第150話 奮起
カズールが倒れた……。
それでも、今の光輝には悲しんでいる時間は無い。 目の前に、最後の敵が立っているのだから。
その時、光輝は身体が熱くなる感覚と共に、身体中を漲る力を感じた。
「カズールが約束通り時間を稼いでくれた。 私には、これぐらいしか出来ないが、私の全てのオーラを君に与える……だから、絶対に勝ってくれ……」
いつの間にか、ヒクスンが光輝の隣りにいて、ゴールド·キングダムを発動していたのだ。
「……サンキュー。 これで、アイツをぶっ殺せる……」
ヒクスンが全身全霊を懸けたゴールド・キングダムにより、光輝の身体能力が約三倍にまで上がった。
その上、カズールを亡くした怒りと悲しみが、かつてない程の力を光輝に溢れさせた。
「マサカ……人間ガ、コンナ……イヤ、本当ニ人間ナノカ?」
今までと比べても段違いのオーラに、スプリットですら後退りしてしまう。
「認メンゾ……我々ハ、星ニ選バレタ処刑人ナンダ! ……出テ来イ、我ガ眷族ヨ!!」
スプリットがゲートに向かって手をかざす。 すると、そこからはまたもレベル8から10の凶悪なフェノムが一○○体以上降りて来た。
スプリットの背後には、レベル10を超えるフェノムが一○体。 カイザードラゴン、ベヒーモス、キングギドラ……そして、一際巨大なフェノム・ゴッドジーラ。
その後ろにも、竜種やカイザーオーク、キングゴブリン、ハイパーオーガ。
最終決戦が、振り出しに戻った……いや、より高レベルのフェノムばかりの大群は、先ほどよりも戦力は遥かに上だろう。
「蹂躪シテヤル……圧倒的ナ力デ、貴様ラ全員、跡形モ無ク殺シ尽クシテヤル!!」
スプリットが手を光輝に向けると、先ずはカイザードラゴンが光輝に向かって飛び出す。 だが……
「フェノムは俺たちに任せて、おまえはスプリットを頼むぜっ!」
ジヴァ、ジョーン、ケアールマンの三人が、カイザードラゴンの突進を止めた。
それと同時に、今まで戦意を喪失していたスペシャリストたちが息を吹き返し、フェノムの大群に果敢に向かって行った。
目の前で、ブレイカーズの面々はスプリットの様な化け物に正面から立ち向かい、二体も撃破した。 その上、宣言通り命を懸けて戦った末に散ったカズールを見て、彼らの失っていたスペシャリストとしての誇りが蘇ったのだ。
スペシャリストとフェノムとの争いが激化する中、光輝は動かないでいた。
ジッと、スプリットを睨んだまま、僅かな希望に賭けていたのだ。
だが……カズールが蘇る事は無かった。
ひとつ……深呼吸をする。 それは、怒りも悲しみも、全ての感情を一旦飲み込むかの様に。
「……オイ、アンノウンの分体。 死に方を選ばせてやる。 首を撥ねられるのと、身体中串刺しにされんのと、跡形もなく炭にされるのと、殴られまくるの……どれがいい?」
「フッ、フハハハハッ! 滑稽ナ! スプリット二体ヲ倒シタトテ、コノ私モ倒セルト思ッテルヨウダナ! 奴等ハ所詮分体ノ分体! コノ私コソガ、偉大ナル、アンノウン·スプリッ……ゴハァッ!?」
光輝の拳がスプリットの顔面にめり込む。
「リアルだかスプリットだか知らねーが、テメーは絶対殺すんだよ!」
「グッ……舐メルナ、星ノゴミガッ!!」
光速の戦いが始まる。 だが、一対一になったのもそうだが、先程より格段にパワーアップした光輝の前に、スプリットは劣勢を強いられる。
一方、瑠美に抱えられていた薫子が、リバイブ·ハンターによって蘇った。
「……瑠美、姉さん」
「薫子、目覚めたのね」
薫子が辺りを見渡す。 そして、カズールが横たわっているのを見て、涙を流した。
「カズール兄さん……ありがとう……」
カズールは、最期に薫子に自らのギフトを一つ、遺していった。 それは、託されたのだという事。
自分は戦力外で、守られてばかりの存在だと悲観していた薫子にとって、カズールからの信頼と、戦える力は、何ものにも代えがたいものだった。
「瑠美姉さん……、私、戦います」
「そうね、戦おう。 でも、スプリットは光輝に任せよう。 私たちはフェノムを相手しなきゃ、このままじゃ光輝が安心して戦えない」
高レベルのフェノムを相手に、劣勢のスペシャリストたちは次々と倒れている。
精鋭部隊のメンバーも、レベル10のフェノムの数が多く、手が回らない状態。
「でも……カズール兄さんに貰ったギフトは……」
ゴールデン·スターは制限時間付の上に、発動後は暫く戦えなくなる能力だ。 無敵に近い力を有するにも拘らず使い所を選ぶギフトだからこそ、ランクがBでしかないのだ。
薫子からゴールド·スターのギフト能力を聞いた瑠美は、そのギフトの最善な使い方を考える。
「……確かに、そのギフトは最後の切り札ね。 それは、もし光輝がピンチになった時に発動しましょう。 今は、今ある力で、あのフェノムたちを倒す。 ……出来るわよね?」
「……ハイ!」
カズールの死を経て、薫子からネガティブな思考が消えた。 それを見抜いた瑠美は、今の薫子はもう守られる立場ではなく、立派に戦えると判断したのだ。
「じゃあ、行くわよ、薫子!」
「ハイ、お姉様!」
光輝とスプリットの戦いは、光輝が優勢に進めていたが、まだ決定打は出せていない。
「くっ、硬てぇ!」
「見テミロ、オマエガ私ノ相手ヲシテイル間ニ、他ノゴミドモガ次々ト死ンデイルゾ?」
高レベルのフェノムの前に、スペシャリストたちが次々と敗れ、倒れている。 死んだ者、戦闘不能に陥った者……当初は一〇〇人いたが、今では残り四〇人にまで減っていたのだ……。
スプリットは、光輝がその光景を見て、焦り、動揺するだろうと思ったのだが……
「オラアッ!!」
光輝の廻し蹴りがスプリットの顔面にクリーンヒットした。
「ウグッ……貴様、仲間ガ心配デハ無イノカ!?」
「ああ? テメェみてーな無機質野郎が仲間語ってんじゃねえ……よっ!」
そして、脳天に踵落としを炸裂させた。
地面に叩き付けられたスプリットは、驚愕しながら光輝を見上げる。 一人の人間が、これ程の強さを手に入れている事が信じられなかったのだ。
「オノレェ〜、眷属タチヨ! 雑魚ハイイカラ、アノ男ヲ殺セェッ!」
スペシャリストたちと交戦していたフェノムたちの視線が、光輝にだけ集中する。 そして、その牙を一斉に光輝に向け始めた。
「あ! クソッ、待ちやがれっ……」
ジヴァが焦りながらフェノムを追おうとするが、疲労から膝を着いてしまった。
たった今まで相対していたフェノムが、自分を無視して光輝へ向かっていく……。 スプリットとまともに戦う事すら出来ない自分たちにとって、せめて光輝がスプリットとの戦いに集中出来る環境を作ってやれる事が唯一の役目なのに、それすら出来ない自分の無力さに腹が立っていた。
そしてそれは、ジョーン、ケアールマンたちも同じ。 誰もが疲労困憊だった。
「クックック……」
この絶体絶命の状況にも拘らず、光輝は嗤った。
「フッ、ドウシタ? アマリノ絶望的ナ状況ニ頭ガオカシクナッタノカ?」
「いや、ただ……テメエの底が見えたからよ。 援軍を呼んだって事は、もう一人じゃ俺には勝てないって認めたって事だろ?」
「ナニヲ〜……我々ハ貴様ラヲ皆殺シニ出来レバソレデイイノダ! 貴様ゴトキ、コノ私ガ直接手ヲクダス事モアルマイ!」
「はっ、負け惜しみもここまで来ると見苦しいな……。 俺から逃げといて、俺を殺す? だったら……やってみろや!!」
襲いかかるベヒーモスの首を両断。
続くハイパーオーガとキングゴブリンをそれぞれ蹴り一発ずつで頭を吹き飛ばした。
だが……あまりにも巨大なキングギドラが三本の首が一斉に炎のブレスを吐く。 これを、ロンズデーライトの盾で防ぐと、背後からスプリットの攻撃が飛んできた。
「チィッ!」
これをなんとか上へ飛んで逃げた光輝だったが、そこにはカイザードラゴンが待ち構えており、極寒のブレスを浴びせられた。
「グォッ……生意気なんだよ、この黒蜥蜴がっ!」
盾でガードしながら、インビジブル·スラッシュで首を両断。 が、スプリットがさらなる追撃に来た。
「ドウシタ! 口ダケカ!?」
スプリットが光輝を横殴りし、光輝は吹っ飛んで地面に叩きつけられた。 初めて、まともに攻撃を喰らってしまったのだ。
(クソっ、流石にレベル10のフェノムを何体も相手しながら、スプリットも相手すんのは厳しいな。 ……でも!)
自分を庇って死んだカズールの顔が脳裏に浮かぶ。
「……こんな所で日和ってたら、あの世でカズールに笑われちまうっ!」
全方向に無数のインビジブル·スラッシュを放つ。 触れる者皆斬り裂く狂気の刃が、フェノムの群れを襲う。
「死ネエエエッ!」
だが、その間にスプリットが強大なオーラを球状に溜め込み、光輝に放った。
(これ、ヤバッ!?)
地面を広範囲に抉る程の威力を伴ったスプリットのデスボールだったが、光輝は咄嗟に盾でガードする。 それでも無傷とはいかず、盾でカバーし切れなかった部分にダメージを負ってしまった。
更に、スプリットとフェノムは攻撃の手を緩めない。
前方からスプリット、後方からシルバードラゴンが、光輝目掛けて突っ込んで来た。
「ここは……通さんぞ」
だがシルバードラゴンの前に一人、ヒクスンが立ち塞がる。
ヒクスンの存在を確認した光輝は、意識をスプリットだけに集中させ、カウンターで顔面に拳を叩き込んだ。
一方、ヒクスンの最大まで強化した身体から駆り出される拳は、一撃でシルバードラゴンの横っ面を弾き飛ばし、追従して来たキングゴブリンの腕を一瞬で破壊してから一気に首に巻き付いて絞め落とす。
「助かったぞ、ヒクスン!」
「俺はこれぐらいしか出来ない。 スプリットは頼んだぞ!」
その後も、ヒクスンはまさにアメリカナンバー1の意地を見せつける奮闘だったが、それでもフェノムの光輝への進軍全てを、止める事は叶わず……
「おのれ〜……皆! 今一度、最期の勇気を振り絞れ! ブライトをサポートするんだっ!」
ヒクスンの叱咤に応える様に、満身創痍の身体に鞭を打ち、スペシャリストたちが立ち上がる。 そこには、もう圧倒的実力差に怯える無様な姿はなかった。