第162話 星の気紛れ
人知れず行われた、光輝とフランキーのサバイバルバトルは、光輝の勝利で幕を閉じた……。
「……やっぱ、反則だな……リバイブ……ハンター……」
「久しぶりに死んだが、やはり嫌なもんだな、死ぬって」
フランキーにとって誤算だったのは、光輝が死ぬ直前に、まさに死物狂いでその場を離れた事だった。
サイレント・ステルスは、姿のみならず気配すらも消し去る。 それでも、近くにいれば、オーラを感知する事はフランキーであれば可能だったが、距離を取られてしまえば最早人の目では感知するのは難しい。
そして、光速移動を可能にしたフラッシュ。 時間を稼いだワールド・オブ・ウインダム。
そのどれもが、一つでも所持していれば世界有数のスペシャリストとなり得るハイランクギフトを、あの瀕死の状態で駆使されたのだ。
「……くそぅ……アンノウンの頃なら、負けなかったのになぁ……」
アンノウンの身体であれば、リアルやスプリットもそうだった様に、多少の傷は自動回復する。 だが、フランキー・シャムロックは人間だ。 回復系のギフトでも無ければ、普通の人間の自己治癒力ではもう手遅れだった。
「さあ、知ってる事全て、話してもらおうか」
「ば、ばかじゃ……ねえの? もう、死ぬって……あ……目の前が……真っ白に……」
口調はふざけているものの、フランキーが深刻なダメージを負っているのは確かだ。
このままでは必要な情報を引き出せなくなると考えた光輝は、フランキーにセル・フレイムを掛けて延命しようと手を伸ばしたのだが……。
「なんてねっ!」
「!?」
フランキーは最後の力を振り絞り、光輝の顔面目掛けて拳を振るう。
「この……バカ野郎がっ!」
だが、光輝はその拳を間一髪で躱し、カウンターでフランキーの心臓を貫手で貫いた……。
「ぐふっ……み、見事だ……ブラザー。 いやぁ、まさか、俺が負けるとは……ごはっ!」
血反吐を吐きながら軽口を叩くフランキー。 光輝も咄嗟の事で手加減が出来なかった。 その上、リバイブ・ハンターの自分を殺した者への殺意も影響していたのだろう。
フランキーへの今の攻撃が、確実に致命傷である事は自分でも分かっていた。
「……クソっ、言えよ! おまえの隠してる事、全部!」
「ハッ……俺の命は風前の灯って訳だ。 ハハハ……馬鹿だなあ、おまえは。 人類を想うのなら……黙って俺に、殺されておけば……良かったのに……」
フランキーは戦闘中においてもどこかおちゃらけていたが、今の表情は真剣そのものだった。
「……言えよ。 それを聞かなきゃ、俺も前に進めない」
「クックック……すぐ分かるよ……俺が、フランキー・シャムロックが……死んだら……な……。 ついでに……おまえ自身が、知って損する事も……な……」
「ちょ、待てよ!」
最期にそう言い遺し、フランキーは目を見開いたまま絶命した…………。
「……クソオオオオッ!」
光輝にしてみれば、フランキーはもったいぶるだけもったいぶって、何も言わずに死んでしまった。 やるせない想いで叫ぶ事しか出来なかった。
「……仕方ない。 アンノウンは復活していた、そして、それがフランキーだった。 だが交戦の結果無事に倒したと、ジョシュアさんに報告……なんだ?」
フランキーの亡骸が光を纏い、そこから揺らめく蒸気が沸き上がる。 蒸気は宙で渦を巻き、次第に人型を形成していく……。
「なんだ……これは?」
光輝はそれを、呆然と見つめる事しか出来なかった。
人型は次第に輪郭を形成し、光輝も見覚えのある形に姿を変えた……。
「……ふう……この身体はやはり、しっくり来るな……」
人型は、アンノウン・リアルやスプリットよりも更にシンプルな、光り輝くマネキンの様な形をしている。
「おまえ……フランキーなのか?」
「フランキーは死んだだろう? 私は正真正銘、フェノムのギフトにして初代のアンノウンだ」
軽々しかった口調も、身に纏う雰囲気すらも一変した、初代アンノウンの姿がそこにあった。
「助かったよ、ブライト。 さっき私……いや、フランキーが言った様に、この男の身体に憑依して三年が経った頃、私自身の意志が人間寄りになってしまっていたのだが、君が殺してくれたおかげで、漸く私は本来の自分に戻れた。 感謝しよう」
「本来の自分……。 フランキーだって、本来の自分だったんじゃないのか?」
「そうであって、そうでない……。 少なくとも私は、こんな下品な人格ではなかった」
確かに、フランキーに自分がアンノウンだと聞かされた時は違和感を感じたが、それでもあまりにも雰囲気が違った。
「さて……フランキーに代わって、君の知りたかった事を教えてやろう。 そして、君にとって最大の過ちもな」
「……過ち? ……聞かせろよ」
最大の過ちが何を意味しているのか分からなかったが、まずは話を聞かなければと考える。
「……私は五年、フランキー・シャムロックとして生きて来た。 そして三年前、アンノウンであるこの私に、人類へのギフトである特殊能力、プラズマ・ブラスターが発現した。 私が、もうフェノムではなく人類側だと認識したのはその頃だった。 当然、私という存在が人類側にカウントされた事で、それまで保たれていたパワーバランスは大きく崩れた。 結果的に、今回の決戦を引き起こしたのは最大の要因は、君では無くこの私だったのだ」
「……じゃあ、やっぱり俺だけが原因では無いんだな? フランキーの野郎……嘘ついたのか?」
無表情ではあるが、アンノウンが光輝に憐みの視線を送る。
「違うな。 フランキーは嘘をついたのではない。 真実を知った君が悲しむのを避ける為の優しさだった」
「優しさ? ……どういう意味だ?」
「説明してやろう。 私が人類側となった事で、パワーバランスに決定的な差異が生まれた。 それにより、パワーバランスを保つために星はフェノム側にもギフトを贈ったのだ。 それが……リバイブ・ハンターだ」
「なに? フェノム側にも、リバイブ・ハンターがいるってのか?」
「……違うよ。 君を含め、リバイブ・ハンターに目覚めた人間は……フェノム側の存在にカウントされてるんだよ」
訪れる沈黙。 アンノウンは光輝の反応を待ち、光輝は頭の中今の言葉の意味を整理しようとしていた。
「…………は? 俺が、フェノム? ……俺は、人間だぞ?」
「リバイブ・ハンターは、この私が星の力を借りて……フェノム側に有利になる様に作られた能力だ……」
アンノウンから語られたのは、リバイブ・ハンターの明かされる事のなかった部分だった。
例えば、光輝は黒崎に殺された時、人間としては死んだ事になり、リバイブ・ハンターが発現して蘇った瞬間から、フェノム側の存在となったのだという。
自分を殺した相手に殺意を抱く。 殺した相手を殺せば、そのギフトを手に入れて力を得る。 殺した相手を殺せなければ、次第に感情や五感を失い、最後は完全に自我を失った獣……フェノムとなり、能力者を狙うハンターとなる。 それらは全て、フェノム側の存在として、人類を殲滅せよという本能が芽生えていたからだったのだ。
蘇生した際に好戦的になっていた理由も、まさにそれが原因だったのだろう。
そして、そのリバイブ・ハンターを作ったのが……アンノウンだった。
「そんな……じゃあ俺は、黒崎に殺された時にはもう人間じゃなく、ずっとフェノムだったっていうのか?」
理解出来ないし、理解したくもない。 そんな光輝の想いを無視する様に、アンノウンは続けた。
今回現れたアンノウン・リアルとスピリッツは、初代であるアンノウンよりも戦力ではやや劣る存在だった。 それは、フェノム側に光輝やカズール、薫子や国防軍の二人のリバイブ・ハンターを含めれば、人類側を上回っている計算が成り立っていたからだった。
だが、星の意志に反して、光輝たちはフェノム側であるにも関わらず人類の側に立ち、本来仲間であったハズのフェノム側を撃退してしまったのだ。
「それは私としても、そして星の意志としてもとんでもない誤算だった。 本来助け舟を出さなければならなかったフェノム側に、強敵を作ってしまったのだから」
「そんな……それこそ勝手な言い分じゃないか! 自分でリバイブ・ハンターを作っておいて、誤算ってなんだよ!」
「私が……封印される時に考えたのは、この世からギフト能力者を消し去りたい……という想いだった。 それに、星の意志が応えてくれたのだろうが……さっきも言ったが、星には意志があるが思考能力は無い。 深く考え、行動する事は不可能なのだ。 結果、リバイブ・ハンターは弊害の多い、酷く不完全な能力になってしまった……。 まあ、母なる星の意志だ、多めに見てやれ」
「大目に? ふざけるな! そんな気紛れみたいなので人の人生を……」
「なら、君は初めて死んだ時、自分の人生が終わっていても良かったのか? 辛い事も多かっただろうが、それで君は今、世界の英雄と言われるまでになった。 その全てが、本来なら無かったもののハズだったのだ。 それでも良かったのか?」
光輝は思い出す。 リバイブ・ハンターが発現し、蘇ったあの瞬間を。
長年憧れ、求め続けていたギフトに目覚めた瞬間、身震いする程の喜びと興奮を覚えた事を。
それからは、楽しい事ばかりでは無かった。 むしろ、辛い事の方が多かっただろう。
それでも、光輝は今、子供の頃から夢見ていた真のヒーローに登り詰める事が出来たのだ。
もし、全てを知った上であの瞬間に戻れたとして、そのまま死ぬのとリバイブ・ハンターに目覚めるのとを選べるとしても……やはり今と同じ道を選んでしまうだろう。
「……星は今回の第二次ハルマゲドンの結果に嘆いている。 その要因となった私と、リバイブ・ハンターである君は邪魔な存在になってしまった。 現に、多分もう目覚めていない人間の潜在的に眠っていたリバイブ・ハンターのギフトは消去されているだろう。 つまり、今後リバイブ・ハンターが発現する者はいなくなる。 そして、残るはおまえとあのお嬢ちゃん、日本にいる一人だけだ」
「邪魔……? 星が、俺を?」
「ギフトとして贈るのには欠陥が多かったんだ、リバイブ・ハンターは。 大体、星はこの世界に無数のリバイブ・ハンターを、本来ギフトに目覚る予定ではなかった人間にバラ撒いた。 なのに、発現して今生き残っているのは君たちだけ。 しかもその三人は、星の考えていたリバイブ・ハンターの完成形である自我を失った状態でもなく、同族であるアンノウンさえも倒してしまったのだ。 ……その上、元々アンノウンだった私は人間になってしまった。 リバイブ・ハンターの誤算と、アンノウンである私が人間になってしまった誤算……。 星も、この二つの誤算が自分の失敗だったと認識くらいは出来る。 そして、出した結果が……リセットだ」
「リセット……? ……まさか……」
「察しの通りさ。 過去にも星は、どうしようもなくなった時には、世界をリセットさせて来た。 およそ六〇〇〇万年前も、巨大隕石が原因で恐竜が絶滅したと言われているが、あれも星の意志が作用したリセットだった。 つまり、君と、そしてこの私が生きてると、人類もフェノムも、この世界全体が一度リセットされてしまうんだよ……」
「そんな……俺とおまえが、生きてるだけで……?」
「私がその星の意志を悟ったのは、決戦でゴッドジーラを倒した瞬間だった……。 星の意志そのものでもあったアンノウンである私に、星の意志が流れ込んで来た。 言葉ではなかったが、「もう面倒だ、全て消してしまおう……」 という意志がね……」
本来フェノム側である光輝はアンノウンを倒し、元々アンノウンだったフランキーが人間となり、ゴッドジーラを倒した。
この二つのイレギュラーにより、星はリセットを決断したのだ。
「俺が……俺が生きていると、皆……死ぬ? ちょっと待て、他のリバイブ・ハンター……薫子や国防軍の奴はどうなる?」
「どうだろうな? あんな小物ども程度なら、星は気にする事も無いとは思うが……それを決めるのは私ではないからね」
少なくとも、薫子が星の機嫌を損ねた対象になっていないかもしれない事に安堵する。
それでも、自分の置かれた状況に呆然とする光輝を、またもアンノウンは憐れんだ目で見つめる……。
「そして、君の最大の過ちは……フランキーを殺し、この私を蘇らせてしまった事だ」
アンノウンが光輝に向かって手をかざすと、プラズマ・ブラスターが光輝の手足を撃ち抜いた。
「なっ!?」
「……フランキーの言った通り、フランキーが人類とフェノムを統治し、バランスの取れた平等な世界を創れば、少なくともリセットされるその日まで人類は生き延びる事が出来ただろう。 だが、この私がアンノウンとして、フェノムのトップに返り咲いた今、やる事は一つ……人類を駆逐しろ……だ」
人類を駆逐しろ……。 それは、フェノムの本能に基づいた根幹。
アンノウンはフランキーの殻から抜け出した事で、その本能を全面に押し出す、純粋な処刑人となったのだ。
「星は気紛れだ。 私の勘でしかないが、このままだと一年以内にもリセットが強行されるだろう。 ただ、あくまで可能性の一つだが、私と君がこの世から消え、直ぐにでも共存へ向けて動き出し、そのまま五年間平等な世界を維持できれば……星はリセットを強行はしないかもしれない。 それこそが、フランキーであった私の望みだった」
光輝は必死で手足を回復させるが、まだ動く事が出来ない。
「……だが、もうそんなものはどうでもいい。 漸く本来の自分を取り戻し、抑え込んでいた本能が目を覚ましたのだ。 星がリセットを実行するその日まで、私は人間を駆逐し続ける」
「くっ……バランスを保つのが、おまえの役割なんだろう? なのに……」
「どうやらまだ、悪い意味で人間の感情が残ってるようでな。 ……自暴自棄? いや、感情に突き動かされる……かな? 残念だが、君とはここでお別れだ……ブライト」
アンノウンからまたもプラズマ・ブラスターに似た光線が放たれる。 だが、それは威力も速度もプラズマ・ブラスターを遥かに凌ぐものだった……。
走った……無我夢中で。 アンノウンの手が光る。 間に合わない。
飛んだ。 飛んで、光輝の背中を押して、地面に倒した。
そして……アンノウンから放たれた光線は……
次回 『微笑み』
月明かりが照らす夜空に、光輝の咆哮だけが、ただ寂しく響き渡っていた……。