第62話 本物のエリート
「闇の閃光・ブライト。もう二度と悲劇を作らせない為…私が貴方を討ちます」
女少将・水谷風香がブライトを指差す。
風香は少し前まで、光輝を失った悲しみ…光輝を殺してしまったネイチャー・ストレンジャーへのやるせない怒り、そもそもの原因を作った黒夢のフィルズに対する怒り、何も出来なかった自分に対する怒りから立ち直る事が出来ずにいた。
だが、彼女をこの場に立たせたのは、祖父の言葉だった。
「守るべきものを守りたくば強くなれ。組織を変えたくば強くなれ。自分を許せないのであれば強くなれ。
強くなる事でしか、世界は変えられぬ。戦わなければ、強くはなれぬ」
まだ、完全に立ち直った訳では無い。それでも、風香は立ち上がった。
強くなる為に…。そして、もう二度と、悲劇を生まない為に…。
闇の閃光・ブライト。今や、漆黒の悪魔として、国防軍でも最も恐れられる存在と、風香は対峙する。
……すると、踞っている比呂の存在にも気付き、ヘルメットを被っている為唯一顕になっている口元が不機嫌そうに歪んだ。
「真田比呂…生きてたのですね。なら、邪魔になるから貴方は撤退しなさい」
「え?…俺も今は白虎隊の一員ですよ?」
「白虎隊の隊長は私です。私は、貴方の白虎隊入りには最後まで反対でした。…私が寝込んでいる間に貴方の入隊が決まってしまったのは私のミスでしたが。
何も出来ず、そんな所で泣いてる様な弱者を、私は白虎隊の…国防軍の一員として認めません」
どこまでも見下される比呂は、唇を噛んで俯いてしまった。
因みに、女少将が風香だと云う事を比呂はまだ知らない。水谷と云う名字までは聞かされていたが、風香と云う名前までは聞いてなかったし、入隊が決まった時には風香は引き籠っていたから。
(なんかもう…逆に可哀相だな、コイツ)
その光景を見ていて、ブライトは比呂が憐れに思えてしまった。自分で自分の事をエリートだと思い込んでいたにも関わらず、結局は誰にも認められていないのだから。比呂の言う通りなら、光輝自身も認めて無かった訳だし。
そして、当然ブライトも、女少将が風香だと云う事を知らない。
「さて…俺を討つ…か。お前に出来るのか?女少将」
「その言い方はやめて下さい。私は女である前に少将です。少なくとも、貴方がこれまで戦って来た者達…あの冴嶋中尉よりも、私の方が強いんですよ?」
冴嶋より強い…。どうにも信じ難いのだが、階級は確かに中尉より少将の方が高い。位が強さに直結するわけでは無い事は理解しているのだが。
「チッ…なんか戦う気力が削がれちゃったんでね…。戦るんならせいぜい俺がやる気を取り戻す位は頑張ってくれよ?」
「減らず口を…。私を馬鹿にしないで。絶対零度の吹雪を喰らいなさい!!」
突然風香から放たれた吹雪がブライトを襲う。
(ぐっ…寒い!冷たい!痛い!なんて威力だ!?スーツの防耐が意味を為さない!…面倒だから一気に間合いを詰めるか……って、何っ!?)
スピード・スターを発動……しようとした瞬間、足元に違和感を感じて、ブライトは動きを止められた。足が氷で地面に固定されていたのだ。
「ブライト。貴方はギフトを複数所持してるらしいですね。でも、ギフトを複数所持してるのは、貴方だけじゃ無いんですよ?
少し呆気なかったけど、これで終りです!ハリケーン・ミキサー!」
「…!?ぐおおおおおっ!!」
今度は竜巻がブライトを包み込み、竜巻の中では無数の鎌鼬が発生してブライトを斬り付ける。逃げようにも、いつの間にか足元が凍らされて地面と密着している為動けない。
(さっきの吹雪とは性質が違う!?この女少将…ギフト2つ持ちなのか!?
つか、なんだこれ!?身動き出来ない上に殺人級の竜巻って…こんなの、ハメ技じゃねーか!ハッキリ言って、普通の奴なら瞬殺だぞ!?)
「女だと思って油断したのが貴方の運の尽きです…」
竜巻が止む…。これまで、この状態から生還した者は数える程しかいなかった瞬殺コース。当然今回も、彼女はブライトを仕留めたと思っていた。
「……フン、中々気持ち良い扇風機だったぞ…小娘」
だがそこには、身体中をロンズデーライトで包み込んだブライトが、悠々と立っていた。実際には硬化が間に合わず所々斬り傷を受けてしまったのだが…。
当初、ロンズデーライトは部分的にしか発動出来なかったが、鍛練の末に桐生と比べれば厚さは半分程だが、全身を覆えるまでに熟練度を上げたのだ。
難点として、全身を覆った際は重くてまともに動けない弊害が発生する。この事からも、桐生の身体能力が人外であることが分かる。
「ほう…今のを耐えるとは…随分堅い身体なんですね?まぁ、能力でしょうけど」
「フン!」
ブライトは足元の氷を強引に引き剥がし、軽く首を鳴らす。
「さて、準備運動は終わりだ…。今度はこっちの番だな」
ロンズデーライトを解除、スピード・スターを発動し、一気に女少将との間合いを詰める。そして鳩尾目掛けて硬化した貫手を放つ…が、いつの間にか腕を絡め取られて、気が付けばブライトは天井を見ていた。
「あれ?」
「私が近接格闘が出来ないとでも?」
風香は合気道の要領でブライトを転倒させたのだ。
ブライトは下から女少将を見上げる。スモークの貼ってあるヘルメットで顔は見えないが、露になっている口元からは随分と若い印象を受けた。そして、その余裕を含んだ幼い口元に、忘れていた戦意が沸き上がって来た事に気付く。
「……面白い。どうやらお前は本物のエリートみたいだな…小娘」
「その格好でよく言えますね?間抜けですよ?」
実際、ブライトは今、風香に転がされて仰向けになり、上から見下ろされてる状態だ。
その状態でブライトは頷く様に首を動かす。すると、それだけで風香の頭部付近に小さなインビジブル・スラッシュの斬撃が発生した!
「なっ!?」
風香は辛うじてそれを避けるが、ブライトの手首を極めていた力が弛んだ。
その隙に立ち上がって体制を立て直したブライトは、女少将にパンチのラッシュを仕掛ける。
「オラオラオラオラオラオラオラオーラアーッ!」
だが、ブライトの拳を風香は全て手で捌く。本人が言った通り、近接格闘においても達人クラスの様だ。
風香の反応の良さに感心したブライトは、一旦間合いをとる。
「面白い…なら、少しだけ能力は使わずに純粋に体術で相手をしてやろう」
「いいんですか?素人が達人に挑むようなものですよ?」
光輝はいつかギフトが発現する時の為にあらゆる格闘技を習っていた。その成果は、無能力者の総合格闘技の大会に出ればそれなりの成績を残せる程。
「フン!!」
ブライトがローキックを放つ…が途中で軌道を変えたその蹴りは風香の頭部へ。だが、これを風香は身を屈めてかわし、一本立ちとなったブライトを片足タックルで転倒させるとサイドポジションを奪う。本当ならそのままマウントポジションに移行したい所だったが、ブライトがそうさせなかった。
「寝技か!体力の差が物を言うポジションだぞ!小娘!!」
ブライトが力任せに状態を起こす…と、その隙に風香はブライトの腕に絡みつき、腕ひしぎ逆十字を極めてみせた。
「ぐうっ!?」
「取り敢えず、腕を一本頂きましょうか?」
「なあめるなあああ!!」
女に良い様にやられる展開に焦ったブライトは、風香ごと持ち上げて地面に叩きつけようとするが、持ち上げられる最中に風香は自ら腕を離し、今度はブライトの足に自分の身体を絡めて膝十字固めに移行する。
「ぐわっ!?」
更にテコの原理で転倒させられ、ブライトはガッチリと膝を極められた。
光輝は確かににあらゆる格闘技を習っていた。無能力者とのストリートファイトでは無敵だったし、無能力者の総合格闘技の大会に出ればそれなりの成績を残せる程に。
だが風香は、仮に無能力者であれば女子総合格闘技で世界を獲れる程の猛者だったのだ。伊達に吉田以下三名を瞬殺した訳では無い。
「どうしました?所詮あなたも能力頼りだったみたいですね?」
その言葉に、ブライトはカチンと来た。能力者になるまでの努力が馬鹿にされた気がしたし、なによりも能力者になってからはギフト能力ばかり気にして基本的な戦闘技術を蔑ろにしていたのに気付かされた事に。
「なあめえるうなあ小娘えええっ!!!」
強引に脚を振り抜き、風香のロックを外す。まさか力業で外されるとは思っておらず、これには風香も一瞬動揺したのをブライトは見逃さなかった。
立ち上がろうとした風香に強烈な前蹴りを一閃!ブロックはしたものの、一撃で風香は大きく吹っ飛ばされて壁に激突した。
「くっ…!?」
「……遊びは終わりだ。さあ、地獄のショーを始めるぞ…?」
悠然と羽根を広げて佇むその姿を見て、風香は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
「漆黒の悪魔…か。確かに、この男は悪魔かもしれないわね…」
実際には、強引に技を振りほどいた為に左腕と右膝を痛めてしまったのだが、いつの間にか国防軍の中で、自分が漆黒の鳥人から漆黒の悪魔にランクアップされていた事に、ブライトは心の中で興奮するのであった…。
(うん……鳥人より悪魔の方がカッコいいな…)
スペシャルワンマッチ
✕闇の閃光ブライトvs国防軍少将・水谷風香〇
※試合放棄により反則負け