第167話 約束の時
——国防国防軍本部。
アンノウンとの決戦の前に、光輝がどうしても必要としていたギフトの一つがヒクスンのゴールド・キングダム。
そしてもう一つが……
「よう……」
「こ、光輝!? どうやってここに……ってゆーか、なにやってんだよ!?」
国防軍大将・真田比呂の持つワールド・マスターだった。
最強の鉾と盾、その上最速とも云える機動力を既に持っている。 それでも、アンノウンに対するにはまだ足りない。 そのピースを埋めるのが、己の身体能力を何倍にもするゴールド・キングダムと、全てを支配するワールド・マスターだと考えたのだ。
「動画で見て知ってるだろ? これから世界を支配するにあたって、俺の邪魔になりそうなスペシャリストたちを黙らせに回ってるんだ」
比呂も光輝とは長い付き合いだ。 あの動画と今の言葉をそのまま信じる程、光輝の性格を知らないわけがない。
「……何が起こってるんだ? 光輝がそこまで悪役に徹しなければならない程の、何が?」
比呂は光輝のこれからの作戦にとって、最も重要な人物だ。 だからこそ、徹底的にやらなければならない。
「何が? ……フッ、俺はもはやこの世界で並び立つ者のいない最強の存在だ。 人類とフェノムを統べる頂点に君臨する……そして、新世界の神となる」
「新世界の神? 何を言ってるんだよ……何か、理由があるんだろ? 言ってくれよ、俺も、黒夢の崇彦だって、光輝が声をかけてくれれば協力は惜しまない」
「協力? くだらん。 協力とは、対等の力を持った者同士の馴れ合いだろう? それとも、おまえは俺と対等だとでも?」
前回会った時に、光輝は自分の事を認めてくれていた。 なのにこの言動……やはり、光輝の身に……いや、むしろ世界全体に大きな危機が迫ってるのではないかと、比呂は勘繰る。
「アンノウン……。 復活したアンノウンか? まさか、接触したのか?」
光輝は……何も言わなかった。 というより、比呂の洞察力、そして……自分への信頼の強さに驚いていたといえる。
「埒が明かないな。 表に出よう……あの約束を果たしてやる」
……約束。 それは、比呂にとっても忘れられないものだった。 だが、今は状況が変わった。 もう光輝とは敵対関係に無いし、対等な仲間だと思っていたのだ。 比呂にとって、あの約束を果たす意味が無いのだ。
「なんでなんだよ? アンノウンが復活しているのなら、俺たちが戦ってる場合じゃないだろ?」
「……四の五の言ってないで俺と戦え!!」
光輝の指から、ノータイムでプラズマ・ブラスターが発射される。
それを比呂は、咄嗟にワールド・マスターを発動し、少しだけ軌道を逸らした。
「…………どうやら本気みたいだな……」
比呂の頬から血が流れる……。 もし、軌道を逸らさなければ、光輝の攻撃は比呂の眉間を貫いていただろう。
「分かったら黙ってついて来い」
光輝が窓から外へと飛び出す。 比呂もまた、覚悟を決めて外へ飛び出した。
国防軍本部・屋外訓練場。 広大な広さを誇るグラウンドで、立った二人の男たちが向かい合った。
「さあ、おまえの本気を見せて見ろよ……国防軍の最終兵器」
「まだ納得した訳じゃ無い。 でも、俺には今何が起きているのか教える気は無いんだろ? だったら、力づくで聞き出してみせるさ」
光輝がフラッシュを発動。 その動きは、一流のスペシャリストでも目で追えるスピードではない。
だが、比呂には対ブライトの為の秘策があった。
「ワールド・マスター……クロック」
空間が歪む。 そして、比呂から見た光輝の動きが極端に遅くなる。
比呂が光輝のハイキック、続けて後ろ廻し蹴りを連続で躱す。 光輝は違和感を抱きつつも、そのまま攻撃を繰り返す。
比呂もそれに対応し、鬼神拳を発動。 両者の拳が嵐の様に乱れ飛んだ。
「この俺と互角のスピード……いや、ワールド・マスターを使用してるな?」
「まあ、そんなとこだ!」
時間を支配するのは、ワールド・マスターでももっとも難しい技術だ。 現に、白夢本部での戦いでも短時間ではあるが比呂は時間を支配した。 だがあの時は、光輝のスピードを僅かに把握した程度だったし、数秒発動しただけで鼻血を吹き出し、スタミナを使い切ってしまった。
だが今は、光輝のフラッシュによるスピードのアドバンテージを相殺するまでの効果を維持しつつ、このまま一〇分はギフトを発動し続けられるだろう。
……それでも、一〇分という時間は決して長くはない。 よほど追い込まれていなければ使用を試みる事はないだろう。 もし、時間切れを起こせば、比呂は暫くの間動けなくなるのだ。 だから、フェノムの大群が控えていた第二次ハルマゲドンでは使用を躊躇したのだ。
だが、相手は光輝……漆黒の悪魔・ブライトなのだ。 他に手出しをする者もいない。
ずっと頭の中で、この日をシミュレーションして来た。 ワールド・マスターで出来る様々な戦法を駆使して。
結果、ブライトの最大の強みでもあるスピードに対応する為には、時間を支配するしかないという結論に至ったのだ。
(スピードには対応できている……。 次は、最硬の盾を崩さなければ!)
「中々やるみたいだが、俺のスピードはまだ上がるぞ?」
光輝の全ての動きのスピードが上がるが、比呂も鬼神拳・三式を発動して対応する。
「こっちも、まだ上がるぞ!」
素の身体能力を上げるゴールド・キングダムと、鬼神拳は似ている様で若干性質が異なる。
鬼神拳は、己のオーラを強化して主に攻撃の面を大幅にパワーアップさせる。
効果は使用者によって若干の差異はあるものの、ゴールド・キングダムの二倍バフと、鬼神拳弐式とでは、火力だけなら鬼神拳の方が上回るだろう。
「連・拳!」
比呂の連・拳を光輝がガードするが、瞬く間にロンズデーライトの腕の武装が崩される。
(チィッ、一撃で俺の武装を破壊するだと? コイツ、想像以上だな……これだったら俺が助っ人に行かなくてもアンノウン・リアルなら倒せただろ?)
光輝は心の中では比呂の評価は更に上がっているものの、それを口にする事はなかった。
「フン、マグレで攻撃を当てても、俺の武装は直ぐに再現する!」
光輝の言葉通り、砕かれた腕の武装は復活した。
「相変わらず反則だな……」
愚痴りながら、比呂は考える。
(俺はこれまで鬼神拳の三式までしか発動していない。 でも、仮に四式を発動した所で突破口は開けそうにないな……)
光輝を倒す為の最低条件として、まずスピードに対応する事。 そして、ロンズデーライトの防御を貫通する攻撃力を有する事。 この二つは絶対条件である。
この二つの条件をクリア出来るのは、世界広しといえど、人間では恐らく比呂だけだろう。
比呂には、時間停止を超える切り札がある。 だがそれを出せば、文字通りの命の取り合いになるだろう。
今の光輝の行動には必ず理由があると感じている比呂にとっては、発動に躊躇してしまうのもあるが、何より発動したと同時に、比呂自身の命にも危険が及ぶのだ。
仮に光輝を一度は殺せたとしても、リバイブ・ハンターは蘇るのだ。 そうなった場合、比呂に追撃する力は残されない。
比呂が力を出し惜しみしている……。 戦いながらも、光輝はそれに気付いていた。
(舐めやがって……とは違うだろうな。 比呂は持ってるんだ、俺を死に至らしめる力を)
自分を……世界最強たるブライトを殺せる力。 それこそ、対アンノウンを見据えた時に、光輝が最も必要とする力だ。
(だったら……本気にさせるしかない。 その為には、俺も本気を出すしかない!)
「遊びは終わりだ、比呂。 本気を出せ。 さもなくば……おまえは死ぬ事になる」
ヒクスンから得たばかりのゴールド・キングダムを発動。 まだ熟練度の問題で、ヒクスンの様に一○倍とはいかないものの、五倍にまで身体能力を強化させる。
そしてそこへ、異常を察した朝日がやって来た。
「真田大将、一体何が……お、おまえは、ブライト!?」
瞬時に光輝から放たれたインビジブル・スラッシュが、朝日を斬り裂いた。
「朝日!? 光輝、おまえ!」
あっという間に倒された朝日。 どうやら即死は免れている様だが、尚も光輝から自分に放たれる殺気に、比呂は光輝が本気で自分を殺すつもりなのだと察した。
「洒落にならない…………いいさ。 元々光輝を倒す為に研いた力だ。 約束通り、遠慮なくやらせてもらう」
比呂もまた、己の限界である鬼神拳四式を発動。
もはや歴史上でも類を見ないスペシャリスト同士の戦いは、佳境を迎えようとしていた……。
宿命の対決はお互いが譲らないまま。そして、比呂が隠していた切り札を出す……。
次回 『人類の希望』
「……おまえこそ、人類の希望だ。 もし、俺の望みが叶わなかった場合……その時は……」