第170話 決戦の地
——旧青森県・八戸港
約束の一ヶ月を前日に控え、光輝は旧青森県の八戸港へ来ていた。
第一次ハルマゲドンの決戦の地となった北海道は、それ以降も人間の住まない地となっており、フェノムたちの楽園となっていた。
たまに足を踏み入れるのは国防軍が特殊野外訓練を行う時のみ。 それも旧室蘭港から半径一〇キロの範囲までで、それ以外の地域にはハイレベルなフェノムが多く存在する事から、完全に立ち入り禁止となっていた。
八戸港は国防軍が管理する施設だった為、 多少手荒な真似だったが、船の操縦士や乗組員を除いて、眠ってもらった。
「いよいよか……」
室蘭行きの船が汽笛を上げる。 船の上から、離れていく本土を見つめながら、光輝が呟く。
やれる事はやった。 あとは、アンノウンを倒すだけ。 その後は、どうなろうとも覚悟は出来ていた……。
唯一の心残りがあるとすれば、風香に一度も会わなかった事だろう。
会えば、決心が揺らぐ気がした。 だから、敢えて会わなかったし、何も伝えなかった……。
(ごめんな……風香)
——旧北海道室蘭港
ここから約二〇〇キロ。 第一次ハルマゲドンの最終件戦の地となって以来、定期的に噴火を繰り返している十勝岳で、アンノウンが待っている。
雪こそまだ降ってはいないものの、北海道は内地に比べてもう肌寒い。 そんな北海道の空中を、光輝は移動していた。
……遠目に、火山の煙を舞い上げる十勝岳が見えて来た。
正真正銘の最終決戦。 人類のみならず、フェノム……そしてこの星の未来の命運をかけた戦い。 そんな決戦の前にもかかわらず、光輝の心は落ち着き払っていた。
…………火山口では、既にアンノウンが光輝を待ち構えていた。
「約束通り、一人で来たか」
着地した光輝が、笑みを浮かべるアンノウンを一瞥する。
「俺が仲間でも連れて来ると思ったか?」
「いや、おまえは一人で来る。 それは疑っていなかったよ」
先ほどまで寒空を飛んで移動して来た光輝にとって、火山口はひどく暑かった。
「さて、仲良くお喋りって関係でもない。 とっとと始めようぜ」
「つれないねえ。 お互い、最後になるかもしれないんだ。 もう少し会話を楽しみ……」
インビジブル・スラッシュが、アンノウンの頬に傷を付ける。
「……せっかちですねえ……君は」
だが、その傷はもう塞がっている。
「聞きたい事は、テメエをぶっ倒してからゆっくり聞く」
「へえ……その威勢がどこまで続くのか、見物ですねえ……」
光輝がゴールド・キングダムを発動。 三倍にまで身体能力が上がった。
「ヒクスンのギフトか。 ヤツを殺したのか? 何の罪も無い、どこまでも人間を信じる心を忘れていなかった愚かな男を」
「いや。 殺してなどいないさ……」
殺していない……。 その意味を察し、アンノウンは溜息を吐いた。
「…………なるほど、意外だな……。 君は生に執着し、フランキーの考えを実行に移すと考えていてたのだが……」
フランキーの考え。 それは、自分が全生物のピラミッドの頂点に立ち、星の意志に沿う世界を創り上げる事。 それを成せば、もしかしたら星はリセットの意志を変えるかもしれない……という願望。
「迷ったよ。 ……でも、そんな不確かなものに、人類の未来を懸けるのもカッコ悪いだろ?」
「フッ……英雄思想もそこまでいくと哀れだよ。 全てが終わった後、君の事など誰も英雄とは呼ばぬだろうに」
「いいんだよ。 俺が分かってれば、それだけで」
「……死を覚悟した者か。 手強いな……」
アンノウンもまた、形態を変化させ、最初からフルパワーだ。
「だが、例え君が命を賭しても、この私は止められない」
「止めてやるさ。 そして、未来を紡ぐ!」
互いが一気に飛び出し、肘と肘を激しくぶつけ合う。
「フム、死ぬ気になった奴ほど怖い者はいない。 あのエルビンがそうだったように!」
「誰かの為に命を懸けるのも、悪いもんじゃないだろ?」
全てを……互いの命を、人とフェノムの未来を懸けたラストバトルが今、幕を開けたのだった……。
——旧青森県・八戸港
光輝が北海道へと発って半日。
ブライトによる襲撃の報を受けた国防軍の比呂と風香に加え、仙崎と朝日、薫子も八戸港へとやって来ていた。
するとそこには……
「比呂? 風香?」
黒夢のボス・崇彦と、ナンバーズのジレンとヴァンデッダがいたのだ。
「崇彦、君も……光輝を探しに?」
「まあな。 ウチの優秀な予言者の話を紐解くと、光輝が第一次ハルマゲドン最終決戦の地、十勝岳にいると判断してな」
ヒミコの予言。
“大地は裂け、森は枯れ、地上はおよそ生物が生存出来る環境ではなく、生物を確認する事も出来ない暑い場所で……ブライトが立っておった。 そして、世界を終わらせると宣言しておったんじゃ……”。
この予言を解析した結果、もっとも可能性が高いと判断されたのが十勝岳だったのだ。
「……光輝はこの八戸港の職員を襲い、北海道へ向かったみたいだ。 多分、その予言は確かだ」
「そうか……。 あんな場所で何やってんだろうな……ま、大体想像は出来るけど」
初代アンノウンが既に復活しているのは誰もが知る事実だ。 そして、第一次ハルマゲドンの決戦の地を連想すれば、光輝が初代アンノウンと何らかの理由で邂逅している事は想像に難しくはない。
そこにジレンが口を挟む。
「予言の通り……だとすれば、ブライトが世界を終わらせようとしているのも事実だろう。 だったら、俺たちのやるべき事は、新たな魔王・ブライトを討つ事だ」
元々ジレンは桐生を殺した光輝を、完全に許した訳ではない。
世界を震撼させた動画と、世界各地でのスペシャリスト襲撃、そして予言。 これらの材料は、光輝を討たなければならない理由としても充分である。
「そうねぇ……悲しいけど、ブライトを擁護する理由は見当たらないわね」
ジレン程ではないが、ヴァンデッタもまた、光輝を討たざるを得ないと考えていた。
ヒクスンをはじめ、襲撃されたスペシャリストが全員測ったようなタイミングで目を覚まし、間違いなくブライトに襲われたと認めた。 同じく殺されかけた比呂も、心のどこかで、動画の通り光輝は力に取り込まれてしまったのかもしれないと思ってしまっていたのだが、風香は……
「待って下さい。 光輝君には何か理由があるハズです!」
だが、風香は光輝の潔白を信じていた。
「大体、おかしいじゃないですか! スペシャリストたちは襲われこそすれ、誰も死んでない。 本当に邪魔なら、わざわざ生かしておく必要なんてないんですから」
それは、この場にいる誰もが分かっていた。 それでも、本人の言動や行動が、信じる心を失わせていた。
誰もが何も言えない空気の中、ヴァンデッタが口を開く。
「……気持ちは分かるけど、あの子って元々中二病を拗らせてる所があったじゃない? 世界最強の力を手に入れて、権力に溺れちゃったとしてもおかしくはないかもよ?」
「違います! 光輝君は確かに拗らせてますけど、どんなに悪魔とか魔王とか言われても、絶対にそんな事はしない! だって、心の奥底にはヒーローへの憧れがあるから!」
……光輝は、この一ヶ月間、世界各地でスペシャリストを襲撃し、動画でも世界を支配すると宣言した。 世間はそんな光輝を支持する派と支持しない派で分かれているが、当然世界中の権力者たちにとっては邪魔な存在となっている。 そう、必ず抹殺しなければならない存在に。
だが、風香は信じていた。 光輝の行動には、必ず理由があると。
「……ま、会えば分かんだろ。 その時、やっぱり光輝が世界を征服しようなんて考えてれば、俺たちが止めなきゃなんねーんだし。 ……ま、俺としてはそうじゃないと祈りたいがね。 ……戦っても勝てそうにねーし」
崇彦の言葉に、風香は納得してはいなかったが、それでも今は光輝の下へと向かう為、室蘭への船に乗り込むのだった。
地球上の全生物の頂点を決める二人の戦いは、一進一退の攻防が三時間も続き、いよいよお互いが隠していた力を露わにする。
次回 『最終形態』
「確かに、お互い手の内を隠してはいた訳だが、その隠していた実力に差があり過ぎたようだねえ」