第59話 白夢のボス
―白夢本部
白夢の本部は、都心部の地下に張り巡らされた黒夢の本部アジトと違い、旧東京都青梅市の山間から地下へと張り巡らされた地下要塞だった。
広さも黒夢の本部アジトに匹敵するのだが、地下へ降りて地下一階と二階は、侵入者迎撃用のスペースにもなっている。
今回の作戦としては、国防軍が襲撃して来た時には既に基地内はもぬけの殻になっている。ただ、それだと国防軍が帰ってしまう可能性もあるので、白夢のメンバーでブライト含む黒夢のナンバーズが待ち構えてる部屋まで誘き寄せる事になっているのだ。
そして現在、白夢本部、最奥にあるボスの部屋では、ブライト達に加えて桐生、そして白夢のボスであり妙齢の美女“白蛇雪”と、その側近の“弦慈”と“世音”がいた。
「よく来てくれた…黒夢の皆さん。はじめましての方もいるみたいなので一応自己紹介を。私は白蛇、この白夢のボスよ。そしてこっちが弦慈と世音。白夢のナンバー1と2よ。この二人が、国防軍を皆さんの待つ部屋まで誘導するわ」
「よう、ゲンにヨネ、久しぶりだな。今日は頼むぞ」
顔見知りだったのだろう、ジレンは弦慈と世音と親しげに声を掛け合っている。
ブライトから見ても、この二人は相当の実力者のオーラを漂わせている様に見えた。
「さて、じゃあ俺と雪はこの部屋で待機しとく。危なくなったら助けに…いや、なんなら全員俺が…」
「辰一郎、今回アンタはお留守番だよ。取り敢えずはね」
どうしても戦いたい桐生を、白蛇が叱る。その光景を見てブライトは普通に驚いていると、イーヴィルが補足してくれた。
「白蛇の姐さんは、ボスとは古い付き合いで、姉さんみたいなもんだからな」
「そうか…。だからか…」
ブライトにとっても、黒夢の全メンバーにとっても、桐生の存在は絶対的だ。そんな桐生に物申せる存在として、白蛇雪の名はブライトの中に刻み込まれた。
「さて、じゃあそろそろ各自部屋で待機しておけ。決して油断するな?相手は国防軍の主力クラスだ。ブライト、全員があの冴嶋クラスだと思え」
冴嶋中尉…。比呂の横槍が無ければ、あの時点でのブライトは相討ち…もしくは敗れていただろう。そして、もしあの時殺されていれば、リバイブ・ハンターの仮想ルール、同じ相手に二度殺されると発動しないが事実であれば、自分は今ここにはいないのだ。
それでも、今現在、ブライトは更にギフト能力を増やし、格段に強くなった。今ならば冴嶋に遅れをとる事は無いだろうと、一切の自惚れ無く思っていた。
「了解…。でも、ネイチャ・ストレンジャー程度なら相手になりませんから」
これから戦いが始まる。先日のグローリーなどとは違う、強者との戦いが。そんな戦いを前にして、ブライトの中で殺意にも似た感情が昂って来ているのに、本人は気付いていない。
そんなブライトの様子に、この場で気付いているのは桐生と…白蛇だけだった。
それぞれが各々の持ち場に散っていく。桐生もまた、一度外を見回りしてくると言って消えていった。そんな中、自分も持ち場に移動しようとしたブライトを、白蛇が呼び止めた。
「アンタがブライトかい?…なるほど、危ういねぇ…」
「危うい?俺が…ですか?」
「そうだよ。急激に力を手に入れた人間が往々にして陥る状況に、今アンタは片足を突っ込んどる。
…どんな時でも、どんな敵でも、油断するな?死は、常に背後に潜んでいるんだからね…」
もしかしたら白蛇はリバイブ・ハンターを知っているのだろうか?と、ブライトは感じた。であれば、あれほど桐生自身が秘密にしろと言っていたのに、自分は親しい人間に話してたのか?と、少しだけ桐生に不信感を抱く。
「…ああ、アンタの能力を私が知っていた事に不服かい?悪いけど、辰一郎から聞いたんじゃないよ。私もこれでも長い事フィルズ組織のボスなんてやってるからね…情報網は幾らでもある。
だから、辰一郎を疑っちゃいけないよ。アンタは、これまでの誰よりも辰一郎に期待されてるんだ。
決して…道を踏み外しちゃいけないよ?そして…辰一郎の助けになってやっておくれ」
戦いを前にした自分に、随分しんみりした事を言ってくれるなと、ブライトは不思議に思った。だから、白蛇の言葉の真意に、今はまだ気付いて無かった…。
―白夢本部入口前
国防軍陸軍中将・仙崎は、ひっそりとした白夢アジト入口の雰囲気に、得も言えぬ不安を覚えていた。
「…いくらなんでも静か過ぎる。国防軍の動きがバレてたのか?それで、既に本部を捨てて白夢の本体は逃げたとも考えられるな…」
仙崎の背後には、ネイチャー・ストレンジャーの3人。今は仮にブルーがリーダーを勤めている。
「仙崎中将…。もし、情報が洩れていたのだとすれば、逃げたかもしくは…中で待ち伏せしてる可能性があるかと」
「そうだな…。個人的には一時撤退が賢明だと思うが、それじゃあ上が納得せんだろうな…」
仙崎は戦闘面でも指揮官としても非凡な才能を持ち、将来は大将のポストすらも約束された男である。それも、彼自身が有能だからだか、その有能さを大将の権田に気に入られているからだ。
今回の件、権田の熱意の入れようは過去に無い程だ。そんな重大な任務で消極的な判断を下したとすれば、仙崎の評価は一変する可能性だってある。権田はそういう男なのだ。
「仙崎中将。我々白虎隊が、偵察してきましょうか?」
そんな中名乗りを上げたのが、白虎隊の副隊長・斑目だった。
「そうだな…。では、白虎隊から3名に先行しての偵察任務を与える。…少しでも異常があれば、必ず本隊に伝える様に」
「了解であります!」
斑目は待機している白虎隊の面々を集める。
「聞いてたな?ウチから偵察を出す。志願する者は?」
斑目を除いた白虎隊の19人中18人が勢いよく手を上げる。
「おいおい、お前らの中にはどー考えても偵察向きじゃ無いギフト能力の奴がいるだろうが?…だが、それでこそ白虎隊だ。まあ、臆病者の新入りが一人、手を上げずにいるみたいだけどな…」
唯一、手を上げなかったのは、その存在を誰からも認められていない比呂だった。
「お言葉ですが、自分のギフトは偵察には適してません。ですので、副隊長の言った通りの理由で手を上げませんでした」
悪びれず、自分こそが正しいと云った表情の比呂に、白虎隊のメンバーは呆れて何も言わなかった。
「はぁ…、俺はそういう事を言ってんじゃ無いだろう?偵察隊のメンバーは言われなくても俺が決める。俺が今お前達に問いたのは、軍の為…隊の為に、率先して行動し、死ぬ覚悟があるのか?と云う事だろう?やっぱり臆病者には分からないか…」
また、白虎隊の面々が比呂を嘲笑する。
自分の考えは間違っていない。なんで自分がこんな扱いを受けなければならないんだ。と、比呂は心の中で叫ぶ。そして…
「分かりました。俺が行きます…」
偵察を志願するのだった…。