第5話 無情な告白
※スペシャリストの証をバーコードタイプに修正しました。
※一部、比呂の会話を若干修正しました。
「光輝~、一緒に帰ろうぜ~!」
放課後。相も変わらず光輝に声を掛けに来た比呂に、光輝は内心ウンザリしていた。
光輝と比呂は幼稚園の頃からの幼馴染みだ。
昔は内気で虐められっ子だった比呂を、光輝がよく助けていた。
その頃から将来スペシャリストになってヒーローになると公言していたから、光輝にとっては当然の行動だった。
そんな関係が少しずつ変わり始めたのが、小学校6年生の頃。比呂がギフトに目覚めたのがキッカケだった。
比呂のギフトは、成長すればかなり有能な能力となるし、とある国防軍の軍人が、将来の国防軍入りに太鼓判を押したのだ。元々整った容姿だった事から、比呂の周りからの評価は一変した。
光輝も当初は比呂のギフト発現を自分の発奮材料として捉えていたのだが、そんな光輝を置いてチラホラとギフトを発現する周囲の友人達を見ている内に、焦りを感じ始めた。
そして、ギフトに目覚めるとしたら最後の機会であろう15歳時の検査でも、光輝はギフトに目覚める事は無かった。
高校に進学し、無能力者が集まるクラスにいた光輝を他所に、比呂は常に将来有望視されているA組。
可愛い彼女2人に加え、多くの異性の憧れの対象であり、同性からも好かれ、将来有望な比呂。
ギフトも無い、彼女もいない。ギフトに目覚めない焦りから対人面でも素っ気なくなってしまい、崇彦以外は友達と呼べる存在もいない…。何も持っていない光輝にとって、比呂は最早幼馴染所か最も苦手な存在になっていたのだ。
なのに、比呂は昔の様に光輝に接して来る。
正直、光輝にとっては迷惑以外の何物でも無いのだが、ギリギリ残されたプライドが、光輝が比呂に本音をぶつける事を躊躇させていた。
「なんだよ?今日は梓と遥は一緒じゃ無いのか?」
「…ああ、今日は光輝に重要な話があるからって言って帰ってもらったよ」
「重要な話?なんだよそれ?」
「それは…お茶でもしながら話そうよ」
駅前の喫茶店。男二人で入るのもどうかとも思ったが、比呂の重要な話が気になった光輝は仕方なく付き合っていた。
目の前には大して喉が渇いて無いが仕方なく頼んだメロンソーダ。
「で、重要な話って何なんだよ?」
「ああ、実はさ……」
……比呂は言い辛そうに、でも、言いたくて仕方ないと云った風に勿体ぶる。光輝は何だか嫌な予感がした。
比呂がこんな仕草の時、大抵は光輝にとって聞きたくない事が多いのだ。
ギフトが発現した時も、その能力が評価された時も、クラスがA組だった時も。
いつも比呂は一番に光輝に報告して来た。常に、今目の前にいるのと同じ、申し訳無いけど嬉しくて仕方がない雰囲気を纏った、そんな無邪気な笑顔を浮かべていたのだ。
「俺さ……実は、“国防軍”に入隊してたんだ!」
……目の前が真っ暗になった…。
何故?ギフトが発現しなかった時点で、もう全部諦めてたハズなのに。
何故?いや、なんで?なんで目の前の男は、自分が欲しかった物を全部持って行ってしまうのか?それだけが光輝の頭の中に渦巻いていた。
「高校生としては異例らしいんだけどさ、俺の可能性を広げるのは高校学習より国防軍で鍛えた方が有益だって言われてさ、…3ヶ月前からね。」
…言いながら、比呂は、自分の左手首に刻み込まれたバーコードを光輝に見せた。
そのバーコードは、スペシャリストのみが刻む事を許される、スペシャリストの証。
国が、スペシャリストか違法な能力者かを見分ける為に、能力者には必ずこのバーコードを身体の何処かに刻む事が義務となっている。
専用の赤外線を読込む機械で身体全体を読み込む事で、バーコードが反応する。その反応で、スペシャリストかフィルズか?更には、どんな職業かも判別出来るのだ。
「バーコードだから見ただけじゃ分からないかもだけど、読み込めばちゃんと俺が国防軍だって分かるんだ。でも、流石に一応学生だから国防軍の一員だって事は基本的には内密にする様に言われてるんだけどね。だから、学校には今まで通り通っても良いらしいんだ。
だけど、光輝だけには言っておかなきゃとずっと思っててさ。だって、国防軍はこの国の平和を守る象徴で、光輝が昔から憧れてた存在だから」
……この男は、人の気持ちを考え無いのだろうか?比呂は子供の頃から光輝がヒーローに憧れていたのを知ってるのだ。ヒーローへの近道=国防軍こそが、光輝の長年の夢なのだと。
それを、既に叶わない夢だと受け入れようとしても、どうしても心の整理がついていない光輝に、自分が選ばれた事を、何故そんなに嬉しそうに語れるのかと。光輝の中で比呂に対して初めて殺意が芽生えた瞬間だった。
「いや~まさか、虐められっ子だった俺が国防軍に入隊出来るなんて。こうなったら光輝が子供の頃に言っていたヒーロー目指しちゃおうかなぁ?」
これが光輝を卑下する様な、皮肉たっぷりの言葉だったら、どんなに良かっただろう。それなら、この場で目の前の比呂を再起不能になるまでぶん殴れば、幾らかは光輝の溜飲も下がっただろうに。
残念ながら、光輝の知る比呂と云う人間は、そんな嫌みな人間じゃ無いのだ。ただただ純粋で空気が読めない、光輝にとって最もタチの悪い人種なのだと理解してしまっているのだ。
光輝が、一つ大きく深呼吸した。
「…そうか。良かったな。おめでとう」
はたして、自分は今、上手く笑顔を作れただろうか?そんな不安を隠す様に、光輝は立ち上がった。
「別にお前が国防軍に誘われようが、将来ヒーローになろうが、驚く事じゃ無いだろ?話がそれだけなら俺は帰るぞ」
「え?あ、…光輝?」
「ここ、お前の奢りな…」
「ちょ…光輝!」
光輝はもう振り返らなかった。
店を出て、抑え込んでいた感情が溢れ出す。
比呂への祝福など、これっぽっちも無い。あるのは巨大な嫉妬だけ。
「…ハハッ、上手く出来たかは分からないけど、なんとか笑えたな…」
自分の夢。とっくに諦めた夢。でも、そんな夢を、自分の身近にいる人間が叶えようとしている。
「なんか…なんもかんもみんな…ぶっこわしてえ…」
この瞬間、光輝は漸く本当の意味で、自分がヒーローになれないのだと諦めたのだった。