第1話 ヒーローに憧れた男
※自己評価の描写を修正しました!
※梓遥の光輝に対する言動を若干マイルドにしました。
西暦2070年4月。新東京都港エリア。
ごく平凡な父と母の元ですくすくと育った少年、周防光輝。都内の高校に通う17歳。
見た目は中の上。学力は普通、運動神経には自信あり。
性格は暗い訳では無いが明るい訳でも無く、決してクラスの中心になれる様な存在では無いが、虐められるタイプでも無い。
素行に問題がある訳でも無いが勤勉な訳でも無い、何処にでもいる普通の高校生。と云うのが、本人の自己評価である。
そして、残念ながら、“能力”には目覚めてもいない。
そんな彼の運命が…ひいてはこの世界の運命が、この日を境に大きく動き始める事になる。
―4月7日、朝。
「いただきます…」
周防光輝は欠伸をしながら、気怠そうに焼きたての食パンを頬張った。
自宅は築20年の一軒家。元々住んでいた親戚が引っ越すからと云う事で父が買い取った、至って普通の物件である。
今日から新学期が始まり、光輝は高校二年生となる。
春休み中は、夜な夜なソーシャルゲームに勤しみ、昼夜逆転の生活を送っていたが、この日ばかりは母親に叩き起こされ、渋々身支度を済ませ、台所の椅子に腰を降ろしていた。
テレビでは朝のニュースに、今話題の“国防軍”が誇るスペシャリスト部隊、“ネイチャー・ストレンジャー”が、都内に現れた“フェノム”を撃退したとのニュースが流れていた。
ネイチャー・ストレンジャーとは、国防軍の兵士の中でも“エレメンタリスト《自然系能力者》”のみで結成される部隊で、兵士らしからぬ子供受けするコスチュームに身を包んだ5人組の部隊…と云うより戦隊。
メンバーは、リーダーのレッド(火)・クールなブルー(水)・心優しきグリーン(風)・ムードメーカーのイエロー(雷)・癒しの女神ホワイト(光)の5人で、今や全国的知名度を誇る“ヒーロー”だ。
この国には、フェノムや悪の能力者に対抗する組織が2つ存在する。
1つ目が、“国防軍”。これは、元々の自衛隊がフェノム対策の為に、新たに様々な権限を憲法にて定められた国お抱えのスペシャリスト集団として誕生した、日本で初めて軍として認められた組織である。
2つ目が、警察。従来の警察と組織体系は変わらないが、対フェノム対策班や対フィルズ犯罪対策班などの特殊捜査官が在籍している。
因みに、全警察官の3分の2が何らかの能力を有するスペシャリストだが、有能な人材ほど国防軍に在籍する傾向が強い。
この2つの組織は、どちらも国に属する組織だが、母体は若干異なるものの、表向きは協力体制にあり、決して仲が悪い事は無い。
大まかに分けると、日常の様々なフェノムや凶悪犯罪者の事案に対処するのが警察で、警察では対処出来ない事案や、国家規模の事案に対応するのが国防軍である。
これら、国の為、人の為、正義の為に戦う能力者を、人々はギフト能力者=スペシャリストと呼ぶのだ。
「ネイチャー・ストレンジャーねぇ…。あんな全身タイツ着て、恥ずかしく無いのかねぇ…」
光輝が呟く。でも、これは本心では無い。
彼は能力に目覚める事は無かった。基本、能力者は15歳までにギフトが発現する。確率にして10人に1人が能力に目覚め、その能力は神様からの贈り物としてギフトと呼ばれる。
確率的にはギフトを授かる人は少ない訳ではない。しかし、ギフトの系統は様々で、生活を豊かにする物や大きく社会貢献する物もあれば、使い方を誤れば危険な物まで、多くの種類が存在する。
その中で国防軍に選ばれる様なギフトに目覚めるのは、1000人に1人と云われ、殆んどの人は日常生活を少しだけ豊かにする程度のギフトにしか目覚めない。
15歳までに能力が発現するタイミングは人各々だが、発現の洩れを防ぐ為に国では定期的な確認作業を行う。そこで能力者として認められた場合、そのギフト能力を審査され、有能なギフトに目覚めた者は優先的に国が抱え込み、ギフトに合った職種を斡旋する形になっている。こうする事で、ギフト能力者による犯罪行為を防止すると云う側面もあるのだが、それでも犯罪は減らない。
国から職を斡旋されるような有能なギフト所有者が斡旋先の仕事を途中で辞める…逃げ出した場合、国はその能力者達を“野良フィルズ”と呼び、特に犯罪を犯してなくとも犯罪者として扱う。
現に、多くの野良フィルズは犯罪者やテロリストになってしまう傾向が強く、中にはフィルズを中心にした凶悪な犯罪組織も存在して、フェノムと並び世界の脅威となっているのだ。
光輝は子供の頃からスペシャリスト=ヒーローになりたかった。強く…強くそう願っていた。
特別正義感が強かった訳でも、誰かを本気で守りたいと思っていた訳でも無い。ただ、スペシャリストになって、カッコいいギフトを使いこなし、周りから褒め称えられたい、尊敬されたいと云う自尊心からだったが、彼の想いは強かったのだ。動機は不純かもしれないが、その想いは本当に強かったのだ。
だが、中学を卒業し、高校入学を前にした最後の能力者判別テストの結果は…無能。
それ以来、光輝は表向きは普段通り家族や友人と接していたが、心の中では全ての事がどうでも良くなってしまっていた。
無気力。最早生きている意味すら見出だせない。でも、自ら命を断つのはアホらしいし、そんな度胸も無かった。
「…全部、どーでもいいや」
パンを口に咥えがら呟く光輝の頭に衝撃が走った。
「どーでもよくないわよ!アンタ只でさえ頭悪いんだから、さっさと学校行って予習でもしてなさい!」
母・蒔絵がお盆を脇に抱えて仁王立ちしていた。
「いってーなぁ母さん!俺は別に頭悪くないぞ?1年の時の学年末テストでも150人中75位だったんだから!」
「何でもかんでも平均点!まるでお父さんみたいじゃない!?」
光輝の隣で新聞を読んでいた父・貞治は微妙な表情で俯いた。
「あ!お父さんの事を悪く言ったんじゃ無いのよ?そ、そう!どんな事でも平均的に出来るんだもの!それはそれで凄い事よ!」
「……本当かい?母さん?」
「ええ。お父さん…」
手と手を取って見つめ合う2人…。
「…アホらし。行って来ま~す」
何年経ってもラブラブな両親を見ているのは、高校生男子にとってはちょっと痛い。
そんないつもの光景を横目に、光輝は玄関の扉を開け、学校へと向かっていた。
休み中の不規則な生活が祟り、光輝はまだ眠そうにしていた。でも、今日から新学期。可愛い新入生と出会い、付き合うなんて事になったら…ドゥフフ!…などと妄想を膨らませる。彼も一応は思春期を迎えた正常な男子である。
無気力ではあるが、人並みの欲望はあるのだろう。そんな光輝の背後に、3人組の男女が近付いて来た。
「おはよう、光輝!朝から機嫌が良いみたいだな」
「…よう、比呂。お前に会うまでは確かに上機嫌だったよ…」
この男の名は真田比呂。絵に書いた様なイケメンの上に、名前までヒーローである。
思わず皮肉を洩らす光輝に、比呂の両脇から怒りが混じった視線が飛ぶ。
「相変わらず光輝さんは比呂様に厳しいわね。ああ、光輝さんは人格的に人と接するのが嫌いなんでしたわね?」
「はぁ…光輝、比呂はアンタが幼馴染だからっていつも気を使って話し掛けてるんじゃない。もう少し比呂に感謝しなさいよね?」
比呂の右腕に絡み付く女生徒、伊集院遥。父親が大病院の院長のお嬢様。
左腕に絡み付く女生徒は、浅倉梓。テニスでは都大会で優勝するなど、女子からの人気も高い光輝と比呂の幼馴染。
この二人の美少女は、比呂への好意を隠しもせず、常に行動を共にしている。基本は犬猿の仲なのだが、共通の敵(主に比呂に好意を示す女性)が現れた際には、スカイラブハリケーンを炸裂させる程に結託する。
そんな二人にとって、何かにつけて比呂が親友だと構っている光輝は、比呂の優しさに対して素っ気ない態度を取る失礼な奴と云った存在だった。
基本的に彼女達は、比呂には自分だけがいればそれでいいと、本気でそう思っているのだ。恋は盲目と言うかなんと言うか…。
因みに、光輝にとって比呂は、そんなウザいトラブルを連れてくる邪魔者でしかない。
「相変わらず騒がしい奴等だなぁ。頼むから俺には関わらないでくれよ」
「ハッハッハッ!朝から楽しいじゃないか!」
「楽しい訳ねーだろ!この鈍感ハーレム野郎!」
「…言っておきますけど、今のは聞き捨てなりませんね…。ハーレムって言われるのは好きじゃないんですけど…」
「ちょっと!光輝!今何て言った!?」
(あ~うるさい。これからまたこんな朝が続くのか~。何もかも嫌になるなぁ。)
光輝の頭の中では既に先程までの能天気な妄想は消えていた。…が、そんな時程、運命とは動き出すもの。
光輝が歩いていると、曲がり角から突然人影が飛び出して来て、光輝と衝突した。
「うわっ!?」
「キャッ!?」
考え事(主に比呂への不満)をしていた光輝は、受け身を取る事も出来ずに地面に転がった。
「いっ…たいなぁ。気を付け……」
文句の一つも言ってやろうとした口が止まる。そこには、同じ様に尻餅を着いているショートカットの美少女がいた。
(か、可愛い。あれ?うちの学校の制服だけど、こんな可愛い娘いたっけ?もしや、新入生か?)
自分にぶつかって来た美少女に、一目惚れしそうになる光輝。シチュエーション的にもテンプレ展開だし、どこか運命的なものを感じていたのだが…。
「大丈夫かい?」
いまだに座っている美少女に手を差しのべたのは、光輝ではなく比呂だった。
「え?あ…大丈夫です。スミマセンでした」
そんな比呂に、頬を赤らめながら謝る美少女。
(…ぶつかったの俺なんだけどなぁ…)
「怪我はないかい?…あれ?同じ学校だね。でもおかしいなぁ、君みたいな可愛い娘だったら、一度くらいは会ってると思うんだけど…」
歯の浮くような台詞だが、比呂にはこの美少女を口説く気も、変に格好付けているつもりもない。純粋に思った事を口にしているだけなのだが、これがハーレム量産機と呼ばれる由縁でもある。
光輝はその光景を何処か達観した面持ちで眺めていた。
いつもの事だ。自分にドラマの様な出来事なんて起こる訳がない。そんなものは、比呂の様な主人公にしか起き得ない出来事なんだから。
そう割り切ると、光輝は立ち上がって足早にその場を去ってしまった。
「あ、あの…」
そんな光輝に声を掛けようとする美少女。だが、その声は光輝には届かなかった。