第40話 覚えて…おかなくてもいい
―港エリア品川駅前
「オラオラオラオラァーーッ!掛かって来る奴は皆殺しだぞコラァ!!」
如何にも柄の悪い男達が、多くの一般市民を巻き込んで大立ち回りを展開している。
彼等は、つい先日国防軍からアジトを襲撃され、命からがら逃げ出す事に成功した“フィルズ組織・チリギワ”のボスとその手下達、合わせて5人組だ。
襲撃からは逃げ出す事が出来たものの、結局警察に追い詰められ、現在に至る。
彼等は最早失うものは無い状態で、最後に一花咲かせる気満々だ。
「フィルズ組織・チリギワに告ぐ!無駄な抵抗は止めて、大人しく降伏しなさい!」
そんな既に目が血走った相手に、警官隊は根気よく説得を続けるが、効果がある訳も無く…
「うーるせえええ!!」
ボスのギフト、“マーン・ボンバー”の能力で出現した爆弾が警官隊を襲った。
警官隊はまだ現場に10名程しかいない。しかも内半数がスペシャリストでもう半数はギフトを持たない無能力の警官だ。
「くそぅ!国防軍はまだか!コイツら、警官隊じゃ手に負えんぞ!」
(…これは、警官隊はちょっと分が悪いな…)
その光景を、避難して誰も居なくなったファミレスの窓際のテーブルで、ドリンクバーのメロンソーダを飲みながら眺める光輝。ちゃんとその分の代金はテーブルに追加で置いている。
(さて…梓と遥が出て行ったみたいだけど…あいつら、戦えんのかな?でも、感じからして慣れてるみたいだし…もしかしたらちょくちょくこんな正義の味方ごっこをしてんのかな?)
ちょっとだけ心配になるも、それでも彼女達は比呂の口車に乗せられて自分を迫害してきたのだから、助ける義理は無いだろうと自分に言い聞かせ、見学を決め込む事にしたのだ。
すると、一欠片の鉄?の塊が、チリギワの面々の中央部に投げられる…。
「マグネット・フォース!」
そして、身体に磁気に反応する性質の物を身に付けていたチリギワのメンバーが三人、鉄の塊に引き寄せられた。
「ホーミング・アクション!」
そして、その三人に向かって食器のナイフやフォーク数十本が向かって行き、全てが命中して三人を串刺しにした。
「な!?何者だ!?」
チリギワのボスが二人の少女を睨み付ける。
「…こんな街中で白昼堂々暴れるなんて…。お前らみたいなフィルズがいるから、私達健全なスペシャリストまで危険視されるのよ!」
「右に同じ。私達スペシャリストと貴方達フィルズは、決定的に違う人種なのだと云う事を、皆さんにも分かって頂きましょう」
多くの一般市民が見つめる中、二人の美しい少女がフィルズ組織の前に現れたのだ。
光輝は知らなかったが、二人とも既に卒業後の国防軍入隊が内定している有能なスペシャリストだ。
そして光輝の予想通り、二人が人助けと称してイザコザに飛び込むのは初めてでは無かった。
(…梓の奴、いつの間にか自分のギフトを使いこなせる様になったんだな。あれも熟練度が上がったら色んな事出来そうだ…。それに、遥はこのレストランからフォークとナイフを調達していったのか?準備が良いな。もっとちゃんとした武器があれば化けるかも?
ふむ……なんかアイツ等、本当に正義の味方みたいでカッコいいじゃねーか…)
それを見ながら、光輝は少しだけ自分がウズウズしてる事に、まだ気付いていない。
「けっ!ガキが…。お前らみてーなしょんべん臭せーガキには、用は無え!」
ボスが二人に爆弾を放つ…が、梓がまた塊を、今度はもう一人残っていたフィルズに向かって投げた。
「バカね!マグネット・フォース!!」
すると、ボスの放った爆弾は軌道を変え、仲間であるフィルズに向かって飛んで行き、目の前で爆発を起こした。
「…てんめぇらあ…」
「フフフ、仲間を攻撃するなんて、見境無いにも程があるわね!」
(ああ~馬鹿だな~。無駄に挑発して良い相手かどうかも分からないのかよ。倒せる時に一気に倒さないと…)
光輝の危惧は、的中した。
「てめえら…ぶっ殺す!」
チリギワのボスが一気に五個の爆弾を出現させる!そして、その爆弾を二人にでは無く、一般市民の群れの前に放り投げたのだ。
(…本当にやりやがった!?)
ボスが行った行為は、無差別殺人と取られてもおかしくは無い。だが、先日国防軍の兵士を大量に虐殺した自分と何が違うのか?と考える。
(同じなのか?俺は…あんな奴と…)
だが、爆弾は爆発せずに、一般市民の群れの中に転がっていた。
「全員動くなよー?少しでも動いたら、起爆してやるからなー!!」
チリギワのボスは、爆弾を利用して人質を作り、梓と遥…更には警官隊をも動けなくしたのだ。
「なっ…なんて事すんのよ!?」
「どこまでも卑怯な…」
梓のマグネット・フォースは、能力を発動した起点となる場所(物)から半径5メートルの距離が有効範囲であり、全ての爆弾を引き寄せるのは難しい。仮に出来ても、その瞬間に起爆されたらアウトだ。
投げ込まれた爆弾は五発。もし、それらが全て爆発したら…100人を優に越える死傷者が出るだろう。
(…汚ねぇ。俺も同じフィルズだ。でも俺は、あんな卑怯な手は絶対に使わない。でも…手法は違っても、結果は同じじゃないか?殺戮衝動を抑えられなかったとは云え、俺も同じ数だけの人を殺したんだぞ?
…いや、俺はアイツとは違う。俺は……戦う力も無い人間に、絶対に刃を向けたりはしない!)
「クックックッ、形勢逆転だな、小娘ども…オラっ!」
「キャッ!?」
手出し出来無くなった梓の頬を、チリギワのボスが思いっきりひっぱたく。
「卑怯者!人質をとらなきゃ…グフッ!?」
今度は遥の腹に拳を打ち込む。
「俺達ゃフィルズだぞ?卑怯もクソもあるかよ?」
警官隊も、ボスに攻撃を止める様に呼び掛ける事しか出来ない。例え援軍が来ても、人質を作っている爆弾を無効化出来る能力者でもいなければ、状況は打破出来ないのだ。
「さて、小娘ども…。ガキのクセにでしゃばって来やがって…。おかげで仲間がやられちまったじゃねーか。生きて帰れるとは…思ってねーよな?」
「クッ…」
梓が悔しさから唇を噛む。自分の無力さにもだが、この場にいる人達を救えなかった事、そして、同じギフト能力者として、この男の事が許せなかったのだ。
「さ~て、折角だから一個爆弾を起爆させてやるか?その方がお前らの絶望した顔を拝むのが楽しそうだからな」
「なっ…ちょっと待って…」
「待つかよ。ギャハハハハッ!じゃあ…起爆ばがはぁっ!?」
何故か、爆弾は全てチリギワのボスの所に集められており、一発が起爆すると共に、全ての爆弾が誘爆した!
当然、本来なら至近距離にいた梓と遥も爆発に巻き込まれてもおかしくは無かったハズなのだが、不思議な事に目の前に見えない壁でもあるかの様に、二人には爆風すら感じられなかった。
「…全く…散り際に汚ねぇ花火打ち上げやがって…」
バラバラになったチリギワのボスに毒づく声が聞こえた。そして突然、二人の前に漆黒の盾を持った男が姿を現す。その男の後ろ姿を見て、梓は思わず呟いた…。
「こ…光輝?」
…男は振り向かない。ただ、口元を隠しているであろうマフラーだけが靡いていた。そして…
「俺は…只の、通りすがりの正義の味方だ。覚えて…おかなくてもいいや、お前らは」
光輝は無能力者だ。梓はそれを充分理解している。でも、何故か咄嗟に光輝の名前が出てしまった。
「あの!助けて頂き、ありがとう…」
感謝を述べる遥を、男が背を向けたまま遮った。
「…勘違いするな?俺はお前達を助けたんじゃない。この場にいる罪の無い一般市民を助けたんだ。
それに、お前達が余計な事をしなければ、いずれ警官か軍人が事を上手く治めていただろう。お前らがした事は、場を混乱させ、多くの人達を危機的状況に追い込んだだけだ」
「なっ!?私達だって、敵を…」
その時、サイレンと共に多くのパトカーや特殊車両車と共に警官隊が到着する。
「お前らはあの人達を助けたかったのか?それとも、ただ敵を倒したかっただけなのか?だったら、お前らはあのフィルズと同じだ。敵だから倒した…。敵だから殺した…。だから、自分のした事は許されるんだ…などと、甘い事を考えてたんだろう?どうせ」
「助けて頂いたお礼はします。ですが、それはあんまりな言い方じゃあありませんこと!?」
普段物静かな遥が少しだけ語気を荒める。
すると、男は更に語気を強めた口調で語りだした…。
「…どんなに自分の中で理由を着けても、結果だけ見れば…お前らだって只の殺人者なんだ。だから、そう思われても動じない、確固たる信念を持て。誰から何を言われようとも、絶対に揺るがない信念をな…」
それだけ言うと、男は突然姿を消した…。
「なんだったの…一体?」
「私だって分かりません…。でも、彼が言いたい事、私達に伝えたかった事は…何となく分かりました…」
光輝はチリギワのボスがばら蒔いた爆弾を、サイレント・ステルスを発動して一個ずつ回収し、敢えてボスの足元に置いた。実はそこから姿を現しての正義の味方ムーヴを考えていたのだが、結果的にボスが早い段階で起爆したのは予想外だった。
だが、咄嗟に少しだけ熟練度が上がった事で創り出せる様になったロンズデーライトの盾を使って二人を守ったのだ。
(…あんな所で死なれても、気分悪いしな)
現場から大分離れた後、サイレント・ステルスを解除する…。
(はぁ、さっきの言葉、まんま俺自身に言ってるみたいだったじゃねえか…)
でも…と、顔を上げる。
(信念か…。そうだよな。俺にはまだ信念が足りない。何故、国防軍と戦うのか?自分が酷い目にあったからだって理由でやり返してるだけなら、俺も只の殺人者と同じなんだ。
…戦う理由…戦わなければならない理由…。それが見つかるまで…俺はもう、絶対に無駄な殺しはしない!)
まだまだ確固たる信念は見つからない。だが、どう思われても自分自身が納得出来るだけの覚悟を持つ事を、光輝はあの二人を見て決意したのだった。