第3話 不遇な男
―昼休み。
水谷風香の元には、早速昼食を共にしようとする女子達が群がっていた。
光輝はその光景を少しだけ羨ましいと思いつつ、立ち上がって学生食堂に向かおうとすると、崇彦が声を掛けて来た。
「おい、光輝。お前、水谷さんと知り合いみたいだけど、どんな関係よ?」
別に隠す事でも無いので、今朝あった出来事を教えてあげる。
「なるほど。また比呂のヤツが無駄に口説いた訳か」
「口説くって言うより、あれは天然だろ。ま、それで惚れちゃう女子もいるから口説いた事と同じなんだろうが…。アイツ、馬にでも蹴られれば良いのに」
「だな。自覚の無いイケメンはタチが悪いんだよな。ま、お前がそうなんだけど」
「俺が?冗談は顔だけにしてくれ」
「…お前、気付いてないだろうけど、結構モテるんだからな?」
その言葉を聞き、光輝の胸が跳ね上がる。
「ま、マジで?だ、誰だよ!誰が俺なんかを!?」
「えーと、渡辺、大久保、近藤……他にもいるけど、この3人は近々お前に告るつもりみたいだぜ」
崇彦の情報なら嘘では無いのだろうが、1学年で300人以上の生徒がいる為、名前だけ聞いても思い浮かばない。でも、まさかの新事実に胸の高なりを抑えられない。
ここで、勘違いしないように補足しておくと、光輝の外見は悪く無い。でも、周りにいるのが真性イケメンの比呂や黙ってればかなりイケメンの崇彦なので、光輝自身もいきなり自分がモテると聞いても半信半疑なのだ。
「俺、モテたの?嘘だ~。う、嘘だ~!」
言葉とは裏腹に、その表情は嬉しさを隠せていなかった。
「気付かなかったのかよ。お前、昔から結構モテてたからな?」
「昔から?…じゃあ、俺はなんで今まで告白された事が無いんだよ?自慢じゃ無いが一度たりともそんな経験無いんだぞ?」
「………吉田成美」
その名前を聞いて、光輝の顔が青冷める。
吉田成美は中学からの同級生で、光輝も、風の噂で吉田が自分の事を好きだと言う話を聞いた事があった。でも、直接喋った事は一度として無いのだ。無いのだが、吉田は有名人だったので知っていた。
「これまでお前の事を好きだって言った女子は皆、吉田にシメられたからだよ」
「なっ…なんだと!?」
吉田成美。別名・霊長類ヒト科最強の雌。
中学時代、女子レスリング・能力者部門全国大会無差別級優勝。
最強の女子中学生としてテレビでも紹介される程の彼女は、外見がほぼゴリラだった。
因みに、公のスポーツ競技は能力者部門と無能力者部門に分かれており、吉田は能力者部門の王者だ。
そんな彼女はA組。有能なギフト能力者でもあるのだ。
「…嘘だ。なんでアイツが俺なんかを…」
「俺が仕入れた情報によると、一目惚れらしいな。中1の時から好きだったみたいだが、恥ずかしくてお前に話し掛ける事ができなかったらしい。なので、せめてお前に好意を抱いた女子は皆潰して来たみたいだな」
「え?でも、さっき言った3人は?もう吉田に睨まれてるんじゃないのか?」
「それがな、この3人も只者じゃ無いんだ。渡辺は女子柔道で、大久保は女子ボクシングで、近藤は実践派空手で、それぞれの分野の猛者なのだ。しかも、全員A組だ」
「なんだそれは?まさか!?」
「そうだ。この4人は今、最強女子高生決定戦を始めようとしてるんだ。勿論、優勝賞品は……お前だ!」
崇彦がビシッと光輝を指刺す。
「俺、賞品なの!?俺に決める権利は!?」
「因みに、渡辺も大久保も近藤も逞しい外見だから。もう皆、筋骨隆々だから」
「嘘だ!せめて女の子が良いんだけど!?」
「何言ってるんだよ?彼女らは一応生物学上は雌だぞ?」
「い、嫌だ!そんな、学術的に分類される様な彼女は嫌だーー!!」
絶望すら覚えた光輝は、逃げ出すように教室を飛び出した。
あてもなく廊下を疾走しながら考える。
(なんだよ。モテてた事実は素直に嬉しいけど、それが吉田に邪魔されてたなんて!その上、吉田も含めて化け物みたいに強い奴等が俺を狙ってる?夢なら覚めてくれー!)
最強の女子中学生として吉田がテレビに出た際、たまたまその番組を見ていた光輝は、吉田に対して戦慄を覚えた。吉田は、番組内で現役の力士(能力者)をタックルで倒し、フォールしていたのだ。
(あんなん…俺、絶対に喰われちゃうじゃん!)
気が付くと光輝は、中庭のベンチに腰掛けて項垂れていた。昼休みと云う事もあり、昼食をとっている生徒も一定数見られる。
「隣、座っても良いですか?」
突然の声に項垂れた首を上げると、そこには水谷風香が立っていた。
「え?なんで……いや、あ、どうぞ…」
「じゃあ失礼します」
先程までも席に隣り合って座っていたが、今は同じベンチに二人で腰を掛けている。この状況に光輝の心臓は鼓動を早める。
「えっと…クラスの連中とは昼食一緒にしなかったの?」
「はい。実は私人見知りなんですよ。だから上手く逃げてきました」
「え?それなら俺も駄目でしょ?」
「周防君とは朝に会ってるじゃないですか?」
「いや、それだけでしょ?」
「席も隣同士だったし。それに、なんだか周防君とは一緒にいても大丈夫って言うか、話しやすいって云うか。もしかして、迷惑でした?」
自分でもビックリする程首を横に振りまくる。
(そんな事言われたら惚れてまうやろーー!…とはならないけど、でも、些細な事だけど必要とされるのってなんだか嬉しいな…)
「なら良かったです。周防君、お昼ご飯は?」
言われて気が付く。そう言えば食堂にも購買にも寄らずにダッシュしてきたから、昼食を買ってきて無かった。
「良かったら、私のお弁当半分食べませんか?」
「え?えっと…いいの?」
「はい。手作りなんであんまり自信は無いんですけど、それでも良かったら」
女の子の手作り弁当。健全な男子高校生なら誰もが憧れるであろう。しかも、相手は美少女の水谷なのだから。
「じ、じゃあ、頂こうかな~…」
恥ずかしいのだが、それよりも勝る優越感から、光輝は間抜けな表情になっているのだが、本人は気が付いていない。
水谷風香の弁当は、女子なだけにそれほど量は多くない。五穀米の御飯、おかずはダシ巻き卵、鳥胸肉の唐揚げ、インゲンの炒り物、塩を少々振り掛けたミニトマトとヘルシーな構成。
「うん、旨い!」
卵焼きを1つ口に含むと、さりげなくダシの旨味が利いている。
「良かったです!どんどん食べて下さいね!」
元々は水谷が食べる目的で作られた弁当なので、光輝が遠慮せずに食べたらあっという間に無くなってしまう。流石にそれは気が引けたのでどうしようか悩んでると…
「あ、気にせず全部食べちゃって良いですよ。私、あまりお腹減ってないんで」
そうやって舌を出す水谷に、光輝は完全にノックアウトされてしまった。
未だかつて、自分にこんなにも優しくしてくれた女の子がいただろうか?いや、いない。
でも、改めて考える。先程の崇彦の話が本当なら、自分が今まで女っ気が無かったのは、霊長類ヒト科最強のメス・吉田の妨害があったからなのだろう。
そう考えた瞬間、今自分の置かれた…いや、水谷が置かれた状況が非常にまずいのではないかと気付く……が、時既に遅し。
「…このメス豚。アンタ、一体誰とイチャついてんのか分かってんの?」
2人を巨大な人影が覆う。そこには、筋骨隆々のゴリラが4人並んでいた。