第71話 優しい手
風香・イエロー・比呂の、全てを懸けた攻撃は、実はブライトをあと一歩の所までは追い詰めていたのだが…。
(危なかった…あと数秒あのままだったら凍死してた!)
そんな焦りをおくびにも出さず、ブライトは強がった。
「…さて、まだ戦える力は残ってるか?主人公共」
実際は自身もかなりのダメージを受けたし、イエローを殺した瞬間から先程までのテンションが落ち着いてしまった事で体力がガクッと落ち、ロンズデーライトによる武装も既に解除されている。
それでもブライトは余裕ぶって問い掛けたのだ。
「クッ……まだ、やれる…ぶほっ!」
比呂は気力で立ち上がろうとするも、能力の多用で吐血をする始末。
「無理か…。惜しかったな…。だが、まさか覚醒するとは思わなかったぞ」
覚醒した比呂は、間違い無く今後自分の脅威になる。そう感じたブライトは、ここで比呂にトドメを刺すべきなのだろうかと考えたが…
(ん?くそッ…ロンズデーライトが発動しない!?)
既にブライトも限界を迎えていた。
風香は…俯いたまま座り込んでいる。
(あの小娘がまだ余裕だとしたらやべぇけど、あの様子なら大丈夫かな)
「どうした?小娘。あの程度の攻撃で俺を倒したと思ったんなら、お前はとんだお馬鹿さんだな」
敢えて、先程から女少将が嫌っていた馬鹿と云う言葉を使って挑発してみたが、風香は力なく、その場にへたれ込んでいるのみ。
(ふぅ~。ハッタリが効いたかな?)
「お疲れ~、ブライト。それにしてもお前、スゲーじゃねーか?まあ、俺としてはお前よりアイツの変わり様に驚いたけどな」
「ん?あ!おま、いたのかよ崇…イーヴィル!」
「やっぱり気付かなかったのかよ…。って事は、今はもう冷静になったのか?」
「…まあ、テンションは落ち着いたな」
「……そうか…。さてと、ならとっとと後処理を済ませちまおうか」
既に限界を迎えている比呂。
ブライトによって殺されたイエロー。
イエローの死で呆然としているホワイト。
そして…自信を喪失したのか、座り込む風香。
「…ハァハァハァ、まだやれるって…言ってるだろ?」
言いながらも、比呂は既に立ち上がる事すら出来なかった。
「それにしても…アイツは一体どーしたんだよ?まさか、覚醒したのか?」
「ああ…。すっかり主人公キャラになっちまったよ…」
ブライトからは、比呂への恨みや怒りは消えていた。今現在、自分達が置かれている世界の事を考えれば、学生と云う幼いコミュニティの中でのイザコザなど、既に気にもならなくなっていたのも理由の一つだが、何より今の比呂はもう少し時間が経てば間違い無く自分を脅かすであろう兆しを見せたのだ。
……それが、どこか好ましかったのだ。
「さて…じゃあトドメを刺しますか~。お前が殺るか?」
「………」
これは命を懸けた戦いだった。比呂も風香も、まだこれからも強くなるだろう。後の脅威は刈り取っておくべき。それはブライトも分かっている。
先程まで、戦う事の悦びがブライトの身体中を支配していた。それは、殺意ともリンクして、かつてないほどの高揚を感じていたのだ。
そんな気持ちにさせてくれたのは、目の前で跪いている比呂と風香と云う強敵=ライバルの存在だった。彼等は倒した。本来なら、この場で命を奪うのは当然なのだ。だが…
その時、イーヴィルから放たれたイビル・レイザーが、呆然としていたホワイトの胸を貫いた…。
「なっ…」
突然の事に驚くブライトに、イーヴィルは厳しい視線を向ける。
「さっきのお前は容赦なくて迷いが一切無かったってのに、どうやらまた元の甘ちゃんに戻っちまったみてーだな。いつまで甘ちゃんでいるつもりだ?お前が今居る世界は、そんな甘い考えで生きていける世界じゃねーんだぞ?」
「イーヴィル…」
「俺達は、この世界ではどんなに足掻こうが悪なんだよ。どんなに良い事したって、周りは認めちゃくれない。それは俺達がフィルズだからだ。どんなにヒーローに憧れて、ヒーローの様に振る舞ったって、誰もお前の事をもうヒーローだなんて思っちゃくれねー!
だったら、俺達は俺達の信じるやり方で、俺達がヒーローと呼ばれる世界を創るしかねーんだよ!だからお前だって黒夢に入ったんじゃねーのか?お前、何回死ねば気が付くんだよ!」
普段からは想像できない程強い口調のイーヴィルに、ブライトは圧倒されてしまった。
「お前は既に国防軍の人間を100人以上殺してんだ!でも、それでいーんだよ!だって、国防軍は俺達の敵だぞ?お前を殺したくてウズウズしてる奴等だぞ?
お前は充実した戦いが出来て満足してるかもしれねーが、アイツらは一生懸命お前を殺そうとしていた事に変わりはねーんだ!だったら、お前もアイツらを殺すのが常識だろ?礼儀だろ?いつまでも甘い事考えてんじゃねーよ!!」
今のイーヴィルの言葉は、ブライトとしても重々理解している事だった。実際、リバイブ・ハンター発動時や、今も強敵との戦闘でテンションが上がった時等は他人を殺す行為に抵抗を感じない自分がいる。だからこそ、正気を保っている時くらいは無駄な殺しは避けたいと思っていたのだが…。
「……やってらんねーな。お前は俺の相棒失格だ。あの二人は俺が殺るから、指咥えて見ておけ」
「………ちょっと待てよ。……分かったよ、元々あいつ等は俺の敵だ。確かに、お互い殺すつもりで戦ったんだ、例え殺されても文句は言えない」
言いながら、はたして自分はどうだったろう?と考える。自分は、相手を殺すつもりで戦っていたのだろうか?ただテンションに身を任せ、強者との戦いを楽しんでいただけなのではないかと。
項垂れながら座っている女少将を見る。ヘルメットが割れ、目元が露わになっていて……そこで、ブライトはありえない物を見た様に固まってしまった。露わになった目元に、どうにも見覚えがある様な気がしたからだ。
「……おい、イーヴィル。あの女少将……“誰だ”?」
イーヴィルはここで、ブライトが風香だと知らないで戦っていた事に気が付く。てっきり、ブライトはもうあの女少将が風香だと知って戦っていたと勘違いしていたのだ。
(嘘だろ?確かにスモークで素顔はハッキリ見えなかったけど、声や体形で気付くだろう?恋人だったんなら尚更!)
テンションが上がっていたとは云え、風香と知って尚、先程までの様な戦いが出来ていたんだと思ったからこそ、少し発破を掛ければブライトは完全に過去に決別してくれると思って慣れない説教などをしてみたのだ。
(あちゃ~…しくったか?だとすると、風香だって知らなかったからあんな悪魔みたいな戦いが出来たって事か?…やっぱまだまだ甘いちゃんだな…。だから知らせたくなかったのに…)
これは完全にイーヴィルのミスだった。既に風香の素性を知っていて行動を共にしていた自分と、全く知らない光輝との違いを見誤ったのだ。だったら、今ここで風香にとどめを刺す様になど促さなかったから。
何故か言葉を飲んで黙ってしまったイーヴィルを見て、流石のブライト…光輝も、あの女少将の正体に気が付いた。
風香は、どん底にいた自分に笑顔を向けてくれた。何故かは分からないが、好意も持ってくれた。そんな風香に、光輝もまた確実に好意を抱いていた。
ゆっくりと…女少将に近付いて行く。
風香の作ってくれた弁当は本当に旨かった。彼女との未来を想像した事もあった。折角買ったプレゼントは渡す事も出来なかった。結局想いを告げる事すら出来なかった。周防光輝が死んだ時、一番の心残りは風香の事だった。
跪いている風香の前までやって来た。風香は、ブライトによって身も心もボロボロにされた…。この部屋に入って来たばかりの時の比呂の様に、精神がおかしくなってしまったのかもしれない。
そして、ここで光輝は、風香の胸元の破壊されたプロテクターの隙間から見えるあり得ない物に気が付く。それは、あの日、告白する為に風香にプレゼントしようとしていた風がモチーフになっているネックレスだったのだ。
「風香…?」
その声は、ブライトのものではなかった。変に作っていない、落ち着いた高校生男子らしい若々しい声で問い掛ける様な、周防光輝本来の呟きだった。
そしてそれは、打ち砕かれた風香の精神を取り戻させる。彼女にとっても、失ってしまった…もう二度と聞く事は叶わないと思っていた、大好きだった人の声だったから。
「光輝…君?」
光輝は、先程まで容赦なく攻撃していた女少将に、優しく、壊れてしまわない様な手付きで、そのヘルメットを外す。風香もまた、抵抗する事はなかった。
そしてその顔は…
間違い無く、水谷風香だった…。
次回、リバイブ発動!?