第136話 本当の膿
※連載再開に伴い、131話~134話までを大幅に修正しています。まだ読んでない方はの方はそちらから読んでいただかないと、話が繋がらないので、ご一読を御願い致します。
――国防軍研究センター運動場
国防軍白虎隊隊長·真田比呂がギャラリーから見下ろす運動場には、仮面で顔を隠した三人の国防軍兵士……男性二人と小柄な女性、それに相対する三人のフィルズと思わしき人物が立っている。
「……今から何が始まるんですか? 財前元帥」
「最終決戦……第二次ハルマゲドンに向けた最終兵器の、最終調整といった所だ」
比呂の隣に座っている財前は、無表情のまま比呂の問いに応えた。
現在、この研究センター運動場のギャラリー席には、仙崎など国防軍の将軍クラス三○名程が勢揃いし、運動場の様子を見守っていた。 そしてその中には、軍に復帰した風香の姿も。
その中でも、比呂は財前の呼び掛けにより、財前と並んで座る事になったのだ。
『それでは今から、フェノムとの最終決戦に向けた最終兵器、かの漆黒の悪魔・ブライトの真のギフト能力、リバイブ・ハンターを持った兵士を紹介しよう!』
場内のスピーカーから聞こえて来た声の主は、ドイツのマッドサイエンティスト・シュトロームだった。
だがそれ以上に、比呂をはじめ全てのギャラリーが、ブライトのギフトを持つと云う兵士に驚きを隠せなかった。
「ブライトのギフトって……元帥、どういう事ですか?」
「聞いたままだよ。 ま、見ていれば分かる」
会場内のギャラリーが固唾を飲んで見守る中、シュトロームによる研究成果が発表された……。
リバイブ・ハンターとは、己を殺した相手のギフトを手に入れる能力である。
手に入れられるギフトの数は、少なくとも二九以上。
同じ相手に二度殺されない限り、何度殺されても蘇る。 ただ、病死や事故死、ギフトに覚醒した者以外に殺された場合などでは発動しない。
また、弊害として蘇った際に一時的に攻撃的になる。
そして、自ら自死を選ぶ事は出来ない。
発現の条件は、ギフト能力者に殺される事だが、その前に判別する方法が幾つか存在する。
ギフトに強い憧れを持つ者。
強い正義感を持つ者。
己の強さに執着する者。
ギフトが発現しなかった事に絶望する者。
十五歳以上の者。
以上の五つ全てに該当する者が、リバイブ・ハンターに覚醒する最低条件であり、他にも条件はあるのかもしれないが、まだ判明はしていない。
『……以上が、現段階で判明しているリバイブ・ハンターの能力の全容である! それでは皆様には実際に見て頂こう! まず、国防軍の特殊バトルスーツに身を包んだ三人の男女……この三人こそが、リバイブ・ハンターのギフトを持つ兵士だ! そして対面する三人は、殺人、強姦、窃盗などの罪で死罪が確定している野良フィルズ。 三人共有用な攻撃的ギフトを所持している』
シュトロームの説明には、リバイブ・ハンターの弊害が語られていなかった。 当然、何らかの意図があっての事だろう。
比呂は、これから行われるであろう事に気が付き、驚きを隠せなかった。
「まさか……人体実験ですか? しかも、将軍クラスが見守る公の場で、倫理的にも許される行為じゃありませんよ?」
「あくまで研究成果の発表だ。 あの、マッドサイエンティストのな。 我々国防軍は、人体実験には一切関与していない。 あの野良フィルズも死刑囚だしな」
すると、背後から陸軍大将である仙崎が声を掛けて来た。
「……関与してないなどと、そんな戯言を信じる者はこの場にはいませんよ、元帥」
「仙崎か。 確かに、あのマッドサイエンティストがドイツで人体実験を繰り返していたとの情報は得ている。 当初は日本で捕らえた際、ドイツへ強制送還する事も考えたが、その研究成果は、潰すにはあまりにも惜しいものだった。 ……ブライトを目の前で見た君なら分かるだろう?」
直接対峙した比呂は勿論、仙崎もまた、ブライトが権田を倒した光景を目の当たりにしていた。
「確かに、あの強さを手に入れられるギフトであれば、迫る第二次ハルマゲドンにおいて強大な戦力になるでしょう……。 だからといって、そのマッドサイエンティストに場所を提供し、研究を続行させて良い理由にはなりませんよ?」
財前が怪しい研究をしている。 その報せを受けた仙崎は、極秘に調査を進めていた。
そして分かったのが、財前がシュトロームをドイツから招き入れ、研究をサポートしていた事。 その際、多くの一般人が研究に参加させられ、そのほとんどが消息不明で処理されていた事。
国防軍は、かつては影で人体実験の温床とも言われていたが、権田が死に、現在では一切の人体実験を禁止している。 なのに、トップである元帥が率先して人体実験を行っていたと知られれば、折角持ち直しつつある国防軍の権威が再び失墜する危険性だってあるのだ。
「この事は、内密に調査していましたが……まさか貴方自らが、人体実験を容認するが如く、このような場を設けるとは……正気ですか?」
「知らぬと言ってるだろう? あのマッドサイエンティストが勝手に研究を進め、私はその成果を第二次ハルマゲドンの重要な切り札足り得ると判断した。 ただそれだけの事だ」
「いくら第二次ハルマゲドンの為とはいえ、貴方は元帥なんですよ? そんな事、大将として認められる訳が……」
瞬間、仙崎だけでなく、比呂の背筋にも冷たい感覚が襲った。 財前が、仙崎を強烈に睨んだのだ。
「ハルマゲドンを知らぬ奴が綺麗事を抜かすな。 どんな手を使ってでも、どんな手段を用いてでも、出来得る限りの戦力を保たなければ、アンノウンなど倒せんのだ。 ……分かったら黙って見ていろ」
終いには開き直る様に、自分は間違っていないのだという財前から放たれた威圧に、国防軍随一の実力者である仙崎は圧倒されてしまった。
『それでは……ラァス・アンス・アンファーゲーン!!』
三人のフィルズは、この場に連れて来られるまでは刑務所に幽閉されていたのだ。 それを、突然目隠しをされて、気が付けばこの場にいた。
だが、目の前にいる者を倒せば釈放してやると言われ、三人は戸惑いながらも兵士三人と向かい合っていた。
そして、リバイブ・ハンターの三人が対面のフィルズに襲いかかると、当然フィルズの三人もギフトを発動して応戦する。
ギフトランクB+のシャイニング・スピアが、青年兵士を貫く。
ギフトランクA+のハイ・アクセルを伴った貫手が、小柄な女性兵士の首を掻き斬る。
ギフトランクAのアース・クエイクにより鋭利に隆起した床に、細見の青年兵士が頭部に打撃を受けた。
三人の兵士は、為すすべなく倒れ、絶命した。
ザワつくギャラリーを余所に、陽気なシュトロームの声が鳴り響く。
『さあ、ここからがリバイブ・ハンターの真髄! 蘇る兵士をとくと刮目したまえ!』
待つ事数分……死んだはずの兵士三人が蘇り、動揺するフィルズ三人に、先程受けたギフトをそのままお返しに発動。 フィルズ三人は、敢なく殺されてしまった……。
「これが、リバイブ・ハンター……。 光輝は、こんなギフトに目覚めていたのか……」
改めて、その能力に驚愕する比呂だったが、もし自分がリバイブ・ハンターに覚醒したらと考えると、光輝がどれだけの確率であの力を手に入れながら生き延びたのかを想像して青褪めてしまった。
「どうだ、仙崎。 これでもまだ文句があるのか?」
比呂と同じ想像をし、リバイブ・ハンターの危うさに気付いていた仙崎は、財前の威圧に圧されながらも反論を試みる。
「……あの三人を生み出す為に、どれだけの人間に地獄を見せたんですか!? この一ヶ月、軍部の司令で、全国からギフトに目覚めていない国防軍入隊を夢見る一般人を、国防軍入隊を餌に一万人も集めていたのは調査済みです。 その結果があの三人の兵士だと言うなら、貴方はなんの罪も無い九九九七人の命を不当に奪った事になる。 ……そんな横暴を、許せるハズが無いでしょう!」
仙崎は、罪も無い一万人もの命を奪う行為は、例えば未曾有の自然災害と同等の悲劇を生み出す愚行だと考える。
もし、これが外部に知られれば……国防軍は厳しい弾圧を受けるだろう。 大量虐殺を容認した組織として。
「貴様は……全人五○億人の命と、たった一万人程度の命、どちらを優先するべきかも分からないのか?」
財前の主張は詭弁だ。 それとこれとは話が違う……と、仙崎は強く否定したかったが、それを口にする事は出来なかった。
フェノムがこの地上に現れてから失われた命は裕に億を越えていた史実を知っている。 もし、アンノウンが復活し、間もなく行われる第二次ハルマゲドンにおいて人類が敗れれば、億どころか全人類が死滅するかもしれない事は、容易に想像出来たから……。
「見ろ、仙崎。 おまえ以外の国防軍将軍達を。 みな、この結果に不満を抱いてる様に見えるか?」
ギャラリーとして集められた少将から大将は、そのほとんどが今行われた行為に目を輝かせていた。 これで、第二次ハルマゲドンに向けて、大きな戦力が手に入ったと。
「くっ……これが、非人道的な行為の上で成り立っていると知れば……」
「知ってるよ。 おまえ以外の大将二人には、このプロジェクトがどの様な意図で、どの様にして実現されたかもな。 知らぬのは、裏でコソコソ嗅ぎ回っていた貴様だけだ、仙崎陸軍大将」
海軍と空軍それぞれの大将が、この件を容認している。 そうなれば、全てを下に伝えてるかはともかく、陸軍以外の国防軍全体が、この件を支持してると同義となる。
その事実は、国防軍を真っ当な組織に生まれ変わらせる為に軍に残り、奔走して来た仙崎にとって、到底受け入れ難い事実だった。
それでも……状況は、財前の行為を必要悪だと判断するかもしれない。 全人類の命運を懸けた戦いを前にしているのだから。
仙崎は、悔しそうに立ち上がる。
「……国防軍の本当の膿は権田ではなく、財前……貴方だった……」
そう吐き捨て、仙崎は運動場から出て行った……。