第130話 新たなトップ
突然現れたラインとクロウの二人に、瑠美は動揺を隠せなかった。 なにせ、彼らにとっても全てと言っていい程に大きな存在だったボスが死んだのだから。
(……確かに、ここに来る前に私がラインさんに、多分崇彦がボスの所に向かうだろうから、私も着いて行くって言ったけど……。 一応私たちナンバーズは、ラインさんに行動を伝えとかないといけないから……)
基本的にナンバーズの行動はラインが常時把握しておく必要がある。 それは、組織を運営する上で重要な要素でもあるから。
(でも……まさかラインさんたちまでやって来るなんて……)
たった今、崇彦の動揺を目の当たりにしたばかりだ。 この二人にとっても、同じかそれ以上の反応があるだろう事は容易に想像できた。
「ボス? ……え? 何してるんですKA? えっ?」
「……し、死んでる? 嘘だろ……オイ、こりゃどーいう事だ!? イーヴィル! ティザアッ!」
瑠美は何も言えず、崇彦の様子を伺う。 自分ではこの場を上手く納める自信が無かったから。
「ラインさん、クロウ、一度本部に戻ろう。 ボスを連れて……話はそれからだ」
落ち着いてそう言った崇彦にラインは驚いていた。 普段の崇彦からは考えられない、威厳に満ちた態度だったから。
だが、クロウは納得しなかった。
「……オイ、ボスが死んでんだぞ? ……っざけんじゃねーぞイーヴィル! 何があったか今すぐ言わねーと、いくらテメーでもぶっ殺すぞコラァッ!」
激怒したクロウが崇彦の胸倉を掴む。
「……手を離せよ、クロウ。 ナンバーズ全員が集まった所で、何があったかを話すから」
「あ!? 舐めてんのかコラッ! 俺は今すぐ…………」
崇彦のゴッド・アイが光輝く。 ……すると、突然クロウが大人しくなってしまった。
「……言う事を聞いてくれて何よりだ。 さあ、帰ろう。 クロウはボスを……丁重に運んでくれ」
クロウが何も言わず、崇彦の言った通りに優しく桐生を抱き抱えた。
「イーヴィル? 今、何をしたんDAI?」
「さあ? 何にしても、早く帰りましょう。 で、帰ったらラインさんは直ぐにナンバーズに召集命令を出して下さい」
「う……うん、分かった?YO……」
「瑠美ちゃん、悪いけど、風香の事頼むわ。 あと、目ぇ覚ましたら謝っといてくれ。 もう少しで死なせちまう所だったみたいだから」
「え? あ……うん」
崇彦は……落ち着いた雰囲気で、その場を後にするのだった……。
――黒夢本部
崇彦たちは、桐生の遺体を連れて本部に帰って来た。
クロウが抱き抱えている桐生には、クロウが羽織っていた黒夢ナンバーズのコートが被されている。 そして、そのまま遺体安置所に直行する。
数分後、安らかに眠っている桐生を囲み、ブライトとティザーを除く全ナンバーズが集結していた。 その誰もが、あまりにも突然で、想像もしていなかった出来事に言葉を失っていた。
「……これ、なんの冗談?」
耐えきれず、ヴァンデッタが口を開く。 その表情は青冷め、今にも泣き出しそうだった。
「なんか……これってドッキリ? にしちゃー悪趣味じゃね?」
状況を認めたくないのか、セブンはおちゃらけてみせるが、その表情はぎこちなかった。
「……まさか、桐生ほどの男が……」
この中では最も桐生との付き合いが長いクロノスも、目の前に横たわる桐生を信じられない表情で見つめていた。
他のメンバーも、状況を理解出来ず……いや、する事を放棄して茫然としていた。
そしてジレンは、桐生に被されたコートをめくり、致命傷となった傷跡を確認した。
「この刺し傷。 ……信じたくはないが、これはブライトがやったのか?」
そして、視線を崇彦に向ける。
崇彦は何も言わず、ナンバーズ全員の表情を確認する。
すると、今まで黙っていたクロウが目を見開く。
「はっ!? 俺は……んな事より今は、オイ、イーヴィル! これは一体どーいう事なんだよ!? なんでボスが死んでんだよ!!」
元に戻ったクロウが怒鳴り声を上げる。 だが、崇彦は動じず、黙って目を瞑った。
「……ふぅっ……こんな時だからこそ、僕は……僕と、君たちナンバーズだけは冷静でいなくちゃならない。 さあ、話してもらうYO、イーヴィル」
震えながら……涙と怒りを堪えながら、ラインが崇彦に問いただす。
崇彦は、ゆっくりと間を置き、そして口を開いた。
「……まず、なぜブライトが姿を消したのかから話させてもらう。 ブライトが消えたのは、ギフトの弊害が原因だった。 詳細は省くが、それによってブライトは選択を迫られたんだ。 自分が自我を失い狂人と化すか? それとも、ボスを殺すか?」
光輝の真のギフトであるリバイブ・ハンターの詳細は、この中では崇彦とラインの二人しか知らない。 だから、崇彦は明確な説明は避けた。
更に、リバイブ·ハンターの弊害に関しては、崇彦以外誰も知らない情報だった。
「ブライトは、自分よりボスを優先した。 だから、姿を消したんだ。 だけど、ボスはブライトのギフトの弊害を知ってしまった。 そして……自分よりブライトを生かしたんだ」
この桐生の決断を理解出来る者は誰もいなかった。 いくらブライトの戦闘能力が高くても、彼らにとって桐生は唯一無二の存在だったのだから。
ジレンがそんな不満を代表して口を開く。
「ブライトのギフトに何か秘密があるのは気付いていたが、そんな事はどうでもいい。 ボスは、ブライトを助ける為に自分の命を投げ出したっていうのか? 何を考えてるんだ……ようやく、念願の世界を創りあげたっていうのに。 まだまだボスが必要だっていうのに!」
桐生が桐生たる所以は戦闘能力だけではなかった。 その頭脳も、独自のコミュニティも、そして人を惹き付ける圧倒的なカリスマ性も。 その全てがこれからの世界に必要なものだった。
「これはブライトが言っていた事なんだが、ボスは最期にある事を託したらしい。 自分では出来ない、ブライトにしか託せない事を」
全員が、次の崇彦の言葉を待っていた。 ほぼ全員が、どんな理由でも納得する気は無かったが。
「フェノムの始祖·アンノウンの復活が近いらしい。 そして、一度戦っているからこそ、ボスは自分ではアンノウンを倒せないと知っていた。 アンノウンに対抗出来るのは、自分よりもブライトだと判断したんだ。 だから、ボスは自らの命と引き替えにブライトを救ったんだ……」
黒夢のメンバーは、ほとんどが桐生を慕う……というより崇拝している。 それは、ナンバーズも例外ではない。
例え、桐生一人の力ではアンノウンに勝てなくとも、アンノウンを倒すために……いや、桐生のために命を投げ出す覚悟は出来ていたのだから。
そんな彼らにとって、ブライトを救うためだったとはいえ、ある意味自ら死を享受した桐生の行動は、裏切りにも等しかった。
そして、それは崇彦にとっても同様だった。
「俺も頭では分かってるけど、どうしても納得出来ない。 ブライトは確かに相棒だったし、アイツがボスをどれだけ慕い、ボスを殺そうなんて欠片も思ってなかった事も理解してる。 でも、アイツがボスを殺した事実は許容出来ない」
崇彦は胸元に、桐生が遺した書き置き……今となれば遺書といえる紙切れを忍ばせている。
そこには、桐生が遺した最期の言葉……“俺の身に何かあった場合に限り、ブライトを黒夢の新たなトップとする”……が書かれてあるのだが……
「どんだけ泣いて悔やんでも、もうボスはこの世にはいない。 それでも、漸くボスがみんなと一緒に夢見た世界はまだ始まったばかりだ。 これからも、俺たち黒夢のやるべき事は無数にある。 新たな社会の舵取りもそうだし、アンノウンが復活するとなれば、俺たちだって最前線で戦わなければならないだろう。 だから……黒夢には新たなトップが必要だと思う」
崇彦は、桐生の遺言の存在を明らかにしなかった。 それは、自分の意地でもあり、冷静に状況を読んだ結果でもあった。
「で、提案がある。 黒夢を……俺に継がせてくれないか?」
ブライトを黒夢のトップにする……。 その桐生が遺した最期の言葉を、崇彦は伝えなかった。その上、新たなトップには自分がなると宣言したのだ。
もし、桐生の遺言通り、ブライトをトップにすると宣言しても、誰も認めないだろうと想像できたから。
桐生は、この部分を見誤ったのだ。 自分が、どれ程黒夢のメンバーたちに慕われていたかという事を。 この状況では、誰もブライトを新たなボスになど認める訳が無い事を。
こんな時に、もう新しいトップの話かよ!? ……などとクレームを入れる者はここにはいない。 みんな、桐生を失った悲しみや憤りはあったが、黒夢という組織を考えれば、直ぐに新たなトップを決めるのは当然の事だと知っていたから。
それでも、そのトップに崇彦が立候補する事に、当然納得する訳もなく……
「なんだと? なんでテメーなんだよ?」
クロウが思わず吐き捨てる。 だがそれは、ここにいるナンバーズ全員が思った言葉だった。
桐生亡き今、更にナンバー1のブライトもいない。 順当に行けば暫定的にナンバー1になっているジレンか、組織の全体を統括しているラインが候補に上がるだろう。
イーヴィルは確かに幼い頃から組織の一員として、最年少のナンバーズとして他のメンバーと苦楽を共にしてきた。 だが、本人も認めていた様に、ナンバー1よりナンバー2を好む性格で、決して主張の強い存在ではなかった。
「黒夢のトップ……ボスに必要なのは強さだけじゃない。 状況を正しく把握し、最適な手法を用いて最大の功績を得るための知識と策略を練る力が必要だ。 ジレンさんには申し訳無いけど、策略を練る力は俺の方が上だし、ラインさんに関しては圧倒的に戦闘能力が足りない。 総合して、桐生辰一郎亡き黒夢の新たな舵を取るに相応しい人間は、俺だと思うんだ」
ハイドローやクロウは戦闘特化タイプだし、他のメンバーには荷が重いだろう。 セブンは論外。
人選的に最も相応しいのは、実力と人望を兼ね備えたジレンだが、どちらかというと策を練るタイプでは無い。 そして経験·実力共にトップクラスで最古参のクロノスも考えられるが、クロノスは長い間隠居に近い状態だった上に、新たな組織を創る上で歳を取り過ぎているのだ。
だから、これまでの影に隠れる性格を無くしさえすれば、イーヴィルは新たなボスに充分相応しい存在でもあるのだ。
すると、ヴァンデッダが崇彦に異を唱える。
「……なるほどね……イーヴィルの主張は案外理に適ってるかもしれないけど、それでもまだ早い気がするわ。 ボスが亡くなった今、新たなトップは絶対に舐められちゃいけない。 そう考えると、私はジレンかクロノス先生が相応しいと思うんだけど」
これを、クロノスは即座に否定した。
「俺は駄目だ。 半分引退してるみたいなもんだしな。 それに、新しいボスを決めるのに、何も老い先短い俺を選ぶ事は愚策だ」
クロノスが明確に否定した事で、残る候補は一人……。
「……一週間。 この期間に、おまえが本当に新たなトップに相応しいか、俺たちに証明してみせろ。 出来なければ、そん時は俺がボスの後を継ぐ」
一週間。 どう考えても短い時間だが、それでもやるべき事が明確になった崇彦は、そのジレンの申し出を二つ返事で受け入れた。
「任せてくれ。一週間後……みんなに認められる新たなボスに、俺はなっているから」
崇彦は覚醒を経て、大幅な戦闘能力のアップを果たした。
更に、甘えを捨て去り、トップになるべき者の自覚が芽生えた事により、これまでのおちゃらけた部分は消えていた。
そして約束の一週間後。 満場一致で黒夢の新たなボス、神魔の双眼·イーヴィルが誕生したのだった。
崇彦が新たな一歩を踏み出したその頃、残された光輝と瑠美は……
次回『決断』
「安心して下さい。 光輝君の事は、私が絶対に守りますから」