第81話 戦の後
その後…黒夢の面々は本部へと帰り、残された国防軍の面々は戦後処理に追われた。
白夢アジトの中からは、気絶した風香と比呂、白虎隊の面々。死亡したイエローとホワイトが回収され、地上でも戦闘不能に陥った陸軍の兵士達が20名と、死亡した佐藤。権田は肉片しか残らない程に爆発してしまった為、回収は不可能と判断された。
この度の戦いによる黒夢・白夢側の死者は0。対して、国防軍側は死者が4名、重軽傷者は43名と、誰が見ても勝者は明らかだった。
その上、大将である権田の暴走。事の一部始終は全世界に生配信されていた事から、国防軍にとっては尋常ではない痛手となったのだ。
――黒夢本部
帰還した黒夢・白夢の面々は全員医務室へと向かい、桐生から今回の作戦の真の目的が語られていた。
まず、ネリマ支部襲撃を含むこれまでの黒夢による国防軍への攻撃により、国防軍に危機感と怒りを植え付ける。そして、国防軍側がフィルズの一斉排除に動く様に促す事に成功。
これにより国防軍は幾つかのフィルズ組織を壊滅する事になるが、最終的に目に見える成果としてある程度大きなフィルズ組織の壊滅に動き出す様に促していた桐生達は、敢えて隙を見せて白夢をその標的にさせる。
まんまと誘いに乗った国防軍…権田に対して、秘密裏に情報を流した。その中で、カモフラージュの為に権田やホワイトを利用して情報の出所を隠蔽し、権田自身を誘い出す事に成功。
黒夢にとっても、そして国防軍にとっても、その影響力の大きさから癌になっていた権田を始末する。これが真の目的だったが、桐生は新たにブライトを世間に知らしめる為、そして国防軍の失態を世間に広める為、敢えてメディアを利用したのだった。
「正直、ブライトが覚醒するかどうかだけがこの作戦のネックだったが、結果オーライってやつだな」
「結果オーライで自分の命を懸けるなんて、ボスとして間違ってますからNE?」
予言の精度では、ブライトが覚醒する可能性は高くはなかった。つまり、この作戦では、桐生が死ぬ可能性の方が高かったのだ。当然、この作戦を実行に移す際にはラインは猛反対したのだが、最終的に桐生が押し切った形となった。
ラインは常々思っていた。ジレンもヴァンデッダも、他のナンバーズも皆、そして自分も、ある意味桐生を教祖としたの信者みたいなものだと。
つまり、桐生を失えば、黒夢は簡単に崩壊する可能性がある事を。
その不安は、当の本人である桐生とも話し合った。桐生自身も自覚はあり、いずれは自分の後継者を育てなければと考えていたのだ。
だからこそ、桐生はイーヴィルを将来のボスとして育てようとしていた。ナンバーズ以外には一切の素性を隠して。しかし、当のイーヴィルにその自覚は無く、いつまで経っても飄々としていた。
そんな時ヒミコの予言に、新たなボスと成り得る人材との出会いが、一度逮捕される事で訪れると示唆された桐生は、大人しく警察に出頭。
取り立てて証拠を伴わない状態でのまさかの大物の自首とも云える投降に、逆に警察・国防軍・政府側の対応が定まらず、そうこうしている内に桐生は脱走してしまった。国側としてみれば、桐生が何をしたかったのか分からずじまいである。
そして、現れたのが光輝だった。
破格のギフト能力はさる事ながら、心の奥底に真っ直ぐな芯を持っている事は、最初に話を聞いた時に分かっていた。ただ、まだ色んな面で不安定であり、状況によってはどうとでも転ぶ危うさも残っていた。
だからこそ、敢えて困難を与えて試しながら、成長を促した。
ネリマ支部襲撃。
ショッピングモールでの件……表の顔の死。
そして、白夢アジトでの迎撃作戦。
全ては桐生が裏から手を回していたのだが、周防光輝=闇の閃光・ブライトは、その全てを桐生とラインが望む形で乗り越えてみせた。当然、本人の預かり知らぬ所ではあったが。
「今回の作戦の成果は大きい。これで、黒夢は新たなステージへと進む事が出来る」
桐生の雰囲気が変わる。それを、この場にいる者…ライン、ジレン、ヴァンデッダ、イーヴィル、阿左美……ブライトを除いた全てのメンバーが、ある意味で教祖の次の言葉を待つ信者の様に姿勢を正した。
「俺はナンバーズから外れる」
ナンバー1、桐生がナンバーズから抜ける。戦闘凶とも云える桐生が前線には出ないと同意義の意味合いがあったが、元々ボスなんだから前線に出てこないで欲しいと思っていたメンバー達にとっては、むしろ願ったりな宣言だった。
「そして、新たなナンバー1には……闇の閃光・ブライトに就いてもらう」
「………ん?俺!?」
……全員が、ブライトを見た後にジレンを見る。
ジレンは長年ナンバーズのナンバー2として、戦闘面でもそうだが、他の部分でも黒夢のメンバーにとって兄貴分的な存在として絶大な支持を受けていた。
そのジレンを差し置いて、新参者であるブライトがナンバー1になるのは、この場にいるメンバーが認めたとしても、確実に組織内で反発を生むであろう事が予想出来た。
「ボス…何で俺が?ナンバー1ならジレンさんの方が…」
疑問を言葉にしようとするブライトを、ジレンが遮った。
「俺もブライトがナンバー1に相応しいと思う。黒夢のナンバーズは強さの象徴だ。そのナンバー1には、一番強い奴が就くのは当然だからな」
ジレンはブライトのナンバー1をアッサリと認めた。つまり、ブライトが自分より強いのだと認めたのだ。
「……私はボスが決めた事なら従うけど、ジレン、本当にいいの?」
「そういう所だ、ヴァンデッダ。俺達にとって、ボスは既に絶対的な存在だ。殺れと言われれば殺るし、死ねと言われれば死ぬ程に。俺達だけじゃない、黒夢のメンバーの半分以上がそうだろう。
それをボスとラインが危惧していた事を知っていて尚、俺は自分を変えるつもりが無かった。だが、ブライトは違う。ブライトなら、まだボスの言いなりにならず、疑問や意見があれば素直にボスにぶつけるだろう。ボスとラインさんが求めてるのは、そんな存在なんだろう」
ブライトは既に桐生の事をかなり信頼しているのだが、それはジレン達と比べればまだ小さいものだったのかもしれない。
「いや…別にナンバー1は良いんだけど、ナンバー1って何するんですか?」
ブライトはナンバー1に関してあまりにも無知だった。ナンバーズでも無く、まだ加入間も無かったのだから当然ではあった。
だが、これからブライトはじっくりと身をもってそれを知る事になる。黒夢のナンバー1が…桐生辰一郎の後を継ぐと云う事が、どれ程の重責なのかを。
そして、立場は人を変え、大きな成長へと繋がるのだ。闇の閃光・ブライトを、黒夢……ひいては日本のフィルズを代表する存在へと……。
――国防軍本部・海軍大将室
「失礼します!」
「失礼します…」
白夢作戦後、目を覚まして直ぐに、本部の国防軍海軍大将・財前の下へ、比呂と風香が呼び出されていた。
「ほう…。手酷くやられたと聞いていたが、随分良い顔になったな、真田」
「ありがとうございます。でも、確かに敵に…ブライトには全く歯が立ちませんでしたから」
「フッ、アイツは最早正真正銘の化け物と言っても過言では無い。そうさせたのは、お前達二人なんだろうが、それもまた仕方ないだろう。おかげで、お前も大きく成長した様だしな。俺がお前を無理矢理に白虎隊に押し込んだ甲斐があったってものだ。
それにしても水谷。随分浮かない顔だな。」
風香は、今だに心の整理が着かずにいた。ブライトと光輝が同一人物なのではないか?いや、最早確信に近い感情を抱いているのだが、それを認めたくない自分がいたのだ。
「さて、お前ら二人に俺から直々にお願い…いや、命令させてもらう。今後一切、黒夢のブライトに関する情報は口外を禁ずる」
財前の口から出た言葉は、ブライトの情報を他者に漏らすなと云う意味だ。それには勿論、財前を除く国防軍全体も含んでいた。
これには比呂も訳が分からなかった。ブライトが国防軍にとっての脅威なのは、既に誰もが知っている事だろう。複数能力者であり、ドーピングを施した権田大将を軽く一蹴してみせたのだから。
更には比呂と風香しか知らない重大なブライトの秘密、死んでも蘇ると云うにわかには信じがたい現象は、出来うる限り情報を軍部で共有する事は当然の事だと思っていたから。
だが、風香は違う考えが頭を過った。
「それは……ブライトの正体が、周防…」
「口外するなと言ったハズだぞ?水谷少将」
瞬間、財前から溢れ出た殺気は、比呂と風香をしてブライトに勝るとも劣らない強大なものだった。
「もう一度言う。ブライトに関する情報は、如何なる事でも口外を禁ずる。異論は認めんし、質問も受け付けない。いいな?」
財前の言葉は、風香の疑念を更に大きくした。だが、これ以上追及する事も出来ず、結局そのまま退室するしかなかった…。
「水谷少将」
「……なんですか?」
部屋を出て歩いてると、暗い顔で項垂れる風香に比呂が声を掛ける。
「さっき、言い掛けてた事ですが…」
「口外を禁ずると言われたのをもう忘れたんですか?それに、共闘したとは云え、私が貴方を認めたとは思わない事ですね」
風香は、まだ比呂を許した訳ではなかった。光輝を死に至らしめた元凶として。
「認めて……いや、許してもらえないのは、俺が光輝を見捨てたからですよね。それに関しては、許してもらおうとは思ってません。むしろ、これからも責めて貰って良い。俺はそれだけの事をしてしまったんだから。
でも、今貴女は、光輝が生きていると思っているんじゃないんですか? しかも……それはあのブラ……」
「黙れと言ってるでしょう!真田あっ!」
風香の平手が比呂の頬を捉える。比呂は、一切避ける素振りを見せなかった。
「……昨日はいっぱいいっぱいで気付かなかった。けど、今思えばブライトは妙に俺と光輝との事を聞きたがってたし、君の素顔を見た瞬間、急に態度が変わった気がした。考えてみれば、あの場で俺達を殺さない理由は無いハズなのに、見逃してくれたのも……相手が君だったからなんじゃないか?
光輝にとって、僕の知る限り最も親しくなった女性は君だったから」
風香は今にも比呂を殺さんばかりに睨み付ける。が、感情が昂って涙が溢れてしまった。
「光輝君は死んだんだ!光輝君は優しくて、シャイで、思いやりのある人だった!あんなに無慈悲に人を殺せる様な人じゃ無い!!」
「……俺もそう思いたい。でも、色んな要素を重ねると、まるでパズルのピースが合致した様に答えが導き出されるんだ。あのブライトが、光輝だって」
「それ以上喋るなぁああっ!!」
風香の手からカマイタチが発生するも、流石にまともに受けたらシャレにならないので、比呂はそれをワールド・マスターで消し去った。
「……君も……そう思ってるから、泣いてるんだろう?」
風香はその場に膝を着き、肩を震わせて泣き出した。
「だったらどうすれば良いのよ!今直ぐにでも光輝君に会いに行きたい!でも、光輝君は敵なのよ!私は……どうすれば良いって云うのよ!」
泣き出した風香に、比呂は声を掛ける事が出来なかった。風香をここまで悲しませ、悩ませてしまってる元凶は自分でもあると自覚していたから。
(必ず、風香ちゃんにはもう一度、ちゃんと光輝と話をさせてあげたい……。例え、今直ぐじゃ無くても……)
贖罪や負い目は勿論ある。だが、それ以上に比呂の中で、目の前で普通の女の子の様にむせび無く風香に、自分が何かしてやらなければと思っていたのだった。……光輝の為にも。
聖なる夜に出す回じゃ無かったな……。
……黒夢は生まれ変わる。その渦中にいるブライトは、過去と完全に決別する為、彼女の待つ場所へと赴く。
次回、「永遠」 ……全てが終わったら、また会いに来て良いかな?