第157話 永遠の約束
打ち上げがお開きとなり、瑠美は、光輝と風香に気を使い、風香と吉田に割り当てられた仮宿で二人でゆっくりしなさいと促した。
本来風香と同室の吉田もまた、二人に気を使い、今日は医務室に泊まると言って去っていく。
恥ずかしそうにする光輝と、嬉しそうにする風香の背中を見送りながら、瑠美は溜息を吐いた。
「……ホント、お人好しだよなあ、瑠美ちゃんは」
呆れた表情で瑠美の肩に手を置く崇彦の手を払いのけ、瑠美は崇彦の胸倉を掴む。
「アンタ……暇ならもう一杯付き合いなさいよ」
こうして、崇彦は瑠美に強制連行されるハメになってしまった。
キャンプには、世界中から人が集まっていたので、酒場も用意されていた。
酒場では、生き残ったスペシャリストや職員が、喜びの酒や、亡くなった者への哀悼の酒を浴びていた。
崇彦と瑠美はカウンターに座る。 何人かが最後まで戦い続けた二人を讃えに来たが、瑠美が既に酔っ払い気味で不機嫌な表情をしていた為に、誰も二人に触れて来なくなった。
「瑠美ちゃん、飲みすぎなんじゃない?」
「うっさいわ。 飲まなきゃやってられないわよ」
言いながらブランデーの水割りのグラスを空にする瑠美。 だが、中身は崇彦が根回ししてかなり薄めの酒である。
「うい~……酒はいいわね~。 なにもかも忘れさせてくれる気がする~」
光輝や崇彦よりも一つ年上の瑠美は、既に二〇歳になっていたが、まともに酒を飲むのは今回が初めてだったのだ。
「さて、じゃあ愚痴でもなんでも聞きますよ~」
(……早く潰れてくんね~かなあ)
「大体、アイツは鈍感過ぎるのよ! こんな美人が傍にいるのにさ!」
「いや、でも瑠美ちゃん、特に好きだってアピールしてないでしょ?」
「人の気も知らないで、風香が忘れられないくせにグズグズしちゃってさ!」
「いや、その間にアピールすりゃ良かったじゃん」
「今頃二人は……悔しいいいい! 私だってまだなのに!」
「なのに恋愛マスターみたいな顔で風香にアドバイスしてたの誰だっけ?」
「うっさいわよアンタはさっきから! 少しは私を慰めなさいよ!」
(うわ~……瑠美ちゃんがこんなに酒癖悪かったとは。 ストレス溜まってたんだな……)
その後も、泣いたり怒ったり、たまに笑ったりを繰り返しながら、瑠美は酔いつぶれて眠ってしまった。
「はあ……疲れた。 でも、瑠美ちゃんは大した子だよ」
瑠美が光輝に好意を抱いていた事など、黒夢のメンバーであれば誰でも気付いていた。 それでも彼女は、風香に気を使ってか、光輝の前で自分の気持ちをひた隠しにしながら、隣でサポートして来たのだ。
(辛かっただろうなあ。 だから、本格的に風香と光輝が繋がっちまう前になんとかしちまえって言ったのに……それも出来なかったのか)
隣で静かに寝息を立てる瑠美を眺めながら崇彦は、とりあえず今日は最終決戦がひと段落した事に一人で乾杯し、酒を煽るのだった。
一方、光輝と風香は、風香の部屋で酔い醒ましに水を飲みながら、これからの事を話し合っていた。
「それじゃあ、まだ本当のアンノウンがいるかもしれないんですか?」
光輝は先程のキャンプでの話を風香に告げる。
「ああ。 もう復活してるって話なんだけど……こればっかりは向こうが行動を起こさない限り、こちらとしてはどうしようもないんだろうけど」
アンノウンは既に復活している。 にも拘らず、表には出て来ていないのだ。
「それで……光輝君は、フェノムが地球の意志で生み出された、人類を処刑する為の存在だったと公表するんですね?」
「……ああ。 俺がこの事実を発表すれば、世界は混乱するかもしれない。 でも、前回のハルマゲドンでこの事実を隠蔽して事態が好転しなかったんだから、今回は俺が言わなくても財前さんあたりが公表するかもな」
「そうですか……。 じゃあ、まだまだ休むわけにはいかないんですね?」
「そうだな……」
この最終決戦が終わったら、風香は光輝と平穏な暮らしが送れるのかもしれないと、淡い願望を抱いていた。 だが、今の光輝は人類の英雄となってしまった。 目の前に脅威が迫っているのに、何もしないでいられる訳がないし、光輝本人もそんなつもりはなかった。
「俺は、スプリットにも約束したんだ。 俺が人類を変えるって。 だから、その為に出来る事をやって行こうと思う」
桐生の死で、アンノウンを倒した後の人生など考えられなくなった時期もあった。 でも、風香と再会し、アンノウンとの戦いを通じて、自分にしかできない事が山ほどある事に気が付いたのだ。 それは、ただヒーローに憧れていた過去の自分の承認欲求などではない、自分以外の誰かの為、この人類の為に、この身を粉にして目的を達したいという使命感が芽生えたからでもあった。
「それで、直ぐにアメリカに戻るんですよね?」
「ああ。 向こうに待たせてる仲間は妹みたいな存在だし、きっと寂しくしてるだろうから。 明日の朝にでも、ジョシュアさんに言ってアメリカに帰るよ」
風香も光輝に着いて行きたい気持ちだったが、風香は国防軍の一員としてギリシャに入り、同じ華撃隊の吉田もいる。 梓たちも日本で自分たちの帰りを待っているのだから、自分だけ光輝に着いて行くという無責任な行動を取る訳にはいかなかった。
「向こうで薫子と合流したら、一度日本に帰るよ。 だから、待っててくれ」
「モチロン、待ってますよ。 今までだってずっと待ってたんですから。 でも、早く来てくれないと、光輝君の事なんか忘れちゃうかもしれませんからね?」
「えー? 嘘だろ?」
驚く光輝の唇に、風香の柔らかい唇が触れた。
「……ふ、不意打ち?」
「冗談に決まってるじゃないですか。 もし来てくれるのが遅かったら、私から会いに行きますのでご心配なく。 でも……」
風香が、潤んだ瞳で光輝を見上げる。
「今は……今だけは、光輝君と一緒にいられる幸せを、もっと感じたい」
そして、光輝を強く抱きしめた。
「風香……。 アメリカから日本に帰ったら、一緒になろう」
唐突に光輝の口から飛び出した言葉は、いきなりのプロポーズだった。
「一緒に……って、け、結婚?」
「……そ、そうとも言う」
相変わらず恋に慣れていない二人は、思い切り顔を赤くする。
「……オッケーです」
「え?」
「だから……オッケーですよ。 一緒になろう……オッケーです」
光輝が、風香を力強く抱きしめる。
「わっ!? う、嬉しいけど、ちょっと苦しいかもです」
「風香! 俺……もう、普通の生活とかって出来ないかもしれないけど、絶対に幸せにするよ!」
光輝は既に、世界一有名な存在となり、自身も使命感を以って生きて行こうと決めている。 それは、普通の生活とはかけ離れた人生となるだろう。
「ええ、私も……光輝君を幸せにします。 だから、二人で幸せになりましょう」
熱く口づけを交わし、二人はそのままベットに倒れこむ。
それは、まだ世間を知らない若い二人の淡い想いでしかないかもしれない。 ただ、この時、この瞬間の二人の想いは、きっと永遠に続くものなのだと、二人は信じていたのだった……。




