第128話 篠田マリーンの生涯
篠田マリーンは、幼少の頃から周りの女の子に比べると大人びた雰囲気をもった少女だった。
そして、その頃から変わらず、彼女を称する言葉として、“恋多き女”と呼ばれていた。
惚れっぽい彼女は、狙った獲物は絶対逃さなかった。 その巧みな女子力の高さで、男たちを掌で転がして来たのだ。
本来、彼女の様なタイプは同性から嫌われるパターンも多いのだろうが、彼女はその恋愛テクニックを周りにも教え伝える事で、“恋のカリスマ”と呼ばれ、頼られる存在となる。
その後も有用なギフトに目覚めて国防軍に入隊。 そこでも、持ち前のコミュ力と知識、洗練された女の利点を活かし、国民のアイドル的存在のネイチャー・ストレンジャーの一員となる。
全てが順風満帆だった。 富と栄光。 そして恋も……想いを寄せていたネイチャー・レッドは、既に同僚のネイチャー・グリーンと交際していたが、巧みなコミュ力で自分に惚れさすのも時間の問題だと思っていた。
だが、そんな日常は突然崩れ去る。 たった一人の男によって……。
ネイチャー・ストレンジャーは、闇の閃光と呼ばれるブライトと交戦の末、レッドとグリーンを失ったのだ。
想い人を失ったマリーンは、ブライトに復讐を誓う。 マリーンにとって、死んでしまった故にレッドがオトせなかった初めての男になってしまったから。
全てはブライトに復讐する為。 その為に、当時の国防軍大将である権田と手を組み、暗躍した。 唯一のアイデンティティーを失い、心が壊れつつあったのだ。
だが、そんなマリーンの心を癒したのは、これまで目もくれていなかったネイチャー・イエローだった。
イエローは、マリーンに想いを伝えた。 思えば、今までマリーンは自分から告白する事ばかりで、相手から先に言われる事が無かったのだ。
これこそが真実の愛だと感じたマリーンの心は満たされた。 だが、その時間はあっという間に終わりを告げる。
またしても、ブライトの手によって、イエローが殺されてしまったのだ。
マリーンの心が、完全に崩れ去った……。 それと同時に、愛する者を失った深い悲しみと、ブライトへの激しい怒りは、彼女を覚醒させるに至った。
その身を犠牲にして、ブライトを殺害する事に成功。
これで、愛する人の待つ天国へ行ける……と思っていた彼女が目を覚ました場所は、光輝の中にあるリバイブ・ハンターが創り上げた空間だった。
訳が分からず佇んでいると、光輝が眠っている事に気が付く。 そして、意識を取り戻した光輝を見て、彼女は悟った。 この男は、蘇るんじゃないかと。
許せなかった。 赦せなかった。
自分は命まで懸けて相討ちに持ち込んだにもかかわらず、それが無駄になるのだから。
しかも、ブライトは自分のギフトまで習得し、終いにはマリーンを燃やし尽くしたのだ。
無駄だった。 全て。 イエローの仇は取れなかった……と、永遠の眠りを覚悟したマリーンだったが、気が付けは相変わらず光輝の中にいた。
それからは、常に光輝の内側から、ブライトの活躍を眺める日々が続いた。
日が経つにつれて募る怨み。 怨念となり、小さな世界に閉じ込められている自分と、どんどん世間の評価が上がっていくブライト。 怨念はどんどん自分の姿形を変えていき、気が付けば友だちからは平安時代の美人と言われた美貌が、井戸から出てくる怨霊の様になっていた。
だが、光輝の中にいるマリーンだからこそ、早い段階で光輝の異変に気が付く。 次第に変わっていく光輝を。 そして、ドイツでの衝撃的なリバイブ・ハンターの秘密。
桐生を殺さなければ光輝は自我を失う。 にもかかわらず、光輝は自らその道を選び、気が付けばマリーンと同じ空間に現れたのだ。
当然、光輝は憎い。 愛する人の仇だ。 でも、長い間の孤独は光輝が現れた事で感じなくなったし、内側から光輝を見ていて、光輝という人間が正義に憧れながらも、正反対の道を苦しみながら生きているのを見ていて、いつしか光輝に惹かれていく自分に気付く……。
認めたくなかった。 だから、いつも憎まれ口を叩いてた。 そこには恋のカリスマと言われたマリーンの姿は無く、まるで幼稚園児が好きな子に意地悪するかのごとく振る舞ってしまっていたのだ。
そして……目の前に風香が現れた。
妹の様に可愛がっていた風香に対して、レッドと交際していたグリーンには感じなかったジェラシーを抱き、ことさら強く光輝に当たるようになっていた。
だが、今。 倒れた風香を救えずに、泣きながら絶望している光輝を見て……マリーンは決心した……。
『光輝……もう一度、掌を風香の胸にあてて』
「…………」
光輝は何も言わず、言う通りにした。
『勘違いしないでね。 私は、あくまでも風香を助けるんだから……』
光輝の掌から、一際強い白炎が放たれる。
「まさか……マリーン?」
『おまえが苦しむ姿はもう充分に堪能させてもらった。 だから、そろそろ天国で待ってる虎次郎の下へ行かなきゃと思ってね』
光輝は何も言えなかった。 風香の為だとは言っていたが、あれだけの事をした自分を、マリーンは最期に己の存在を消してまで助けてくれるのだから。
「……ああ、風香が息をしたよ! 光輝!」
風香が……僅かに呼吸し始めた事に、瑠美は安心から笑顔を浮かべる。
「……ああ。 良かった……本当に」
そして、それがマリーンにどんな影響を及ぼすかを知っていた光輝は、少しだけ複雑な心境を抱く。
『光輝、おまえは幸せ者だね。 わ、わたしは違うけど、あの桐生が命を懸けておまえを救ってくれたんだから。 今のおまえが出来る事は、桐生のためにも、アンノウンを倒す事だからね』
(ボス……)
なんで自分なんかのために? と、自分を責めていた光輝だったが、不思議とマリーンの言葉がスッと胸に響いてきた。
(ボスのために出来る事……。 そうだ、あのボスが、俺に託してくれたんだ。 落ち込んでる暇も資格も、俺には無いんだ)
『フフフッ……でも光輝、おまえは例えアンノウンを倒せたとしても、これから死ぬまで私に負い目を感じながら生きて行くんだよ。 それが、私の復讐だ』
これに、光輝も心の中で言葉を返す。
(ああ……。 負い目でも良いよ。 絶対に、俺はアンタを忘れないよ、マリーンさん)
マリーンのハートがコルトパイソンで撃ち抜かれた様にズキューンとなった。
『か、勘違いしないでって言ったでしょ!! こ、今度は天国から、虎次郎と一緒におまえの苦しむ姿を見てやるから!』
(ああ。 しっかり見ててくれ。 本当に、ありがとう)
『~~~~キイイイィッ! じゃあね!』
(ありがとう。 あの世で会ったら、ネイチャー・ストレンジャーの皆には一応謝っておいてくれ。 それまで、さようなら……)
光輝の中から、マリーンが消えていく……。
『さようなら、光輝。 私が、最期に愛したヒト……』
こうして、篠田マリーンは二十五年の生涯と一年半の怨霊期間の幕を閉じたのだった……。
進化した光輝に崇彦が抱いた初めての感情。それは、二人の完全な決別を意味していた。
次回『パーフェクト・ブライト』
「ボスの代わりは……この俺がする! 俺じゃなきゃ駄目なんだ!」