第60話 壊れたプライド
―白夢本部一階フロア
一階フロアはもぬけの殻だった。
比呂は、白虎隊の“相良”と“岩下”と共に、先発部隊としてアジトへ侵入していた。
(…誰も俺を評価なんてしちゃくれない…。ハハッ、俺なんて所詮、そんなもんだったのかよ…?)
いつからだろう?将来有望と言われ、自信に充ち溢れてハズが、今では会う人皆が自分を蔑ろにしているかの様に感じてしまう様になったのは。
(…違う。俺はエリートなんだ。今に見てろよ…)
それでも、僅かに残されたプライドが、比呂を辛うじてだが立たせていた。
奥へ進むと、目の前には二人の男が立っていた。弦慈と世音である。
「止まれ。此処は白夢のアジトだ。貴様ら国防軍の来る所では無い」
「消えろ。今ならまだ見逃してやる」
弦慈と世音は、表情を一切変えずに警告する。
そんな事を言われてハイそうですかと引き下がる訳が無いのを知っての挑発である…。
「おい真田。現場から逃げ出すのは得意だろ?状況を斑目副隊長に伝えに行け」
相良に皮肉混じりに言われ、比呂は言葉を返す。
「冗談を。ここで俺が伝達係をしたら、また貴方達は笑うんでしょ?俺は残ります。こんな奴等二人ぐらい、俺が…」
次の瞬間、比呂は岩下に頬を殴られた。
「あの二人はお前なんかじゃ相手出来ねーんだよ!自分と相手の力量も見抜けない…そんなザコだから、お前が伝えに行けと言ってんだ!」
「ぐっ…」
悔しかった。だが、今の一撃を受けただけで、岩下は自分より強いであろう事を身を以て知らされてしまった。
「逃げないのか?なら…死んでもらう」
弦慈が構えを取る。すると、指先からオーラで出来た紐が出現した。
同じ様に戦闘体制に入った世音もまた、腰を落として構えた。
「岩下、コイツら、白夢のナンバー1と2の弦慈と世音だ。気を付けろ」
「いきなりトップクラスがお出迎えかよ…。上等だ!」
4人は、既に比呂の事など眼中に無い。
独り、ポツンと放っておかれた比呂は、僅かに残されていたプライドすらも壊されてしまった。そして…
「クソっ…クソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソっクソおおおおおおっ!!!」
比呂の、ほんの少しだけ残っていたプライドが砕け散った事で、辛うじて保てていた精神が崩壊した。
「エリア・マスター!!!」
一階フロアにあった貴金属、電光掲示板からパソコンからイスからテーブルから…全てが弦慈と世音に向かって飛んでいく。2対2の様相に横槍を入れたのだ。
「アハハハハハッ!どうだ!?俺のエリアマスターは!ギフトランクはA+なんだぞ!凄いだろー!」
「てめぇっ正気かよ!?…仕方ない!俺が伝達にいく!暫くの間頼んだぞ!岩下!」
「おう!ったく、腰抜けの癖に能力だけは立派なもん持ってやがるぜ!」
比呂が操作した物体を、弦慈と世音は軽々と避ける。
「よし…やるぞ、世音」
「ああ…」
岩下と比呂の耳に、弦慈達の後方から人々の叫び声が聞こえる。どうやら騒動に気付いたのだろうと、岩下は勘違いをした。
そして、弦慈と世音は、声のする方へと去って行く…
二人を追い掛けようとした岩下だったが、自分達は偵察部隊だと云う事を思い出し、踏みとどまる。だが比呂は…
「俺は…俺はエリートだあああっ!!」
「おい待て、真田!!」
暴走した比呂が、アジトの奥へと侵入して行った。
「バカ野郎…相手の思うツボだろうが…」
ここで岩下は、比呂を追うべきか、それとも後発の仲間を待つべきかの選択を迫られる。
「……まあいい。あんなカスが死んだ所で、どーでもいい」
結局、後発部隊を待つ事に決めたのだった。
国防軍を誘導すべく移動する弦慈と世音。先程の叫び声は、世音のギフト能力が作り出した幻聴だ。
だが、後方から追いかけて来たのは、比呂ただ独り。
「…見た所新兵の様だが…どうする?」
「新兵だけ誘き寄せても無駄足だ。それに、いずれ後発部隊も追って来るだろう。仕方ない、少しだけ子守りでもしてやるか」
白夢アジト地下二階。黒夢の面々が待ってるのは地下三階なので、国防軍の後発部隊が来るまで二人は比呂の足止め…という名の子守りをする事にした。
「おい新兵、なんでお前だけで突っ込んだ?死にたいのか?」
弦慈が立ち止まり、比呂に問い掛ける。
「新兵?クククッ、俺はタダノ新兵じゃ無いぞ!俺は、エリートなんだぁ!」
「エリートか…。なあ弦慈、エリートってのは、我を忘れて無謀な行動をするんだっけ?」
「さあ?俺の知るエリートは、そんなバカな事はしないな」
あから様に見下される比呂。すると…
「バカ?今、このエリート様をバカって言ったのか?………バカって…言うなああああああっ!!」
その場にあったあらゆる物体を操作して二人を狙うが、二人は全く動じない。
「コイツの能力…“サイコキネシス”か?念力で物を操る…」
「かもな。でも、油断するなよ、弦慈。なんかアイツ、普通じゃない」
「クケケケケケケケケケケケケケケケケッ!!!」
比呂は視点の定まらない眼で、不気味な笑みを浮かべながら、能力を乱用していた。誰が見ても常軌を逸しているその様に、二人は少しだけ怯む。
「!?なんだ!?」
突然、指先から比呂を拘束する為に出していた弦慈のギフトで作られた糸が、弦慈の意思とは関係無く自分の首に巻き付いたのだ。
「ぐっ…なんで!?」
「クケケケケケケケケケケケケケケケケッー!!!」
「チッ!」
世音が糸を断ち切ると、糸は力を失い消えて行った…。
「ゴホッ、今のアイツの能力か!?」
「他人のギフト能力まで操る?…あり得ん」
「ゴホッコホッ…もういい。実はアイツ、中々厄介な敵かもしれん。もう黒夢のメンバーが待つ部屋へ連れてっちまおう」
「だな。誰にする?あんな不気味な奴、ジレンやヴァンデッダに連れてったら、俺達があとでぶん殴られるぞ?」
「だったら…新人に押し付けるか?」
「そうだな。新兵には新人を!じゃあ早速連れて行こう!」
再び動き出す二人。それについていく比呂。
果たして、部屋で待ち受ける新人を前にして…比呂の命運は今、試されようとしていた。
「クケケケケケケケケケケケケケッ!俺はエリートだぁ!!」
――ブライトは、部屋に用意された椅子に腰を掛け、入口の扉から誰かが入って来るのを、今か今かと待ちわびていた。
(あの女少将は来るんだろうか?アイツじゃなくても、ネイチャー・ストレンジャーは俺を目の敵にしてるだろうし、死ぬ気で向かって来るんだろうな…。
面白い、面白い!早く来い!お前ら全員返り討ちにしてやるから!!)
リバイブ・ハンターが発動していないにも関わらず、最早溢れ出る黒い感情を抑えきれないブライトの貧乏ゆすりは秒間200回を越え、コンクリートの地面にヒビが入っている。スピード・スターの最も無駄な使い方である。
その時、ドアが開いた。入って来たのは弦慈と世音。
だが、二人は何故かブライトに申し訳なさそうな表情だった。
(誰だ?少将か?ネイチャーか?最悪白虎隊の奴等でもいい!早く、強い奴と戦わせろ!!)
「クケケケケケケケケケケケケケケケケッー!!」
「………比呂?」