第127話 絶望
ハルマゲドン。 人類とフェノムとの最終戦争、その真の最終決戦において最後までアンノウンに立ち向かった人類は三人。 当時、人類最強のトップスリーと目された鬼島、桐生、そしてエルビンだった。
鬼島は全ての力を振り絞ってアンノウンの体力を削り、戦闘不能に陥った。
そして、エルビンはワールド・マスターを限界まで使用してアンノウンの動きを止め、トドメの一撃を桐生に託す。
桐生の渾身の一撃は、アンノウンに多大なダメージを与えたが、致命傷を与えるまでには至らなかった。
そして、エルビンは己の命を懸けて、弱ったアンノウンを封印したのだった……。
崇彦は、強大なオーラのぶつかり合いを察知し、その場に向かって一心不乱な森を駆けていた。
(くそっ……間に合ってくれ!)
「それにしても、なんてオーラ同士のぶつかり合いだよ!」
崇彦と、その崇彦の様子を心配して着いてきた瑠美は、黒夢仙台支部に転移後、猛スピードで山中を移動していたのだ。
「間違いない! ボスと……光輝が戦っている!」
「光輝が!? ちょっと崇彦、説明してよ!」
他に類を見ない程の強者のオーラが二つ。 その二つが激突しているのを感じ取った崇彦は、その二つのオーラが桐生と光輝のものだと確信する。
「光輝が……光輝がここにいるの!?」
瑠美は、何が何だかさっぱり把握していない。 取り乱した崇彦を放っておけずに着いてきたのだが、まさかこの場に光輝がいるなどと思ってもいなかった。
(一体どういう事なのよ? 光輝が見つかったの? しかも、なんでボスと!?)
焦燥する崇彦から事情を聞き出すのは、今の状況を考えると難しいだろう。 だから、今はただ、この激突するオーラの場所まで急ぐしかないのだと割り切った。
これ以上ない程に全速力で走り続ける崇彦は、現場が近い事に気付いていた。
(もうすぐ……もうすぐだ……見えた!)
「ブライト……さあ、殺せ。 そして、戻って来い。 戻って来て……世界を救えっ!」
「死ネェ、能力者アアァッ!!」
ブライトがフラッシュを発動しながら、桐生目掛けてロンズデーライトの短剣を突き出した!
眼の前の光景を、崇彦は整理する事が出来なかった。
だから……咄嗟に桐生を守る為、イビル·アイを発動してしまった。
「やめろおおおおっ!!」
一筋のレーザービームは、ブライトの心臓目掛けて飛んでいく。 その攻撃を全く予想出来ていなかったブライトは無防備で、直撃すれば即死は免れないだろう。
「光輝君!」
……そのレーザービームに反応した風香の身体が自然に動いた。 崇彦にウォーター·アローを放ちつつ、ブライトを庇う様に立ちはだかったのだ。
そして……レーザービームは、風香の心臓を貫いた……。
……と、同時に、ブライトの刃も、桐生を貫いていた……。
「あ………………」
桐生と風香。 同時に二人を襲った凶刃に、光輝の頭の中は真っ白になる。 状況を理解出来ず……いや、理解しようとするのを拒否していた……。
そんな光輝の感情が乗り移ったのか、ブライトもまた、呆然とした表情で桐生を眺めていた。
すると、桐生が両手でブライトの顔を挟む。
「なんて顔してやがる……。 俺は、おまえに託すんだ。 しっかり……頼むぞ……」
桐生は、アンノウンとの決戦を思い出していた。
(結局、俺ではアンノウンを倒す事は出来なかった。 そのせいで、人類は最高のスペシャリスト・エルビンを失った。 アンノウンが復活すれば、人類は再び未曾有の危機に陥る。 その為の準備はしてきたが、最後のピースだけが欠けていた)
「おまえだ……。 おまえが、最後のピース……アンノウンを……しとめろ」
走馬灯の様に蘇る激闘の日々。
アンノウンを封印し、一時でも人類に平和が訪れると信じていた。 だが、そうはならなかった。
アンノウンの打倒と平等な社会。 この二つを実現する事だけが、桐生の宿願だった。
平等な社会の礎は創った。 だが、アンノウンの打倒は、どうやら見届ける事は出来ないだろうと覚悟していた。
(まさか、この俺が病に倒れるとはな……いや、俺は病に負けるんじゃない。 次世代に、全てを託して逝くのだ)
「ぐふっ……おまえに、全てを託す……。 黒夢を……人類を、頼んだぞ……」
桐生は……立ったまま絶命した……。 その表情は、一点の曇りも無く、晴れ晴れしたものだった……。
光輝の目の前が真っ白になる。 そして次の瞬間、目を開けると、そこには微笑んだまま動かなくなった桐生がいた。
……光輝は、自我を取り戻したのだ。
「あああ………………あああああっ!!??」
絶望。 これまで、幾多の試練を経験して来た。 だが、これほどの苦しみや悲しみを味わったのは、これが始めてだった。
桐生は、自分にとって生きる術を、生きる糧を与えてくれた恩人だった。 その恩人を殺してまで生きる選択肢など、絶対にあり得なかった。 だからこそ、姿を消したのだ。
なのに、自分は結局、桐生をこの手にかけてしまった。 取り返しのつかない事をやってしまったのだ。
一方、風香のウォーター·アローは、崇彦に直撃した。
「ぐっ……」
「崇彦!?」
瑠美は、倒れた崇彦に声をかけるが、直ぐに視線を桐生と、ブライトと、そして風香に変えた。
「……嘘でしょ……。 なんなのよ、これ?」
立ち尽くす桐生と、叫びながら号泣するブライト。 本来ならどちらも無視できる訳がない状況だったが、この時の瑠美は迷う事無く風香の下に駈け寄った。
「風香! しっかりして、風香!」
イビル·アイは、風香の胸を貫いていた。
「嘘でしょ……こんな! 光輝! 早く風香を治して!」
だが、ブライト……光輝は、天を仰いだまま動かない。 全ての思考を停止し、現実から逃避していた。
そんな光輝の頬を、瑠美が目一杯叩く。
「このままだと風香まで死んじゃうのよ!? アンタ、それでもいいの!?」
「……………………風……香? 風香!」
倒れた風香を見た瞬間、光輝の思考が戻って来る。 慌てて風香の胸元に手をかざし、セル·フレイムを発動すると、脳裏でホワイトが語りかけて来た。
『無理だわ……この傷じゃあ、もう風香は助けられない』
イビル·アイは、風香に致命的な傷を与えた。 既に息は無いのだ。
「頼む! 助けてくれよ……なあ!」
必死でセル·フレイムを発動し続けるが、傷口は塞がるものの、風香の意識が戻る気配は一向に感じられない。
『……私は、おまえが苦しむのを見るのが宿願だった。 だから、今、私の望みは叶ってるのよ』
「くっ……頼むよ! そんなに俺が憎いなら、いくらでも呪い殺してくれていいから! だから、風香を助けてくれよ、もう、これ以上大事な人を失いたくないよ!!」
光輝が誰に訴えかけてるのかは分からなかったが、瑠美も必死で風香に声をかけ続ける。
「風香、お願い、目を覚まして!」
『セル·フレイムは万能じゃ無い。 それは、前にも言ったでしょ。 即死する程の……蘇生させる力は無いんだから。 でも、方法が無い訳じゃあ無いわ』
「方法? 教えてくれ、どうやったら風香を救えるんだ!?」
ホワイトは、少しだけ沈黙した後……不気味に笑った。
『ヒッヒッヒ……魂を取り戻すには、魂が必要なのよ。 そう……私の様な、強い意志を持った、魂がね!』
肉体を失ったホワイトが存在出来るのは、怨念という名の絶対的な意志を持っているからだった。 その意志を全て風香に注ぎ込めば、蘇生に限りなく近い出来事を実現させる事が出来るのだと、ホワイトは確信していた。
だが、それはつまり、ホワイトの思念が完全にこの世から消え去る事を意味する。 光輝もそれに気が付かない訳がなかった。
「……頼む。 風香を助けてくれ。 おまえの気が済まないなら、俺も一緒に死んでやる。 だから、風香を助けてくれよ!」
「死んでやるって……何言ってんのよ光輝!」
光輝と、光輝の内側にいるホワイトの会話は、当然瑠美には聞こえていない。
『随分都合の良い言い分だねぇ……。 おまえは! 私から大切な人を奪った! 一度ならず二度までも! 今度はおまえの番だろ? 苦しめ! 失ったものの大きさに、自分の無力さに、押し潰されてもがき苦しめ! キャハハハハハッ、キャハハハハハッ!』
風香が息を引き取ってから、既に一分が経過していた。 普通なら、心肺が蘇生する可能性が限りなく低い時間帯だ。
それでも、光輝も瑠美も、諦める事はなかった。
「風香……風香!」
「起きなさいよ……ほら、今度、行けなかった海にでも行きましょ! あの時買った水着、結局着る機会無かったもんね!」
止まらない涙を流しながら、それでも二人は必死に風香に呼び掛ける。
『……責めないの? 私を。 おまえへの怨みで、私にとっても妹みたいな存在だった風香を見殺しにしようとしている私を』
「……俺に、アンタを責める資格は無いだろ。 俺がアンタの大切な人を奪ったのは事実なんだから……。 風香を救ってくれるならなんでもするさ。 でも、アンタに無理強いする資格は、俺には無いだろ」
『………そう。 そうだろうね……』
そして……遂に、光輝はセル・フレイムの発動を止めた。
「光輝……? なにしてんの、まだ……」
「ボスには悪いけど……大切な人を一人も守れなかった俺に、世界を救うなんて無理だ……。 せめて、風香が寂しくないように……」
光輝がロンズデーライトの刃を自分の首筋に突き付ける。
「俺も一緒に逝くよ……」
『!?』
刃を押し込む……が、瑠美が体当たりでそれを阻止した。
「バッカじゃないの!! アンタが死んで誰が喜ぶのよ!?」
光輝は倒れたまま、仰向けになって空を仰ぐ。
「……もういいだろ? 疲れたよ……」
瑠美が、倒れた光輝の胸ぐらを掴む。
「風香も、ボスも……多分だけど、自分の命を懸けてアンタを助けたんじゃない! 情けない事言わないでよ! そんな光輝は……私の好きになった光輝は、そんな弱虫じゃ無い!!」
瑠美の唐突な告白は、彼女の偽らざる本心だったが、自分の想いなどどうでもよかった。 それ以上に、光輝の為に命を懸けた桐生と風香の行動を無意味にしてしまう事を、光輝にはして欲しくなかったから。
絶望の中、光輝の脳裏に響き渡る声。それは……
次回、『篠田マリーンの生涯』
「さようなら、私が最期に愛したヒト……」