第72話 呪怨
「風……香?」
ヘルメットを外したその顔は、間違い無く水谷風香だった。
「……その声、なんで?なんで光輝君の……声……なの?」
風香もまた、今の声が確かに光輝の声に聞こえた。でも、目の前に立っているのは漆黒の悪魔だ。普通に考えて、既に死んでいるハズの、あの優しかった光輝と、自分を完膚無き迄に叩きのめしたブライトが同一人物であるハズが無いと思った…いや、思おうとした。
光輝もまた、目の前の風香に戸惑いを覚えていた。
何故風香が此処に?
何故風香が国防軍に?
何故風香があんなに強かったんだ?
様々な考えが頭の中をグルグルと回る。そして…
「……ほう、中々の美人じゃないか」
知らなかったフリをする事に決めた。
周防光輝は既に死んでる。いつかは、自分達フィルズが世間にも認められる事が出来たなら会いに行きたいとは思っていたが、それはまだ先の話だし、なにより今は完全に敵同士だったのだ。そんな状況で、おめおめと生きていたと思われるのも嫌だし、何よりも先程まで散々痛めつけていたのだ。どの面下げて、今更名乗り出られるのかと思ったからだ。
「……まあいい。帰るぞ、イーヴィル」
「はぁ?何言ってんだよ?結局殺さないのかよ?」
「コイツらには生きて帰って、この俺の恐怖を国防軍に伝えてもらわなければならないからな」
「まだそんな甘………………はぁ。分かったよ、今回は見逃してやるか…」
ブライトの対応はイーヴィルとしては到底納得のいくものでは無かった。だが、ヘルメットで目元は見えないが、口元まで零れて来ていた光輝の涙を見て、崇彦として何も言えなくなってしまったのだ。
風香は背を向けたブライトを止めなかった。いや、止める事が出来なかった。まだ、今の出来事が頭の中で処理出来ずに茫然としていたから。
だが、比呂は違った。
「ま、待てよ……。お前、光輝の事を知っていたのか?」
比呂もまた、今の会話を聞いていたが、それでも光輝=ブライトとはならなかった。何故なら、比呂の中で光輝は最期の最後までヒーローを夢見て、そして文字通りヒーローとして自分を助けて死んでいったのだ。
そんな光輝が、漆黒の悪魔とも呼ばれるブライトと同一人物であるとは、自分の中で結び付かなかったのだ。
「……知らねえよ。でも、一つだけ言っておいてやる。今のお前なら、その亡くなった幼馴染とやらも、ギリギリ認めてくれるだろうよ。
だから、もっと強くなれ。俺を本気にさせる位に。その時は真剣勝負で戦ってやろう。……お互いの命を懸けてな」
それだけ言うと、ブライトは再び背を向け、イーヴィルと共に再び歩き始めて行った。
「光輝が、俺を?……ハハッ……なんでお前に分かるんだよ?」
比呂の中で複雑な感情が交錯していた。結局、圧倒的な実力差を見せ付けられる結果となったのだから。
だが、最後にブライトが言った言葉は、何故か本当に光輝に言われた様な気がして、大粒の涙を流すのだった。
「……待ちなさいよ……」
その声は、女の声だった。だが、風香では無い。イーヴィルに心臓を貫かれて死んだハズのホワイトの声だった。
「え~?確実に致命傷を与えたハズなのに?なんで生きてんだ、お前?」
「フフフ……さあね……なんでかしら?」
立ち上がり、猟奇的な雰囲気で自分を睨むホワイトを見て、ブライトは気付いた。ホワイトもまた、覚醒したのではないかと。
(つか、覚醒ってこんなにポンポン起こるもんなのか?ボスの話と違うじゃねーか?実は案外簡単になるのかな?)
そして、それはゴッド・アイを発動させたイーヴィルに肯定された。
「『覚醒した』……みたいだな。比呂といいお前といい、どーなってんだ?これじゃあ覚醒のバーゲンセールみたいだな。でもあの女、非戦闘系能力者だろう?どーするよ?」
この、どーするよ?は、ブライトに対して、殺すか殺さないかを問いた質問だった。
ブライトはイーヴィルの言った通り、テンションが上がって無い時は甘いのだろうか?……本人は、そんな事は無いと思っている。自分に害を成す者、殺しても良い様なクズは、シラフの状態でも躊躇なく殺せる位には。
風香にしろ比呂にしろ、あまりにも関係性が近過ぎたから殺せなかったのだと、自分で自分に言い聞かせていた。
なら、ホワイトはどうか?彼女には一切の恩義も無いし、かと云って恨みも無い。ただ、恐らく恋人であったイエローを、そして仲間だったレッドとグリーンを、ブライトは彼女の目の前で無惨に殺した。その負い目だけは、少しだけあった。………結局、イーヴィルの言う通り、甘ちゃんだったのだ。
「ネイチャー・ホワイト。折角拾った命だ。無駄に散らす必要も無いだろう。……退け。貴様じゃ俺を倒せん」
ブライトは高圧的な態度で、ホワイトに退く様に命じた。だが、ホワイトは動じない。先程まで、ほんの少しの殺気をあてられただけで怯えていたのが嘘の様に。
「ホワイトさん、ここは退きましょう。そして、また体制を整えてから改めて……」
比呂がホワイトに声を掛けるが、その言葉は全く届いていない。
「私達は、ネイチャー・ストレンジャー。国民の希望……。人々を守るヒーロー……。なのに、みんな……みんな死んじゃった……」
正確にはブルーは生きてるのだが、この時のホワイトは既に心が壊れていたのかもしれない。
何をしでかすか分からない危険な雰囲気を漂わせている。それでも、自分の脅威ではないと、ブライトは油断してしまった。
ホワイトがブライトの目の前に立った。
「貴方が……皆、殺した……。私の憧れだったレッドを!親友だったグリーンを!こんな私を好きだと言ってくれたイエローを!ナルシストのブルーを!皆!みんな!みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなお前があああコロシタンダアアアッ!!」
溢れ出る負の感情。回復系能力者であり、ネイチャー・ホワイトを名乗る人物から出たとは思えないような重苦しい呪いは、黒い炎となってブライトを即座に包み込んだ。
(グオオオオオオオッ!?なんだ!?只の炎じゃない!?なんで動けないんだ!!)
圧倒的憎悪。それが、生きながらにしてホワイトを変えたのだろうか?黒き炎に包まれて金縛りにあった様に動けなくなったブライトに、ホワイトが抱きついた。
「なっ!?ブライト!!」
イーヴィルが焦りながらもイビル・レーザーを放ち、ホワイトのこめかみを正確に貫く。なのに、ホワイトは笑っていた。
「フフフフ……最期に私は新たな力を手に入れたのよ…。
さあ、一緒に死にましょう!ブぅラぁイいいいいぃトおおおぉぉオアああ!」
(嘘だろ!?身体が!内側から…燃える!?)
身体中の細胞が沸騰した様な感覚がブライトを襲う!
「ウグウアアアアアアーーーーーーッ!!!!!」
まさに断末魔の悲鳴と共に、ブライトの身体が、真っ白な炎が体内を、真っ黒な炎が体外を、決して交わらない二つの炎によって燃え上がった!
(まさか…こんな奴に………………………)
「…………嘘だろぉ?」
比呂も風香も何も言えず……静寂が包む空間に、イーヴィルの声だけが鳴り響く。
そして、後には、抱き合ったまま黒炭になった二人が、立ったまま絶命していた……。
※覚醒は追い詰められた際に起きるパターンが多いので、この様に公に確認されないまま、覚醒しても直ぐに死んでしまう能力者は過去にも大勢いたと思われます。
そして、漸くホワイトのメンヘラ伏線を回収出来ました(笑)
次回、頂上決戦開始!