第11話 丁重な迎え
夕刻を迎え、約束の時間に合わせてギルドまで伊織を迎えに行く。
衣装は当然漆黒の悪魔武装ではなく、前の世界でもスタンダードに着ていた、薄手のロングコート・シャツ・スリムパンツのコーディネート。
ギルドのロビーに辿り着くと、既に身支度を終えていた伊織が待っていた。
「あら、そういえば私服姿を見るのは初めてね。 ……うん、カッコいいじゃない 」
「マスターこそ。 らしいというか、カッコいいですね」
伊織もまた、ラフなカッターシャツと黒のパンツにロングブーツといった、どちらかといえばカッコいい目のコーディネートだった。
「さて、ブライトはお酒はイケる方?」
ブライトは過去に酒を飲んだ事など、ハルマゲドン後を含めて数える程しかない。 その際も、悪酔いする事はなかったが、決して酒を美味しいと思った事はなかった。
「そうだな……まあ、強くもなく弱くもないかな。 勿論、マスターが飲みたいなら付き合いますよ」
「ふ~ん……じゃあ、付き合ってもらおうかな。 実は最近忙しくて飲む暇なかったから 」
という訳で、伊織に連れてきてもらったのは、リーズナブルなのに酒も料理も楽しめるフランクな酒場だった。
「へいらっしゃい! おっ、ギルドマスターじゃないですか! お久し振りです!」
「ホントにね、大将。 もう、久し振りだから取り敢えずビール二つお願いね」
「あいよ~!」
伊織が慣れた調子で酒を注文し、二人はカウンターに座った。
「はい、ビール二つ! ……随分とイケメン連れてるねぇ~、彼氏ですかい?」
「フフフ……ご想像にお任せするわ」
伊織と大将のやり取りに、一瞬酒場内の空気が張り詰めたのだが、ブライトは気が付かなかった。
(いや、ご想像にお任せしないでよ!)
「俺は単なる冒険者ギルドのハンターですから! ちょっと、困るよマスター」
「ごめんね~。 でも、そんなに強く否定されると、お姉さんショックだな……」
(えっ……ショックなの?)
「……フフ、ブライトって案外ウブなのね。 ゴメンゴメン、ちょっとからかっただけだから」
(からかった? ……なんだ~、だよなぁ~)
その後、酒が進むツマミをエサに、伊織はどんどん酒を流し込んでいった。
「ふぅ~! やっぱりたまには飲まないと、やってられないわよね」
「マスター、ちょっと飲み過ぎじゃあ……」
伊織は既に、ビール五杯、ワインを三本、ウイスキー二本を一人で飲み干している。
その間ブライトは、ビール一杯、ワイン三杯をチビチビと飲んでいた。
「え~? 大丈夫、私結構強いから」
(え~? でも確かに、こんだけ飲んでんのに、目がしっかりしてる……)
「ああ、ギルドマスターはザルだから。 どんだけ飲んでも、酔っぱらってる所見た事ねえんだけど……なんか今日は上機嫌みたいだな」
大将も伊織の酒の強さに苦笑いを浮かべている。
「……ところで、ブライトは彼女とかいるの?」
伊織が唐突にプライベートな質問をしてきた。
「いますよ、結婚を約束した人が。 まあ、今はちょっと遠い所にいるんで会えませんけどね」
「遠い所で、会えない……ごめんなさい、悪い事聞いちゃったかしら?」
伊織はアルコールが入っていたからか、ブライトの言い回しに勘違いし、ブライトの想い人が既に亡くなってると早とちりしたのだが……。
「いえ、大丈夫です。 いつか……いや、すぐに会えると信じてますから」
(その為には、この世界を平和にして、必ず地球に戻らなきゃな)
「……馬鹿っ! 自分の命を大切にしなさい!」
「えっ!? 声デカっ!? も、勿論大切にするつもりですよ?」
「……だから人王に会いに行くなんて無茶を……そんな、命を捨てる様な行為は、やっぱり容認出来ません! 貴方はず~っと、私の傍にいなさい!」
「ええ~!? なんなんだいきなり?」
店内がザワつくと共に、何人かの荒くれ者たちが立ち上がった。
「てっ、テメエさっきから聞いてりゃ、俺たちの伊織さんをっ!」
「そうだそうだ! 大体、伊織さんと二人っきりなんて……抜け駆けじゃないか!」
「ずっと傍に……羨まし過ぎるぞこの野郎!」
酒場の客……主に伊織に憧れるギルドのハンターたちが、一斉にブライトに非難の声を上げたのだ。
(なんだ!? めちゃくちゃ面倒な展開になりそう!?)
その後もワーワーと喚き声を上げる男たちだったが、伊織が立ち上がって睨み付けた所で、シ~ンと静まり返る。
「……ったく、ブライト! 私はギルドのマスターとして、大切なハンターに無駄死にして欲しくないから言ってんのよ?」
(……なんだ、ハンターとしてか。 誤解を招く様な事は言わないでほしいなぁ)
「分かってますよ。 無駄死にするつもりなんてありませんって」
「ほんとに? ……てっきり、彼女に直ぐ会えるなんて言うから勘違いしちゃったじゃない」
すると、酒場のドアが開く。 そこには……
「久しぶりだねぇ……」
先日退治した冴嶋ことエージが、数人の部下を引き連れて立っていた。
「冴……エージか……」
酒場内のハンターも、冴嶋の存在を知っているのだろう。 誰もが押し黙ってしまった。
すると、突然伊織が冴嶋の目の前に立った。
「エージ……まさか、人王の側近である貴方がこの街に戻ってくるなんて、一体どういうつもりかしら?」
(アースでもこの二人は一緒にいたけど、アムスでも知り合いだったのかな? ……伊織さんの感じだと、あまり良好な関係ではなさそうだけど……)
「怖いなぁ~、ミユキさん。 別に今日は君に用があった訳じゃないよ? 僕は弱者に用は無いからね」
「……言うじゃない。 私が貴方を倒せないとでも?」
「そんなの、君が一番知ってるだろ? 不意打ちや闇討ちしか能の無い君に、僕が倒せる訳無いじゃないか。 僕はそちらのブライトに用事があるんだから、ちょっと引っ込んでてくれないかな?」
冴嶋と伊織の間に、不穏な空気が漂う。
だが、ブライトは二人の関係に対してなんとなくだが理解できる部分を感じていた。
(伊織さんは考え方も行動も立派な人格者だし、片や冴嶋は自分が楽しければなんでもOKな戦闘狂。 この二人、同じ国防軍の中尉だったのに、あんまり仲良くなかったんだろうな……)
「……で、俺に用って?」
だが今は二人の関係よりも、冴嶋の用事の方が重要だと切り替える。
「勿論、君と再戦……と言いたい所だけど、君の事をボスに報告したら、是非会いたいと言うもんでね。 出来れば付き合って欲しいんだけど?」
冴嶋のボス……人王は、高確率でアンノウンの事だ。 敢えて自分の素性を隠さずにいたブライトにとって、それは計算通りと言えた。
「いいね。 俺もそろそろ会いに行こうと思ってたんだ」
「ホント? でも、残念だな~。 ここで君が拒めば、また戦えたのに……」
「いい加減にしろこの戦闘狂。 大体、ついこの間俺に完膚なきまでに負けただろうが」
「だからこそだよ。 自分より強い相手と戦えるなんて、これ程ゾクゾクする出来事はないだろ?」
(……どんだけだよ。 なんか、とんでもない奴に気に入られちゃったな……頭痛くなってきた……)
「ちょっと待って、ブライト、本当に人王に会いに行くの?」
ここで、ブライトと冴嶋の間に伊織が割り込んで来た。
「ああ、その方が手っ取り早いだろ?」
「だけど……」
「大丈夫。 ヤバくなったら逃げるし、人王とは知らない仲じゃないって言ってるでしょ?」
それでも、伊織は不満気にブライトを見つめる。 んな伊織を気にも止めない様に、冴嶋はブライトの肩に手を置いた。
「さ、じゃあ早速行こうか。 丁重にもてなせとボスにも言われてるから、最上の馬車で迎えに来たんだ」
「……ていう事だから、ちょっと行って来るよ、マスター」
「……止めても無駄か。 いい、必ず帰って来るのよ」
「おう。 帰ったらまた飯おごってね」
こうして、ブライトは冴嶋と共に、いよいよアンノウンとの再会に向かうのだった……。
投稿が遅れてるにも関わらず新作を始めました。
ハイファンタジーで、追放もの?かな。ザマア要素も若干ありです。
宜しかったらこちらも10話位まで見てもらえば幸いです。
餓狼の道~堕ちた英雄、自由を求めて旅に出る~
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