第16話 魔王
「忍者みたいな格好をして、どうせお前もギフト能力者なんだろう?最期なんだ、足掻いてみせろよ」
男の態度は、圧倒的強者のそれだった。
「…あの、俺じゃあ絶対に勝てないって分かったんで、逃がしてもらえませんかね…?」
「ガッカリさせるな。久しぶりにシャバに出て来て運動したくて仕方がないんだ。お前はせめてこの警官共よりも粘ってみせてくれよ?」
「まいった………なあ!!」
その瞬間、インビジブル・スラッシュを連続で放つ。
多分、この攻撃は男には通用しない。でも、熟練度の上がった今のインビジブル・スラッシュは鉄板を軽く両断するのだ。少し位はダメージを負うハズ……と思っていたのだが、男は斬撃を喰らっても全くの無傷だった。
「!?やっぱ化け物かよ!」
「こいつは驚いた…。今のは斬撃系能力でもかなりのランクのギフトだろう?もしや、実は国防軍の者か?」
そんなかなりのランクの攻撃を喰らって平然としてるお前は何なんだよ!?と叫びたくなるのを堪える。
「国防軍?あんな狂った人間の集まった組織と一緒にしないでくれませんかね?」
「…ほう、国防軍が狂った組織だと云うのには同感だ。なら、貴様は何者だ?それ程の実力がありながら…お前は野良なのか?」
野良…。自分ではそう思って無いが、今はまだその問いに対する応えを、光輝は持ち合わせてはいなかった。
(ちょっと早いけど潮時だな。あの能力が何かは分からないが、出来れば手に入れたい……けど、まだリバイブ・ハンターの能力が解明されてない現状、敢えて死にに行くのはリスクが高過ぎる)
「…今はまだ、野良フィルズと一緒だとだけ言っておくよ。じゃあね!」
光輝はスピード・スターを発動し、出口に向かった。
だが、次の瞬間入口のドアは真っ黒な壁に覆われた。
「あぶねっ!!?」
ギリギリ、真っ黒な壁の前で急ブレーキをかけて止まる。耐久力は一般人より強くはなったが、それでもあの速度で壁に激突したら即死だ。
辺りを見渡す。いつの間にか全ての窓が真っ黒な壁に覆われていた。
(しまった…。もう逃げられねーじゃねーか!)
「…おい忍者。お前、本当に野良なのか?」
「…野良って云うか、まだ何処にも属して無いだけで、野良のつもりは無いけどね」
「おかしいだろう?さっきの斬撃系能力に加え、お前は今、加速系の能力を使っただろう?それ程のギフトを二つも発現してるのなら、間違いなく国が放っておかない」
光輝は必死になって考える。既に男の話す内容など頭に入っていない。頭の中は、どうやってこの絶体絶命のピンチを凌げるか?インビジブル・スラッシュで効かなかったのだからスピード・スターによる近接攻撃は無理。逃げるのも無理。
(くそ~!なんでだよ!?なんでこんなラスボスみたいな奴がいきなり出てくるんだよ!?そうゆーのは、もうちょっと強くなってから現れろよ!)
元々光輝の方から首を突っ込んだのだが…こうなったら腹を括るしか無いと、覚悟を決めた。
「こうなったらヤケだ…!」
インビジブル・スラッシュを放ち、隙を作ってからスピード・スターを発動。足元に落ちてあった警官の持っていたであろう警棒で、思いっきり男に殴りかかった!
…が、警棒は、男が手でガードした瞬間、拍子抜けする程に呆気なく折れ曲がった…。
「やっぱ駄目かー!」
「おい小僧、俺の話を…」
「うるせーーーー!!」
駄目元で男の鳩尾に拳を打ち突けるが、男はビクともしない。…案の定、自分の拳は砕けた。
瞬時に間合いをとる。
(…痛てーーーっ!!!なんなんだよ!一体!なんでこんなラスボスが警察に捕まってたんだよ!)
「無駄だ小僧。その程度では…いや、俺には誰も勝てん」
「うるせえよ…。時間さえあれば、俺は絶対にいずれお前にも勝てたハズなんだよ!」
「ほう、デカイ事を言う小僧だな」
(怖い。死ぬのは何度でも怖い!けど、賭けるしか無いよな…)
スピード・スターを発動する。これ以上無いほど力を込めて。そして、一気に体当たりを敢行した。
「ちょっと待て!話を聞けと…」
端から見れば無謀な万歳アタックだ。だが、光輝は自殺するつもりは無かった。
(どれだけ身体が硬くても、必ず何処かに弱点はあるはず!それは…)
そして狙ったのは…
「うおおおおあああーーっ!」
男の右腕の関節。幾ら硬くても、関節は鍛えきれないハズだと考えたのだ。
「ぬっ!?」
「!?」
至近距離から、関節だけを狙ったインビジブル・スラッシュを発動する!が、光輝の狙いに気付いた男が、関節を庇うように右手を動かすと、それがカウンターとなり光輝の顎を打ち抜いた。
光輝は意識を失ったまま壁に激突し、力無く倒れた。
「…しまった、死んだか?あのスピードで俺の腕がカウンターで入ってしまったからな…。それにしても、着眼点は悪くなかった。…惜しい事をしたな…」
男は、もう動かなくなった光輝を見下ろして呟いた。
「…悔やんでも仕方ない。…さて、そろそろ時間だな。久しぶりに運動がしたかったからわざわざ隙を作ってやったのに、国防軍が来ないんじゃあ準備運動にもならなかった。……まあ、惜しい出会いはあったがな」
男が、屋敷中に張り巡らせた黒い壁を解除する。
男の能力は『ロンズデーライト』。
ギフトランクS+の物質系能力である。
己の身体を、ダイヤモンドよりも硬いとされるロンズデーライトに変化する能力で、熟練度を上げると自分だけでなく、ロンズデーライトを他所にも発現する事が可能。
その防御力は世界最硬と言っても過言では無いし、具現化したロンズデーライトを用いた攻撃は超強力。
光輝が思った通り、この男はラスボス級の絶対強者だったのだ。
…が、そこへ、壁が解除された事で国防軍が雪崩込んで来た。
「動くな!」
国防軍は10人。その中には冴嶋や、比呂の姿もあった。
そして何より、国防軍最強を誇る歴戦の雄、国防軍空軍大将・『鬼島平吉』の姿があった。
「ほう、まさか英雄・鬼島がお越しとはな。光栄な話だ」
「貴様が捕らえられたと聞いた時から、こうなる事は予想しておった。貴様を本当の意味で捕らえるとしたら、ワシが来るしか無かろう?のう、“黒夢”の魔王・桐生辰一郎」
鬼島の後方、比呂が冴嶋に話掛ける。
「冴嶋中尉、あの桐生って奴、そんなに強いんですか?」
「は?…お前、あれを見て何も感じないのか?」
「え?いやぁ、威圧感半端無いなとは思いますけど…」
「幸せな奴だな。僕は…正直震えが止まらないぞ…」
そんな冴嶋を見て、実はこの人大した事無いなと、比呂は思っていた。真の強者は、相手の力量を見極める。それが分からないのが、比呂の現在の実力なのだろう。
「さて、折角英雄に来て頂いて悪いんだが、もう時間が無いのだ。貴様との勝負、次回まで取っておくとしよう」
「なに~ぃ?ワシが貴様を逃がすとでも…」
その時、桐生の手前に天井の壁が落ちて来て、国防軍との間に境が出来てしまった。更に、桐生はロンズデーライトを発動させ、黒い壁を作った。
「なっ!?」
突然の事に驚く国防軍の面々。しかし、桐生の作った壁は、容易には壊せない。
「さて、久しぶりの我が家に帰るか」
天井から光が差す。これは瞬間転移のギフトで、その光の輪に入れば、任意の場所に瞬間移動出来るのだ。
桐生は、もう一度名残惜しそうに光輝を見た。
「…本当に惜しい事をした……ん?」
微かに、光輝の指が動いたのだ。
「…フッ、面白い奴だ。まさか生きてるのか?」
桐生は光輝を担ぎ上げ、光の輪の中に入って行った。