんだよね…。君、野良フィルズなのかい?」
懸命に首を横に振るも、潰された事と緊張から声が出ない。それでも、光輝はまだ信じていた。いや、信じたかったのだ、国防軍を。
「なるほど…沈黙は肯定と受け取って良いかな?」
途端に、背筋がゾワリとした。冴嶋から、圧倒的な殺気が溢れ出したのだ。
「…って事は、野良フィルズ同士の仲間割れだったのかな?…まぁ、いいや。折角黒崎と闘えると思ってこんなちっぽけな任務に参加したのに、ちょっと逃げられた隙に君が黒崎を倒しちゃったもんだから消化不良だったんだ。
君が野良フィルズだってのなら、僕がこの場で君を殲滅してしまっても…良いよね?」
その瞬間、光輝はスピード・スターを発動させて窓から飛び出した。
「…ふむ、やっぱり彼も加速系のギフト能力者だったのか?同じ系統の能力者同士で手を組んでいたものの、何らかの理由で仲間割れの結果、片割れを殺害…か。
さて、加速系の能力者に逃げられると厄介なんだけど、一応追い掛けてみるか…」
冴嶋は笑みを浮かべ、光輝が出ていった窓から飛び出した。