第115話 疑問の答え
「!? この気配は……」
梓達の前にガイアドラゴンが出現した頃、風香はその異様な気配に気付いていた。
「どうしたの?」
気配の察知に優れた風香は気付く事が出来たが、吉田には感じる事が出来なかったようだ。
「なにか……強大な存在が現れたみたいです。 もし、梓さん達が遭遇していたのだとしたら……皆が危険です!」
直ぐに気配のする方向に走り出した風香に、吉田も続く。
数分間走っていると、前方から大久保が向かって来ていた。
「大久保さん!」
「良かった! 大変なの! ガイアドラゴンが現れて、今梓達が足止めしてるの!」
大久保は涙を流していた。仲間を置いて、自分だけがその場を去らざるをえなかった悔しさから。
「まさか、ガイアドラゴンが……。 この地域にはこれまでもブラックホールは出現してたのか、それとも新たに出現したのかは分かりませんが、とにかく急ぎましょう!」
華撃隊最速の大久保が現場を離れてから既に10分以上経っている。ここから全速力で戻ってもやはり10分はかかるであろう。
「みんな、どうかご無事で!」
梓達の力量と、直接見た事は無いもののレベル9のフェノムの力量を想像し、一刻を争う状況だと判断した風香は、全速力で走り出していた。
◇
「はぁ、はぁ、はぁ、なんなのよ、このトカゲ野郎は……」
全身血だらけで満身創痍の梓と、既に気を失って倒れている遥。
目の前には、どこまでも余裕な雰囲気を醸し出しているガイアドラゴン。
もし、ガイアドラゴンがその気になれば、数秒後には梓と遥は消し飛ばされてしまうだろう。
まさに、絶体絶命の状況だった。
梓の脳裏に、風香の顔が浮かぶ。
(今分かった。 口では、風香が光輝を騙していたとか、隠し事をしているからムカつくだとか言ってたけど、やっぱり私は、ただ風香に嫉妬してただけなんだ。最後に、光輝に想われていた風香に……)
「フフフッ、ごめんね、風香。 結局私は、光輝の時と同じ過ちを繰り返しちゃったんだな……」
梓は、比呂の口車に乗せられはしたが、結局光輝の事を信じきる事が出来なかった。結果、光輝が死んでしまった事で、心に大きな傷を負ってしまった。
そして今回。梓は風香を信じきる事が出来なかった。頭では分かっていたのに、心が風香への嫉妬心を隠せずに。結果、自分のみならず、親友や仲間達を危機にさらしてしまった。
梓は倒れた遥の胸元に、野球ボール程の鉄球を忍ばせる。
「これが、私の最後のマグネット・フォースだ!」
そして、遠方に向かってマグネット・フォースを発動し、最後の力を振り絞って遥を放り投げる。
遥は引き寄せられる様にグングンと飛んでいき、マグネット・フォースが発動されたポイントまで移動する事に成功した。
「衝撃で死んでないよね? でも、もう限界……。指先すら動かせないわ……」
力なくその場にへたれ込む梓だったが、辛うじて遥だけは遠くへ逃がせた事に少しだけ安堵していた。
(クボちゃんがこの場を離れてもうすぐ20分。 流石に、もうそろそろ風香達も来てくれるよね……多分、私はもう間に合わないだろうけど)
梓の行動に、ガイアドラゴンはつまらなそうに溜め息を吐くと、大きく口を開いた。戦う意志の無くなった小動物にトドメを刺す為に。
梓は、観念するように目を閉じた。
(ああ……あの世で光輝に会えるかな。 これまでの事、ちゃんと謝って、もし許してもらえたなら、また昔みたいに……)
「ブゥワアアアアアア……ベラッ!!」
咆哮が寸断され、同時に聞こえた大きな衝撃音に、梓は目を開ける。そこには、ボロボロの黒いマントとボディースーツに身を包んだ男が立っていた。
顔を覆っていたであろうマスクは、もはや目元しか残ってない。それでも、梓はこの男が何者であるかに気が付いた。
「ブ……ブライト? 死んだハズじゃ……」
ブライトが梓を見た。その身から漂う圧倒的強者のオーラに気圧され、梓は身動きが出来ない。
だが、ブライトの、マスクが目元しか残っていない顔を見ているうちに、梓は大きな疑問を抱いた。
(似てる……、光輝に……。 いや、そんなハズは……)
「グギャアアアアッ!!」
見るからに分かる怒りの形相で叫ぶガイアドラゴンに、ブライトは目を向ける。そして、猟奇的な笑みを浮かべ、飛び掛かって行った。
「ゴギャアッ!?」
硬質化された拳がガイアドラゴンの腹を撃ち抜くと、あれだけ梓達の攻撃を受けてもビクともしていなかったガイアドラゴンが情けない声を上げる。
斬撃が一閃。ガイアドラゴンの羽根が斬り落とされる。
「アギャアアアッ!?」
ガイアドラゴンの全身を、漆黒の炎が包み込む。
「ンギャアアアッ!!」
先程まで絶対的な強者の風格すら漂わせていたガイアドラゴンは、更なる強者の前に、まるで怯えた猫の様に情けない悲鳴を上げる事しか出来なかった。
そして、ブライトがニヤリと笑い、ガイアドラゴンの顔面に飛び掛かって……
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラアアーッ!」
無数に拳を叩きつけ、最後の一撃でガイアドラゴンの頭部は木っ端微塵に吹き飛んでしまった……。
ガイアドラゴンの返り血を全身に浴びたその姿は、まさに悪魔としか言えず、梓は先程抱いた疑念を忘れ去って呆然としてしまった……。
◇
「この、強大なオーラは!?」
全速力で梓達の下へと向かっていた風香は、ガイアドラゴンとは比べ物にならない程の圧倒的なオーラを感じた。
そして、それは吉田や大久保も同じ。
何か、とてつもない存在がいる。その不安が、3人の足を加速させた。
「……これは、何が起きたんだ?」
現場に到着した吉田が見たものは、頭部が無くなり横になっているガイアドラゴンの亡骸と、その傍に佇む漆黒の男だった。
「梓! 無事で良かった! 他の3人は!?」
大久保が梓の下に駆け寄る。
「え? ……ああ、この場にはいないけど、死んではいないハズ」
受け答えはしつつも、梓はまだ呆然としている。その眼は、ブライトにクギズケのままで。
そして……この場に着いた瞬間から、立ち止まって黙ってしまった風香が、思わず洩らしてしまった。 ……彼の名を。
「こうき……くん?」
その言葉は、吉田と大久保には理解できなかったが、梓の疑念に対する答えとなった。
「光輝……。 そう、だから風香は……」
梓の中で、パズルのピースが合致した。風香は二股などしていなかった事。そして、何を隠していたのか、隠さなければならなかったのかを。
「貴様はブライト!? 生きていたのか!」
死んだと言われていたブライトが突然目の前に現れたのだ。吉田は危険を感じ、戦闘モードでブライトと向き合う。
それがトリガーとなったのか、ニヤリと笑みを浮かべたブライトから、凶悪なオーラが放出された。
「こ、こんな…………悪魔めっ」
絶対に敵わない。 吉田に一瞬でそう感じさせる程、ブライトは凶大だった。
「なっ!?」
ブライトが消える。そして次の瞬間、吉田はブライトの裏拳で吹っ飛ばされてしまった。
「ひいっ!?」
大久保は動けなかった。 自分に向けられたブライトの敵意にあてられて。
「くひっ……じゃくしゃどもが……」
明らかに異常者と感じさせる様な口調で、ブライトが不気味な笑みを浮かべる。そしてまた、次の瞬間には大久保は前蹴りで地に伏せさせられてしまった。
「つぎはおまえか?」
ブライトが梓を見る。だが、梓は動かなかった。その視線をブライトから外すことなく。
「うわああああっ!!」
横から、バーニング・ブラッドを発動して筋骨粒々となった吉田がブライトにタックルで突っ込む。
だが、ブライトは微動だにせずに吉田を受け止めると、吉田の顔をまじまじと眺める。
「おまえ、どこかであったか?」
吉田もまた、超至近距離でブライトの顔を見た事によって、梓と同じ答えに辿り着いた。
「まさか……そんな……ぐふっ!?」
「ふひゃひゃひゃっ!」
ブライトの拳が吉田の腹にめり込んだ。鋼の肉体など関係なく。
「つまらん! つまらんつまらんつまらんつまらん! もっとつおいやつはいないのか!?」
狂ったように叫ぶブライト。
誰が見ても、今のブライトは気が狂ってしまったと思うだろう。とても接したいとは思わないだろう。
だが、風香は違った。
ゆっくりとブライトに近付くと、その頬に手を添えようとするが……
「つぎはおまえか?」
見えないスピードで、ブライトの張り手が風香の頬をはたいた。
それでも、風香は動じなかった。まるで聖母の様な慈愛に満ちた表情でブライト見ながら。その瞳から大粒の涙を流しながら。
「光輝くん……。 生きて……」
その声にブライトの動きが止まる。そして、無防備なまま、風香に抱きつかれた。
「生きていてくれた……。 それだけで私は……」
風香がブライトの胸に顔を埋め、泣き出す。
すると、ブライトの口から……
「ふう……か? ……ふうか!」
風香の名前が飛び出した。
そして、まるで子どもの様に、風香の名を呼んだ。
「ふうかだ! ふうかだ!」
先程までの凶悪なオーラは嘘だったのかと思うほど、ブライトは無邪気な子どもの様に風香に抱きつくのだった。
再開早々にちょっと急展開過ぎました。
次回からは空白の期間と現在がリンクして行きますので、またの更新をお待ち頂ければ幸いです。