閑話 我が名は……
あけましておめでとうございます!
―西暦2071年12月31日。新東京都港エリア。
大晦日。多くの人で賑わう海浜公園では、新年の幕開けを今か今かと待ちわびるカウントダウンが始まっている。
そんな人混みの中で、優しい父と母と手を繋ぎ、一緒になってカウントダウンをする少年もまた、未確定な未来への希望を胸に秘めていた。
本来なら10歳の少年が外出するのはおすすめしない時間帯なのだが、両親に無理を言って連れて来て貰ったのだ。
「「…4…3…2…1……ゼローーーー!!」」
「さやかちゃーーーーん!!」
カウントダウンが終わると同時に、レインボーブリッジが虹色にライトアップされ、それと同時に大きな花火が何発も打ち上がる。
しかし、少年は最後にゼロでは無く、同級生の女の子の名前を叫んだ。
今、巷の若者の間では、海浜公園で意中の人の名前を呼ぶと、その恋が成就するとの都市伝説が流行していた。
その都市伝説とは……結ばれない運命にあった男女がこの場所で再会し、絶対に結ばれないと分かっていても尚、その永遠の愛を誓って別れた…。
以来、この場で意中の相手の名前を叫ぶと、その結ばれなかった男女が自分達の分まで幸せになるようにと、名前を叫んだ人の恋愛を成就させてくれるのだ……と云うもの。
少年もまた、そんな都市伝説を信じた一人。とにかく好きで好きでたまらない女の子がいたのだが、普段は恥ずかしくて叫ぶコトなんて出来ないし、何より普通に外出が出来ないから、両親に無理を言って連れて来てもらったのだ。
少年は重い病に犯され、余命あと半年の宣告を受けていた。勿論、両親やお医者さんは隠していたのだが、たまたま母が医師と話している場面に出くわし、泣きながら自分の病名を言っているのを目撃してしまったのだ。
…ああ…僕は死ぬんだな…。そう思ったら、最期位やりたい事をやろう。今までは良い子を演じて来たが、少しぐらい我が儘を言おう。…と云う事で、今回無理を言って連れて来て貰ったのだ。
「さあ、冷えると身体に悪い。早く車に乗って帰ろう」
少年の父は、大手広告代理店で部長を勤めているので、昔から比較的裕福な家庭で育った。そのせいか、父は仕事を理由に家を空ける事が多く、母との夫婦関係も微妙になり、離婚届に判を押す一歩手前だったのだ。…だが、息子の病気を機に、仕事よりも家庭に重点を置く良き父親となった。
結果、会社では出世コースから一歩後退してしまったらしいが、そんなのは父には関係なかった。息子に残された時間を、家族三人で穏やかに過ごしたい。それだけを願っていたから。
まだ多くの人々が新年迎えて盛り上がっている為、帰路に着く人は少ない。なので、駐車場も親子三人以外に誰も人がいなかった………野良フィルズ以外は。
「死にたく無ければ金を出しな…」
「ヒャッハー!出さなきゃ皆殺しだー!」
突然、親子の前に5人組の野良フィルズが現れたのだ。その手にはナイフを持っている。
「わ…分かった。出そう。だから、命だけは助けてくれ…」
父は迷う事無く懐から財布を出し、持っていた現金を全て男に手渡した。父は、とにかく家族の身の安全を第一に考え、要求に素直に応じたのだ。
「…さあ、約束だ。俺達の事はもう放っといてくれ。息子は病気なんだ」
「ほう? 病気なのか小僧?…分かった…だったら…いっその事楽になっちまえよ!? ヒャッハー!」
「なっ!? 約束が…!」
突然、野良の一人が少年に向かってナイフを振り下ろす!が、父が身を挺して庇った為、少年は無事だった。
「キャーーーーッ!誰か!助けッ…」
大声で助けを呼んだ母親の腹に、ナイフが突き刺さった。
「か、母さん!?」
その光景を見ていた少年は、急いで母を助けなければと身を起こそうとするが、覆い被さった父が動いてくれない。
「父さん!母さんが……父さん…?」
少年は、父親が腹から大量の出血をしている事に気が付いた…。
「おい、殺すのは父親だけって依頼だったよな?」
「ヒャッハー! まあいいべー? 目撃者っつー事で。このガキも殺そうぜ?」
野良フィルズが何かを謂っている。どうやら、金銭目的の強盗では無く、初めから父の命を狙った殺し屋だったのだ。出世コースは外れたと言っていたが、有能な父を会社は評価し、それを妬んだ者がこの男達に依頼を出したのだ。
だが、その中の一人が暴走し、父だけではなく母までも刺し、遂には少年に襲い掛かったのだ。
少年は、病気の事を知った時、深い絶望を感じた。でも、それが切っ掛けで家族の関係が元に戻ったらのだから、自分は生まれた意味があったのだと、己の存在意義を見出だしていた。
なのに、そんな幸せはたった今、ほんの一瞬で崩れ去ったのだ。目の前の男達のせいで…。
結局、自分が生まれて来た意味なんか無かったと、少年は天を仰ぐ。空には、大きな三日月が浮かんでいた。
……すると、その三日月に、鳥の様な人影が重なった。そして次の瞬間!目の前に、漆黒のボディースーツとマントに身を包んだ男が着地したのだ。
ゆっくりと立ち上がる…。その姿は、少なくとも広く一般に浸透している正義のヒーロー像とはかけ離れていて……まるで漆黒の悪魔の様だった…。
「な! 何だテメエ!」
「……貴様等に名乗る名前は無い」
「なんだとこの……き、消えた!?」
突然、漆黒の男は目の前から消えた。そして……
「ぐぎゃっ!?」
「あっがっ!?」
「げふん!?」
一人目は首を刎ねられ、二人目は腹を貫かれ、三人目は頭を地面に叩きつけられ、あっという間に五人いた強盗の三人が、息の根を止められてしまった。
「ヒャハ!? 一体何!? 幽霊か!?」
「お前等にとってはそうかもな」
突然姿を現した漆黒の男は、少年の父と母を刺した、暴走した男の前に立っていた。
「アヒャ!? ウギャアアアアアアアアアアアアッ!!」
すると、突然暴走した男を黒い炎が包み込み、あっという間に黒炭になってしまった。
目の前で繰り広げられる現実味の無い光景を、少年は見ている事しか出来ない。
「な、なんなんだよ!?なんなんだよお前………ああっ!?」
最後の一人は、ここで漸く、その漆黒の悪魔が何者であるかに気付いた。
「そ、そんな!?なんでアンタ……いや、貴方様が!?」
「屑に説明する義理は無い…」
ゆっくりと近付いて来る漆黒の悪魔。男は、凄い勢いで土下座した。
「ちょ、ちょっと、待って下さい!同じフィルズじゃないですか?命だけは…」
次の瞬間、突如発生した斬撃が、最後の一人の首を斬り落とした…。
「…己の罪に溺れて眠れ…」
…あっという間の出来事だった。でも、少年にとって父と母が殺された現実は変わらない。むしろ、なんで助けてくれるなら、もっと早く来てくれなかったのかと、漆黒の悪魔へ理不尽な感情を抱いてしまった。
漆黒の悪魔は、父と母の身体に手を当てている。生死の確認だろうか?でも、少年でも分かる。ナイフで刺されたのだ。母は腹を、父は背中を。急いで病院に搬送しなければ絶対に間に合わないであろう重傷である事を。
そんな、絶望と憤りが混じった表情の少年に、漆黒の悪魔が気が付く。
「……暗い顔だな」
「…暗い顔?当たり前だろ!父さんと母さんが殺されて、僕だけが助かってどうなるんだよ!?それに、僕は余命半年の命なんだ…どうせなら、僕もこの場で殺して欲しかったよ!!」
泣きながら叫ぶ少年。…漆黒の悪魔は、少年にゆっくりと近付き、お腹に手を当てた…。
「え…?……ああああああっ!!」
すると、少年の体内が燃え上がる様に熱くなる。殺して欲しかったと叫びはしたが、本当に殺されるとは、少年は思って無かったのだ。
漆黒の悪魔が手を離す。…それでも、体内の熱は直ぐには冷めなかった。
「…生きろ。…お前が生きている事には、必ず意味がある…」
そう言って少年の肩に優しく手を置くと、漆黒の悪魔は立ち上がり、少年に背を向けた。
「くそっ…なんなんだよアンタ!?一体何者何だよ!」
自分はもう直ぐ死ぬかもしれないと思っている少年は、声を絞って問い掛けた。
「…我が名は闇の閃光・ブライト。気が向いたら…覚えとけ」
そして、漆黒の悪魔は大きく跳躍して、夜空に消え去ったのだった…。
目の前には倒された野良フィルズ。そして、もう死んでしまったであろう両親。自分の身体の熱が徐々に収まって来た事から、自分は死なないのかと安堵する。
…が、自分の身の安全を確認して安堵してしまった事を、直ぐに後悔する。だって目の前には、絶望しか無かったから。
…すると…
「ん…?あれ?俺、確かに強盗に刺されたハズなんだが…」
「…え?私…お腹を刺された…のよね?」
なんと、刺されたハズの両親が、無傷で起き上がったのだ。
「翔太郎!?無事か!?」
「良かった!翔太郎が無事で良かった!!」
父と母が少年に抱き着いて来た。…これは、夢だろうか?刺されて、死んだと思っていた父と母が、何ごとも無く自分を抱き締め、涙を流して喜んでいる。
何が何だか分からない。でも、ひとつだけ確かな事がある。
「父さん母さん、僕達を助けてくれたのは、“闇の閃光・ブライト”だよ…」
そう、自分達を助けてくれたブライトの名前を、少年はその胸に確かに刻み込んだのだった…。
後日、少年の体内の悪性腫瘍はかなり縮小され、手術可能なまでになっていた。
そして、手術が無事に成功した少年は、10数年後、同級生だったさやかちゃんと、めでたく結ばれたのだった…。
闇の閃光・ブライト!2020年、始動します!
……で、始動早々ですが、二話程閑話を挟みましたて、ここから暫く本格的な充電期間に入ります。再開の際には活動報告で告知しますので、これからも宜しくお願いしますm(__)m