第114話 足掻き
「ガ……ガイアドラゴン?」
近藤が間抜けな声で呟く。 しかし他のメンバーも、ブラックホールから現れたガイアドラゴンに唖然として、一瞬だけ立ち止まってしまった。
ガイアドラゴンは危険度レベル9にランクされる凶悪なフェノムである。勿論、彼女達は実際に見た事など無い。 フェノム再来による各地での戦闘でも、華撃隊には危険度の高い任務は与えられなかったから。 だから、まだ若い彼女達にとっては、ある意味空想上の生物とも言えた。
「ゴアアアアアアッ!!」
そんな彼女達の意識を、ガイアドラゴンの咆哮が呼び戻した。
「遥! 今すぐ風香達に連絡を! ナベちゃんは本部に連絡!」
梓の言う通りに端末を取り出す遥と渡辺だったが、その表情が焦りを帯びる。
「駄目です、妨害電波で連絡出来ませんわ!」
巨大なブラックホールが出現すると、その近辺は異質な電磁波に包まれ、電気機器が不具合を起こす事は彼女達も知っていたし、実際にそうなる事を想定していなかった訳ではなかったのだが……。
日本においてはフェノムの驚異は一旦抑え込んだ事と、この場所がこれまでブラックホールが確認されていなかった事による油断だったのかもしれない。
「なんて事……、仕方ない、注意を引きつつ、全力で逃げるわよ!」
そして、梓が下した決断は逃げる事だった。たが、ただ逃げる訳ではない。このガイアドラゴンを野放しにして、居住エリアへ向かわれでもしたら大惨事が予想出来たからだ。
梓の考えに他の4人も異論は無く、直ぐ様行動に移す。つまり、自分達では絶対に勝てない事を認め、最善の方法が逃げる事だと判断したのだ。
「ゴアアアアアアッ!!」
ガイアドラゴンは、羽根はあるものの飛行は出来ない。だがその分、地面を移動するスピードは時速100キロを超える。
全長20メートル以上の巨体が猛スピードで木々を薙ぎ倒しながら突進して来るのだ。
「こ、このままじゃ逃げられない!」
彼女達もスペシャリストだ。個人差はあるものの、移動するスピード自体はガイアドラゴンにも負けていない。
だが、木々を避けながら逃げる彼女達と、減速する事無く木々を薙ぎ倒して直進するガイアドラゴンとでは、彼女達の方が若干分が悪かった。
そう判断した梓は、立ち止まって迎撃の態勢をとった。
「梓!? 何をしてるんですの!?」
「ここは私に任せて、早く風香達と合流して!」
もし、あの時、風香の言った通りに全員で行動していたら、こんな事にはなっていなかった。少なくとも、風香と吉田の華撃隊最強の2人がいれば、ガイアドラゴンにすら負けないかもしれないと思ったから。
「私が強情だったばっかりにこんなピンチに陥っちゃったから、せめて私が足止めするわ!」
梓は、死を覚悟した訳ではない。自分はそんなにヤワではないと信じているし、本気で時間稼ぎに専念すれば、風香達が合流するぐらいの時間は稼げると踏んだのだ。
「……まったく、なら、1人より2人の方が時間は稼げますわね」
すると、梓の隣に立ち、遥も戦闘態勢をとった。
「ちょ、遥!」
「ここは、私達の中で一番機動力のある大久保さんに伝令を頼んで、あとの皆さんであのトカゲさんを迎撃しましょう」
遥の隣に渡辺と近藤も並ぶ。その表情は、戦う決意をした笑顔だった。
「みんな、直ぐ戻るから、それまで死なないでよ!」
大久保は自分の役割りを自覚し、その場を去っていった。
決して逃げた訳では無い。彼女としても仲間達を置いて自分だけ立ち去るのは心底悔しい。だが、組織として、感情よりもこの中で最も機動力が長けている自分のやるべき事を優先させたのだ。
「グゥオワアアアアッ!!」
ガイアドラゴンが咆哮を上げながら突進してくる。
「散開! いくわよっ!」
「任せて下さい……ホーミング・アクション!」
全員が散開し、最初に遥が小型ナイフを取り出し、ガイアドラゴンの眼に向かって投げ放つ。小型ナイフには麻酔薬が塗ってあり、アフリカ象を即気絶させる効果がある。
放たれた小型ナイフは、ホーミング・アクションの能力により絶対に近い精度を誇る。だが、直撃する寸前に、ガイアドラゴンが首を振ってナイフは叩き落とされた。しかし、ナイフの切っ先はしっかりと触れた。
「馬鹿ね。その小型ナイフには麻酔薬が塗ってあるんですよ」
「マグネット・フォース!」
そして次に梓が磁気を発生させ、ガイアドラゴンの動きを止めた。
梓のマグネット・フォースは熟練度が上がった事により、単に物体を引き寄せるだけでなく、任意の場所に磁気を発生させる事で対象を攻撃する程にまでになっていた。
「次は私だ! コナーキー・ジージ!!」
一瞬動きが止まったガイアドラゴンの背中に、渡辺が張り付く。そして、ギフトランクBの能力、“コナーキー・ジージー”を発動すると、渡辺の重量が100トンを超え、その重さに堪えきれずガイアドラゴンが腰を落とした。
「これでも喰らいな! あ~の~こ~ろ~は~……波ああっ!」
そして、しっかりとタメを作り、近藤の両掌から気孔波が放たれる。
ランクB+のギフト、“クィガン・リリース”。ちなみに掛け声は、祖母が大好きだったブルースシンガーの歌から拝借しているだけで、特に意味は無い。
クィガン・リリースがガイアドラゴンの胸付近に直撃し、爆発を起こした。
「この調子で足止めするわよ!」
今の攻撃でガイアドラゴンを仕留めたとは、誰も思っていない。
近藤のクィガン・リリースは破壊力のあるギフトだが、レベル9のフェノムを一発で仕留める事が出来る程ではないだろうと予想していたからだ。それでも、ある程度のダメージは期待していたが。
渡辺のギフトは、足止めには最適な能力だ。その重量は100トンを超え、最大重量である300トンにまでなっていた。
ガイアドラゴンそのものの体重と合わさり、ガイアドラゴンの脚は完全に地面にめり込んでいた……のだが。
「さあみんな、もっと攻撃……えっ?」
「グオアラアアアアアッ!!」
渡辺の重さをものともせず、ガイアドラゴンが上体を起こして渡辺を振るい飛ばした。
「クッ! マグネット・フォース!」
初見ではガイアドラゴンの動きを一瞬封じ込めた磁気も、その衝撃と感覚に慣れたガイアドラゴンには効かなかった。
「どうやら、このトカゲさんには私が用意したナイフの薬は効かないみたいですね……」
そして、どうやら麻酔薬もガイアドラゴンには効かなかったらしい。
「やっぱりレベル9って規格外だね……でも、やるしかない!」
その後も、4人とも回避を優先しながらもギフトを最大限に活用してガイアドラゴンを攻撃するが、ガイアドラゴンにダメージを与えているとは思えなかった。
するとガイアドラゴンは、もう飽きたと言わんばかりに口を開くと……
「ブゥワアアアアアアッ!!」
咆哮と共に、強靭な突風が放たれる。
その鎌鼬よ様な突風は、渡辺と近藤を巻き込んだ。2人は身動きが取れないまま、身体をズタズタにされつつ木々に激突しながら100メートル程吹っ飛ばされて意識を失ってしまった。
「ナベちゃん! コンちゃん!」
梓は今の突風は辛うじてかわせたが、そう何度もかわせるものでは無いと本能で察した。
「遥、2人を助けて、そのまま逃げて」
「何を言ってますの? 私も残ります」
遥は梓の申し出をアッサリと断った。
「これは、私の責任だから! アンタは風香達と一緒に……」
「最初は、貴女の事なんて邪魔者でしかなかったんですけど、いつの間にか一緒にいるのが当たり前になって、親友と呼べる存在になってしまいましたからね。 だから、私も残りますわ。 一蓮托生ってやつですわね」
絶体絶命のピンチにもかかわらず、そう言って笑みを浮かべる遥に、梓は思わず笑ってしまった。
「私だって、最初はアンタの事なんか嫌いだったわよ。でも……いつの間にか私にとってもアンタは大切な親友になってたもんね。 仕方ない、死ぬ時は一緒か」
「ええ。 でも、私は死ぬつもりはありませんことよ? あくまで風香さんと吉田さんが来るまで堪えるつもりですから」
そんな2人を、ガイアドラゴンは余裕な雰囲気を漂わせて待っていた。高レベルのフェノムは、言語は操れないものの、感情がある個体も存在すると言われている。
このガイアドラゴンにも感情があり、梓と遥などとるに足らない存在と認識しており、どんな足掻きを魅せてくれるのかと期待していたのだ。
「さあ、トラブルズの意地を見せるわよ!」
「ええ、命を懸けて……ですわね!」
次回、遂に主役が登場します!