第133話 来訪者
……アジトへ戻り、三人はそれぞれの部屋で一息つく。
光輝も、一仕事終えた事でロンズデーライトの武装を解除する。 かつての様に頭部全体を覆い隠している訳ではなく目元をロンズデーライトで硬質化しているだけなので、ブライトとしての印象は薄れ、ほぼ素顔で戦っていた。
もう、自分をブライトと名乗る事は無いと決めている。 ブライトは既に国際的指名手配犯のフィルズだし、何より名付け親である桐生をその手にかけてしまったのだから。
「こんなんで、アンノウンを倒せるのかよ……」
アメリカに来た当初、光輝はアンノウンを倒す為に自分のレベルアップに燃えていた。 だが、蓋を開けてみれば、自分を高めてくれる相手など既にいない事に気が付く。 意欲は次第に薄れ、焦燥し、今では諦めの様な心境にまで落ち込んでしまったのが、先ほどのキングオークとの戦闘でも表れ、結果、瑠美に叱責されてしまっている。
それでも、困ってる人を助ける……そんな、幼少の頃からの憧れを体現しているブレイカーズとしての活動には満足している。 だがそれ以上に、自分なんかがヒーローを名乗って良い訳がないと、背負った十字架の重さが浮かれそうになる気分を抑えつけるのだ。
「光輝~。 晩御飯はローリエんちのレストランに行こうよ」
瑠美が光輝を晩御飯に誘いに来た。
因みにローリエとは、以前ブレイカーズが助けた少女で、父がレストランを経営している。
「分かった。 着替えたら行くよ」
アジトとして使っているのは、四階のワンフロアのみ。 各々の部屋は壁で仕切られているし、最も広いスペースをロビーとして使用しているので、主にロビーで集合したり日常を過ごしている。
手早く着替えを済ませる。 基本的に光輝はいつも黒を基調としたサマーコートとパンツといったシンプルな出で立ちだ。
ロビーに移動すると、既に二人は準備を済ませてそれぞれのソファーに座っていた。
「来たわね。 じゃ、行こっか……」
瑠美が立ち上がろうとした瞬間、室内にブザーが鳴り響く。 これは、このアジトに来訪者が現れた事を告げるサイン。
各フロアに監視カメラを設置しているので、瑠美が一階にいるであろう来訪者をモニターで確認する。
「男が三人……見た事無い人たちね。 ……いつもみたいに追い返す?」
今でこそいなくなったが、アジトはスラムという土地柄、無法者が侵入したり、三人を煩わしく思うフィルズが押し掛けてくることもあった。 だがその都度、三人が姿を現さず撃退していたのだ。
「どれどれ……ん? 待て、こいつは……」
カズールがモニターを覗き込み来訪者を確認すると、驚きの声をあげた。
「……招こう。 鬼が出るか蛇がでるか……どちらにしても、兄弟にとっては良い刺激になるかもしれない」
カズールも光輝が現状に焦りを抱いている事は分かっていた。 だから、来訪者がもし敵対行動をとったとしても、光輝にとってプラスになるだろうと考えたのだ。
「俺の? って、危険人物なのか?」
「まぁ、そうではないと思うが……判断するのは会ってみてからだ。 瑠美、エレベーターの電源を入れててくれ」
「わかったわ」
一階のエレベーターに電源が通り、ドアが開く。 それは、来訪者を招き入れるサイン。
来訪者……真っ白なスーツとハットに身を包んだ男と、フードで顔を隠した男二人は、エレベーターに乗り込み、四階フロアへと招かれる。
男は、にこやかな笑みを浮かべていた。
「お初にお目にかかる。 私は……」
「ジョシュア・クルーガー。 WSC……世界スペシャリスト協会の会長様が、こんなスラムに何の様ですか?」
来訪者……ジョシュア・クルーガーが名乗るのをカズールが遮る。
「そんなに肩肘を張らなくても良いですよ、ドイツの英雄・カズール・ボアテングさん」
クルーガー。 その姓は、ハルマゲドンにて命を落とした、歴代最強と言われるスペシャリストのエルビン・クルーガーと同じだった。
「クルーガー? クルーガーって……」
「そう、私はエルビンの弟ですよ」
「弟? あの英雄の!? その割には年齢が……」
光輝が思わず呟くが、エルビンは生きていれば桐生と同年齢……五〇代なのだが、ジョシュアの見た目は三〇代にしか見えない程若々しく見えた。
「ま、それは日々の努力、アンチエイジングってやつですよ。 私の年齢はご想像にお任せするとして、君たちブレイカーズの面々のことは、勝手ながら調べさせてもらいました。 それで、そんな君たちには知らせておかなければならない事があってお邪魔した次第です」
「知らせておきたいこと……それは一体?」
「うむ、ただその前に……」
ジョシュアが後方の二人に合図を出すと、二人が顔を露わにして……
「あっ!?」
「!?」
突然、瑠美とカズールが驚きの声を上げる。 二人の身体にはオーラで強化されたロープが巻き付けられており、そのロープの出所を辿ると、そこにはロープを操る二人組の一方・黒服の男がいた。
突然の暴挙に、光輝が黒服の男を睨みつける。
「てめえっ!?」
「クックック、久しぶりだね、ブライト君」
黒服の顔がブレる。 そして次の瞬間、黒服の顔には見覚えのある仮面が装着されていた。
「てめえは……誰だっけ?」
思わずズッコケた黒服の男は、あのモストデンジャラズのジョーカーだった。
「チッ、俺らはテメエの眼中にすらなかったってのか? ああ?」
そして、片割れは当然相棒であるスカル。
「ちょっと、スカルにジョーカー!? アンタたち、黒夢を抜けて陽炎に入ってたわよね!?」
光輝よりは二人との付き合いが長い瑠美が、モストデンジャラズに問い掛ける。
「ああ。 でも、陽炎は爆弾テロの後、霧雨が桐生と手を組んでたのが判明してね……。 色々あって、僕らはアメリカに渡ったのさ」
「おお、正義とか平和なんざ俺たちにゃあピンと来ねーからな。 フィルズはフィルズらしく、好き勝手に生きるのってのが俺たちのモットーなのさ」
「ふ~ん……で、そのマストデンジャラーが、なんでフィルズとは正反対の協会会長と一緒にいて、俺たちに敵意を剥き出しにしてんだよ」
「……モストデンジャラズだよ。 ところで、今日再会してみて思ったんだけど、君、なんか雰囲気変わったよね? ナンバー1の頃のブライト君って言ったら、冷徹冷血冷酷の三拍子揃ったロボ超人みたいなヤツだったよね?」
ジョーカーが言っているのは、感情を失いつつあった頃のブライトだろう。
その頃の光輝は、組織の中でも限られた仲間としか交流せず、黒夢の中でも畏怖される存在だった。
「元の自分を取り戻しただけだ。 でも、俺たちに牙を剥く奴には、当時と同じブライトに戻れるんだぞ……」
光輝の身体から禍々しいオーラが溢れ出す。 それだけで、モストデンジャラスの二人が震え上がるほどの、強大なオーラが。
「……なるほど、確かにブライト君だ。 一瞬で背筋が凍ったよ」
「チッ……気に食わねーが、俺たちじゃ逆立ちしても勝てねーな。 でも、命令とありゃあやるだけやるしかねえ!」
ジョーカーが瑠美とカズールを縛っていたロープを消した。
「君たちを拘束したままじゃあブライト君の相手は無理だ。 でも、君たち二人は大人しくしといてね」
「なんですって!? いきなり拘束しといてふざけた事言ってんじゃないわよ!」
いきり立つ瑠美を、カズールが止める。
「まあ待て。 ここは兄弟に任せようじゃないか。 あの二人、相当な実力者みたいだしな」
「ええ~? なんかムカつくなあ……」
二人とは旧知の中である瑠美は愚痴っていたが、カズールはジョーカーの力に驚きを隠せなかった。
(この俺と瑠美を同時に拘束するとはな。 しかも、簡単には抜け出せないほどの強度で。 これなら、少しは兄弟の相手が務まるかな?)
モスト·デンジャラズと向かい合う光輝。 思えば、この二人とはショッピングモールでの因縁があった。
「あの時はギフトを制限してたが、今回は手加減してやらないから覚悟しろよ?」
「上等だ! 俺は元々おまえがナンバー1になんのにも反対だったんだよ!」
「……まいったな……でも、やるしかないかぁ」
三者三様の感情を抱き、唐突に因縁の再戦が始まろうとしていた。