第132話 ブレイカーズ
――三ヶ月後/アメリカ西海岸エリア
晴天だった空が真っ黒な雲に覆われ、閃光の如き雷が次々に無数のフェノムに墜とされる。
「……相変わらずえげつない攻撃だよな」
ウェザー・コントロールによって目の前に数十のフェノムの亡骸を作り上げた天海瑠美の隣で、光輝が呟く。
「ちゃんとメインは取っておいてあげたわよ」
そして、残された危険度レベル8のフェノム・キングオークは、部下を殺された事で怒り狂っていた。
「メインねぇ……じゃあ、今日の晩飯は豚の生姜焼きにするか」
その身をロンズデーライトの鎧で武装した漆黒の悪魔・ブライトこと周防光輝が、キングオークの目の前に降り立った。
「ブヒイイイイイイッ!!」
身の毛もよだつ咆哮をあげるキングオーク。 本来その咆哮には相手を威圧し、委縮させる効果が伴っているのだが、目の前の男には一切効いていなかった。
「うるせえなぁ……うわっ、唾飛んだ!」
「コラー! 真剣にやれー!」
かったるそうな光輝に檄を飛ばす瑠美。 そしてその隣には……
「まあ仕方ないさ。 兄弟が真剣にやったら……ホラ」
光輝と同じリバイブ・ハンターのギフトを持つカズールが瑠美に声をかけている内に、光輝はキングオークの首を刎ね飛ばしてしまった。
「レベル8でもこんなもんか……やれやれだな」
汗一つかかなかったが、キングオークの唾で若干顔を濡らした光輝が気怠そうに瑠美とカズールの下へと帰って来た。
「レベル8のフェノムなんて、本来はハイランクのスペシャリストが徒党を組んで立ち向かわなければ倒せない相手だっていうのに……兄弟の火力には呆れるしかないな」
光輝のインビジブル・スラッシュは極限まで進化し、今では斬れぬものは無い程の斬れ味を誇る。 計二九ものギフトを所有するカズールも呆れるしかなかった。
「そうね……これじゃあ特訓にもならないわ。 やっぱり今度からは光輝は手を出さないで、私とカズールだけで対処しましょう」
光輝・瑠美・カズールの三人は現在、アメリカ西海岸ロサンゼルスにいた。
フェノムの再来により、世界の君主たる国家・アメリカは、なんとかフェノムを抑え込む事に成功はしたものの、そのダメージは深く、多くの一般人とギフト能力者たちが命を落とした。
結果的に、国はニューヨークを中心とした東海岸に中枢を置き、戦力を集中させた。 それに伴い、全米の国民を東海岸へ移住させようとしたが、西海岸から離れない者も多くいたのだ。 幸い、他国からスペシャリストの助っ人がやって来た事でフェノムの鎮圧には成功したが、西海岸は政府の管理が乏しくなり、一部を除いてだが大勢のフィルズが溢れる無法地帯と化していた。
多くの国民が東海岸へと移住したのだが、それでも全体の三分の二程度にとどまり、残りは逆に西海岸に集中していたのだ。 中でも、ロサンゼルスやラスベガスは活気に充ちていた。 勿論、フィルズだけでなく一般人による犯罪は絶えないし、ロサンゼルスは街の三分の一をスラム街が占め、ラスベガスも一攫千金を狙った猛者たちによって天国と地獄がごちゃ混ぜになっていた。 だが、それでも此処に住むしかない多くの人たちは、強いアメリカの復活を信じて日々生活していたのだ。
そんなロサンゼルスのスラム街の奥地。 一般人ではとても入って来れない程に危険地域となっている場所に、立ち並ぶ灰ビル群の中でも一際不気味な雰囲気を漂わせる建物が佇んでおり、三人はそこを拠点として活動していた。
光輝と瑠美が行動を共にすると決めて直ぐ、カズールが二人に合流した。 カズールは、光輝が日本で死んだと聞き、ある意味家族ともいえる光輝の死に塞ぎ込んでいた。
間もなくして世界中でフェノムが出現する。 それは、ドイツでも同様だった。
人類の危機に直面し、カズールは自分のギフトの意義を考えた。 こんな時にこそ自分の力を使わなければ、これまでの苦労や苦痛は全て無駄になる。 そう思い直し、率先してフェノムの撃退に身を費やした。
そして気が付けば、ドイツの英雄となっていたのだ。
その後、ドイツで確たる地位を築いたカズールは、日本へと旅立つ。 光輝は生きているのではないかという、一縷の希望を胸に抱き。
日本に到着したカズールが直ぐに向かったのは、光輝の所属していた黒夢。 ちょうどその日、光輝は桐生を手にかけ、崇彦がナンバーズの前で新たなボスになると宣言したタイミングだったのだ。
そこで崇彦と面会し、事の経緯を聞いたカズールは、直ぐに仙台へと飛んだ。
光輝にとって、表向きにも権力者となったカズールの合流は大きな力となった。 国家間の移動、金銭問題、その全ては、光輝一人では解決できない問題だったから。
なにより、同じギフトの能力者の存在は心強かった。
そして三人は、アンノウン対策として自分たちのレベルアップが必要だと考え、日本を離れアメリカ西海岸へと旅立ったのだ。
ロスに到着した初日は、早速拠点を確保する事にした。
条件として、あまり目立たず、人通りも多くない場所が好ましいと考え、候補に挙がったのがスラム街だった。
無法地帯と化していたスラム街は、何も知らない一般人が迷い込めばあっという間に身ぐるみを剥がされ、下手をすれば命を落としてしまうほどの危険地帯だったのだが、この三人には然程危険な場所ではなかった。
絡んでくるヤツは問答無用でぶっ倒し、現在のビルを発見。 早速拠点にする事を決めた。 その際、後から揉めると困るので、ビルの持ち主や土地の所有者が東海岸へ移住した事で所有権が曖昧になっていたのを整理して住処にしたのだ。 勿論、後から所有者が帰ってきて難癖をつけてきたら、丁寧に話し合いに応じるつもりではある。
二日目は、アジトの設備を充実させるため、電気水道ガスなど諸々の手続きや必要な家具も買い揃える予定だったが、余所者の侵入を快く思わなかったスラム街のリーダー格がギャングを大勢連れてビルへ突撃してきた……のだが、誰一人二階にすら辿り着かせず撃退。
だが、何かと役に立つだろうとの瑠美の意向で、スラムのギャングたちは誰一人殺さず、自分たちの引っ越し作業を手伝わせる事にした。 勿論、彼らにはこのビルに誰が住んでいるかなどの情報は口外しない様に脅し……お願いしてある。
そして三日目からは本格的に活動を開始。 三人は自らをブレイカーズと名乗り、スラムのリーダーに近隣でも凶悪なフィルズを含む悪党をリストアップさせ、片っ端から撃退。
更には、街で悪党に困っている人を見掛けては、事情を聞き、悪党を撃退。
当然、フィルズだからといって全員が死に値する罪を犯しているかと言えばそうではなく、場合によって殺すか再起不能にとどめるかは厳選している……つもりだが、今の所全員死に値する悪党だったので処刑している。
そうこうしながら一ヶ月が経過した頃には、スラムの住人の協力もあってかなり噂が広まり、悪党の多くが粛清された事で街の治安がかなり回復していたのだ。
元々アンノウンが復活するまでの間、ただその時を待っているだけならば悪党退治をしつつ、出来れば各自の戦闘レベルのアップをと考えていたのだが、三人は既に世界でも有数の強さを誇っていたので、街の小悪党では全く相手にならず、今ではこうしてフェノム退治に郊外へと出張しているのだ。
だが、光輝は現状に満足していない。
「……もう少し手応えのあるフェノムやフィルズと手合わせしたい気もするが、実際俺たちに抵抗出来る能力者なんてそう多くはいないんだよなぁ。 勿論、悪党退治は大事だけど、俺たちの戦力だとたまに弱い者イジメしてるみたいで、逆に悪党はこっちかもって勘違いしそうになるし」
「まあ、その気持ちは分かるけど、ブレイカーズを結成した時、どうせなら悪党から困ってる人を助ける闇の組織を作ろうって決めたからね。 ま、確かに光輝を満足させるような強い能力者は、軍に所属してるか、フィルズでも大規模な組織に属してるだろうから、中々見つからないでしょうね」
瑠美の言う通り、強い能力者は大抵大きな組織に属している。
現在アメリカ軍の本体は東海岸にいて、西海岸にはロサンゼルスとシアトル、やや中央寄りでラスベガスの三ヶ所に駐屯地があるのみ。 その駐屯地にも中尉クラスがいるだけで、光輝はおろか黒夢のナンバーズだった瑠美、二十以上のギフトを使いこなすカズールにとってはかなり物足りない相手だし、そもそも悪い事をしてない軍人を相手にするつもりもない。
フィルズにしても、西海岸にも大規模な組織はあるにはあるが、組織がしっかりしてればしっかりしてる程、簡単には悪事を表には出さない。
「本当はアンノウン打倒のためにもう少し強力なフェノムとの実戦経験が欲しい所なんだが」
「今回は軍より先にブラックホールの出現を確認できたけど、そもそもフェノムの生息エリアは軍が閉鎖してるんだから仕方ないわよ」
アメリカ軍の基地は東海岸に集中しているが、西海岸にも非住居エリアには軍がフェノムの討伐を優先して基地を設置している。 その分、軍はフィルズの犯罪にほとんど関与していない事が、治安の悪化を招いているのだ。
地元の警察に関してはあまりの犯罪の多さに既に手が回らず、半ば職場放棄の状態だったが、ブレイカーズが現れた事で、少なくともロサンゼルスの犯罪は著しく減少していた。
結局、訓練となるとメンバー同士の模擬戦くらいのものとなっていたのだった……