第149話 最後のギフト
——アメリカ
「カズール、瑠美、プラン9だ!」
「……了解!」
「OK……死なないでよ!」
スペシャリストたちは絶望の中、信じられないものを見た。
漆黒の悪魔、闇の閃光·ブライトから溢れ出る、スプリットに引けを取らない程の禍々しいオーラを。 ……遂に、光輝も全力を出したのだ。
「行くぞオラァーーッ!」
二対一。 カズールではもう、あの戦闘の輪に入るのは厳しいのだ。 なによりも、あのスピードの戦いには対応するのが難しいのだから。
それでも光輝は、二体のスプリットと互角に打ち合う。
互いの攻撃一つひとつが竜種を一撃で木端微塵にしてしまう威力を伴い、その動きはもう誰の目にも捉える事は不可能な程。
プラン9。 内容は、光輝のゴリ押し……。 ある意味ブレイカーズの最終手段だった。
このレベルになってしまえば、もう頭を使うとかの次元ではなくなる。 少なくとも、同レベルの防御力とスピードが無ければ、瞬く間に死んでしまうのだから。 もう、カズールも瑠美も、普通ならサポートのしようも無い。
だから、カズールと瑠美は、現状の自分たちがやれる事を見付け、実行する。
「ヒクスン! バフの効果はもう切れる頃だろう? 光輝にありったけのバフをかけてやれ!」
「しかし、あのスピードで動いてる対象にバフなど……」
「それくらい考えろ! こんだけ国のトップと言われるスペシャリストが揃ってるのだ! 全員の命を懸ければ、数秒ぐらいなんとか出来るだろう!? それとも、命を懸けると言ったあのスピーチは嘘だったのか!?」
精鋭部隊は、自分の国に帰れば誰もが英雄として崇められる存在だ。 そんな彼らのプライドが高くない訳がない。
まるで役立たずのこの状況は、そんな彼らにとっても許し難いもののハズ。
そんな現状に憤るジヴァが、心底悔しそうに叫んだ。
「命を懸けんのと、命を捨てんのとじゃあ、全く意味が違う。 俺だって、出来るなら命を懸けてえ! でも、あんなの見せられて、それでも自分も戦えると思う程、俺は馬鹿じゃねえ!」
「……そうだな。 おまえと比べたら、馬鹿の方がまだマシだ。 ……誰も命を懸ける事が出来ないのなら俺が時間を作る。 その隙にバフを頼むぞヒクスン、それぐらいはやってくれよ?」
カズールは精鋭部隊を見限り、アクセル·ブーストを発動。 嵐の輪の中に突入した。
「クソぅ! 私はっ……!」
ヒクスンの、先程のスピーチに嘘は無い。 本当に世界を……守りたい人たちを救えるのなら、自分の命など惜しくないと、そう思っていた。
でも今目の前で繰り広げられてる戦いは、自分の命を懸けた所で何も出来やしない……ただ、命を無駄に捨てるだけのレベルなのだ。
「案外世界って大した事ないのね。 少なくとも黒夢には、この状況でも、無駄かもしれないと分かっていても、たった数秒の為に命を投出すのが何人かはいたわ」
今だに動けずにいる精鋭部隊に、瑠美が強烈な皮肉をぶつける。
「もう、貴方たちは邪魔。 ここに黙って突っ立ってて巻き込まれたくなかったら、とっとと尻尾巻いて国に逃げ帰りなさいよ。 ここは私たちブレイカーズに丸投げしてね」
カズールも加速系ギフトを使っているが、それでも光輝とスプリットの速さは次元が違った。 それでも、辛うじて目で捉える事は出来た。
「兄弟、プラン4からプラン5だ!」
「……オッケー」
光輝は実際に二体を相手にし、このままでは分が悪いと感じていた。 それは、戦況を分析していたカズールも同じ。
だから、ここで勝負を懸ける事に決めたのだ。 それが、プラン4と5のコンボ。
カズールが三人の周りを動きながら、罠を張る。
光輝は、カズールにスプリットの標的が向かないように立ち回る。
瑠美がギフトを発動。 空が、真っ黒な雲に覆われた。
「光輝、カズール……さあ、早く!!」
「おっし! クァース·フレイム!!」
黒炎が、一瞬だけスプリットの動きを止める。
「シャドウ·バインディング!」
そして、カズールから伸びた影が、更にスプリットの動きを拘束した。
「痺れろっ!」
追い打ちとばかりに、落雷がスプリットの身体を痺れさせる。
「今だ、兄弟!」
「ああ!」
光輝がパワーを極限まで高めて、フラッシュを発動。 権田を倒した必殺技·フラッシュブレイドを放った。
「ガハッ……人間ゴトキニ……」
一気に加速し、そのまま光速の刃で腹を貫ぬかれたスプリットCは、粒子になって消え去った……。
周囲から歓声が上がる。 規格外を超越した化物、アンノウン·スプリットを二体も倒し、残るはあと一体となった事に、驚きと感動、そして生き残れるかもといった希望を抱き、歓声を上げたのだ。
「凄い……本当に」
今回の作戦のリーダーであるヒクスンは、もう己の力の無さを悲観するのも忘れ、目の前で戦っている光輝やカズール、瑠美に、大きなリスペクトを抱いていた。
「流石ブラザーだな……でも、まだ一体残ってるぜ……」
が、フランキーだけは険しい顔のまま、光輝を見つめていた。
「二体目……。 あと一体か」
フラッシュブレイドは、全パワーを用いた必殺技である。 普段なら気にもならない程の時間だが、発動後に少しだけ身体の自由が効かなくなる。
それを、スプリットAは見逃さなかった……。
光輝の背後に、強大な力を掌に貯めたスプリットAが飛び掛かる。
光輝も気付いたものの、身体がフラッシュブレイドの反動で動けない。
(しまった……! まさかこんなに速く拘束を脱出するとは!?)
プラン4は、相手の動きを拘束する作戦。 そしてプラン5はフラッシュブレイドを放つ。 この作戦のコンボは成功した。 見事にスプリットの一体を殲滅出来たのだから。 ただ、スプリットAの拘束時間が予想より大幅に短かった事が誤算となった。
こんな事ならもっと地道に戦えば良かったのだろうか? だが、二対一ではいずれ均衡が崩れ、光輝が劣勢に立たされただろう。
だからこそ、まだブレイカーズの面々が余力のある内に、勝負を懸けなければならなかった。 その点で、プラン4からのプラン5を選択したのは最善の作戦だった。 ただ、相手が想像以上だったのだ。
スプリットAの攻撃は、今の状態の光輝では当たり所が悪ければ致命傷となるだろう。
脳裏を横切ったのは、果たしてアンノウンに殺されてもリバイブ·ハンターが発動するのか? という事。
(……リバイブ·ハンターは、ギフトによる攻撃以外では発動しない。 つまり、フェノムやアンノウンから殺されれば、発動しない!?)
シュトロームは、フェノムから殺されたら場合をハッキリ明言はしていなかった。 そして、スプリットの攻撃は、ギフトによる攻撃以外に該当する。
(クソっ……ロンズデーライトで背中を……間に合わない!?)
迫り来るスプリットの攻撃。 光輝は……死を覚悟した……。
……と、光輝は身体の自由を取り戻し、その場を離脱する。
ダメージを受けた形跡は無い。 なんとか凌げたのだ……と、今自分が飛び立った場所に目を向けると……
「カ、カズール!?」
そこには、光輝を庇い、スプリットに腹を貫かれたカズールが立っていた……。
「グフッ……危ない所だった。 あと一歩遅れてたら……人類の希望を失う……所だった……」
口から大量の血反吐を吐きながらも、カズールは笑っていた。 自分の命と引き換えに、光輝を守る事が出来たのだから。
「カズール!」
「カズール兄さん!」
周囲のスペシャリストも、歓喜から一転して静寂し、瑠美と薫子の悲痛な叫びだけが木霊する。
「ウオオオアアアッ!!」
カズールの腹を貫いたスプリットAに、光輝がフラッシュからのキックを放ちながら降下するが、スプリットAは大きく後方へと回避した。
「カズール……待ってろよ!」
即座にカズールの腹にセル·フレイムを発動する。
「……無理だ、この傷じゃあ、助からない……。 兄弟、やる事がある……ちょっと、どいててくれ……」
「駄目だ、リバイブが発動しないかもしれないんだぞ!? ちゃんと治療を……」
セル·フレイムを発動する光輝の手を、カズールは力強く掴んだ。
「スプリットが、狙ってる……。 そっちに集中しろっ!」
振り向くと、スプリットが今まさに飛び掛かろうとしていたが、気付かれた事で動きを止めていた。
「薫子……こっちへ来てくれ……」
カズールが、無理矢理笑顔を作って薫子を呼ぶ。 スプリットは、光輝と睨み合っていて動けない。
「カズール兄さん! 死んじゃ嫌っ!」
薫子は、スプリットの事など気にもせず、カズールの下へと駆ける。
「兄弟……もし、俺が蘇らなかったら……薫子を、頼むぜ」
「……駄目だ。 絶対に甦れっ……」
スプリットを警戒しながらも、光輝の瞳から涙が溢れていた。
カズールは、薫子を抱きしめる。
「薫子……すまない。 俺は先に逝く……強く……生きろよ……」
「嫌だ……嫌だよ! 早いよ! カズール兄さん!!」
薫子にとって、カズールは恩人だ。 行き場に迷った自分を暖かく迎え入れてくれた。 短い間ではあったが、本当の家族の様に包み込んでくれた。
これは人類の存亡を懸けた最終決戦だ。 当然、誰かが命を落とすかもしれない可能性はあった。 それでも、薫子はカズールと、こんなにも早く別れを迎えるとは思っていなかった。
「薫子……最期に、兄弟にも隠していた……とっておきの力を与える。 だから……少しだけ、我慢してくれ……」
「嫌……嫌だよぅ……」
カズールは……ヒクスンを見る。 約束は果たしたと。 ヒクスンもまた、カズールの意図を汲み取り、静かに頷く。
そして……カズールは最期のギフトを発動した。
「薫子……これが……俺の、最初で最後のおまえへの贈り物だっ!!」
カズールの身体が黄金に光り輝く。 そして、薫子を優しく抱きしめて……一気に首をへし折った。 グギッという音共に、薫子は倒れる。 即死だった……。
薫子を近くに置いていた理由。 それは、自分が死ぬかもしれない状況になった時、薫子に何らかのギフトを授ける為だったのだ。
突然倒れた薫子だったが、周囲はまさかカズールが薫子を殺したなどとは思っていない。 ただ、その場に寝かせた事に疑問を抱いてはいたが。
「兄……弟……。 今のが……俺の切り札。 ゴールデン·スターだ……。 三○秒……とてつもない、力を得る……。 うまく、使ってくれ」
ギフトランクA、ゴールデン·スター。
発動後三○秒間、無敵ともいえるパワーを得るが、発動するまでに一分間を有し、制限時間を迎えると三○分間は動けなくなるという諸刃の剣だ。
ゴールデン·スターに頼らずとも、様々なギフトの選択肢を持ったカズールにとっては、使い所の難しいギフトだったので自ら使おうとはしなかった。
だが、薫子にとっては、このギフトを得た事で最終決戦における切り札になる事も出来る……可能性を秘めていると感じたのだ。
「兄弟……後は……頼んだ……ぞ……」
「……クソっ! 必ず蘇れよ……でも、万が一……俺もいつかそっちへ逝くだろうから、また会おうぜ、兄貴」
光輝は振り返らない。 今振り返れば、スプリットが隙きを見逃さないだろう。 そうなれば、カズールの死を無駄にする事になる。
ドサッ……と、カズールが倒れる音がした。
リバイブ·ハンターは発動するだろうか? ……いや、光輝も、そしてカズールも、リバイブ·ハンターは発動しないと覚悟していた……。