第118話 揺れる心
――半年前
ナンバーズの面々が各地の爆弾処理にあたっている頃、光輝たちは羽田に到着していた。
「じゃあ早速本部へ向かい、まずは状況を聞こう」
崇彦の言葉に、光輝と瑠美が頷く。ちなみに、ハンナは折角なのでもう少しドイツに滞在してから帰る事になっていた。
光輝の、今回の陽炎との決戦を最後に黒夢を抜ける意思は変わっていない。
もがき苦しんでいた自分を救ってくれたのは、そして自分に目的を持たせてくれたのは黒夢であり、桐生だ。その恩に報いるために、最後に自分が出来る事は精一杯やらなければならない。そう決心していた。
(ボスを殺せば、俺は生き長らえる事が出来る。でも、何度考えても、そうまでして生きたいとは思わない……。 自分でも感情が失われつつある自覚はあるけど、このボスに対する恩義を忘れていない限り、俺はまだ大丈夫だ)
自分の死を、決して楽観視している訳では無かったが、この状況でも自分の命よりも仲間の命を優先する事が出来ている自分が、光輝は少しだけ誇らしかった。
「さ~て、じゃあ空港の外に出たら、早速転移石で……え? なんで……」
足早に空港の外へ出ようとしていた三人の前に現れた人物に、崇彦は言葉を失い、光輝の頭の中には激しい感情が沸き上がった。
「ドイツでの任務、ご苦労だった」
黒いロングコートに身を包んだ長身のナイスミドル。黒夢のボス・桐生だ。
「ボス……なんでここに? ラインさんの話だと、また単独任務に出たと……」
「その単独任務の一環で、ブライトの力を貸して欲しくてな」
崇彦は内心の焦りを隠して光輝を見る。光輝は頑なに自分の命よりボスの命を優先する態度を崩さなかった。だから、きっと大丈夫だと信じながら。
だが……
「……ぐっ…………」
光輝は、焦点の合わない眼で、崩れそうになる表情を必死で隠しながら堪えていた。
(なぜボスが!? 頭では、俺の考えは変わっていない。なのに、少しでも気を抜くと、このままボスに飛び掛かってしまいそうだ……!)
無意識に、光輝は自分の掌を口元に持っていき、強く噛んだ。血が流れれば異常に気付かれるので、セル・フレイムで治療しながら。
「……どうしたブライト。様子がおかしいみたいだが……」
「い……いえ、なんでもありません」
(落ち着け……。落ち着け、俺! ボスは殺さない……絶対に!)
必死に沸き上がる殺意を押し込める。すると、完全にでは無いが、次第に昂った感情が沈んでいった。
「それで……なんでボスがここに? 今、陽炎の事で大変なんですよね?」
光輝の事は心配だったが、崇彦は状況を把握する為に桐生に話題を振る。
「ああ。そっちは俺がいなくとも大丈夫だろう。だろ?」
桐生からは、自分がいなくとも黒夢は大丈夫だという信頼が見られる。実際、崇彦も心のどこかでは自分達がいなくとも、ジレン達ナンバーズがいれば陽炎に遅れをとる事など無いだろうとは思っていた。
「というわけで、ブライトに重要な任務を持ってきた。今すぐ実行に移してもらう」
桐生からの緊急任務。黒夢の中で、桐生から直接降りる任務はそう多くはない。その上、今は陽炎との交戦真っただ中にもかかわらず敢えて直接伝えに来たのだから、崇彦も若干驚いていた。
「任務ですか……。それが組織の為になるのなら、俺は問題ないですよ」
既に表情は冷静さを装っている。ただ、身体中から滲み出る汗は止めようもなく……。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
桐生がそんな光輝の異変を見逃す訳もなかった。
溢れ出る殺意の衝動。それでもまだ、光輝はこの殺意を抑え込む事が出来た。
「……いえ、単なる飛行機酔いです。 じゃあ、行きましょうか」
大きく深呼吸をし、光輝は平静を取り戻す。
「ちょっ……」
引き止めようとした崇彦を、光輝は視線で制する。大丈夫だと、絶対に、桐生には手を出さないという意思を込めて。
去っていく桐生と光輝の後ろ姿を、崇彦は黙って見ていることしか出来ず、瑠美もまた言い知れぬ予感が過った。 ……もしかしたら、もう光輝とは会えなくなるかもしれないと。
――現在
桐生に殴られたイーヴィルは、ティザーやヴァンデッダと別れ、自室のベッドに横たわっていた。
(どうすりゃ良かったんだよ。 何もかも、正直にボスに報告すりゃ良かったのか?)
今となっては、ボスに報告していれば、もしかしたら自分では思い付かなかった様な方法で、何とかしてくれたのかもしれないと思わない事もなかった。
結局、桐生はリバイブ・ハンターの秘密を知ってしまったのだろうとは理解した。
その上で、いかに自分が無力なのかを痛感していた。
「くそっ……。俺なんかじゃ光輝の居場所が分かったって、何にも出来な……」
まだ推測でしかないのだが、ヴァンデッダからの情報で、光輝の居場所が分かった。
だが、情報の出所からすれば、同じ情報を桐生も知ったハズだ。
「……まさか!?」
イーヴィルは血相を変えて桐生の部屋へと向かう。とてつもなく嫌な予感が頭の中をグルグルと駆け巡り、途中ですれ違ったティザーにも気が付かなかった。
「失礼します!」
ノックもせずに桐生の部屋のドアを開ける。だが、部屋には誰もいない。
そして、部屋を見渡すと、桐生のテーブルの上に紙が置いてある事に気が付いた。
「ちょっとイーヴィル、そんなに慌ててどうしたのよ!?」
イーヴィルの異変が気になったティザーが、遅れて部屋へとやって来た。
そこには桐生の姿はなく、紙切れを手に、背中を震わせているイーヴィルの姿が。
「……イーヴィル?」
「……駄目だ。 こんなの、駄目だ!」
そして、イーヴィルは再び駆け足で部屋を出る。
「ちょっ……なんなのよもう!」
ティザーもまた、イーヴィルを追い掛けた。イーヴィルの表情が真っ青で、目には涙を浮かべていたから、放っておけなかったのだ。
「駄目だ……ボス、待ってくれよ!!」
書き置きを読んだイーヴィルは、仙台へ向かうために転移室へ走る。
リバイブ・ハンターの秘密を知って以来、最も恐れていた展開を阻止するために……。
◇
―一週間前。
「ふうかだ! ふうかだー! あいたかったぞー!」
無邪気にはしゃぐブライト……光輝に、抱きつかれている風香も、そして、他のメンバーも唖然としていたが……。
「ふうか! ふう……あぐぅっ!? ぐわああああっ!!」
すると、光輝は突然頭を抱え、うずくまって叫び出した。
「光輝くん!? どうしたの!?」
風香が心配そうに光輝抱き抱える、
「いだい! いだい! あだまがぁっ!? ……がっ」
そして、光輝は力なく倒れ、気絶してしまった。
「光輝くん!? 光輝くん!!」
数分後。 風香の膝枕で気絶したままの光輝を囲む様に、各々ダメージを負った華撃隊のメンバーが集結していた。
「……風香、良かったらでいい。 どういう事なのか教えてくれないか?」
隊を代表して、吉田が風香に問い掛ける。
風香以外は全員、光輝は死んだと思っていたのだ。 なのに光輝は生きており、その上光輝があのブライトだったとなれば、誰もが困惑を隠せなかった。
俯いたまま、眠っている光輝を優しく見つめながら、風香は黙っていた。
そんな風香に代わって、梓が口を開く。
「光輝は……死んでいなかった。 私達の気が付かない間にギフトに目覚め、理由は分からないけどブライトとして生きていたんだね。 そして、風香はそれを知っていた。誰にも言わず……いや、言えずに」
風香が驚いた様に梓を見る。 先程まで、自分に対して敵対心を抱いていたであろう梓の表情は、どこか寂しそうだった。
「これも、理由は分からないけど、ブライトが光輝だって事は秘密だったんでしょう? 今の世相の流れからすると、財前元帥あたりから口止めされてたんじゃない?」
風香は梓の鋭い洞察力に驚いていた。 まさか、この少ない情報から財前まで辿り着けるなどと考えもしていなかったから。
そして今の財前なら、この情報が洩れたと知れば、華撃隊全体に何らかの罰を与えるかもしれない。そう考えた風香は口をつぐむ。
「……はぁ、風香ってさ、ホントに嘘が下手だよね。 全部顔に出てるんだもん」
そう言って梓が微笑むと、他のメンバーも笑いだした。
「え? 私、そんなに分かりやすいですか?」
「うん、だから、風香が光輝とブライトに二股かけてたなんて事は絶対に無いって、とっくに気付いてた。 でも、何か隠してるって思ったら私も意地張っちゃって……ごめんね、風香」
梓が、風香に対して深々と頭を下げる。 同じ様に、遥と、渡辺・大久保・近藤も、風香に謝った。
「ふぅ、一時は本当にこのまま隊がバラバラになるかと思ったけど、どうやら峠は越したみたいだね」
吉田だけは、心底安心したのか、その場に座り込んでしまった。
「さて……風香が私達に言えなかった理由はハッキリしてないけど、こうなったらもう一蓮托生よ。 聞かせてくれない、光輝様の事を……」
風香は、華撃隊のメンバー全員を見渡す。 誰もが、力強く頷いている。 それは風香にとって、とてつもなく頼もしい仲間達だった。
「分かりました。 では、お話しします……」
そして、国防軍による白夢襲撃作戦からこれまでの事を、仲間達に話し始めたのだった。