第169話 惜別の言葉
世界各国のスペシャリスト襲撃事件の首謀者がブライトだったという事実は、全世界に激震を走らせた。
新たな英雄が、新たな魔王となる。 だが、世間の賛否は真っ二つに分かれていた。
一個人が世界を支配するなど言語道断だと批判する者、魔王崇拝者の様にブライトに賛同する者。 アンノウンが復活していたという事実が霞むほどに、ブライトの供述は世間の注目の的になっていた。
更には、今まで最低限は顔を隠していたブライトが完全に顔を顕にした事から、ブライトが二年前に死んだとされる周防光輝という高校生ではないかと情報が出ると、周防家には多くの報道陣が押し掛ける事態となっていた……。
そんな周防家では、外出もままならない光輝の父・貞治と母・牧絵が、リビングでボ~っとしてソファーに座っていた。
「……母さん、お茶……」
「さっき飲んだばかりじゃない……」
あのブライトが光輝だったとの報道が流れてからというもの、そんな気の抜けた会話が続いていた……。
「それにしても……光輝のヤツが生きてて、英雄とは……血は争えないなあ」
「ミスター平凡のお父さんの血? だとしたら、最後にドジって魔王なんて呼ばれちゃうあたり、お父さんの間の悪さを受け継いだのね……」
今現在、光輝は新たな魔王と呼ばれている。 でも、父と母はどこかそんな息子を誇らしげに思っているのが、雰囲気にも出ていた。 それは、英雄だとか悪魔だとか関係なく、死んだと思っていた息子が生きていて、元気にやっている事への喜びから来る感情だったのだろう。
「それにしても、生きているのに二年も会いに来ないなんて、今度会ったら説教しなきゃならんな」
「そうね。 どんな事情があったにせよ、絶対に許せないわね……」
「そうだ、なんなら俺が光輝をぶん殴って、新たな英雄になっちゃおうかな?」
「あら、それなら私が光輝の部屋のいかがわしい本をネタに脅迫して、新たな女王になっちゃおうかしら?」
「……母さん、それは年頃の男の子には絶対にやっちゃいけない行為だよ?」
今では全世界に注目されている夫婦であるにもかかわらず、そんな緊張感の無い会話を繰り返す両親を、光輝はサイレント・ステルスを用いて眺めていた……。
(我が親ながら、なんとも緊張感の無い……)
自分の生存が世に知れてしまった事で、光輝は両親が心配になって様子を見に来ていたのだ。
「い~や、脅迫するわ! だって、散々私たちを悲しませておいて会いにも来ないなんて! もうテレビ局にあの子の好みは眼鏡のお姉さんモノの動画だって密告してや……」
「わー! わー! やめろよ、母さん!!」
あまりの恥ずかしさから、光輝は思わす叫びながら姿を現してしまった……。
「「光輝!?」」
両親の視線が光輝に突き刺さる。
「あ…………ははっ……た、ただいま、父さん、母さん」
今までかけた苦労と心配から、光輝は父が先ほど言っていた様に、一発や二発はぶん殴られる事を覚悟していたのだが……
「……おかえり、光輝」
「う、うう……おか……えり……なさい……」
父と母は、涙を流しながらも笑顔で、光輝の身体を強く、強く抱きしめた。
「……うん、ただいま」
そして、暫しの間立ったまま、三人で抱き合うのだった……。
落ち着いた所で光輝は、これまでの間に自分にあった出来事を端的に伝えた。
父と母はいちいち頷きながら、喜びながら、悲しみながら……光輝の言葉を受け止める。
「……という訳なんだ。 アンノウンはまだ生きていて、アイツを倒せるのは俺しかいない。 だから、俺は戦わなきゃいけない」
父・貞治は、厳しい表情のまま、光輝を見つめた。
「……それで? 倒したら、帰って来れるのか?」
貞治と蒔絵は、息を飲んで息子の答えを待った。
「……分からない。 だから今日は、お別れに来たんだ……」
光輝は……誰にも伝えてない本心を語る覚悟を決めていた。 二年間、死んだと偽り悲しませた親にだけは、これ以上嘘をつくのが嫌だったから……。
「俺はこれから、アンノウンを倒さなければならない。 そして、その後は……」
………………
「……だから、今日で会いに来るのは最期だと思う」
光輝の決意を聞き、貞治と牧絵は、暫らく呆然として、言葉を発する事が出来なかった……。
「……そうか。 にしても、自分の息子が世界を救うヒーローになるとはなぁ……。 おまえが生まれた時には想像も出来なかった。 そうか……本当に、立派になったもんだな、光輝」
父として、自分の息子に対する最大の賛辞を送った。 だが、大粒の涙を流し、口元が微かに震えていた。
「まったく……ついこの間まで、無気力過ぎて心配してたのが嘘みたいよ。 でも、これだけは覚えておいてね。 勝手かもしれないけど、親にとって……世界の平和よりも、自分の子どもの幸せの方が大事なんだって」
牧絵もまた、偽りの笑みを作りながらも、光輝の決意を否定する事はなかった。
二人とも、本心では絶対に認めたくはなかった。 命に代えても、息子の決意を変えたかった。 でも、笑顔をつくって、息子の意志を尊重するフリをする事しか出来なかったのだ。
世界中の誰もが出来る訳では無い、自分にしか出来ない事に命を懸ける決意をした息子を、親として止める事は出来なかったから。
そして光輝は、わがままばかりの自分の意志を尊重してくれる両親に深く感謝していた。
「幸せだよ、俺は。 父さんと母さんの子どもに生まれて。 だから、生んでくれてありがとう……」
光輝が、深々と頭を下げる。
それを、貞治と牧絵は寄り添いながら……涙を流しながらも、笑顔で受け取った。
「じゃあ……そろそろ行くわ」
「……ああ、頑張って来い! 俺の息子なら、悔いのないように!」
「大丈夫。 アンタは、なんだかんだ昔から、最後は決める自慢の息子だったもんね」
「へへっ、そうだっけ? じゃ、今度こそ本当に……いってきます……」
光輝の身体が消えた後……貞治と牧絵は、抱き合いながら蹲り……外の報道陣にも聞こえるくらいに大声で泣いた。
死地に赴く息子を想いながら……。
アンノウンとの決戦の地へと向かう光輝に一歩遅れて、縁のある者たちも後を追うように集結する。
次回 『決戦の地』
「違います! 光輝君は確かに拗らせてますけど、どんなに悪魔とか魔王とか言われても、絶対にそんな事はしない! だって、心の奥底にはヒーローへの憧れがあるから!」