第143話 堰をきった感情
その後、ジョシュアの案内で四人はヒューストンの特設キャンプの外に出て車で一〇分移動する。
建物一つない平地の上空には、大きな空間の歪みが渦巻いていた。
「デカイ……確かにこんな巨大なゲートは、半年前のフェノム襲来の時は観測されてなかった」
渦状のゲートを見ながら、カズールもその大きさと溢れ出る威圧的なオーラに圧倒されていた。
「これが、アンノウンの復活するゲートか」
だが光輝は、臆する事なく渦を真っすぐに見つめていた。 その表情は、これまでの桐生の遺言だから絶対に失敗できないという悲壮感の漂うものではなく、絶対にアンノウンを倒し、その先の未来までも見据えている力強いものだった。
そんな光輝を隣から見ていた瑠美は、複雑な想いを抱いてしまった自分自身に嫌気がさし、散歩してくると言って一人で距離をとってしまった。
少し離れた砂丘の上に座り、瑠美は膝を抱えていた。
ブライトと出会い、任務を共にした。 ヨガーとミストという戦友を失った時もブライトは仇を討ってくれたし、その頼もしさに淡い恋心を抱いたのは仕方のない事だった。
でも……その想いは、光輝がブライトだったと知った時に、蓋をせざるをえなかったのだ。 自分にとって、風香もまた大事な友達だったから。
必死で気持ちを抑えつけ、それでも長い間行動を共にしてきた。 自分は、光輝や風香の姉の様な存在だと心にストッパーをかけて。
それでも、何度も、自分の本当の気持ちを伝えようと思ってしまった事もあったし、そのタイミングもあった。 だが、どうしても風香の顔が思い浮かび、更には光輝の異変も相まって、結局想いを伝える事はしなかったし出来なかった。
そして今も、ダラダラと未練がましく光輝の傍にいる。 それは心のどこかで、光輝と風香は結ばれる事はないのではないかという淡い期待を抱いていたからかもしれない。 そんな自分が嫌で嫌で仕方なかった。
だが……、今回日本で、光輝と風香に大きな変化があったのだと自覚した。 それは、日本で合流してからの光輝を見ていればすぐに分かった。
光輝はブレイカーズとして活動している時も、顔では笑っていたが、心の中では桐生の死を乗り越えられずにいた。 自分なりに光輝を励ましたつもりでもあったが、結局光輝の心の闇を晴らす事は出来なかったのだ。
なのに、今、光輝は前を向いている。 それは、自分には出来なかった事を、風香がやってのけた事実に他ならない。 そして、そんな風香に醜い嫉妬心を抱いてしまっている自分が、とにかく許せなかった。
「はあ……なにやってんだろ、私。 こんなんでアンノウンとなんか戦えるのかな……」
瑠美は日本へ帰国した際、光輝とカズールとは別行動で、黒夢本部を訪れていた。 目的は、鍛冶屋のシドに日本を発つ前にお願いしていたブツを引き取りに行く事。
ある意味裏切り者である瑠美に、シドは優しく接してくれたし、光輝の事を心配してくれていた。 それだけでも、この場に来て良かったと思えた。
望みの物を手に入れ、そのまま帰ろうとしていた瑠美の前に、今では誰もが認める黒夢の二代目ボスとなった崇彦がやって来た。
「……どうだい? 相棒の……いや、元相棒の様子は?」
「ま、表向きは元気そうにしてるわよ。 でも、まだほっとけない状況ね」
崇彦も、光輝が桐生を殺したくて殺した訳じゃない事は理解してるだろう。 むしろ、なぜそうなったかまで知っている。
現に、新たに崇彦がボスとなった黒夢は、光輝に対しての報復を一切行っていないのだから。
「ブライトに関しては、事情を説明した上でメンバー各自の判断に任せるは事にしたから。 恐らく、それでもブライトを殺しに向かうって奴はほとんどいないだろう。 少なくとも、アンノウンを倒すまでは」
やはり崇彦が巧くやってくれたのを聞いて、瑠美は安心した。
「まさかアンタが新たなボスになるって聞いた時は、がらじゃないっていうか不安だったけど、中々良くやってるみたいじゃない」
「ボスがブライトに自分の跡を託した。 アイツならアンノウンを倒すのは可能かもしれないけど、組織のトップは無理だ。 自我を取り戻したアイツは、また元の甘さまで取り戻してるかもしれないし、割り切った考え方が出来ないだろうからな。 圧倒的なカリスマだったボスの代わりなんて誰にも出来やしないだろう……俺以外には」
普段はおちゃらけていたが、崇彦はいざという時は頼りになるし、頭もキレる。 戦闘面でも、初見であればかなりの実力者だ。 それが今は、おちゃらけた姿はすっかり影を潜め、ジレンを筆頭にナンバーズの誰もが認める組織のトップに成長したのだ。
「アンノウンとの決戦には、黒夢も参加するんでしょ?」
「勿論。 国防軍とも良好な関係だしな。 でも、最近はトップの財前が暴走気味だって噂も聞くし、決戦を前にして前途多難だけどな」
「そっか……ごめんね、こんな時に力になれなくて」
「本当にな。せめて瑠美ちゃんがいてくれれば……と言っても仕方が無いか。 瑠美ちゃんは光輝が一番だもんな」
「はあ? なに言ってんのよ。 光輝は弟みたいなものよ」
「別にもう隠さなくても良いって。 ずっと片想いだったんだ、ちゃんと光輝のハートを捕まえておけよ?」
「ちょっとちょっと、言っとくけど、私は風香の味方だからね!? 大体、片想いってなによ!? 私はあくまで光輝と風香の姉貴分として……」
「はぁ~……ホント、お人好しだなぁ。 あんまり自分を抑え込むといずれ爆発するかもよ? なんにしても、俺は風香には悪いけど、断然瑠美ちゃんを応援するからさ」
最後は崇彦に諭されるみたいでムカついたが、いつものからかった様子じゃなくて真顔で言ってるから、怒るに怒れなかった……。
一人呟き、渦を見上げる。 何もかも嫌で嫌で仕方がない。 いっそ、今回の決戦で死んでしまう事があれば、それはそれで楽になれるかもしれないと良からぬことを考えてしまう程、瑠美は心を病んでいたのだった。
「……らしくないな、お嬢」
背後から、カズールの声が聞こえる。 心配して来てくれたのだろう。
「らしくないか……。 そうだね、ちょっと最終決戦を前にセンチな気分になってただけ。 さてと、じゃあ皆の所に戻ろう」
立ち上がり、いつもの様に明るい笑顔を作ったつもりだったが、カズールは全てを見抜いていた……。
「らしくないのもたまにはいい。 お嬢はいつも前向きで、俺たちのムードメーカーを担ってくれているからな。 でも、気を張り過ぎだ。 辛い時は辛いと言えばいい。 兄弟に言い辛ければ俺に言え。 俺たちは、家族なんだからな」
「家族……か。 私だけリバイブ・ハンターじゃないけどね」
「関係ないさ。 リバイブ・ハンターも、過ごした時間の長さも、そんなものは関係ない。 今、どれだけお互いの中で深い絆があるか……それが家族の条件だろう」
カズールとはまだ一ヶ月程の付き合いだが、この男が自分の身内に対してどれだけ寛容で、温かい人間かはよく知っている。
だからだろうか……そうなりきれない自分と比べて、瑠美は憤りを覚えてしまう。
「カズールには分からないわよ。 だって、私は表向きはサバサバしてる風に見せてるけど、心の中は人に見せられない程ドロドロしてるもの!」
こんな風に瑠美が強い口調で不満を漏らしたのは初めてだったので、カズールも少し驚いてしまった。
「そうよ……私は、どうせ良い格好したいだけ。 いつも余裕ぶってさ。 本当は、全然余裕じゃないのにね」
「……余裕じゃないのに余裕ぶる事の何が悪いんだ? 俺は、凄い事だと思うが?」
「ハハハッ、凄い事? そうよね。 いっつもそう! 光輝の為に? 風香の為に? はあ? そんなの全部偽善! 本当は……本当は、とっとと風香と、ちゃんと別れてくれって、ずっと思ってたんだもん! そんな感情を抱いてる私の、どこが凄いのよ!」
堪えていた感情が堰を切った様に溢れ出し、涙腺が決壊する。
「なんで? ……私の方が光輝とずっと一緒にいたし、私の方が光輝を心配してた! なのに、なんで風香なの!? 風香は、光輝が死んでも悲しんで塞ぎ込んでるだけだったし、正体がブライトだと知っても受け入れられずに何も出来てなかったじゃない! なのに……なんで風香が選ばれるのよ!!」
ずっと……ずっと胸に秘めていた想いを吐き出した。 そんな事を考えている自分が嫌で嫌で仕方がなかったのに。
地面に蹲って泣き続ける瑠美の肩に、カズールが優しく手を添える。
「俺は……こんな時に、気の利いた事を言えるガラじゃない。 だから、慰める事も、一緒に悲しんでやれる事も出来ない。 それでも、おまえが泣いている時、傍にいてやる事は出来る。 それでも良ければ、いつでも俺はおまえの傍にいてやる。 ……おまえも俺の、大切な家族だからな」
「うう……うわあああああああああっ……」
瑠美は、そのまま暫く泣き続けた。 肩に置かれたカズールの手が、とても暖かかったから……。