第153話 集結
――アメリカ・ヒューストン
無事にアンノウン·スプリットを倒し、上空のゲートは消え去った。
多くのスペシャリストを失ったが、それでも生き残った者は涙を流し、歓喜していた。
光輝たちは、カズールの遺体に手を合わせ、最期の別れを済ませる。
すると、手を合わせている間、ずっと待っていてくれたのだろうヒクスンが、光輝に握手を求めて来た。
「……ありがとう、ブライト。 君がいなければ、私たちは負けていたよ」
光輝もヒクスンの握手に応える。
「いや、正直貴方のゴールド·キングダムのバフが無ければ厳しかった。 ヒクスンさんこそ、いなければ俺も負けてましたよ」
ジヴァも、ジョーンも、ケアールマンも、それぞれ光輝たちに感謝を述べ、負傷者の救出や手当に戻って行った。
「……さて、悲しんでばかりもいられないわ。 こっちは上手く行ったけど、ギリシャの方は大丈夫かしら?」
ギリシャ側の心配をする瑠美に、光輝が答える。
「アメリカ側のスペシャリストたちもかなりの実力者揃いではあったけど、多分総合力でいったらギリシャ側の方が上だと思うけどな。 鬼島さんや比呂がいるだけで俺一人の戦力を上回るだろうし、黒夢の皆もいる。 あとは、アンノウン·リアルっつー奴がどれだけ強いかにもよるだろうけど……」
決して楽観視してる訳ではないが、光輝は実際にそう戦力を分析していた。 あの二人がいれば、多分大丈夫なのではないかと。
すると、終戦を知ったジョシュアが車で光輝たちの下へと駆け付けた。
「みんな、ご苦労だった。 まずはアメリカを……世界を代表して礼を言わせてもらう」
そう言って、ジョシュアは深々と頭を下げる。 だが、直ぐに顔を上げると、その表情は険しいものに変わっていた。
「現在財前から、ギリシャではまだ交戦中との報告が来た。 そして、戦況は……モニターを確認する限り、随分と苦戦しているらしい」
その言葉を聞いて、光輝は真っ先に風香の顔を思い浮かべる。 決して楽観視してる訳ではなかったが、自分の考えは甘かったのだと。
「風香は……国防軍の水谷風香は!?」
「……現在、人類側でまともに戦っているのは、その華撃隊隊長の水谷と、白虎隊隊長の真田、そして黒夢の的場の三人だけだ。 その三人が、アンノウン·リアルとレベル10クラスのフェノム数体と交戦中だ」
光輝はカズールを失い、大切な人を失う悲しみを思い出していた。 その上、風香を失ったらと考えると、居ても立っても居られない心境になった。
そんな光輝の心境を察してか、ジョシュアは車からボーリング玉サイズの石を取り出す。
「これは、緊急時の為に造っていた転移石だ。 本来転移石で国家間を跨ぐのは国際法で禁じられているのだが、今回は特例として、ギリシャ側に一つ、アメリカ側に一つ、互いに早く勝利を治めた方がもう一方の手助けに行ける様に用意していたんだ」
「なら早くしてくれ! 今すぐ!」
焦る光輝だったが、ジョシュアが説明を続ける。
「この転移石で移転出来る最大人数は五人。 私は、第一次ハルマゲドンからこの件に携わる者として、ギリシャ側の財前と戦況を最後まで見守る義務があるから行かせてもらう。 あとは、ブライトとヒクスンには来てもらいたい。 もう二人は、君たちで決めてくれ」
「だったら私しかいないでしょ? 他の皆は怪我が酷いし」
瑠美が当たり前の様に手を挙げる。
実際、精鋭部隊のメンバーも満身創痍だし、薫子はギフトの反動でまだ動きがぎこちない。 だが瑠美は、広範囲攻撃で大活躍しつつも、幸い怪我らしい怪我も負っていなかったから。
「そうだな、俺も瑠美が相応しいと思う。 薫子……カズールの事、頼めるか?」
「ハイ! カズール兄さんなら、きっと御二人にギリシャへ行けと言われると思いますし、せめて私がいれば、カズール兄さんも寂しくないと思います」
この戦いで、すっかり頼もしくなった薫子に、嬉しくなった光輝は頭を撫でる。
「……という訳なんだけどヒクスン、良いかな?」
「勿論だ。 むしろ、異論がある者がいればチョークスリーパーで絞め落としてやるさ」
その後、結局もう一人の立候補が出なかった為、四人で転移する事となった。
「なら、早速転移するぞ。 向こうはもう切羽詰まった状況だからな」
転移石を持ったジョシュアを三人が囲む。
「じゃあ薫子、行ってくる」
「全部終わったら直ぐに迎えに来るからね」
「ハイ! カズール兄さんとお待ちしてます!」
そんな中、ヒクスンが怪訝な表情を、浮かべていた。
「ヒクスンさん、どうかした?」
「いや……ちょっと気になる事があったんだが、アイツは元々食えない男だったから気にするまでもないのかもしれんが……」
「食えない? ……そういえば、フランキーがいないな。 まさか、死んだ?」
光輝はスプリットとの戦闘に集中していて意識していなかったが、そういえばいつの間にかフランキーの存在が消えていた事に気付く。
「いや、私たちが生き残ってるのに、アイツに限って死んでるなんて事は考えられない。 ……大方、戦況が悪いと見て逃げたのだろう」
ヒクスンにとっても、フランキーという男はどこか不思議な男だったのだ。
フランキーは五年前、突然メキシコに現れ、瞬く間に国のトップスペシャリストに登り詰めた。
その後も、ヒクスンとはたまにだが国家間の依頼で行動を共にする事があったが、飄々として実力の底が見えなかったのだ。
「あの野郎……今度会ったらぶん殴ってやろう」
光輝にとって、フランキーは会って数回だったが、あの気楽でフランクな感じは決して嫌いなのタイプではなかった。 だが、今はまだ気にする程の仲でもなかったので、深く考えなかった。
そして、転移石によって、光輝たちがギリシャの、戦場の真っ只中に降り立った……。
「……我が名は、闇の閃光·ブライト。 全てに決着を着ける者だ……」
突然の光輝たちの登場に、比呂は感慨深そうに、崇彦はやれやれと安堵し、風香は……喜びから破顔しそうになったが、すぐに表情を曇らせた。
「向こうは片付けて来たのかい?」
崇彦が光輝に問い掛ける。 でも、相棒だった頃とは少しだけ空気間が違ったが。
「ああ、なんとかな。 で、余計なお世話かもしれないけど、助っ人に来た」
「そうか。 ……ま、ボスの遺言だからな。 どうやら俺たちだけじゃ厳しいみたいだし、今だけ手を組んでやってもいいぜ?」
「……サンキュー、崇彦」
相棒だった頃とは関係値が変わり、お互いの心情は分からない。 それでも、この二人に特別な言葉はいらなかった。
「光輝……すまない。 君に頼まれてたのに、俺の力不足だ」
「いや、俺も油断していた訳じゃなかったが、考えが甘かった。 向こうでも、俺一人じゃとても勝てなかった」
「そうか……。 俺たちも、まだまだだって事かな?」
「ああ。 だから、力を合わせるんだ。 一人では無理でも二人なら、それでも駄目なら三人なら……それが人間とフェノムの違いだ」
そして、光輝は風香を見つめる。 だが、風香の表情は曇ったまま。
「光輝君……私……」
光輝は、何も言わず風香を抱きしめた。
「頑張ったな、風花。 これだけのフェノムの中で、生き残ってくれてありがとう」
「そんな……私は……」
「生きてくれていただけで、それだけで良いんだ。 俺はもう少しで、また後悔する所だった」
風香は、光輝に胸を張れる自分になりたいと、この戦いに身を投じた。 なのに、結局自分は何も成し得なかった。
でも……光輝に抱き締められ、安堵する自分に気が付く。 その温もりは、自分の不安がちっぽけなものだったのかもしれないと思わせてくれたから。
「……オホン。 さ、いつまでもイチャイチャしてないで、とっととアンノウンを倒すわよ。 ヒクスン、お願い」
「ああ。 ゴールド·キングダム」
光輝や比呂たちに、力が漲って来る。
「これは?」
既に比呂は疲労困憊だった。 決してダメージが回復した訳ではないが、それでも普段以上の力を感じて驚く。
「ヒクスンのギフトだ。 一度これを知ったら、もうバフ無しじゃ戦いたくなくなるぞ?」
バフの効果に、崇彦も驚きを隠せない。
「確かに、こりゃ反則だ。 おまえら、こんな力を使って戦ってたのか〜。 ずっちーぞ」
「さ、準備は整ったでしょ! この戦いが終わったら、光輝と風香のバカップルの奢りで、盛大に打ち上げするわよ!」
「バカップルって、おまっ……」
「フフフッ、良いじゃないですか? バカップルで」
「風香が良いなら……俺も良いけどさ……」
「ハハハッ、確かにこんな場面でこんな熱々ぶりを見せ付けられたら、たっぷり奢って貰わなきゃ」
顔を真っ赤にする光輝と嬉しそうな風香を見て、比呂は心の底から祝福していた。
だが……崇彦が小声で瑠美に呟いた。
「……バカだなぁ、瑠美ちゃんは」
「……良いのよ、これが私だから。 でも、愚痴りたいから、あとで一杯付き合いなさいよ」
「ハイハイ、いくらでも付き合いますよ」
「さあ、行くぞ! 一気にアンノウンを倒す!」
「「オウ!!」」
光輝の呼び掛けに、比呂、崇彦、風香、瑠美が応える。
いよいよ、最後の戦いが始まろうとしていた……。