第32話 国防軍臨時大将会議
※ゆうかさんを柏倉に修正しました
※元帥の名前、遥と被ってたので変更しました
黒夢による国防軍ネリマ支部襲撃から3日が経過した。
黒夢のフィルズによるネリマ支部の襲撃は、国防軍に大打撃を与えた。新兵を始めとした149人の軍人の死傷者を出した。内、100人はたった一人のフィルズの手によって、それが成されてしまったのだ。
何より、冴嶋と伊織、2人の将来有望な中尉を失ったのは、国防軍としてもかなりの痛手だった。
―国防軍総本部。
国防軍、陸軍・海軍・空軍の大将が3人、そして国防軍のトップ・元帥が集まり、臨時大将会議が行われていた。
「さて、今回の件だが…空軍新兵訓練中を襲われるなどと、とんでもない失態でしたな?鬼島さん」
陸軍大将・権田誠吉(54歳)が、空軍大将・鬼島平吉(60歳)を遠回しに責める様な口調で言った。
「返す言葉も無いのう…」
「いえ、中尉2人、少尉3人が護衛兼教官としてその場にいたのです。しかも、一人はあの冴嶋だった。戦力は万全でしたよ」
素直に非を認める鬼島を、大将では最年少(45歳)の海軍大将・財前敏昭が擁護した。
「結果的に冴嶋もろとも壊滅させられたんだぞ?責任の所在は明確にするべきだろう?」
「じゃから、ワシが責任を取る。潔く大将の座を…」
「駄目です。鬼島先生はすぐそうやって自由になろうとする。貴方は英雄。国防軍の象徴なんですよ?いい加減自覚して下さい」
「ぬぅ…ワシだってもういい歳なんじゃから自由にさせてくれてもええじゃないか…」
それでも愚図る鬼島を財前が一睨みすると、鬼島はため息と共に天を仰いだ。
「さて、今回の件は私の方で既に手を回しています。マスコミ・メディアには一切情報が出回らないのでご心配なく。なので、表向きな責任の所在は必要無いかと」
「そうは言うがな、“上”が黙ってないだろう?」
「そちらの対策も既に考えてます。まずは、今日集まって頂いた“本題”の方を話しましょう。」
「本題か…」
権田が苦々しいと云った表情で唸った。
「今回、ネリマ支部を襲撃したのは、先日能力者特別収容所から脱走した桐生辰一郎率いるフィルズ組織・黒夢の構成メンバー4人。内2人は死亡が確認されてますが、残る2人の死亡は確認出来てません。現在も生きている事は間違いないでしょう。そして、この2人…正確には1人が冴嶋と伊織、100人の兵士を壊滅させたと考えられます」
「1人でのう…。冴嶋は白兵戦なら単騎で千の軍勢とも渡り合える逸材じゃった。その冴嶋を仕留めたフィルズ…気になるのう」
鬼島の表情が、何故か新しいオモチャを見つけた様な笑みに変わる。…この男も冴嶋同様の戦闘狂なのだ。
「その2人に関しては当事者に聞いた方が良いでしょう。…真田二等兵、説明を」
「は、はい!!」
部屋の隅で立たされていた比呂は、3人の大将が放つオーラに圧倒され、いつもの余裕ぶった態度とは正反対の、緊張で押し潰されそうな表情だった。
「落ち着きたまえ。そんなに緊張してたら情報をしっかり伝達出来ないだろう?」
「はい!!」
「チッ…新兵じゃねーか。コイツが当事者だと?」
権田に睨まれて涙目になる比呂に、財前は視線で早く話せと促す。
「…冴嶋中尉を倒したのは間違いなく、闇の閃光・ブライトと名乗る男です」
「闇の閃光…。聞いた事無いのう」
国防軍には、世界中のフィルズの情報が集まって来る。今現在危険な力を持つ者から、いずれ脅威となる可能性のある者まで。だが、ブライトの名は、そのリストには当然入っていない。
「でも、ブライトは自分と伊織中尉で殺したハズだったんです。背後から心臓を貫いたので間違いありません!」
「おい坊主。自分を売り込みたいのは結構だが、“お前と伊織”じゃなく、“伊織が”だろ?」
「は、はひい!で、でも、自分がブライトの気を引いてる隙に伊織中尉が仕止めた形なので…」
「ふん、囮かよ」
「まあまあ権田さん、伊織中尉のギフトの性能上、囮がいる事は重要でしたからね。それに彼はこれでも将来有望なギフトランクA+のスペシャリストですよ?先ずは話を聞きましょう」
権田は比呂への興味を無くした様に、視線を逸らす。
「…自分はブライトが死んだ後、伊織中尉の命令で応援を呼びに行き、そのまま治療室で手当てを受けていたのでその後の事は知らないのですが、支部内にいた他の新兵の報告で、応援に行った一等兵以上の隊員が全滅したと聞いただけで…」
「チッ、肝心な所でケツまくってたんじゃねーか!」
「す、スミマセン!!」
「権田よ、ちーと黙っておれ…」
今まで黙って聞いていた鬼島の声色が変わる。これには、権田も、財前までもが唾を飲み込んだ。
「ワシが聞きたいのは、そのブライトとか云うやつと冴嶋がどんな戦いをしたのかじゃ。話してくれるな?」
「はい!恐らく、ブライトは加速系と斬撃系のギフト二つ持ちです。」
「二つ持ちとな?ふむ、それで?」
「ブライトは目にも止まらぬスピードで動き、冴嶋中尉と似た中・遠距離斬撃系のギフトで冴嶋中尉を徐々に追い詰め、最後は一気に間合いを詰めて相討ちの様な形になり…冴嶋中尉はブライトの右腕を斬り落としたのですが、ブライトに腹を貫かれて倒れました。」
「………なるほど。冴嶋は真っ向勝負で負けたと云う事じゃな?」
「………はい。」
比呂は、交錯の瞬間自分が横槍を入れた事は黙っていた。あまり出しゃばると、また権田に怒鳴られるのを恐れて。
しかし、これは正解だった。もし、手柄欲しさに自分が横槍を入れて一瞬だけブライトの気を引いたと言っていたら、鬼島は戦況を推察して、比呂の行った行動が冴嶋にとって誤算だった事まで導き出していただろう。
「闇の閃光…ブライトか。厄介な奴が現れたみたいじゃな」
鬼島が再び天を仰ぐ。だが、その表情は笑っていた。
「しかも、ブライトはあの黒夢に所属してるんだろう?忌々しい…これを機に潰すか?」
権田が忌々し気な表情で吐き捨てる。だが、財前は冷静だった。
「黒夢は国内で最も…いや、世界でも有数の危険なフィルズ組織です。手を出すのならば、他国の協力を得て完全に叩き潰す準備が必要かと」
「だったら!このまま黙ってろって言うのか!?一つの支部がほぼ壊滅させられたんだぞ!?」
「黒夢打倒の準備は、海軍でも数年前から始めてます。焦らなくても、そう遠くない未来に黒夢は叩きますよ。
ところで真田二等兵、ブライトに関する情報はそれだけですか?」
「いえ、実は、自分はブライトの“正体”を知っています。」
大将3人の視線が比呂に集まる。
「実は、僕と冴嶋中尉は、以前ブライトと会っています。黒崎って元国防軍の野良フィルズを捕縛する任務の時なんですけど、ブライトは黒崎を殺し、逃亡している所を僕と柏倉少尉とで捕縛したんです」
「君と柏倉少尉が?冴嶋すら単独で倒すブライトを?」
「あ、その時ブライトはかなり怪我をしてまして。多分黒崎との交戦で負傷していたんだと思います」
ここにいる大将たちは皆、黒崎の事を知っていた。その実力も。だから、比呂の言葉に納得した。
「…それで?何故ブライトを取り逃がしたんだい?」
「いえ!その時は、後からやって来た冴嶋中尉が、ブライトを真っ二つにして殺害したんです。それで、始末を死体処理班に任せて我々はその場を離れたんですが…ブライトは生きていて、死体処理班を一人残して皆殺しにしたみたいで…」
「おい!なんで身体が真っ二つにされてんのに生きてんだよ!ゾンビかそいつは!」
「ひっ!いえ、でも、確かに死んでました!」
「…なるほどのう。推測するに、ブライトのギフトは加速系と斬撃系。じゃが…ひょっとすると、もう一つ隠されたギフトを持っていて、その能力で死んだと見せかけたか?…もしくは、“死んで蘇ったか”?」
「死んで蘇る…。そんなギフト……そういや、あったかもしれねえな…。なんにしても、そいつは不死者か?」
「…ですよねぇ。だとすると、幻覚系のギフトで死を偽装した…かな?」
話が一段落した所で、財前が立ち上がった。
「…まあ、何にしてもブライトが脅威なのは間違いない。黒夢本体同様、今は泳がせましょう。
それじゃあ、今後の方針をお伝えします…」
財前は、これ以上大将二人にブライトの情報を与えるのは得策では無いと考えた。
(ブライトか…。話には聞いてましたが是非、欲しい人材ですねぇ。ちょっと、調べてみますか…)
大将の3人が退室した会議室に、1人の男が残っていた。
会議中、国防軍のトップ元帥の『東儀大悟』(50歳)は、一言も喋らず大将達の会話を聞いていた。それは、彼が無能力者であると共に、国の中枢から派遣されている事に起因する。
代々国防軍元帥は、無能力である国の中枢から選ばれた者が任命される。更には、元帥のみならず、要所で無能力者が組織の重要なポジションに配置されるのだ。それは、国の中枢が国防軍を支配下に置いているのだと知らしめる為でもある。
だが、現実的に無能力者である東儀は能力者に直接物申せる訳が無く…
(……鬼島大将の雰囲気が変わった時…チビっちゃった…)
残念な毎日を過ごすハメになっていたのだった。