第55話 表と裏の狭間
「あ…ブライト君…」
崇彦との初任務を終えて翌日、この日は自分の葬儀告別式を見守り、ちょっとセンチな気分ではあったが、気を取り直してイーヴィルと共に特訓がてら任務を終えて帰還すると、ブライトは久しぶりに会うティザーに呼び止められた。
(俺の葬儀から帰って来たのか…。少しだけ目が赤い。やっぱり悲しんでくれてるんだな…)
「ティザー、久しぶりだな」
「うん…ごめんね。メールでは話したけど、その、ちょっと悲しい事があってね…」
光輝の死は、表向きはフィルズでは無く一般人がテロに巻き込まれた際の死亡として扱われた。これにはネイチャー・ストレンジャー達の、梓と遥、そして白虎隊の隊長への配慮があった為でもあり、光輝が親友の比呂を命懸けで助けたという美談として、スケープゴートの役割りにもなっていた。
そして、国防軍の兵士を別にして、一般人の被害は重軽傷者こそ120名を数えたが、死者は光輝のみだった。
ティザーの言う悲しい出来事は恐らく自分が死んだ事だろうし、ティザーには自分の正体を明かしても、もう問題無いのではないかと考えて…
「実はな…」
「おっと~!ブライト、今日の任務で俺の大事なコートに鳥の糞が付いちまったから、ちょっとシド爺の所行こうぜ!」
「あ?…ああ。じゃあまたな、ティザー」
「…うん。またメールするね?」
イーヴィルに手を引かれるまま、ブライト達はシドの店へと向かっていた。
「おい、どうしたんだよ突然」
「ん?お前さっき、瑠美ちゃんに正体バラそうとしたろ?」
「ああ。だってもう隠す必要も無いだろう?」
「瑠美ちゃんは表の世界でお前と近しい知り合いもいるんだぞ?どこから情報が洩れるか分からないだろう?」
確かに瑠美と風香は表の世界では友達だ。むしろ、光輝を通してかなり親密な関係を築いている。
「いや、だけどさ、瑠美だって黒夢の一員なんだから、別に俺がブライトだって教えてやればいいだろ?」
「…それが、瑠美ちゃんの表の生活を阻害する結果になってもか?」
「は?なんでそれが生活を阻害する事に繋がるんだよ?むしろ、警戒すべき事項を知っていた方がいいだろ?」
「…瑠美ちゃんは確か水谷とも仲が良いよな?お前が生きてると知って、その事実を風香ちゃんに言えないでいる保障は無いだろ?それに、黙っていたとしても、瑠美ちゃんが今まで通り風香ちゃんと接する事が出来ると思うか?」
「いや、でも…」
「因みに言えば、俺はお前が知らない色んな情報を知っている。比呂に関しては言わずもがな。でも、俺はそれを親友であるお前にすら伝えなかった。何故だと思う?」
言われてみれば、崇彦ならゴッド・アイを使ったなら比呂の事も知っていたのだろう。だが、至って普通に接していた。
「ボスの意向でな。表の世界を生きてる者には、極力裏の世界と関連する情報は伝えない事になってるんだよ。どんな些細な情報でも、それで日常が瓦解する可能性があるからな。
俺のゴッド・アイは大抵の情報は知り得る能力だ。そんな俺だから、何度でも言わせてもらう。この世には、知らない方が良い事の方が多いんだ。
今回の件も、その一つだ」
…言いたい事は分かるのだが、光輝はどこか納得出来ない部分があった。
「…でも何らかの切っ掛けが原因で、例えば瑠美の正体が国防軍にバレて攻撃されたりしたら本末転倒じゃないか?」
「そん時はそん時さ。……でも、お前は不思議に思わなかったか?スカルとジョーカーの任務で、なぜボスはお前の状況を察してナンバー2達を救出に向かわせる事が出来たのか?」
「…監視してるんだろ?多分…そんな能力者がいて」
「言い方は悪いが、まあそうだな。でも、あくまで表の世界で生きているメンバーが不慮の事態に瀕した場合に守る為の監視だ。
ボスはああ見えて、マジでいい人だ。何よりも仲間を大切にしている。だから俺も、他のメンバーも、ボスに忠誠を誓ってるんだ」
「…まぁ、ボスがいい人なのは俺も承知してるけど…」
「あの人は絶対に仲間を見捨てねーよ。だからこそ、表の世界を楽しんでるメンバーがいれば、極力自然体で過ごして欲しいと考えてるんだ」
「じゃあ、お前にも監視は付いてるのか?」
「俺は表の世界よりも裏の世界をメインにしてたからな。いざとなれば全てを捨てても構わない覚悟があったから、監視はなかったよ。それに、表の世界でもお前が死んだ事で、もう表の世界に未練も無いから、的場崇彦は転校した事にしたし」
「…そういやここ数日、お前学校行ってないもんな…」
「お前がいない学校なんてつまんねーからな」
「……お前、なんだかんだで彼女がいなかったのは、実は俺の事が…」
「え?違うぞ!俺は女の子大好きだから!この間の合コンだって、お前達が途中で帰って無かったら絶対に上手く行ってたし!」
「ムキになる所がまた…」
「違うって!おい、何ケツを隠してんだよ!?絶対に違うからな!」
こうして、なんだかんだで楽しく日常が過ぎて行った。
―国防軍ミナト支部
―光輝が死んだ翌日。
国防軍ミナト支部では、あの女少将=水谷風香が自分の部屋に閉じ籠っていた。
彼女の脳裏に浮かぶのは、光輝との思い出ばかり。
出会いは突然だった。高校生にしてギフトランクA+の能力を発現した真田比呂を白虎隊に入隊させるかを隊長自ら審査する為に転校した学校。それまで己を鍛え、任務を遂行する事で精一杯だった彼女は、当初この話を固辞していたのだが、祖父の強い進めで高校生としての生活をスタートさせ、その初日に光輝と出会った。
光輝は…どこか、人生に絶望している様な、そんな目をしていた。
そこから、光輝は気になる存在となり、行動を共にしている内に、これまで感じた事の無い感情を抱く事になる。
何故、そんな感情を抱いたのかは分からない。分からないけど、胸が痛い。その原因を、歳上のネイチャー・ホワイトに相談すると、それが恋だと教えてくれた。
それからは、白虎隊隊長として比呂の査定をしつつも、水谷風香として光輝と時間を共にするする事が多くなった。
それは、これまで厳しい訓練に耐え、子供としての青春を謳歌する事など諦めていた彼女にとって、まるで嘘の様な輝かしい日々だった。
いつしか、光輝への想いは確実なものとなり、それからは積極的に光輝にアタックしたつもりだが、光輝はどこか鈍感な部分があり、中々想いが伝わらない。
あのデートの日…。瑠美と立てた作戦では、帰り際まで光輝が告白してこなかったら、自分から告白しようと決意していた。
でも、光輝は…ちゃんと告白してくれた。
もう、会うことは永遠に叶わないのに…。
何故、あの時光輝を安全な所まで避難させなかったのか?
何故、正体を露にしてでも自らテロを鎮圧しなかったのか?
何故、もっと早く現場に到着出来なかったのか?
もう取り返しのつかない何故?ばかりが頭の中をぐるぐると駆け回る。
「光輝君…」
最後に拾ったネックレスを握り締める。状況から察して、光輝が自分に買ってくれた物だと云う事に直ぐ気が付いた。
その想いに応える事も出来なかった初恋の相手はもういない。風香はまた、涙で枕を濡らすのだった。
「風香…入るわよ」
未だに、光輝が死んでしまった…いや、国防軍が殺してしまったショックから立ち直れず部屋に引きこもってる風香の元に、ネイチャー・ホワイトこと“篠田・マリーン”が訪れた。
「…風香、気持ちは分かるけど、貴女は国防軍史上最年少の少将にして、白虎隊の隊長なの。いつまでも哀しみに暮れてる暇は無いのよ?」
頭から布団を株ってベッドで踞ってる風香は、ホワイトの言葉に反応を示さない。
「…困った子ね。こんな時ではあるんだけど、新たな任務よ。近々国防軍は日本で三本の指に入るフィルズ組織・白夢のアジトを強襲するわ。私達ネイチャー・ストレンジャーにも、この任務への参加の依頼が来ている。レッドもグリーンも、もういないけどね…。
これは今までの小さな組織を壊滅する様な簡単なものじゃ無いわ。国防軍としても絶対に失敗が許されない極秘任務となるから、突撃部隊は少数精鋭で挑む事になっているの。当然、白虎隊にも参加要請が来てるハズよ」
今の風香にとって、任務になどとても参加する気分にはなれないのを、ホワイトも承知の上で尚も続ける。
「風香。結果的に、貴方の恋人を死なせてしまったのは、私達全員の責任よ…それは認めるわ。でも、元を辿れば、あんな凄惨なテロを起こした黒夢のフィルズが原因じゃない?悪を絶たなければ、これからも悲劇は生まれる。そうさせないように、私達がいるんじゃないの?」
「……ツラいのは分かる。私だって、あの時、ただ怖くて動けなかった…。でも、今度は逃げない。必ず、レッドとグリーンを殺した…あのブライトをこの手で……」
それだけ言うと、ホワイトは去って行った。
ホワイトの言葉は、軍の人間の考えとしては正しいのだろう。自分でも分かっている。でも、風香は変わらず、ベッドに踞ったままだった。
レッドやグリーンの分までホワイトがブライトを倒せば大金星ですね!それとも、復活して風香が…?さて、どうなる事やら…\(^^)/