第68話 ジレンvs仙崎
――ジレンvs仙崎
溶炎のジレンと仙崎中将の戦いは、近中両方の距離で圧倒的火力を誇るジレンの攻撃を、仙崎が辛うじて凌ぐ展開が続いていた。
「どうした!?逃げてるだけじゃ何も始まらないぞ!」
ジレンのギフトは“バーニング・ファイヤー”。ギフトランクはA+。同じ火炎系能力のネイチャー・レッドのエレメンタル・ファイヤーが中・遠距離が主体の能力だとすると、こちらは近・中距離で力を発揮し、更には熟練度を上げれば炎がマグマへと変換する。
少し離れれば炎が放たれ、近付いても炎を纏った攻撃が繰り出される。少しでも喰らえば、喰らった箇所は焼けただれる。
一方的な状況下でも尚、仙崎の眼は冷静にジレンの攻撃を観察していた。
「パワー…ウエイブ!!」
地を這うマグマの波が仙崎を襲う。ここで仙崎は、漸くギフトを発動した。自分に到達する寸前、マグマの波を仙崎は刀で叩き斬った!すると、マグマの波は勢いを無くして消え去ったのだ。
これが仙崎のギフト能力、“ワールド・デリート”。ワールドを冠するギフトランクS-の強力な能力だが、この能力は使いこなすのが難しい能力でもあった。
条件として、能力者自信が対象の能力のパターンをある程度理解していないと効果を発揮出来ない。だから、仙崎は一通りジレンに攻撃をさせ、観察していたのだ。
「ジレン…お前の能力の質はインプットした。もう、俺に負けは無い」
「ほう…流石に中将なだけある。やっぱり、俺はアタリだったな!」
ジレンも、分類的には戦闘狂の人種である。
強敵であればある程熱くなる。逆境であればある程燃えてくる。今、ジレンが感じている高揚感は、黒夢に入る前に桐生と対峙した時に次ぐ程だった。
「マグマフィスト!!」
マグマで覆われた腕で、仙崎に向かってパンチを放つ。
「ワールド・デリート」
が、向かってくるジレンに向かって刀を払う様に振ると、覆っていたマグマが消され、ただのパンチとなったそれは、仙崎にアッサリと避けられ…
「ふん!」
横薙ぎの一閃。ジレンは辛うじて避けたものの、少しだけ脇腹を斬り裂かれた。
「ぐっ…他人の能力を消す能力か…。これはまた、とんでもねーな」
「俺を倒したくば速攻でケリを着けるべきだったな。戦闘に悦びを感じる様では、先ず無理だっただろうが」
ワールド・デリートの特性上、不意打ちや奇襲、速攻等にはどうしても対応する事が出来ない。だが、仙崎はそれを己の技術を高める事で補った。つまり、能力を使わなくとも日本有数の剣豪なのだ。
仮に、ジレンが戦闘を楽しむ事はせず、最初から仙崎を殺す気でいたとしても、結果は変わらなかっただろう。
(これはまいったな…。コイツとは相性が…いや、コイツと相性が良い奴なんて極僅かだ。ただ、コイツが強いだけだ)
ジレンは気を引き締め直す。自分は黒夢のナンバー2だ。あの桐生辰一郎に次ぐ者なのだ。
戦いを楽しむ事はあったが、戦いを舐める事は決して無かった。仙崎は強いのだ。それを素直に認め、改めて自分の力の中で、何が有用かを考える。
(どこまで俺の能力を消せるのか…それが分かれば突破口も開けるかもしれねーが…それを見極めるのは現実的じゃねーな)
「来ないのか?なら、こっちから行く!」
鋭い突きがジレンを襲う。
仙崎のギフトは完全に防御系だが、それを補って余りある剣術を持っていた。
「ぐっ…強いな。それほどの強さがあって、何故俺がお前のこれまでの武勇を知らなかったのかが分からねー」
「俺は内勤が多くてな…。出世ルートに乗ってからと云うもの、上があらゆる雑務を俺に押し付けるんで、最近はあまり戦場に立つ事は無かったんだ」
なるほど…と、ジレンは思う。表に出てない実力者は、裏社会にも存在するからだ。
(それにしたって、コイツを倒せる奴なんてそう多くないだろうな。どこまで他者の能力を消せるかは分からないが、条件さえ整えば下手すりゃボスですら…いや、あの人は別格か)
ジレンは笑みを浮かべる。黒夢のボスである桐生と比べれば、どんな相手でも格下になるのだから。そして、自分はそんな桐生の下で長年鍛え上げて来たのだから。
仙崎を倒す為には正攻法では難しいと判断したジレンは、覚悟を決める。
「お前の能力はまだ解析出来ねー。だったら、やる事はひとぉつ!!」
来る…!そう感じて、仙崎が居合いの構えをとる。
「数打ちゃ当たるだ!!!」
全弾マグマを纏った拳の乱打。だがこれを仙崎は居合いの構えを解除し、ワールド・デリートを纏った刀で素早く捌いていた!
「ウオオオオオオオッ!!」
10秒…20秒…30秒…ジレンのラッシュは止まらない。その30秒の時間は、仙崎の体感的には倍にも感じられた。
(ぐっ…どちらが先に体力が尽きるか根比べか?…面白い…その勝負に乗ってやる!)
40秒…50秒…60秒…。無数のパンチを、ジレンは休まず打ち続ける。
一方仙崎は、攻撃を捌くのに精一杯で反撃に転ずる事が出来ない。
(くっ…こんなラッシュ、そうそう続けられる訳が無いんだ!直ぐ…もう直ぐ止まる!その時が…貴様の最期だ!ジレン!!)
「ウオオオアアアーッ!」
仙崎の体力も限界に近い。だが、仙崎は防御している側だ。攻撃している側のジレンはもっと辛いハズ…。
このラッシュに付き合わず、別の戦法をとる事も可能だろうが、仙崎はそれをしなかった。…その負けん気の強さが、仙崎の敗因となった。
「なっ!?」
気が付くと、仙崎の足から腰に蔓が巻き付いていて、動きを拘束していたのだ。
瞬時に仙崎の後方へジャンプするジレン。仙崎は、振り返る事が出来ない。
「実は俺もギフト二つ持ちなんだよ。名前は“プラント・エクステンド”。ギフトランクはCだけど、案外使えるだろ?」
ジレンは自他共に認める世界有数の火炎系能力者だ。そんな彼が突拍子も無いタイミングで、弱小ギフトであるプラント・エクステンドを用いる。この騙し討ちの様な戦法をかつて破った者は一人しかいない。
「おのれっ…」
一時的に下半身を拘束されたとは云え、所詮は蔓だ。少し力を入れれば千切れる。だが、突然の拘束に仙崎の反応が一瞬だけ遅れ、ジレンにとってはそのほんの一瞬の隙が作れれば良かったのだ。
「グーッドゥ・ラアーック!」
「ぐはあっ!?」
ジレンの拳が仙崎の背中を打ち抜く。そして全身を炎が覆った。身体を貫かれなかったのは仙崎の研鑽の賜物だろう。
「ぐおおおおおおおおおっ!!」
だが、仙崎は倒れなかった。そして、ワールド・デリートを発動させて、炎を消し去った。
脚はもうガクガクで感覚は無いし、全身至る所を火傷していて感覚が麻痺して来ている。
でも、このまま敗北してしまえば、自分はあの世で待っている仲間達に顔向け出来ないと、倒れることを拒絶する。
「ぐっ…いいかげんにしやがれ…なんでまだ動けるんだ!?」
そしてジレンも、ギフトを多用し過ぎた為に体力は既に限界を迎えている。荒療治だったが、この方法が、ジレンが仙崎を確実に倒しうる最善の作戦だった。
次の一撃が、仙崎の最後の力を振り絞った最後の一撃になるだろう。それは、ジレンも同じなのだが…。
「おい、お前…フィルズをどう思う?」
突然のジレンの質問は、仙崎にとって理解不能なものだった。
(油断を誘ってるのか?…いや、既にそんな状況じゃない)
「どうなんだよ。フィルズはやっぱり只の犯罪者集団だと思ってるのか?」
仙崎は…その地位から、国の政策と、国防軍のして来た事を知っている。
ギフトの認定と言っては、まだ見ぬギフトを発見すれば実験体とし、有能な能力者が国防軍入りを断れば、闇に乗じて抹殺する。
仙崎の様な真面目で実直で心の優しい男からしてみれば、到底許される行為では無い。だが、そのおかげで国の平和が保たれている側面が確実にある事も知っている。
「……俺は軍人だ。国に命を捧げた身だ。俺の考えなど、平和の為には…」
「無理してんな~、お前。国が間違ってるんなら、誰かが正してやんねーと駄目だろ?お前、子供が間違った事したら叱るだろ?」
「………お前らは、国を変えるつもりか?」
「さあね…。ご想像におまかせするが、お前みたいな実直な人間は、これからの国防軍には必要なのかもと思ってな…」
仙崎自身、国のスペシャリストに対する扱いに不満を覚えた事は一度や二度では無い。それは、自らもスペシャリストだから当然の事だ。
「まあ、お前みたいな奴は口で言っても分からんだろう。一辺その凝り固まった正義感をぶっ壊してやるよ…」
ジレンが突進してくる。思考が他の事に行っていた仙崎は反応が少し遅れる。
(ワールド・デリート……あっ?)
ワールド・デリートを発動させて待ち構える…が、ジレンは能力を発動していなかった。そして、ジレンの踏み込みが、先程までよりも確実に速かったのだ。
ジレンが炎を纏った攻撃をする際、本来の動きより俊敏性が落ちるのだ。それを逆手に取り、その動きに仙崎の目を慣れさせた。
仙崎にとっては全てが予想外。反してジレンにとっては、全てが計画通り。そして、能力を発動していない状態の方が俊敏に動けるジレンは、仙崎の刀をすり抜け、顔面に拳を思いっきり叩き込んだ。
「ぐううっ…まさか…素手にやられるとは…な」
悔しげに呟く仙崎。だが次の瞬間、表情が弛んだ。そして、仙崎は大の字になって地面に倒れた…。
最初から最後まで、ある意味ジレンの作戦通りの展開だった。勿論、自分の身を削る事によって成立した、紙一重の作戦ではあったが。
「……ガハッ!?」
すると、ジレンも血反吐を吐いて膝を着く。
「限界を3周位超える程ギフト使えば、そりゃあこうなるわな…」
そして、意識を失って倒れたのだった。