第140話 新しい家族
ギャラリーのほとんどいなくなった会場に、妙な静けさが漂う。
それぞれが胸に消化しきれないモヤモヤを感じ、黙ったままいたずらに時が過ぎていた。
「さてと……もう日本に用はないし、アメリカに帰るか。 じゃあ比呂、続きはアンノウンをぶっ倒してからだな」
「……ああ。 ところで光輝たちはギリシャとテキサス、どっちに行くんだ?」
「俺たちは今アメリカ西海岸を拠点にしてるから、テキサスに向かう。 心配しなくても、こっちにアンノウンが現れても俺たちがちゃんとぶっ倒すから、もしそっちに現れたら頼んだぞ」
「……そうだな。 でも、国防軍は今バラバラだ。 こんなんで、本当にアンノウンなんて倒せるんだろうか……」
財前は、ある意味権力を笠に軍を私物化し、それに対抗する穏健派の仙崎との関係も、今回の件で決定的な溝を作り、国防軍最強である比呂もまた、財前に大きな不信感を抱いている。 そんな状況で、人類の運命を左右する戦いに向かわなければならないのだ。
「それはおまえがなんとかしろよ。 ワールド・マスター……全てを支配するのが、おまえの力だろ?」
「簡単に言ってくれるね。 組織には組織の難しさがあるんだよ? 好き勝手出来る光輝が羨ましいよ」
それは皮肉ではなく、比呂の本心だった。 組織のしがらみに捕われず、全て自分で決められる光輝が羨ましいと思ったのだ。
「ハッハッハ、じゃあおまえも軍を辞めて俺たちと来るか?」
比呂は、光輝の言葉に一瞬気持ちが揺らぐ。 だが、すぐに気を引き締めた。
「俺には軍でやるべき事がまだあるから。 でも、誘ってくれて嬉しかったよ。 また、昔みたいに一緒になれたらって、ちょっと面白そうだなって……」
昔に戻れたら……それはある意味、比呂が最も手に入れたいものだった。 でも、それを壊してしまったのは自分なのだ。 だから、光輝の誘いに応える資格は自分には無いと思い直したのだ。
「さて、じゃあ行くわ。 今日の飛行機でアメリカ帰らないといけないんだけど、その前に、ちょっと話しをしないといけない人もいるし……」
将軍達が去ったギャラリーでは、風香が一人残って、光輝を心配そうに見つめている。
「なるほど。 なあ光輝、彼女の事、連れてってあげなよ」
「それは風香が決める事だろ。 アイツは将軍なんだから」
「彼女は今、軍でも非常に厳しい立場にいる。 それは、多分光輝の事も影響してるんじゃないかな? 知らないけど」
風香の立場を決定的に悪くさせたのは、仙台での空白の時間だ。 比呂はそれに光輝が関わっていた事実までは知らなかったが、風香が軍の規律を破ってまで隊を抜けたのだから、余程の事……光輝に関わる事だったのではないかと推測していた。
「そうなのか……。 ま、話してみてだな」
「ああ。 それじゃあ……死ぬなよ、光輝」
「ハッ、そいつはどうかな。 俺、既に何度も死んでるし」
最後に二人は、笑みを浮かべながら拳を突き合わせ、別れを告げた……。
比呂が去り、ここで光輝は気付く。 新たにリバイブ・ハンターが発現した女性兵士か、オドオドしながら立っていた事に。
「なんか有耶無耶になっちゃったけど、君はもう戦わなくても良い。 家族の下に帰ってもいいよ」
そんな女性兵士に、光輝は優しく声を掛けた。
「あの、でも……私、凄い力に目覚めちゃったんですよね? ……お二人みたいに」
小柄な身体と声の感じから、恐らくこの女性兵士はまだ中学生から高校生の少女だと推測出来た。
「だね。 でも、言い方は酷かもしれないけど、君を殺した人物はもう殺し返してるんだよな? なら、ギフトの弊害は無いと思うから、普通に暮らすと良いよ」
「……さっきは、何度も何度も殺されて、気が狂いそうになってて……本当に逃げ出したい気持ちだったんです。 でも、これから人類の存亡を懸けた戦いが始まるんですよね? ……私の力は、その戦いで役に立つかもしれないんですよね?」
複数のギフトを所持していると云う事は、組み合わせ次第では強力な力になるのは間違いない。
だが、光輝が言った様に、戦場では覚悟のない者は戦力になる所か、周りにも悪影響を及ぼす可能性があるのだ。
「なら君には、戦う気概があるのか? 戦場に出れば、また殺されるかもしれない。 しかも今回の相手はフェノムだ。 殺されれば、二度と蘇る事は無いんだぞ?」
少しだけ強い口調での光輝の問い掛けに、少女は押し黙ってしまった。
そんな少女の様子から、光輝はやはり戦わせるのは酷だと判断した。
「君はまだやり直せる。 今回の事は、辛いかもしれないけど、全部忘れて……」
「一緒に来るか? 俺たちと」
だが、カズールが光輝の言葉を遮った。 そして、少女の目線の高さまで屈み、優しく両肩に手を置いた。
「世界を見渡せば、同じギフトを持つ能力者同士は幾らでもいる。 でも、そんな同じギフト同士と、同じリバイブ・ハンター同士の能力者とでは、決定的に違う事がある。 それは、死を経験している事だ」
突然少女に語り出したカズールの意図が分からず、光輝は戸惑う。
「おいカズール、どういうつもりだよ?」
光輝の疑問を、カズールは手だけで遮る。
「死は誰にも平等に、一度だけ訪れるものだ。 でも、俺たちは違う。 その苦しみを、辛さを、寂しさを、痛みを、何度も経験してるんだ。 俺たちはその経験を共有できる唯一の仲間……家族なんだ」
カズールは同じリバイブ・ハンターの能力者に異常なまでに寛容である。
実際、光輝の事を当初は敵視していたにも拘らず、同じ能力者だと知った途端に、劇的に態度が軟化し、今では兄弟と呼ぶ仲なのだ。
「もし、君が望むなら、俺たちは君を家族として迎え入れる。 家族は、絶対に裏切らない」
「……本当に?」
「ああ。 例え君が元の生活に戻ったとしても、君が助けを求めるなら世界の何処からでも駆け付ける。 君は今日から、俺の大切な妹だ」
「うう……うわああん」
互いに涙を流しながら抱き合う二人を、光輝はやれやれといった心境で眺めるしかなかった。
「わたし……わたし、お二人に着いていきます! 元々、スペシャリストになって、世のため人のために何かしたいと思ってたので」
「そうか! よし、じゃあ行こう! そうだ、ご両親には俺から連絡しとくか。 大切なお嬢さんを連れて行ってしまうんだからな」
結局、少女は共に行動する決断を下した。
(……ま、この調子だとカズールがこの子の世話をするだろうし、実際この子のはかなりの戦力になるしな……)
「さて、そろそろ瑠美も集合場所に来てるかもしれないから、俺はもう行くぞ。 ちょっと風香に呼ばれてるし」
「ああ、分かった。 じゃあ行こうか。 所で、君の名は?」
「ハイ! 私は相楽薫子と言います。 一六歳です」
「そうか! 俺はカズールだ。 よろしくな、薫子」
「薫子。 さっきは厳しい事を言って悪かったな。 俺は周防光輝、これから宜しくな」
「ハイ! 宜しくお願いします……カズール兄さんと、光輝兄さん」
そう言いながら、仮面を外した薫子は、まだ幼さの残る美少女だった。 そんな薫子に兄さんと呼ばれ、カズールは破顔していた。
(めちゃくちゃニヤけてる……。 これが、普段は常にクールなカズールなのか?)
そう思いながらも、光輝は自分を待つ風香の下へと歩き出した。
光輝は歩きながら、心の中では何を話そうかと悩んでいた。
光輝と風香……。 二人がまともな状態で会うのは、約二年ぶりとなる。 あの時光輝は、風香とはもう敵同士としてしか巡り合わないだろうと思っていたし、その頃には少しずつ感情が変化していた事もあり、冷静に別れを告げていた。
だが今は……山中では自我を失った状態で、どこか他人行儀な視点で自分と風香の穏やかな時間を眺めざるを得なかった。
そして、桐生との戦いの際に風香は、崇彦の攻撃から命を懸けて光輝を守ってくれた。
光輝の胸は、もう風香にはどれだけ謝っても謝り切れない程の罪悪感で満たされており、一体どんな顔をして会えばいいのかも迷っていたのだった。