第37話 誤解と疑惑
※梓が光輝の悪い噂を信じてしまった出来事を追記しました。
コンビニの入口横に設置されてるベンチに座り、光輝と梓はコーヒーを飲んでいた。
「…で、話って?」
「…うん、実は、比呂の事なんだけど…」
やっぱりね…と、光輝はため息を洩らす。
「昨日、比呂が久しぶりに学校に来たんだけど、なんか様子がおかしかったんだ。前は明るくて、自信たっぷりで、誰にでも優しかったのに…なんか、余裕が無いって云うか」
光輝には心当たりがあった。
(まあ、相当な自信家だったからなぁ。俺にぶっ殺されそうになったりして、多分自信を無くしたんだろう。…良い気味だ)
「凄い思い詰めた顔で誰とも喋らないし、私と遥がちょっとしつこく何があったか聞いたのも悪かったんだけど、急に怒鳴っちゃって…。今までこんな事無かったからさ…。光輝なら何か知ってるかと思って」
そういや昨日は学校に来てたけど、自分には絡んで来なかったな…と思いつつ…
「なんで俺が?」
「え?だって、親友でしょ?」
その言葉に、光輝は腹の底から込み上げて来る笑いを堪える事が出来なかった。
「ハハハッ!俺が?あの、糞野郎と?笑える事言うなよ」
「え?なんでそんな事言うの!?比呂は…アンタが周りから孤立してる時だって、決して見捨てずに相手して上げてたじゃない!」
梓の上からの物言いに、またキレそうになるが、また泣かれても困るので我慢する。
「孤立ねぇ…。じゃあ、なんで俺は孤立したんだ?」
「え?…なんでって……」
梓が言い淀む。光輝が、自分が無能だと云う事を気にしている事は知っているからだが…
「勘違いするなよ?そもそもギフトは発現しない人間の方が多いんだ。俺が無能なのは、孤立した理由にはならない。それも踏まえて、なんで俺は孤立しちまったんだ?」
(…本当は勝手に腐ってたから理由になるっちゃーなるんだけど…ここはスルーさせよう)
「………なんでって…、光輝がギフトに目覚めた比呂や、私や…他の人達に嫌がらせをしたからじゃあ…?比呂はそれでも光輝を庇って…」
「いつ?いつ、俺が、他人に嫌がらせをしたんだよ?お前はその現場を見た事があったのか?」
「だって……」
「だってもへったくれも無いんだよ。見た事は無いだろ?お前は、そんな俺の噂を、聞いただけだろ?」
光輝の強い口調に、梓が押し黙る。
でも、何か言い返さなければと梓は口を開いた。
「なら…光輝は嫌がらせなんてしてないって言うの?」
「するかよ、俺が。結局お前にとって俺なんて、そんな噂が肯定されてしまう程度の、卑しい奴でしか無かったって事だな」
「じゃあ…なんでそんな噂が広まったのよ?」
「それは、お前に俺のその噂を教えた奴のせいだろ?」
梓は今でもハッキリと覚えている。比呂がギフトに目覚め、光輝は表向き笑っていたが、それでも暫くは表情が暗かった事を。だからその日、光輝は光輝のままで良いんだよと、励ますと共に、自分の想いを伝えようとしていたのだ。
…だが、そうしようとしていた事を比呂にさらっと言うと、比呂は突然光輝の悪い噂を語り出したのだ。
「…比呂が?嘘の噂を流したって言うの?」
当然の様に比呂の名前が出てきた事に、光輝は改めて憤りを感じ、黙ってコーヒーを飲んだ。その沈黙が肯定の意味を示しているのは、梓にも伝わっただろう。
「…え?だって、光輝は自分がギフトを発現しないから、他の人や…私がギフト発現したのを妬んで、裏で嫌がらせを…」
「別に今更弁解するつもりは無ーよ。だから、お前にとっても周りにとっても、所詮俺はそんな噂が信じられてしまう程度の人間だったって事だろ?」
梓は、それは違うと否定したかった。あの頃の光輝は、物凄く明るいと云う訳では無かったが、カッコ良くて頼りになる印象だった。それは周りもそうだったのだろう。人によっては妬んでいてもおかしくない位、皆に好かれるキャラだった。
一度だけ、事の真意を光輝に聞こうと、梓は光輝に話し掛けた事があった。しかし、その時、梓は光輝に無視された。ちゃんと聞こえる様に声を掛けたにも関わらず、光輝は冷たい目で梓を睨んだまま、去っていったのだ。
…実際は、光輝は最後の審査で無能力者が決定的となった直後で、頭が真っ白で梓に気付かなかっただけなのだが…梓は光輝から強く拒絶されたと捉えたのだ。
だからこそだろうか?悪い噂が流れた時、比呂が言う事が信じられないという感情と共に、実は比呂が言う様に光輝は自分達の事を見下していたのかもしれないと感じてしまったのは。
「………」
何か言い返したい。でも、どんな言葉を選べば良いのか?と、梓が黙っていると、もう話す事は無いとばかりに、光輝は立ち上がった。
「…でもまあ、今になって少しは反省してるんだ。昔、お前らがよく苛められてたのを助けてた時、確かに俺は自分がヒーローなんだって自惚れてた所はあったからな。それが癪に触ってたんなら、俺も悪かったのかなって」
「そ、そんな事無いよ!光輝にはいつもの助けてもらってたし、私はそんな光輝が…」
「…でも、下らない噂を信じられちまう程度の存在でしかなかったのは事実だろ?……もういいだろ?俺は帰る。……一応、夜なんだから、帰り道は気を付けろよな」
そう言い残し、その場を去って行こうとする光輝の手を、梓は掴んで止めた。
「ちょっと待ってよ!比呂は…比呂は間違い無くアンタを友達だと思ってるよ?今も。自分は光輝の愚痴を言うクセに、私達がアンタの事を悪く言うと真剣に怒るんだよ?それにこの間も…」
「心の中がどうであれ!…いや、心の中もだ。…アイツが、俺にとって糞野郎だって事に変わりは無いんだよ。だから、もう俺の事は放っておいてくれよ…」
手を振りほどいて去っていく光輝の後ろ姿を、梓はただ見ている事しか出来なかった。
梓は考える。…自分は、何処で間違えたんだろう?子供の頃、梓にとって光輝は憧れの存在だった。確かに、比呂から光輝の悪い噂を聞いた時は直ぐには信じなかった。でも、比呂からはその嫌がらせがどんどんエスカレートしているのを聞き、梓は悩んだ。
丁度その頃から、光輝もまた能力が発現しなかった事で人を避ける様になり、二人はちゃんと話す事無くすれ違ってしまったのだろう。
そんなとき、いつも傍にいてくれたのは比呂だったのだから、いつの間にか噂を信じてしまったんだろう。
もし…あれが比呂の自作自演だったのだとしたら?
ちょっと前までの自分なら、比呂を疑うなんて事はしなかっただろう。でも、最近の比呂の様子、そして昔に戻った様な光輝の様子を見て、少しずつ梓の考えが変わっていた。それこそ、今、光輝に問いただしたい程に。
もしかしたら…比呂は遥にも同じ事をしたのかもしれない。遥が梓に最初に話し掛けて来た切っ掛けは、梓が光輝と幼馴染だと聞いて、光輝の事を教えてくれと聞きに来たのだから。その場には比呂もいた。
なら、光輝の言ってた事は正しいのだろうか?…今になってそんな感情が梓の心の中に渦巻いていた。
おもむろに、梓はスマホを取り出す。そして、想い人であるハズの比呂にメールを送る事にしたのだ。
明日、大事な話があるから会えないか?…そんな趣のメールを送信する。
確かめたい。光輝が言っていた事が本当なのか?比呂が、自分に嘘をついていたのか?
光輝の言う通り、今更遅いのかもしれないが、それでも光輝の言う事が真実なら、梓は光輝に謝らなければならない。そう思っていたのだ。
…だが、比呂からの返信は、いつまで経っても来る事は無かった…。