第155話 それぞれの答え
アメリカとギリシャ。 二箇所での最終決戦は総勢二○○名のスペシャリストが参加し、一一三名のスペシャリストが命を落とした模様は、遠方のカメラによって全世界に生配信されていた。
世界中の人々が固唾を飲んで見守る中、誰もが光輝の……ブライトの活躍を目にしたのだ。
一時は犯罪者として死んだとされていた漆黒の悪魔・闇の閃光ブライトは、救世主として、英雄として、改めて世界に名を轟かせる事となったのだった。
そうとは知らず、全ての治療を終えた光輝は、財前とジョシュアの待つギリシャの特設キャンプへと呼ばれる。
中では財前とジョシュアだけでなく、鬼島、比呂、崇彦までもが、光輝を待っていた。
光輝がやって来たのを確認し、ジョシュアが口を開く。
「まずは、皆良くやってくれた。 WSC会長として、全人類を代表して、御礼をさせてもらう。 本当にありがとう」
深々と頭を下げるジョシュア。 だが、隣では憮然とした表情の財前がいた。
「財前よ、皆疲れておるのだぞ? なのに、そんな顔するでない」
そんな財前を鬼島が嗜めるが、財前は何食わぬ顔で話し出した。
「鬼島さん、アンタに聞きたい。 あれは……あのアンノウンは、本物のアンノウンだったか?」
実際に過去のアンノウンを知っている財前とジョシュア、そして実際に両方と戦った鬼島が抱いた違和感。
「……お主らも気付いておったか。 そうじゃのう……ワシが老いた事も加味せねばならんのだろうが、昔のアンノウンはあんなものではなかった。 今回のアンノウンも確かに異次元の強さだった。 さっき映像を見させてもらったが、ブライトがいなければ世界は終わっていただろう。 それでも、今回のレベルであれば、全盛期のワシ、桐生、エルビンでも、倒せていただろうと思うのう」
鬼島もまた自分たちと同じ考えだと知った財前は、テーブルを叩いた。
「だったら、本物のアンノウンはまだ現れていないって事か!? まだ、戦いは終わってないって事なのかっ!?」
「落着きたまえ、財前。 過去のアンノウンが復活するとはまだ決まった訳じゃない。 それで、ブライトに聞きたいのだが……全てのアンノウンを倒したのは君だ。 何か情報がないかと思ってね」
アンノウン·リアルは、最期にとんでもない言葉を遺していった。 それは、交戦していた光輝にしか届いてなかったのだ。
「言うのが遅くなりましたが、アンノウン.リアルが最期に、初代のアンノウンは……もう復活していると言ってました。」
その言葉に、その場にいる全ての者が言葉を失う。 鬼島の言う通りなら、今回のアンノウンを凌駕する、真のアンノウンとの戦いが残っているのかと。
光輝は、アンノウン・スプリットとの会話を思い出す。 そこに、何故フェノムが生まれたかの答えがあったのではないかと。
「”私たちは、星の意志で生まれた存在だ。 人間が愚かな過ちを繰り返す限り、私たちは生まれ続ける。 そして、致命的なまでにバランスが崩れた時に、私もまた復活する”。 この言葉は、アンノウンがハルマゲドンの際、最後に遺した言葉だとジョシュアさんは言ってましたね」
その言葉を知らなかった崇彦と比呂は、どういう事だと光輝に問い掛けたが、光輝は話を進めた。
「アンノウン・スピリットも言ってました。 それが星の意志だと。 つまり、人類はこの星……地球にとって害虫であり、アンノウンやフェノムはその害虫を駆除する為に地球が創り出した存在、人類の処刑人なのだと」
「ちょっと待てよ、じゃあ、この地球が俺たち人類を殺そうとしたって事か?」
黒夢のボスとなり、常に冷静な空気を纏うようになった崇彦も、その事実に動揺を隠せなかった。
「そうだ。 だから俺はアンノウン・スプリットに言ったんだ。 もう一度だけ、人類を信じてくれないかと。 だが、アイツは拒否した。 前回のハルマゲドンで、アンノウンはその言葉を遺し、人類にチャンスを与えたのだと。 でも、人類は変わらなかった。 もう、二度目は無いと」
前回の最終決戦で生き残ったメンバーの中でも、桐生と財前はその事実を公表すべきだと訴え、鬼島とジョシュアは隠蔽すべきだと主張した。 結果的に、その事実は公表される事はなかった。
財前が、鬼島とジョシュアを睨みつける。
「……だから言っただろう? この事実を伝えなければ、人間は変わらないと。 だが、おまえら二人は頑なに事実を隠蔽した……結果がこれだ! 人類は能力者と無能力者で争いが絶えず、この地球を更には失望させてしまったんだろうな! 俺と桐生が今の平等な社会を創るのにどれだけ血と汗と涙を流したと思ってるんだ? なのに貴様らは、無能力者どもに与えられた地位に胡坐をかき、何もしなかった! 全て、貴様らの過ちがアンノウンを再び生み出したという事だろうが!!」
財前に糾弾され、押し黙るジョシュアと鬼島。 だが、鬼島が重い口を開いた。
「あの時点で、その事実を公表すれば、人類はパニックに陥っただろう。 地球に見捨てられたと判断する者、地球の信頼を取り戻そうとする者。 能力者と無能力者との争い以上の凄惨な争いに発展していた……と、ワシとジョシュアは判断したんじゃ。 そして、その考えは今も変わっておらん。 当時から国の中枢に身を置いていたワシらは、人間そのものを信用してなかったんじゃ」
「そんな……人類を信用してなかったなんて、じゃあ、師匠は最初からアンノウンが復活するのを黙認していたのですか!?」
鬼島と師弟関係にある比呂は、鬼島の人類を想う気持ちの強さに感銘を受けていた。 だからこそ、人類を信用してなかったと発言した鬼島に裏切られた気持ちになったのだ。
「アンノウンの言葉の中に、”致命的なまでにバランスが崩れた時に、私もまた復活する”との言葉があったじゃろう。 それをワシらは量り兼ねた。 一体何のバランスなのかと。 ただ、アンノウンが生まれた理由が、地球を汚染し続けた人類の処刑なのだとすれば、激しい戦争を避ける事こそが、バランスを保つ事に繋がると考えたんじゃ。 結果的に、アンノウンは復活してしもうたんじゃから、ワシとジョシュアは何を言われても反論出来んがのう……」
項垂れる鬼島に、財前が畳みかける。
「俺と桐生は、占い師・ヒミコの力でアンノウンが復活する事を知った。 その時も、無能力者に抑えつけられてアンタらは何もしなかったじゃないか!? だから俺たちは強硬手段に出た! アンノウン復活の前に、決戦に備える為に、せめて全ての能力者たちに平等な地位を与えようと!」
「おまえと桐生の目的は知っておった。 じゃが、おまえらの考えには決定的な間違いがあったじゃろう。 それは、無能力者もまた人間じゃと云う事。 おまえらはアンノウン復活、能力者の地位向上にのみ固執し、無能力者を蔑ろにした」
「それがどうした! 現に、ブライトが国のトップを皆殺しにしたおかげで、俺たちの目的は一気に進んだ! そして今、日本では平等で平和な社会を創り出したじゃないか! 最終決戦では、スペシャリストとフィルズが垣根を越えて共闘したじゃないか!」
黙って二人の口論を聞いていた光輝は、桐生の事を思い出す。 目的や手法は同じだが、財前の主張は桐生の主張とは違うのではないかと。
財前は、能力者間の垣根を壊すために、無能力者を利用した。 だが、桐生は、能力者と無能力者の垣根を壊す為に、邪魔な無能力者を排除した。
一見同じように見えて、桐生の命により当事者として根幹に関わった光輝として、その違いは大きく感じられた。 結果的にギリシャでの戦闘では、スペシャリストたちの結束が全く機能しなかったことからも。
「疲れてるので、もう、いいですか?」
ヒートアップする財前を遮る様に、光輝は冷めた態度で立ち上がる。
「おいブライト! おまえだって桐生の意志に賛同し、俺たちの目的を達成する為に汚れ仕事をして来ただろう!? 俺たちの、桐生の考えが正しかったのだと、そう思ってるだろう!?」
「……俺にとって、ボスの言葉は全てだった。 ボスが成そうとしていた目的こそが、俺の目的でもあると。 でもこれからは……俺は俺の生きたいように生きますよ」
「なんだと? おまえは桐生の代わりに生き残ったんだぞ? アンノウンを倒した今、世界はおまえを認めざるを得ないだろう。 おまえは桐生の代わりに、この世界を救った英雄として、この俺と世界を統率するのだ! クーデターの件は俺が揉み消してやる。 革命に犠牲は付きものだからな。 おまえは今や、全世界の救世主で英雄なんだから」
やはり、光輝は財前と桐生は違うと感じる。 言葉では言い表せないが、この二人は決定的に違うと。
「なんにしても俺は、この事実を公表しますよ。 そして、人類が二度と同じ過ちを繰り返さない様に、自分で……いや、仲間たちと一緒に、出来る事を考えます。 アンノウン・スプリットとも約束したんで」
「事実を公表するのは俺も賛成だ。 なら、尚更都合が良いではないか? おまえは俺の下で発信力を発揮すればいい」
「なんかさ……俺はボスは尊敬できたけど、アンタは信用出来ないんだわ。 上手く言えないけど、アンタからは権力に執着してる気配がプンプン匂うんだよね」
光輝から放たれた言葉は、財前に対する明確な拒絶。 だが財前は……
「権力を持つことの何が悪い? 自らの理想を実現する為には、自分が権力者にならねば話にもならんのだぞ!」
「う~ん、だから、アンタの考えはそれで良いんだろうよ。 でも俺はなんか権力って、得た代わりに別の何かを失う気がしてさ。 だから俺は今のままの俺でいたいし、今の俺でやれる事をやるよ。 それに俺は、人類を信じたいし。 確かに事実を知れば、反発する者も、絶望し自棄になる者もいるかもしれない。 それでも、人類は必ずこの地球を良い方向へ導いてくれると思っているし、そうなってくれると俺は信じるから」
鬼島とジョシュアは、光輝の言葉が青臭い理想論だと分かっている。 それでも、素直な気持ちで理想論を述べた光輝に、自分たちが失ってしまった何かを感じた。
「じゃあ、とりあえず今は、俺は仲間たちとゆっくり過ごします。 あ、鬼島さん……風香さんとは真剣にお付き合いしてますので、怒らないで下さいね」
光輝はそう言うと、鬼島の反応を確認する事もなく逃げる様に去って行った。
「……ふう、ジョシュアよ、ワシらはもう老いた。 これからは若い世代の時代じゃのう」
鬼島はそう言いながら、崇彦と比呂に目をやる。
「ですね。 財前、君の言う事も間違っていない。 でも、我々はもう一線を退き、次の世代の選択を見守るべきではないか?」
どこか晴れ晴れとした表情の鬼島とジョシュアに反し、財前は全く納得していなかった。
「ふざけるな……あんな若造に何が出来る? この世界を……平等な社会を創ったのは俺たちだ! まだまだ、俺たちが舵を取らなければならないんだ!」
財前も、決して金や名誉の為に権力に執着しているのではない。 本人が言った通り、自分の理想を実現する為に権力を欲しているのだ。
誰が……どれが正解なのかなど、誰にも分からない。 結果だけ見れば、第一次ハルマゲドンでのアンノウンの言葉を隠蔽したのは、財前の言う通り間違いだったのかもしれない。 でもそれは、決して確定した答えでは無かったハズだ。
だから光輝は、自分の出した答えが正解だったと言える為に、すべき事をやろうと考えていたのだった。
※次回投稿は12日28日になります!