第39話 トラブルズ
―日曜日。
昨夜、光輝は梓にずっと胸に溜め込んでいた事を吐き出した。
…だが、梓は光輝にとって、多分初恋だった女の子だ。言いたい事を言って少しだけスッキリはしたものの、結局色んな考えが頭の中をグルグルと回り、眠りについたのは朝方で、目が覚めたのは昼過ぎだった。
(…やっぱり俺…、能力が発現しなくて悩んでた時、意識はしてなかったけど、本当は梓に優しい言葉でも掛けて欲しかったのかなぁ。じゃなきゃ、あんな根に持ってるみたいな事、言えないもんな…情けない)
最近の光輝は、表向きは明るくなったかもしれない。でも、能力発現の日からネリマ支部壊滅の件。そして、昨夜の梓の件。
何故か、自分の意識をコントロール出来て無い事に、自分でも気付いていた。
(…なんなんだよ、俺は。俺って、こんなにキレやすかったっけ?)
コントロール出来きない感情。それは、怒り。どんな些細な事でも、本来なら少しだけイラっとする位で済んでいたものが、とことんやらないと気が済まなくなるのだ。
(…これじゃあ俺、サイコパスじゃん…。もしかして、これもリバイブ・ハンターの影響なのかな?)
過去に例を見ないギフト、リバイブ・ハンター。もし、発動の制約として激しい怒りや殺意を助長するのだとしたら?…いや、既にその症状を実感しているからこそ、不安を覚える。
自分はいつか、自分の周りの大切な人達をも傷付けてしまうのでは無いかと。
黒夢端末には、ティザーから「今日は来ないの?」とのメールが、来ていたが、今から行くのも面倒だと感じた光輝は、「また来週」と返信した。
日曜の昼。今から行動を起こすには少し遅いかなと感じ、部屋でグータラするかどうか、迷っていた。
(たまにはいいか…。こんな平和な時間の過ごし方も。最近、色々あったし…つーか、もう何回死んだっけ?死に過ぎだろ?
…それでも、俺は生きてる…。何度も蘇る位に生かされてるんだ…)
先日、ティザーに言った言葉。今思えばあれは自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。そうでも思わないと、罪の意識に…そして、怒りや殺意に支配され、自分の存在意義を自分で否定してしまいたくなるから。
そう簡単には割り切れるものではないが、今は無理矢理にでも割り切って、平穏を楽しもうと考える。
ギフト発現以来、光輝の日常は目まぐるしく変わった。こんな風にグータラ過ごすのはいつ以来か思い出せない程久しぶりだったから。
だが、人間生きていれば腹が減る。どうやら両親は留守の様で、料理が出来ない光輝にとっては非常に厳しい状況だった。
(そうだ!駅前に新しく出来たラーメン屋があったな…。ちょっと面倒だけど、行ってみるか)
空腹に負けた光輝は、サっと身支度を済ませて家を出る事にした。
駅前は普段通り、人で賑わっていた。2020年のフェノム襲来で、光輝の住む地域もかなりの被害を受けたらしいが、今やすっかり復興して、フェノム襲来以前の街の体裁は整えられている。
目的地に向かって歩いていると、ラーメン屋が見えて来たのだが…
(うげ!ラーメン屋、行列出来てんじゃん!?)
光輝のお目当てのラーメン屋はオープンしてまだ一ヶ月程なのだが、早くも評判の店になっていた様で、行列が出来ていた。待ち時間はおよそ30分と云った所。
(並ぶの嫌だな…。もう、向かいのレストランのチーズハンバーグで良いや。)
結局ラーメンを諦め、道路を挟んで向かい側にある大手のファミレスチェーン店で昼食を済ませる事にした。
男一人でファミレスに入る。基本ぼっちの期間が長かった光輝は、一人ファミレスも苦にならない。だが、席に案内されるとそこには…
(うげっ!?)
案内された後方のテーブルに、梓と遥がいた。幸いまだ光輝の存在には気付いて無い様なので、光輝は念の為サイレント・ステルスを発動して席に座る。
(マジでかよ…。昨日の今日で気不味いなぁ。まあ、このままなら気付かれる事も無さそうだし、一応持って来てたサングラスとマフラー巻いとこう。)
季節は6月。マフラーは流石に暑いが、気まずいよりは良いと判断した光輝は、とっとと昼食を済ませようと注文を終える。
さてと…困った事に、別に聞き耳を立ててる訳では無いのだが、後ろの席の話し声が聞こえてしまう。そして、会話の内容に自分の名前が随所に出て来る事から、どうしても気になってしまった。
(…ちょっと声大きいんじゃないの?)
「…じゃあ、全部比呂様の嘘だったって言いますの?」
「光輝が言うには、だけどね。でも、光輝の話を聞いて、私は否定できなかったの」
(…昨日の会話を遥に相談してるのか…。別に放っておいてくれればそれで良いのになぁ)
「なら、光輝さんが陰で私の事を淫乱ビッチ呼ばわりしてたって話も?」
「…多分。光輝が私の事を、役立たずの癖にギフトに目覚めるなんて宝の持ち腐れだって陰口叩いてたって事もね」
「なんで?なんで比呂様はそんな嘘を?」
「私も、光輝の話を聞いて少しだけ納得しちゃったんだけど、私や比呂は子供の頃苛められる事があると、よく光輝に助けてもらってたの。私は、純粋に光輝に感謝してたし…憧れてもいたわ。
…でも、同性の比呂はどうだったのかな?って、今になって思うんだ。もしかして、助けられる事で、むしろ自分が惨めに感じてたり悔しかったりしてたのかなって」
「妬みから、私達に嘘をついたって事かしら?光輝さんを貶めて、自分の株を上げる様に意識を操作したって事ですの?」
「…信じたく無いけどね」
(…別にもうお前らに反省を求めて無いから、もうやめてくれないかなぁ)
「それでも、遥は比呂の事を好きって言える?」
「私は…まだ比呂様から何も聞いてませんし、そんな簡単には信じられません」
「私も、判断するのは比呂の話を聞いてからだって、頭では思ってるんだけど…」
「もう信じられない?って事なのですね?」
「………」
「お待たせ致しました~。チーズinハンバーグとライス大盛りです」
「あ、はい」
(よし!これ以上聞くと厄介な事に巻き込まれそうだし、放っておいて飯食っちゃおう!)
光輝が食事を始めている裏で、まだ二人の会話は続く。
「その様子だと、梓さんは元々光輝さんに好意を持っていたのを、比呂様に嘘を植え付けられ、結果的に比呂様の事を好きになった。でも、全て比呂様の嘘だと分かり、忘れていた光輝君への想いが蘇ってしまった…って事ですわね」
「………」
「実は、私も最初は、光輝さんの事が気になっていたんです」
「…やっぱりね」
「え?誰にも言ってませんでしたのに?…電車で痴漢にあっている所を助けてもらいまして、名前も告げず去って行かれて…ずっと気になっていたら、高校が同じだと知って嬉しくなって。
…梓さんの言う通りなら、だからこそ比呂様は私を…」
「………」
「………」
(ぷはー!旨かった!…つーか、遥って俺の事好きだったのかよ…。痴漢の件はあんま記憶に無いけど。
ハーレム……いやいや、俺には風香が!…まあ、なんかちょっと嬉しいのは事実だけど、尚更見つかると面倒な事になりそうだから、とっとと帰ろ)
光輝が静かに席を立つ………と、大きな爆発音と共に、ファミレスの窓ガラスが割れて飛び散った。
「キャアアアアッ!」
「うわぁっ!!」
あちこちから悲鳴が轟く。
(なんだ!?何があった!?)
急いで店の外を見ると、なにやら駅前通りの方が騒がしい。
「くそおーっ!こうなったらテメーら全員道連れにしてやる!くそったれがあ!!」
窓の外を見ると、恐らく野良フィルズと思わしき人物五人が、警官達に囲まれていた。
(…うわっ…なんか、映画見てるみたいだな~…って、ここ、危ないな。とっとと避難しようかな…)
光輝は財布から金を出すと、キッチリ食べた分の金額をテーブルに置いた。レストランの店員が既に逃亡していたからなのだが。
(ったく、先ずはお客様の避難を優先だろうに…。まぁ、誰でも命は惜しいだろうからな…。………多分、俺に殺された人達も……)
……また、意識が深い後悔へと沈んでしまった。
「…ねえ遥。比呂は連絡しても繋がらないし、光輝はいきなりあんな事言い出すし…。正直私、かなりイライラしてるのよね…」
「あら?奇遇ですね。私もそれなりにモヤモヤしてますわ」
「それに、こんな人込みの中で暴れるなんて許せないし…あの野良フィルズ…狩っちゃおっか?」
「そうですね。あの方々は見るからに悪人みたいですし、狩っちゃいましょう」
梓と遥の二人は席を立つと、なんとも言えない笑みを浮かべて店を出て行った…。
(……………って、えええっ!?なんでお前らが出てくんだよ!?って、相手フィルズなのに、大丈夫なのかよ!?)
その勇ましい姿に驚きながらも、心の奥底で二人が心配になる正義の味方・グラサンマフラーだった。




