第119話 乙女の決意
風香の口から語られた光輝との出来事に、華撃隊のメンバーは全員言葉を失っていた。
想い合う2人が、運命のイタズラの様に敵同士でめぐり逢い、そして決別した。
なんの因果か、いや、その因果が彼女達を結び付けたのだが、華撃隊のメンバーは全員少からず光輝に好意を抱いていた。
もし、自分が風香の立場になっていたとしたら、果たして耐えられていただろうか?
どれだけ考えても、結局風香以外は光輝と想いを繋ぎ合わせる事が出来なかったのだから、答えが出る事はなかった。
「……それで、なんで光輝はこんな場所で、こんなにボロボロになってるの?」
ブライトの特製ボディースーツは至る所に穴が開き、マスクは素顔を隠す事が出来ない程にボロボロ。
そして、先程の光輝の様子は、明らかに常軌を逸していた。
「分かりません。 光輝くんはブライトとして、複数の高ランクギフトを所持してました。 でも、私の見立てではどれも光輝くんに発現した本来のギフトでは無い気がするんです。 それこそ、財前元帥が秘蔵する程の、稀有なギフトなのかもしれません」
財前が秘蔵とする程のギフト。 どれか一つでも所持していれば国防軍でもトップクラスとなれるギフトを複数所持し得る能力が、光輝に目覚めた本来のギフトなのだとしたら……考えられる答えは一つだった。
「強力なギフトには、何らかの制約が存在すると聞いた事がある。 もしかしたら、光輝様の身に起きている現象も、ギフトによる弊害なのかもしれないわね」
核心をついた吉田の言葉に、幼い頃からヒーローに憧れていた光輝をずっと隣で見てきた梓は、涙を流して膝を着いた。
「そんなのって酷いよ。 ずっと、正義の味方に憧れて、必ず国防軍に入るって言ってたのに、ギフトに目覚めるのが遅れたからって、正反対の立場でもあるフィルズ組織の一員になって……その上、そのギフトのせいでこんな事になるなんて。 これじゃあ、あんまりだよ!」
実際は様々なめぐり合わせやタイミングが重なってしまったからなのだが、それを知らなくても、光輝がどれだけ苦しんだのかを想像し、梓はいるかも分からない神様を恨んだ。
それぞれが胸に複雑な想いを浮かべ、暫しの沈黙が流れた。そして……
「皆さんにお願いがあります」
意を決した様に、風香が口を開いた。
「表向きは粛清されたと公表されているブライトをこのまま連行したとしても、今度は本当に殺されるかもしれません。 だから……ここで光輝くんを見た事は、皆さん黙っててくれませんか?」
「気持ちは分かるが、光輝様をこのまま放置する訳にはいかないだろう?」
「私に……時間を下さい」
風香の言葉の意味が理解できず、華撃隊の面々の視線が風香に集中する。
「皆さんは、このまま本部に戻って下さい。 そして、ブラックホールからレベル9のフェノムが現れたけど、撃退したと。 この地域は暫くは安心だと報告して下さい」
「いや、それは良いけど、風香はどうするの?」
風香は、まだ眠ったままの光輝の頭を撫でながら笑顔を浮かべた。
「私の、最初で最後のワガママです。 もう、光輝くんと離れたくない。 このまま、ここで光輝くんと暮らします」
風香は、華撃隊の隊長であり、国防軍の中将でもある。 すでにその進退は、自分の意志だけでどうにか出来る立場では無いし、もし風香が抜けたとしたら、華撃隊は間違いなく解散になるだろう。
だが……彼女達は誰一人、風香の願いを否定しなかった。
「……仕方ない隊長だな。 でも、なんの理由も無く除隊するなんて上層部が認める訳が無いから、暫くの間は休暇だと申請しておこう」
「そうだね。 それに、最近の風香に心労が重なっていたのは上層部も把握してるだろうし、フェノム再来も一段落したから、静養だって言っても怪しまれないかもね」
吉田と梓は、風香の願いを叶えてあげたいと思った。 それは、他のメンバーも同じ。まるで、自分が出来なかった事を、風香に託すかのようだった。
「ありがとう、皆。 本当に……」
「ちょっと、今生の別れみたいな雰囲気出さないでよね。 私達華撃隊はいつでも待ってるから。 光輝が嫌になったらいつでも帰ってきてね」
梓がそう言うと、風香は大粒の涙を溢した。
幼少の頃から、同年代の子どもと一緒にいる機会に恵まれなかった。 そして、生まれてはじめて出来た友達との出会いは、本当に素晴らしい出会いだったのだと。
華撃隊のメンバーが山を降りていった。
風香はまだ、目覚めない光輝を膝枕しながら、自分の決断について考えていた。
(子どもの頃から、将来の国防軍を背負う存在になるために、おじいちゃんの英才教育を受けてきた。 最初は嫌だったけど、いつの頃からか自分でも、将来国防軍の大将になるのが夢になってたのに……まさかこんな形で夢を捨てる事になるなんてね)
「…………うっ、あれ? ふうか?」
華撃隊が去ってから一時間。 ようやく光輝が目を覚ました。
「あっ……酷い頭痛に苛まれていたみたいですけど、大丈夫なんですか?」
「ふうか! ゆめじゃなかったんだ! おれ、ずっとあいたかったんだ!」
「フフフ…私もあぶぶっ!?」
突然、光輝は確認するように風香の顔を両手で触りまくる。
「ちょっ、光輝くん!?」
「ほんものだー。 ほんものだー! よし、おうちへかえろう!」
そう言うと、光輝は強引に風香の手を引いて歩き出す。
そして、光輝に手を引かれて歩く事1時間。 目の前には、木を適当に重ね合わせて辛うじて雨風を凌げる程度の小屋があった。
「ついたー! ここ、おれんち!」
「おれんちって……」
中に入ると、部屋の広さは六畳程。 英雄の孫として裕福な環境で育ってきた風香にとって、それはとても人が住むような場所ではなかったが、それでも風香の決心は揺るがなかった。
(ここが、新しい二人の新居……って、考えたら緊張してきた!)
光輝と二人だけの生活を思い浮かべ、思わず我に帰って顔を真っ赤にする風香。
だが、光輝はそんな風香の様子などお構いなしに、いきなり風香を抱き上げた。
「キャっ!?」
「ふうか、ゆめじゃない! ほんとにふうかだ!」
目を潤ませながら、光輝は嬉しそうに風香の名を呼ぶ。 それは、普段の光輝からは想像できないほどの、素直な気持ちをダイレクトに表した態度だった。
「ふうか、ここで、ずっといっしょにくらそ!」
その言葉に、風香はどこか安堵した。 勝手に光輝と暮らすなどと言ってはみたが、肝心の光輝に断られたらどうしようかと考えていたから。 ……仮に断られても居座るだけの覚悟はしていたが。
「う……うん。これからは、ずっと一緒だよ」
「ほんと!? やったー!!」
光輝の変化。 国防軍での進退。 自分の人生。
考える事、悩める事は沢山あったが、それでもこの時の風香には、全てを忘れて思いのままに生きると決めた解放感とも云うべき感情が支配していた。
(いずれはこの場所を離れなければならないし、世界を転々とする逃亡者の様な生活が待ってるかもしれない。 でも、私は後悔しない。 だって、この世で最も大切な人と一緒にいられるんだから……)
その感情が、世間を知らぬ若さから来るものである事を、風香は後に思い知らされる事になる……。